手紙

下上筐大

手紙

このような手紙を書かなければいけない事態に陥っていること自体がすでにこの泥沼の地獄が一層逼迫した緊張感を持っていることを痛感させますが、私はどうにかしてこの手紙を書かなければならないのです。申し上げたいことはたくさんありますが、その数をできるだけ減らしてあなたでも理解ができるようにできるだけ力を尽くします。まず、あなたは昔から縁は切れることはない、たとえ遠くにいても縁は切れることはない、だから兄妹や親との縁を大事にしろといった旨の高説をよくお説きになってくださいました。確かに縁はどのような状況でも切れることは無いかもしれませんが、今この状態、そしてこの先も続いていくであろうこの白々しく汚らしい不貞の関係によりいよいよ壊れようとしているこの家族の状態では縁が切れずにあなたが私たちの「父親」として未来永劫その資格を失うことはないというこの事実が私たちをより苦しめるのです。はっきり申し上げますとこのような状態では私たちはあなたを「父親」として認めたくはないのです。しかし、感謝はもちろんしているのです。働きお金を私たちに投資をしてくださっていることは変わらぬ事実ですし、昔のあなたは金銭以外の面においても誇れる父であったと思っています。今でも金銭面においてはもちろん感謝を尽くしても仕切れないのですが、お金を与えることだけが「父親」というものでしょうか。いえ、「父親」というものはそのような存在ではなく、もっと大きな存在感をもって私たちの中に存在しているものに違いないのです。三年ほど前に家族全員の前で自らがある女性と不貞関係にあるという告白をしたことを覚えているでしょうか。恐らく日ごろからひしひしと感じている罪悪感から逃れるために、あのような告白を行ったのだと思いますが、あのいやらしい告白、良心の呵責から逃れるためだけの独善的な告白、私は失望しました。あなたは親が子供に及ぼす影響というものをあまりに軽視しすぎているのではないでしょうか。あのような告白を行うと子供がどのような気持になるのかは容易に想像がつくはずです。まさか、すんなりとああそうかと受け入れて今まで通りの関係を続けることができるとお思いだったのでしょうか。もしそうだとするとあなたはとんだ大阿呆ということになってしまいますし、そうでないことを願います。でなければ、本当に救いようのない阿呆です。しかし、そんな中その後も私は個人的にあなたとお付き合いを続けてまいりました。これはどこかであなたのことを信じていたからかもしれません。まだ「父親」としてのあなたを信じていたからかもしれません。お願いですから私をこれ以上失望させないでください。どうか「父親」として正しい行動をおとりになってください。私からの心からのお願いです。今ならまだ取り返しがつくかもしれません。あなたが今行おうとしている愚行はもし本当に実行してしまうとこの先消えることのない苦しみをあなたに植え付けるはずです。それはあのいやらしい告白のときに抱えていた罪悪感とはくらべものにならないものであるはずです。ですからこれはあなたのための警告なのです。どうかこれ以上愚かにはならないでください。そしてこれ以上私を失望させないでください。どうか、「私たち」の「父親」として今一度自らの行為を省みて下さい。どうか、お願い申し上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手紙 下上筐大 @monogatari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る