No.041 世間知らず

 到着したのは夕暮れ時だった。先行したペニーの伝達が届いていたようで、城門前ではジェラールとペニーを始めとした一部貴族、そして、兵士が思ったより配置されていた。


『ほぉ、これが貴様の国の首都というものか』


  窓から見える景色に感心している様子のセリアン。馬車を先導するジェラールたちが民衆を掻き分けていく。そして、貴族街を抜け、城門の前に馬車が到着する。


『ふ、ふふ……』


 馬車からゆっくりと降りて、城を見上げたセリアンは突然、吹き出し、爆笑を始めた。響き渡る『あーはっはっはっはっ!』という声に、俺以外の連中は武器を構え、カリンダは防音ノイズカットを唱えて警戒を始めている。


「へ、陛下っ! もしや謀られたのではっ!」


 アレックスが叫びなら、俺の腕を引っ張り、セリアンとの距離を取るようにと急かす。だが、俺はその爆笑が、どうも敵意があるようには思えなかった。同様なのか、マイケルも武器を構えず、その爆笑を見てニヤけていた。

 そういえば、馬車の中、この馬鹿、皆の制しも聞かずにセリアンに血を飲ませてやがった。『グレンより不味いが、悪くない』って言われて、少し凹んでたな。

 俺は自分が飲ませた後じゃなきゃ止めてたんだが、俺を見てる皆ってこんな気分なんだなって、人の振り見て我が振り直せってよく言ったもんだと思った。


『くくっ、くくっ……』


 ようやく笑いが落ち着いて来たのか、セリアンが静かになる。その様子を俺とマイケル以外は、不安そうにジッと見ている。兵士たちは手に持つ双剣の構えを解かず、ジェラールはその兵士たちの後ろに隠れている。ペニーも、片膝を付いて照準をしっかりセリアンの頭に合わせて、弓を構えていた。アレックスは、俺を引っ張っても動かせないので、俺の腕を引いたまま、固まっていた。


「ど、どうかしたんですか、セリアンさん?」


 勇気を絞った声が響く。リチャードだった。彼は、両手を交差させ、剣の柄を両手ともで握り、おかしな恰好で止まっていた。きっと、コイツの中では葛藤があったんだろう。信じなければいけない、だが信じて良いものかという迷い。


『いや、すまんすまん、敵意はない』


 そういって、辺りを見渡して、両手をゆっくりと上げて見せる。これは敵意のなさを表す姿勢として、世界共通で認識されている姿勢である。


『500年以上、山の麓の洞窟と、その辺りの川や木々、うろつく迷子のホミニスくらいしか見ていなかったからな。世界の変わりように思わず笑ってしまったのだ』

「なんだよ、500年も生きてたのにほとんど世間知らずかよ」


 俺の言葉に、再び爆笑を始めるセリアン。


『貴様の言う通りだ、私は世間を知らなかったんだと、今初めて知ったのだ、あーはっはっはっはっ! そんな己の怠惰さに、笑わずにいられるか? 私の中ではまだ、この世界は500年前のままだったんだぞ? 愚かしい』

「まぁな、お前らデモネシアは長生きだからな、多少無駄な時間を過ごしても大した事ねぇだろうが、俺たちホミニスの寿命は50年程度だからな。皆、生きているうちに懸命な努力してるから変化が早いんだろ?」

『ふむ……私が生まれた頃にいたホミニスの子孫が、すでに十代目という事か』

「簡単に言えばそういう事だな。前の代より良い世界を、と努力し続ければ、十世代も過ぎれば、かなり変わるんじゃねぇか? 俺は逆に500年前が分からねぇけどな」

『いや、もっと小さな城、もっと脆い城、もっと軟弱な体……全てが違う』

「そうなのか」


 一通り笑い切った上で、周りのホミニスを見渡し、頷いたセリアンは、俺を真っ直ぐに見た。


『貴様の話に乗って良かったと、心から思っている。そうでなければ、貴様と戦い死ぬか、世間を知らぬまま老いていくだけだった』

「そりゃ良かった。おい皆、武器をしまってやれ。デモネシアは敵だと認識しちまいがちだが、こうして交流できるんだ。ホミニスと何も変わらねぇ」


 カチャ、カチャ――


 あちこちで武器を収める音が聞こえる。中には「ホッ」というため息すら聞こえた。そんな中、ジェラールが前に出て来て、改めてセリアンに挨拶を始める。


「私は皇帝代行のジェラールでございます」

『セリアンだ。代行? こやつがいるではないか? なぜ代行が必要なのだ?』


 最もな質問に、ジェラールはクスッと笑うと、その答えを述べた。俺は、皇帝ではあるが、政治よりも戦う事の方が好きであり、逆にジェラール自身は政治が好きで、戦う事は苦手であって、俺の手を煩わせないために、代行という形で政治的主導権を預かっているのだと話す。すると、セリアンは俺を見て頷き、『確かにこやつは政治より戦闘向きだろうな』と納得し、身辺の世話はジェラールが指揮するので、何なりと、と紹介を終えた。


『グレン。良い部下を持っているな』

「いや、部下だと思ってねぇよ。皇帝やっていいって言ってんのに、こいつがやりたがなねぇんだ」


 城に入り、謁見の間までの道中でそんな会話になった。そして、舞台は謁見の間となり、玉座に腰をかけた俺とその横にジェラール、反対側にセリアンが用意された椅子に座り、それを聞きつけたのか、


「おかえりグレ――ひっ、だ、誰この人っ!」


 俺の帰りに浮かれた様子で玉座裏の扉から姿を見せたリリスが、セリアンを見て驚愕している。その声に振り向いたセリアンが、その姿を見て笑う。


『そうだ、本来、ホミニスはそういう反応をするものだ。ずいぶん愛らしい町娘が、このタイミングでよく現れたものだな? 迷子か?』


 その質問で、緊張感の漂っていた会場に和やかな笑い声に包まれる。


「セリアン、こいつは俺の妻のリリスだ。リリス、こいつはセリアンだ」

『ほう、グレン。貴様、妻がいたのだな。そうか、娘よ、私はセリアン、デモネシア族だ。貴様の旦那に口説かれてな。今日からここに住む事になった』

「えっ!? えっ!?」


 とんでもない爆弾発言をするセリアンに、笑い声は更に大きくなる。俺とセリアンを交互に見て、困惑するリリスが更に笑いを誘っている。


「待て待て! 確かに口説いたかもしれねぇが、それは女としてではなく、協力者としてだ!」

『ふふ』

「え? え? え?」


 混乱しっぱなしのリリスだったが、とりあえず、配下が用意した椅子に腰をかけるようにジェラールに促され、納得いかそうな顔で着席していた。


「皆揃いましたので、今回の賊狩りの報告会を行いたいと思います」


 ジェラールが声を張り上げ、そういうと会場の笑い声は静まった。そして、報告された状況をジェラールが報告後、話が俺に振られる。この流れは、今回の議題について活躍した者に報酬を与えるという行為を俺にさせるという物。俺は玉座から立ち、


「今から呼ぶ奴らは前に出てくれ。リチャード、マイケル、ペニー、カリンダ、アレックス」

「「「「「はっ!」」」」」


 五人は段下に横に並ぶ。その顔は凛々しくあった。年齢は俺とそんなに変わらないくらいなんだけどな。


「お前らには、賊狩りの成功の報酬があるそうだ。あとでジェラールから受け取ってくれ」

「へ、陛下、雑過ぎますって」


 ジェラールに後ろからツッコまれたが気にしないで話を進める。


「んで、ここからはお前ら五人に聞きたい。皆もさっきのやり取りで分かっただろうが、ここにいるデモネシア族のセリアンは、デモネシア初なんじゃねぇか? 公にホミニス協力者になるなんて事を承諾したのは」

『ふ、かもしれんな』

「んで、まだ不安に思ってる連中もいるだろうから、お前ら五人から、セリアンに対しての印象を皆に伝えてくれないか? 俺からより説得力があるだろう」


 そういって、俺は五人へ順番に話すように促した。

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最凶の破戒僧と勇者殺しのカリスマ魔王 MUGI-PAPA @aacmugipapa

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