白い姉妹

入江 涼子

第1話

 私はまた、真夏の暑い日に寝苦しい夜に悩んでいた。


 去年も同じような時があったような?そう思っていたら、寝室の隅に真っ白な和服を身に纏う二人の女が見えた。蛍光灯の豆球のオレンジ色の中でだ。私は驚きながら、飛び起きた。


「……はい?!」


『久しぶりね、お姉さん』


「あ、もしかして。去年の雪女さん?」


『そうよ、後ね。隣にいるのは私の妹よ』


「……何で、いるの」


 ボヤキながらも私は目を凝らした。確かに、雪女さん(名前は不明)の隣にはもう少し小柄で華奢な女の子がいる。髪も背中に届くまでの長さかな。まあ、色は二人共に真っ白だが。瞳は綺麗な白銀色でそっくりだ。


『何でって、私があなたの事を話したらね。是非、一緒に行きたいと言うものだから』


「はあ」


『……初めまして、お姉さん。あたしは妹のふうと言います。姉様あねさまは名を真銀ましろと言うの』


「……え、雪女さんって。真銀さんって言ったんだ?!」


『はい、お姉さんの名も教えてくださいませんか?』


「私は夏乃なつのよ、飯田夏乃。まあ、よろしく。真銀さんに風ちゃん」


 改めて、雪女こと真銀さんや風ちゃんと自己紹介をし合う。仕方なく、私は再びあの時のようにキッチンに向かった。


 真銀さん、風ちゃんにアイスキャンディーや麦茶を出してあげた。氷もちゃんと入れてあるが。二人はアイスを舐めながら、私に話した。


『夏乃さん、私ね。一度は山に帰ったの、けど。山神様のお力が弱っていて。新しい山神様を見つけて来ないといけないの』


「はあ、私に言われてもね。何にもできないけど」


『うん、ただ話し相手になってほしかったのよ。だから、風と一緒に来たの』


 私は頷きながら、自分用の麦茶をちびちびと飲んだ。けど、新しい山神様か。ふむ、ちょっと考えてみますかね。そう内心で独り言ちながら、真銀さんに話しかける。


「ねえ、真銀さん」


『何?』


「私にね、ちょっと心当たりがあるのよ。山神様のね」


『え、本当に?』


「うん、伊達に私も霊感が強いわけじゃないのよ。そうね、実家が神社だからさ。何なら、お祖母ばあちゃんに相談してみようかな」


『お祖母様にかあ、大丈夫かしら?』


『姉様、夏乃さんなら。信用できるわよ、きっと』


 風ちゃんが力強く、頷く。私は麦茶を飲みながら、新しい山神様を見つける算段を頭の中で組み立てるのだった。


 あれから、二日後。私は電車に乗り、真銀さんや風ちゃんを連れて実家がある田舎町に帰省した。ちなみに、田舎町は現在住む町からだと片道で三十分程掛かる距離にある。 

 青葉町と言って、山に囲まれた長閑な場所だ。駅しょうさんのアナウンスが流れ、私は座席から立ち上がった。スーツケースやボストンバッグを両手に持ちながらも電車から降りた。


 駅のホームに降り立つ。今は真夏のためか、草木の香りを風が運んできた。あー、懐かしいわ。そう思いながら、ガラガラとスーツケースを引っ張る。実家に向かった。


『……やっぱり、外は暑いわね』


『うん、油断したら。溶けてしまいそうだわ』


「悪いわね、もうちょいしたら着くわ。それまでの辛抱だからさ」


 小声で真銀さんや風ちゃんに言った。二人は頷くと、てくてくと付いて来たのだった。


 駅を出る際に、切符を改札機に入れた。ガタンとゲートが開いたのでスーツケースを押し出す。ボストンバッグを上に置いたら、体を横向きにする。何とか、通れた。ふうと息を吐いて駅を出たのだった。


 しばらく歩いていたら、こじんまりとしたお社が見えて来た。隣にある一軒家の門前に立ち、インターホンを押した。

 ピンポーンと鳴る。少し経ってから、玄関扉が開いた。中から、見事な白髪の女性と中年とおぼしき女性の二人が出て来る。


「……あ、誰かと思えば。夏乃じゃないの!」


「うん、ただいま。お祖母ちゃん、母さん」


「……あ、なっちゃん。久しぶりさね!よう帰ってきたなあ!」


 二人はそう言って、足早に門までやって来た。


「なっちゃん、それはそうと。後ろにおるお嬢さん方は誰や?」


「あ、そや。祖母ちゃんには見えるんやね。中で詳しい事を話すわな」


「分かった、なっちゃんがそない言うんならな。行こか、曜子ようこさん」


「はい、そうしましょ。お義母さん」


「うん、ごめんな。祖母ちゃん、母さん」


 二人はにこやかに笑いながら、緩々と首を横に振った。私は真銀さんや風ちゃんに目配せをする。二人が頷いたので家の中に入った。


 その後、祖母ちゃんや母さんに詳しい事を説明した。まず、真銀さんがある山に棲む雪女で風ちゃんも同じな事から山神様の力が弱まり、新しい神様を探しているまでを話した。祖母ちゃんは視えるので私の話が終わると直接、真銀さん達に確認する。


「……ふむ、真銀さんゆうたか。ほんまに、山神様の代替わりが近づいとるんやね?」


『はい、それは確かです。夏乃さんが話していた通り、山神様はお力が弱っておられます』


「成程な、分かった。あたしに出来る事やったら、協力は惜しまんで。真銀さん、山神様のお住まいはどちらか教えてもらえるか?」


『……大雪山たいせつざんです』


「あー、青葉町の北側にある山やな。その麓のお社の神様か」


 祖母ちゃんは頷きながら、両腕を組んだ。ちょっと、考え込みながらも言った。


「……しゃあない、あたしがこちらの神様に新しい山神様がいてはらへんかをまずは聞いてみよか。たぶん、知ってはるはずや」


『え、いいんですか?!』


「うん、ちょっとお伺いを立ててみるわ。なっちゃん、曜子さんと一緒に待っといてや」


「分かった、ありがとう。祖母ちゃん」


「礼を言うのはまだ、早いで。山神様がちゃんと見つかってからや」


 祖母ちゃんはカラカラと笑いながら言う。そのまま、お社の主殿に向かった。


 一時間もしない内に、祖母ちゃんは戻って来た。後ろには真銀さん、風ちゃんがいる。が、隣には見知らぬ男性が佇んでいた。


「……なっちゃん、曜子さん。待たせたなあ、何とか新しい山神様が見つかったで」


「え、ほんまに?!」


「うん、うちの神様にお願いしたらな。知り合いの神様の息子はんを呼んでくれはったんや。ちなみに、お名前は白銀しろがね様や」


『……ふむ、お初にお目に掛かる。私が白銀だ、曜子殿に夏乃殿』


「はあ、初めまして。山神様」


 私が言うと白銀様はフッと笑った。見事な灰銀色の髪に淡い水色の瞳、白すぎる肌。着ている衣服も浅葱色の和服だ。めっちゃ、イケメンさんじゃないの。後ろに立つ真銀さんや風ちゃんも満更でもなさそうだ。


『真銀殿、よろしければ。私の妻になってくれぬか?』


『……は、はい?!』


 いきなりのプロポーズに真銀さんは目をひん剝き、声も裏返ってしまった。私や母さん、祖母ちゃんに風ちゃんも呆気に取られる。


『私は君を一目見て、気に入った。だから、山神の件も引き受ける気になったのだが』


『は、はあ。分かりました、私でよろしければ』


『ありがとう、さて。早速、大雪山に行くとしよう。では、失礼する。祖母君に母君、夏乃殿』


「は、はい。山神様」


 山神様もとい、白銀様と真銀さん、風ちゃんは我が家から飛び去って行く。見送りながら、台風一過みたいだなと思ったのだった。


 私はあれから、一週間は実家にいた。祖母ちゃんや母さんと久しぶりにゆっくりと語らう。ミインミインと蝉が鳴く中、私は実家の縁側にてかき氷を食べていた。

 

「……真銀さんや風ちゃん、元気にしてるかなあ」


 チリンチリンと風鈴が代わりに鳴った。そよ風が吹き、私はかき氷を口に運ぶ。キインと頭が痛くなる。独特の感覚を堪えながら、空を見上げた。

 入道雲があり、突き抜けるような青い空が広がる。私も婚活しますか。秘かに決心したのだった。


 ――完――


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