No.040 吸血の協力者

 その後、対話を続けた俺とセリアンは少し打ち解け合っていた。


「要するに、セリアンはホミニス族を抹殺したいという訳ではなく、その血が美味でやめられないから、逆に残っててくれないと困るという話か」

『ああ、それに私は組織に属するというのが向かない。誰かに命令されるのも、誰かにサポートされるのもな』

「なあ、血を吸われたホミニスには何かデメリットはあるのか?」

『さあな、私が知る限りでは血が減るだけだろう。吸い過ぎれば、死ぬがな』


 そう言って笑っていたセリアン。そして、言葉を続ける。


『ホミニスだって、獣を殺して美味を味わっているではないか? それと同じような物だ』


 否定はできねぇな。


「血が減るだけ、なんだな?」

『それ以上はない。誘惑テンプテーションは私の声に乗せる物であり、そこの女のように防ぐ方法もある』


 こいつはもしかしたら、味方にできたりするんじゃないか? 何も分からずデモネシアと戦うより、ある程度情報提供者がいる状態の方が有利に進む場面は増えるはずだ。


「セリアン、仮に血を定期的に提供すると言ったら、俺たちに協力するつもりはあるか?」


 思わぬ提案だったのか、セリアンは目を丸くした。それは、彼女だけでなく、マイケルやアレックス、カリンダも同様だった。


「俺は、南方でネロの軍隊と散々戦って来た。会話なんてできないものだと思っていた。だが、お前とはこうして話せている。という事は、お互いの条件が飲めれば、わざわざ殺し合う必要もないわけだ」

『わははは、私も500年以上、ホミニスと争って来たが、貴様のような男は初めてだな。デモネシアである私に協力関係を申し込むか』

「ああ、ネロが強すぎてな、少しでも情報が欲しい。そして協力も欲しい。このままだとホミニス族は絶滅しちまう。そしたら、血も飲めなくなるんだぜ?」

『……確かにな、血が飲めなくのは私としても困るな。ネロのガキは、デモネシアこそが世界の覇者であるべきだと唱え、ホミニスどもを殲滅しようと叫んでいるようだが。若い頃は皆、野心に燃える物だと放っておいたが、その話だと私にも害が及ぶ訳だな』

「ああ、このままだとそう遠くない未来、ホミニス族は根こそぎ消されるだろう」

『……あのガキ、私の楽しみまで奪うつもりか』


 まさか、ここまでデモネシアと話が盛り上がるとは思ってなかっただけに、対話を試みて良かったとつくづく思っていた。その反面、連れて来た面々は複雑な表情を浮かべている。


「どうだろうか? セリアンは俺の、ラベルンロンド皇帝の協力者として王宮に暮らしてもらうというは?」

『私に何のメリットがあるのだ?』

「俺の血を定期的に好きなだけやる、死なない程度にな」

『……お前、美味いのか? 味見させろ』


 首元をよこせと彼女に促され、俺は意を決して味見をさせる事にした。その瞬間、


「陛下っ! 危険ですっ!」

「やめてください陛下っ! 試すなら自分の血で!」


 アレックスやマイケルの制しを聞かずに、俺はセリアンに血を吸われた。すっと体の力が奪われて行く感覚だ。数十秒、飲んでいたセリアンは顔を上げ、俺に向かってニカっと笑う。


『今まで飲んだ血の中で、一番美味いぞ、お前、何者だ?』

「ただの若い男だ」

『この血が定期的にもらえるのなら、考えてみる価値もありそうだな』

「お、話が分かるじゃねぇか、セリアン」

『お前の要求は何だ? 私を王宮に閉じ込めて何をしたい?』

「いや、閉じ込める気はねぇ、俺が前線に戻る時には一緒に来てもらうつもりだ。その時、デモネシアとの通訳をしてほしいんだ」

『なるほどな、そういう発想をするホミニスが現れるとは、アリエルも面白い事を考えたものだな』


 セリアンの言葉は、まるでアリエルは実在するように話している。まさか、実在したのか? いや、実在するのか?


『良かろう、こんな山奥でひっそりと暮らすのも飽きていたところだ。お前の話に乗ってやろう』

「ありがてぇ、あんたの存在は、デモネシアとの和解の可能性にも繋がる。協力に感謝するぜ」

『私も血を探す事なく、欲しい時に飲める環境、しかも絶品というのは願ったり叶ったりだ、よろしく頼む』


 握手を求めるセリアン。俺はそれに応じて握手する。こうして、歴史的に初めて、ホミニスとデモネシアという種族を超えた協力関係が誕生したのだった。


◇◇


 ペニーとリチャードの二人と合流した俺たちは、宿で一泊する事に決めた。降伏した賊は、地元の警備兵団にゆだねられた。あくまで、レオン四世の悪政による被害者であるという事を強調した上で、犯した罪を聴取し、その償いはさせる。それから、社会復帰をさせるようにと伝えて来たとペニーが話していた。


 俺はセリアンと二人で酒場に行き、話し込んでいた。酒場の親父も珍しいもんを見たという顔をしていたが、俺の連れだという事でそれ以上は詮索してこなかった。


『酒というのも美味いものだな』

「だろ? 城に帰ったら、好きなだけ飲んでいいぞ」

『お前、本当に皇帝か? 自由過ぎるだろ?』

「あはは、俺もそう思うけど、残念ながら皇帝なんだわ」


 陽気にそんな交流をする俺をよそに、宿のリチャードの部屋に集まったマイケル、カリンダ、ペニー、アレックスは、今回の件の反省会をしていた。


「……陛下が予想外過ぎて、反省も改善もないな」


 微笑するリチャードに、カリンダが続く。


「でも、間近で皆の慕う陛下という側面を見れた気がしたわ」

「きっと賊ですら、一人も殺したくなかったんじゃないかな、陛下は。悪い事したな」


 マイケルが自分で殺めた二人の賊の事を反省している。


「それを言うなら、私だって最初の賊を殺してます」


 ペニーはそう言って、その後の話を聞いた後だからこそ、考え込んでいた。


「……正義って何でしょうね」


 アレックスが天井を見ながら悩むのだった。


◇◇


 次の日の朝、馬車に乗り込んだ。昨夜の酒場での会話の中で、『ホミニスの乗っている馬車と言ったか、馬が引いている車。あれに乗ってみたいと思っていた』とセリアンから聞いた俺は、リチャードたちの了解を得て、馬車での帰還に変更した。

 変更を伝えるために、一番足の速いペニーが先行して、ジェラールに事の次第を報告しておくという事で、馬車には俺とセリアン、リチャード、マイケル、カリンダ、アレックスの五人で乗っている。俺以外は青い顔をしている。


「へ、陛下、本当に信用して良いのですか?」

「大丈夫だ、こいつは話せばわかる奴だ、なあ、セリアン?」

『そんなに警戒するな小僧ども。取って食う気はない。血をくれるなら味見させてくれ』

「ひぃ……」


 容姿が不気味、という点はある。角が生えており、青い顔。だが、作りは美人だ。黒いドレスも良く似合っている。


「よく見ろ、お前ら。肌の色こそ違和感があるだろうが、作り見てみ? 美人だぞ、セリアンは」

『やめろ、グレン。これでも500歳を超える良い歳だ。容姿を褒められるのは照れ臭い』

「……た、確かに、お綺麗ですが」


 ようやく少し馴染んだのか、マイケルがジッとセリアンを見つめている。


『なんだ、小僧? あまり見ると料金取るぞ? 少し血を吸わせろ』

「え? ほ、本当にデメリットないんでしょうか?」


 俺の顔を見るマイケル。昨夜吸われてから、特に異常はないと思っている俺は頷いた。


「な、なら、良かったらどうぞ」

「ちょっと、マイケル! 何考えてるのよ!」


 首を差し出すマイケルに、カリンダが止めに入った。すると、マイケルは理由を説明し始めた。


「だって、血を吸われるなんて経験、なかなかできないだろう?」

「そ、そりゃそうだけど……」

『吸っていいのか? やめておくか? 別に私は今、渇望しているわけではないから断ってくれても構わないのだぞ?』

「いえ、経験のため、ぜひ吸ってください!」

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