とある魔法研究家のソロライフ

にゃべ♪

たった1人の魔法研究家

 ここはとある地方都市。俺はここで魔法の研究なんて酔狂な事をやっている。それで食っていけるのかだって? 実際、これでは食えていない。親の遺産だけが頼りだ。そう、俺の両親はもういない。だからいつまでもこの生活が出来る訳じゃない。

 けど、俺だっていつまでもこのままでいる気はない。いつかこの研究で食えるようになる。そのために研究を続けている。魔法の真髄を極めて、本物の魔法使いになるんだ。


 俺だけの研究生活だから、フィールドワークも当然1人。いつも部屋の中での研究ばかりじゃない。たまには外に出て過去の魔法使いが残した遺跡なんかも研究している。信じられないだろうけど、大昔には身近に魔法使いが結構いたんだ。

 そんな遺跡の研究も1人でやっている。準備が面倒なものの、思うように調べられるから悪くはない。


 リアルでは1人なものの、研究はネットで発表しているし、その縁で友人も出来た。今まで一度も会った事はないけど、話の合う同志はそこにいる。だから孤独って訳じゃない。辛くなったら相談も出来るし、逆に相談に答えた事もある。

 彼とは、今ではかけがえのない親友だと俺は思っている。


 今日の研究は悪魔召喚だ。今までに読み漁った書物から得た情報を実際に試す時が来た。これが上手く行けば、悪魔を呼び出す事が出来るはずだ。俺は条件に合う広場に向かい、そこに魔法陣を描く。

 将来の魔法使い生活のためだ、どうか上手くいってくれよ……。


「エロイムエッサイム……」


 魔法陣を書き上げた後に召喚の呪文を唱える。ここまでは順調だ。時間、場所、何もかも条件を揃えた。成功を確信しつつ、俺は呪文を唱え終わる。


「……」


 魔法陣には何の変化もない。どうやら召喚は失敗のようだ。失敗を確信してすぐに俺は魔導書の該当ページを再確認する。まさか本が偽物だった? それともまだ足りない要素があったのか、考えられる可能性をいくつも思い浮かべる。

 けれど、いくら考えても何ひとつその要因を見つけられなかった。今日の召喚は成功して当然だったはずなのに。


「ああ……」


 心に大きな穴が開いた俺は空を見上げる。いくら眺めても、女の子は落ちてきそうになかった。希望が打ち砕かれるのは今に始まった事じゃない。自分の心にケリが付いた後、俺は全ての痕跡を消して撤収する。


 翌日は気持ちを切り替えてゴーレムの研究だ。素材は全て揃えてある。俺は粘土細工の要領で実験用の小型の人形を作成する。我ながらいい感じに作る事が出来た。


「よし、こんなもんか」


 人形が出来たら魂を込める。これが一番重要な工程だ。呪文を唱え、特別な文字を書いた羊皮紙を人形の額に貼る。こうして全ての工程は終わった。

 不慮の事態に備えて魔導書を片手にしばらく様子を見るものの、いくら待っても人形に魂の宿った様子は見られない。


「また、ダメか……」


 キョンシー状態の人形を見つめながら、俺は大きくため息をひとつ。いくら書物を読んで理解したつもりになっても、実際に魔法が使えなければただの妄想に過ぎない。信じて集めた書物が全てデタラメだとは思いたくはなかった。


 あまりに失敗が続くので、俺は基本に立ち返る事にする。そう、魔法使いと言えば魔法薬。様々な材料を鍋に入れて魔力を込めて煮込むと出来る、不思議な効能を持つ魔法の薬だ。

 昔、魔法使いのイメージと言えば森の魔法薬屋さんだった。つまりは、アレだ。


「さて、材料を集めるか」


 俺は魔導書の記述に従って各種素材を揃えていく。ある程度のものはすぐに揃える事が出来たものの、トカゲのしっぽが用意出来なかった。これは現地調達するしかない。俺は着替えると外にトカゲ探しに出かける。

 家の庭で見つかれば一番早かったものの、そんなに都合良くは行かなかった。


 近所を皮切りに捜索範囲を広げていると、路上を気楽そうに歩く猫を発見。しかも黒猫。魔法使いの使い魔と言えば黒猫が基本だ。だから俺はそいつを捕まえようとこっそりと近付いた。

 けれど、後もう少しと言うところで猫に気付かれ逃げられてしまう。


「あははは……」


 俺は昔から猫に縁がない。多分生理的に嫌われているのだろう。逃げられた事で改めてそれを実感する。何事もうまく行かないなぁ。

 本題のトカゲだけど、アチコチ歩き回ったものの見つからなかった。どうして必要な時に限って見つからないのだろう。結局足りなかった諸々はネットで購入する。探せば見つかるものだ。便利な世の中だな。


 集める事が出来た素材を魔導書の記述に従って鍋に入れていく。じっくりコトコト煮込んでいく内にそれらしい液体が出来上がっていった。流石に魔法薬は失敗はしないだろう。しないで欲しい。レシピ通りに作れたはずだ。流石に毒にはなっていないはず、多分。


 出来上がった魔法薬は他人の心が読めると言うものだ。1人で研究しているため、効能を確認するには自分で飲むしかない。俺は鼻を摘んで一気にそれを喉の奥に流し込んだ。

 飲み込んだ直後に俺は謎の発熱に襲われ、一晩寝込んでしまう。


「ああ、よく寝た」


 翌日の目覚めは悪くなかった。睡眠時間をたっぷり取った事で以前より快調になったくらいだ。さて、薬の効果だけど、こればっかりは家に引きこもっていては確認する事が出来ない。他人の心の声を効く薬なのだから。

 と言う訳で、俺は家を出て市街地を歩き始める。出来れば人が多く歩く商業地帯を歩くのがいいだろう。


(何アレ、キショ……)

(うわ、あの服、ないわー)

(アイツ臭くね?)

(ヒエッ、不潔!)


 外に出るのに、身だしなみや服装を気にしていなかったと言うところにも原因があるのだろう。だとしても、聞こえてくるのが拒絶を意味する言葉や罵詈雑言ばかりだとは――。

 薬は確かに正しい効果を発揮していたものの、だからこそ俺の精神は深く傷ついてしまうのだった。


「うう、もう他人は信じられない。一生家から出たくない……」


 他人の目が怖くなった俺は、家から出られなくなってしまった。幸い、今の時代はネットスーパーがある。何ならウーバーイーツだってある。家から出なくても暮らしていけるのだ。

 こうして、ますます俺はネットに依存していった。


 俺が重度の引きこもりになった頃、家に身に覚えのない小包が届く。それは、事情を話した時に心配してくれたネット友達からのプレゼントだった。中には以前から欲しがっていた新しい魔導書と、俺が好きだと公言していたお菓子やら調味料やらが入っていた。


「嘘だろ……? こんな事をしてくれるだなんて」


 このプレゼントに感動した俺は、この友人との交流が深くなった。魔法研究の成果を報告し合い、次第に実験も失敗が減ってくる。成功体験を発表し合う内に文章力も磨かれていった。


 この交流が実を結んで有料メルマガを出す事になり、俺はそれで生活が出来るようになる。文章量が溜まったら本も出すつもりだ。出版社にも目星は付けている。実績を積み重ねていけば、この話もきっとうまくいくだろう。

 活動が活発になったので、ネット上の友人も更に増えた。研究で困った事があったら彼らに頼ったりもする。みんないい仲間達だ。


 でもリアルでは今でも1人。1人がいいんだ。



(おしまい)

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