レースと軍手と虹の歌

イビヲ

第1話 【光の冠、土の指】

クリーム色の集合住宅の壁が、太陽光を全力で反射していて目が痛む。

雲一つない晴天と涼やかな風は心地良いが、日差しだけが一足先に季節を進めてしまったみたいだ。

ここ月の丘団地の人口はかなりの速度で増え続けており、気付かぬうちに同じ形の建物がまたいくつか建っていた。

その分自宅から目的地への距離も伸びたのだろう。

いつもは建物を出てすぐの場所にあるように思っていた小規模な公園が、今日は少し遠く感じた。


日差しを和らげる新緑の影に入りようやく一息ついたとき、今時期咲いている小さな白い花ではなく、ごく淡い藤色の羽根が肩に降ってきたので、反射的に見上げた公園中央ウワミズザクラの大木。

その枝に、この辺りでは珍しい羽根持ちの女性がちょこんと腰掛けている。

真っ白な短髪に躍る木漏れ日が冠のようで、幹に添えた細い指も、遠くを見つめる黒く丸い瞳も、うっとりするほど絵になっていた。


「わぁ綺麗……」

思わずため息混じりにそう呟く。

長耳の私とは使う言語の違う種族。そしてこれだけ距離があれば、返事など返ってこないとわかっていての独り言だった。

美しい羽根持ちの女性はやはりこちらに気付くことはなかったが、予想外の所から声がした。


「――――――!!」

真後ろから別の種族に話しかけられ、ツンと服の装飾を引かれる。

フリルとレースがたっぷりついた少し動きにくい服は、その装飾の多さからどの場所を引っ張られたのか感覚が掴めなくて恐ろしい。

首の後ろに冷や汗をかき、ぎこちなく振り返るとそこには、額の髪をてっぺんで括り小豆色のジャージを着た角丸耳の少女が、目を輝かせて私を見ていた。


「え、誰?何??」

よく見ると傍には手押しの一輪車があり、使い古した軍手と泥の付いた野菜が荷台にこんもりと積まれている。

「――、――――、―――――――?」

「やだやだ、わかんないってば!言葉が違うんだから!!」

角丸耳の少女は私というより私の服に興味を示しているらしく、レースをつまんだりリボンに触れたりしながら私の周りをグルグル回り始めた。

軍手を外してるとはいえ土を触ったままの手で無遠慮に触らないでほしい。

しかし言葉は通じず、悪意を持っての行動ではなさそうなので振り解くのにも躊躇する。

泣きそうになりながら硬直し、目だけで少女の額に揺れる括った毛束の先を睨んでいたら、再び薄紫の羽根がひらりと視界を横切った。


「あっ!……行っちゃった」

妙な絡まれ方をしている間に、あの美しい羽根持ちの女性は、ウワミズザクラの枝を微かに揺らして飛び去ってしまった。

ほんの一瞬こちらに視線を向けてくれたような気がしたが、夢のように美しい姿は視界から呆気なく失われていった。

八つ当たりだとわかっていても、角丸耳の少女への憤りが沸々と湧き上がり、思わず足を大きく地面に叩きつけてしまう。

ダンッ

強い音に、さすがの少女も動きが止まった。

「あなたのせいで綺麗な人を眺める時間が減っちゃった。私怒ってるよ」

ダンッ

念押しのようにもう一度足を鳴らして、驚きに見開かれた目を今度こそはっきりと睨みつけ、勢いを失わぬうちに彼女の手を振り解いて、小走りに立ち去る。


十分な距離をとれたあたりでそれとなく振り返って見ると、角丸耳の少女はまだその場にいてぼんやりと手を眺めていた。

なんだかやりすぎてしまったような、しかしこちらへの興味の強さが恐ろしいような、罪悪感と不気味さに胸がさざめいている。

……こんな気分を抱え込んでいたくない。


幸い、これから向かう場所は団地と旧市街の境にある長耳用のカフェだ。

その場にいつもいる店員さんか、顔見知りの誰かに、盛大に愚痴って忘れよう。

ついでにすごく美しい羽根持ちの女性を見たことも目一杯自慢しよう。

こちらは忘れないように、うまく説明できるように、お店に着くまでに瞼に残るキラキラした姿を言葉に組み直しておかなくては。

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