面談
……えー、結局そうして僕は奴に勝ったわけなんだが、
「よろしければお話いただけませんでしょうか。貴方が何者であるかを」
恐らく執務室と呼ばれる様な部屋の中。
僕は机の前で手を組んでいた細身の男にそう詰められていた。
そうなると気になるのは何故こうなったのかってとこなんだが……
それが僕自身よく分かって居なかった。
というのも、僕が奴を殺して達成感に浸って居た所、不意に結界が解かれたのだ。
それに僕は頭を傾げた。
なぜなら、この試験は6級まであるはずなのだ。
それが終わるかギブアップするまで結界が解かれることは無いというのが事前に聞いた説明だったのだが……あの泥臭い戦いっぷりだ。
ドクターストップならぬギルドストップがかかったのだろうか。
そんなことを考えていると、周囲からギルドの制服と思しき服をまとった二人の人間がこちらに向かって来た。
結果でも言い渡されるのかと座って待っていると、やってきた職員はただ一言。
「お疲れの所申し訳ございません。よろしければご同行願えませんでしょうか」
そう丁寧な様子で言うのだった。
どこに~や、なぜ~等、気になることが無かったと言えば嘘になるが、そこら辺はまぁ、ハイゼルと同じ理由で飲み込んでおいた。
かくいう訳で、僕自身この後何が起こるかも分からないまま着いてきたのだが……
「話すつもりは、無いと?」
その結果がこれなのだった。
うーん、何者かって言われてもなぁ……
「取り敢えず……僕は元人間の現スケルトンだ」
取り合えずとしてそう答えながら、僕は顔の肉を外した。
「なっ!」
それに狼狽する様子を見せると、男は何かを考え込むようにうつむいて黙ってしまう。
何が何だかよく分からないんだが……
「これで良いのか?」
そう尋ねると、男はうつむいたまま、おもむろに手を上げてこういった。
「もうしばらくよろしいですか?まだあなたにはお伺いしたいことがありますので」
そう言うと、男は一つ深呼吸をして、
「今から貴方の過去についてお伺いしたいと思います。詮索を否とする組織の長として恥ずべき行為と言うのは重々承知の上なのですが、どうか正直にお答えいただきたい」
ふむ、そう悪いやつではなさそう?と言うかギルドマスターってやつなのか。そらまたずいぶんお偉いさんに目を付けられた。
そんなことを考えつつ、僕は一つ頷いて見せた。
それに安堵するように息を吐くと、細男はこう続ける。
「まず最初に。貴方はどうしてそんな体に?何か呪いでも受けられたのですか?」
呪い……まぁ、近いかもしれないが否だ。
そう自分の中でも整理しつつ、僕はアインのことと、手記に書かれてあったこと。
そして、話を聞くためにタリエットの魔女の所へ向かっている途中だということを伝えた。
「……なるほど。では率直にお伺いいたしますが……ここ最近、このあたりで起こっている動く死体について何かご存じでは無いですか?」
動く死体?
あーまぁ、完全に知らないと言えば嘘になるが……一応だな。
そう考えた僕は、「少し違うと思うが一応」と前置いて、
「シャル」
肉を切り離し、元のサイズに戻っていたシャルを机の上に乗せた。
「これは僕の使い魔で、死肉に加工して動くようにしているんだが、その死体って言うのはこういった類のことか?」
そう尋ねると、男はじっとこちらとシャルを見つめる。
そうしてしばらくしたかと思うと、
「……っぷぅーーー」
そう息を吐いて机に突っ伏すのだった。
それに何事かと見つめていると、
「すいませんでした。これまでの失礼をお許しください。」
突然そんなことを言われたのだった。
いやぁ、そんなこと言われても……
「……なぁ、良かったら少し説明してくれないか?こっちは全く状況が読めてないんだ。」
そんなことを考えながら尋ねると、男は憑き物が落ちた様な顔でこういうのだった。
「あぁ!これは失礼。しっかり説明させていただきます。」
そう言って始まったのは、先ほども男が口にしていた動く死体についての話だった。
それによれば、近頃この街では夜になるとどこからか死体が現れ、辺りを練り歩くという光景が散見されているらしい。
それだけなら、不気味ながらも、まぁゆっくり対処しようという話になるんだが、なんとその死体は人間を襲うというのだ。
一体どこの製薬会社の仕業だとこぼしそうになったが、ギルドと国の方はそんな冗談に笑う余裕も当然無い。
そんなわけで、現在ギルドと国は力を合わせてその術者を探しているようなのだが、そんな折に現れたのが僕ということだそうな。
どうにも、蝙蝠相手にシャルという肉を使ったのがマズかったらしい。
肉を操れるということは、死体も操れるんじゃないかとこの件の犯行を疑われた僕は、10級の後に全力を出させようと6級で使う魔物をいきなりぶつけられた。
結果、より辺りの肉を操って戦った僕の姿は怪しさを増したらしく、話を聞こうとしたのがここに呼ばれるまでの経緯だったらしい。
ハイゼルの言っていたトラブルとやらはその調整だったのだろう。
道理で強さが跳ね上がったと思った……
……というか待てよ?普通そんな犯人と思しき人物をわざわざ部屋に招いたりはしない筈だよな?
もしするとしたら……
ふとそう思い至った僕は、命視を使って辺りを見渡した。そうして、
「うおっ」
思わず声を上げる。
そこにはとても数えきれないほどの命が辺りを覆っていたのだ。
大きさ的に虫やネズミと言うことはまずないだろうし……もしこの男が僕を怪しいと断じていれば今頃こんな数の人間に袋叩きにあっていたのだろうか。
そう考えると……あぁ、あまりにぞっとしない。
「おや、気付かれましたか?流石はあの試験を完走された数少ないお方だ。」
そんな想像に背筋を凍らせていると、細男はそんなことを言った。
って、数少ない?
「あの試験ってそんなに難しいのか?」
「えぇ、力ある人間を相応の地位につけるという名目こそありますが、あの試練の目的としては、自分が屈する程の「上」を示し、気を引き締めさせるという所が本題ですから。近頃は命を軽く捨てる方の多いこと多いこと……」
なるほど。命を資本に働くような職場の管理職だとそんな気苦労も有るのか。
そう物憂げに言う男に同情しなくも無かったが、ぼくとしてはもう一つの発言の方も気になってはいたのだった。
それが、
「完走ってのは……僕が6級から始められるってことで良いのか?」
男の言った「完走したお方だ。」と言う言葉だった。
なんせ僕は飛び級の試験で試験を飛ばしてしまったようなものだ。
英検やそう言った試験ならまだしも、戦闘なんていう疲労が積み重なる様な試験で、積み重なる回数の多寡がもたらす影響は決して少なく無いだろう。
そんな僕を、試験を突破したものとしてカウントするのはどうかと思ったのだ。
……まぁ、そもそも僕は疲れやしないんだが。
そんなことを考えつつ尋ねると、男は微笑んで、
「はい、貴方の戦いは私も見せて頂いたのですが、あれなら十分これからも通用するでしょう。今回は特例ということも有って、当ギルドの誇る腕利きと会談の場を設けたのですが、ほとんどの方が太鼓判を押してくださいました。彼らも面白がっていた様子なので、直に彼らからも声を掛けられることがあるかも知れませんね。変わり者は多いですが……まぁ、悪人ではないので、どうかよしなに」
最後には苦笑しながら、そう言葉を切ったのだった。
そうして切り替えるように真面目な顔をすると、
「さて、これで私から確認したかったことは全て確認が取れたのですが、そちらからは何かございませんか?」
そう淡々と口にしたのだった。
確認したいこと。実は最初から聞きたかったことが一つあったりする。
「僕が嘘をついているとは考えなかったのか?」
それがそう、やけにあっさりと納得した男の態度だった。
シャルを見せ、説明するだけで納得する。
仮にもギルドというある程度規模の大きそうな組織の長がその信じやすさではとても組織運営なぞやっていけないだろう。
それでも信じたというのなら、何故信じたのかを聞きたいと思ったのだが……
そう尋ねると、男は「あぁ」と言った後に微笑むと、僕の後ろを指さした。
それに何事かと振り返ると、
b(ぐっ)
そこにはサムズアップした腕が壁から生えていた。
……えーっと、
「ナニアレ?」
思わずそう尋ねると、男は笑顔でこういうのだった。
「ふふっ、ご安心を。人間ですよ。あの子の名前はミィマ。私の娘の様な物なのですが、感情の機微に鋭いため、こういった真偽を問う場ではよく同席してもらうのです。」
同席ってか、同壁ってか……というか、感情の機微に鋭いってどうなってるんだ?魔術か何か?
そう気になって尋ねた所、どうやら特異体質の様な物らしい。
周囲の魔力を読むことができ、その魔力を放った人間の心情が読み取れるそうな。
便利だなと思うと同時に、あの子に少し同情しなくもない。
あっちではそう言った読心系の特異体質を持った人間というものは昔から少なからず創作のネタにされてきた。
所詮創作ではあるものの、その悩みについては当たらずとも遠からずではあるだろう。
そんなことを考えながら、僕は立ち上がり、ミィマに手を振った。
するとミィマも手を振り返してくれる。どうやらこの分だと意外に気にしなくてもいいらしい。
その様子に少し微笑みを誘われながらも、男に向き直って僕はこういった。
「気になって居たのはそれだけだ。答えてくれてありがとう。」
それに男の方も微笑むとこういう。
「いえいえ、こちらこそですよ。これからよろしくお願いいたしますね、イオイさん。貴方のご活躍をお祈りしております。」
その言葉に短い感謝の言葉を返してから、僕はその部屋を後にした。
死んだ血肉の使い方 かわくや @kawakuya
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