第32話ゆめめに何が起こったか。
「センセーションを巻き起こせ!」
髪を何度も掻き上げ、いつもよりちょっとカッコつけた身振り口ぶりのジリオンに何度もステップを直され、三曲のはずなのに踊りすぎて足がもつれそうになりつつも何とかオーラスの【センセーショナルレインボー】の最後のポーズをビシッと決め、今日のレッスンは終了の時を迎えた。
「素晴らしかったですわ」
シエラは座ったまま拍手、リリコスはスタンディングオベーションをしてくれ、どうやらこのレッスンでのパフォーマンスは、好感をもって受け入れてもらえたようだった。
はー、やっぱパップンアレンジ曲やめといて良かった。一安心だ。後はもう見送るだけか、まぁ俺は……別れの挨拶とかでも声かけない方がいいよな。申し訳ないけど、早く帰ってもらいたい。つーかもう帰れよ。
「では、父が待っておりますのでここでおいとまさせていただきますわ」
「うん、今日は見に来てくれてありがとねー。また収穫祭で会おうねー」
「シエラとリリコスのステージも楽しみにしてるよー」
「えぇ、リリコスもそのころには腰も良くなっているでしょうから、お楽しみに。この子がんばりすぎちゃうんですよ」
「いえいえいえ、へましただけなんですー」
シエラ様ご一行がここを去るのを今か今かと待ち構えている俺の前では、その張本人とリリコスそしてアラニーとウェンが別れのあいさつを交わし、収穫祭についてもふれている……あれっ、あのリリコスってただのメイドじゃないんだ! メンバー、デュオなのかな?そうだそうだ、シエラゆめめって収穫祭に出るからここに来たんだよな。ってことは、パップンの曲とかもやるんだろうか!?うわぁ、今日はその場しのぎでパップン曲やんなかったけど、収穫祭まで残り少ないのに新曲をこれ以上用意するなんて無理だよな。いや、曲だけなら間に合うかもだけど練習が追い付かない……どうしよう、どうすればいいんだ。
冷や汗が、ひっきりなしにこめかみを伝わってゆき首を濡らす。そんな俺の目の前からシエラゆめめの背中はどんどん遠ざかり、ドアの外へと消えてしまった。
ヤバい。怯えている場合じゃない……何とかしなきゃ、追いかけなきゃ。
消えてしまった背中を追いかけドアの外に出て、「ゆめめー、ゆめめー待ってよー!」と必死で声を絞り出すと、廊下の奥まで遠ざかり小さくなっていた背中はくるりと踵を返し、ツカツカツカと大股でこちらにぐんぐん近づき、俺の大きく開いた口をがばっと両手でふさいだ。
「ちょっとぉ、こんなところで大声で何ゆめめとか言っちゃってんのよ」
耳元で、俺だけに聞こえるか聞こえないかくらいに極限までヴォリュームをしぼって、でも耳の奥まで響き渡るようなその声は怒りでふるえていた。
「かはぁ、でも、ユーメリアってゆめめなんでしょ……」
やっと解放された口と肩ではぁはぁ息をしながら、今度は俺も小声で返す。
「あぁ、そのことはちょっとここではね。うーん、どこかいい場所ないかしら」
「じゃあ、この小城の裏側にちょっと行ったところにある小川の横の水車小屋はどうだろう? この時間なら番人の人はもういないはずだから」
「そこでいいわ、リコリス先にお屋敷に戻って父上に少し待ってるように言っておいて。アイドル談義をしているようですってね」
「分かりました。シエラ様」
「あー、だからシエラでいいのよ」
「えぇ、あの、活動の時は。でも今は勤務中ですので」
「まぁお固いのね、じゃよろしくね。さぁ、アンタは早く案内なさいよ」
リリコスには優しく、俺には棘のある声色を瞬時に使い分けシエラゆめめは俺を置き去りにして小城の外へさっさと出て行ってしまった。
「えー、案内しろって言ったくせに」
ぶつぶつこぼしながらついてゆくと、シエラゆめめはバシーンっと俺の背中を叩きドレスの裾をまくり上げてきゅっと縛り上げた。
「あーあ、ドレスって歩きにくいのよね。ステージ衣装みたいにミニならいいのに」
生足ではなく下にフレアパンツを履いているとはいえ、何だか見てはいけないものを見てしまった気がして俺は目をそらし、無言のまま水車小屋へと早足で歩を進めた。
「ここだよ。少し狭いけど」
中にある小さな椅子にすとんと腰を下ろすと、シエラゆめめは「はぁ」とあきれたようにため息をついた。俺が先に座ったからだろうか、でも椅子はもう一脚あるのに。
「あの、ゆめめは座らないの?」
そう問いかけると、ゆめめは「はぁぁぁ」ともっと深く大きなため息をつき、月の瞳でぎろりと睨みつけてきた。
「ねぇ、その椅子ほこりまみれじゃないの。アンタレディファーストって言葉知ってる?」
「えっ、でも、ゆめめハンカチ持ってるじゃん」
「汚れるでしょ!」
怒りに満ちたその声に負け、俺はしぶしぶ自分のタオルを出しほこりだらけの椅子をざっくりと拭いた。
「えー、雑過ぎない」
不満の声に今度は丁寧に何度も拭く。
「これでいい?」
「うーん、直に座るのはなぁ」
はぁぁ……俺は胸の奥で深いため息をつき、出がけに羽織ってきた自分の上着を椅子の上にかけた。
「まぁいいわ」
シエラゆめめはお礼の一つも言わず、俺の上着の上にどっかりと腰掛けた。
「ねぇ、ゆめめ今日のレッスンのことなんだけど」
自分から話を切り出した俺に、シエラゆめめは渋い表情をする。
「うーん、そのゆめめっていうのもうやめない」
「えっ、でも君はゆめめなんだろう?」
「まぁかつてはね。でももう違うから、アンタもそうでしょ」
「じゃあ、ユーメリアって呼べばいいのかな」
「それは父上に隠れてお忍びで街歩きをする時に使ってた偽名なのよね。もう使わないと思うから、シエラでいいわよ。アンタだって今更明神丸とか呼ばれても困るでしょ」
明神丸、この異世界に転生してから初めてその名前を耳にする。かつての俺の名前、しかしゆめめが俺の名前を認知してたなんて!
「ゆ、ゆめ、いやシエラ、俺の名前知ってたんだ」
「そりゃそうよ、アンタあんな派手な事故に巻き込まれてさぁ。新聞でもニュースでもめっちゃ名前出てたっつーの」
そりゃそうか、さっきの反応、俺ハズい……
「あの、その節はご迷惑をおかけしました」
俺は深々と頭を下げた。
「あー、あの時はこよなが煽りまくったからねー。まぁ、あの子も反省してけど、迷惑は迷惑だったわー、あれでウチら活動休止だし」
あー、やっぱりそうなっちゃってたか……
「で、その後再開は」
「知らないわよ、その後直ぐにあたしもこっちに転生しちゃったんだから」
「あぁ、年も近そうだしそうじゃないかなとは思ってたんだけど、じゃあパップンのその後は結局わからず仕舞いか……はぁ」
「アンタさぁ、パップンのその後じゃなくて聖羅のことが知りたいだけでしょ」
お見通しかぁ。
「あ、あの、あんな事故があって繊細なせららんが傷ついていないかと……」
「あーあ、アンタらってホント聖羅の表面しか見てなかったのね。アイツは上手くやったわよ、自分の大ファンがこんなことになってって翌日に生中継で号泣してねぇ、休止後はさっさと婚約者のプロデューサーが務めてる局で女優デビューよ」
婚約者のプロデューサー!? せららんは生まれてこの方彼氏がいない、恥ずかしくて男の人の目がちゃんと見れないって言ってたのに? 活動休止でショックを受けているところを慰めてくれた初カレといきなり婚約とかだろうか? でも……休止っていっても解散したわけじゃねぇのに。
「えっ、それ何かの勘違いじゃ、パップンは恋愛禁止だし……それに、せららんは」
「はぁっ、本気で信じてるヤツいたんだぁ、聖羅はデビュー前の中一のころから男を切らしたことないし、アンタらの仲間の、あの何だっけ幾嶋とかいうのともしばらく付き合ってたわよ」
イクちゃん……パップニストオンリーの創設メンバーであり、ドルヲタとは思えないほどの爽やかイケメンで大手製薬会社の御曹司でありながら気取ったところもなく、いつも優しくにこにこしていた。大学が忙しくなったからしばらく休みとメッセージがきてからぷっつりと音沙汰がなくなって音信不通になってしまったけど、まさか……
「せららんもイクちゃんもそんなことしないよ!」
声を荒らげた俺に、シエラはあきれたような笑みを浮かべた。
「ホントおめでたいね、パップニストオンリーさんは」
「うるさいうるさいうるさい! もうやめてくれ」
俺はもう何も聞きたくなくて、そのまま水車小屋を飛び出してしまった。シエラを置き去りにして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます