Episode3*廃都と騎士



 “なんでも屋”一行は現在、日が変わってそうそうに移動を開始していた。


 もしかしたらではあるが、“シーシャ”の住んでいた都市に生き残りがいる可能性と、僅かな可能性だが“保守派”の人間が救援に来ているかもしれない。


 仮に保守派の人間が救援に来ていた場合、まだ幼いシーシャよりも大人である保守派の人間から確かな情報を得る方がいい。

 そのように話が纏まり、直ぐさま移動という事になった。いまだ傷の完治していないシーシャは、ディアエラが背負っている。


「ところでシーシャ。ひとつ聞きたいのだが、其方そなたを助けたのは何者だ?護衛か家族なのか?」


 シーシャを背負うディアエラが、ふと疑問に思った事を口にした。

 阿良來間アラキマは誰が助けたかにはあまり興味がなく聞かずにいたが、ソレが気になるディアエラは個人的に質問をなげかけた。

 それにシーシャは、何も拒むことなく答える。


「私を助けたのは仮面を付けた男よ」


「仮面?まるでヒーローだな。それでどのような仮面を付けていたのだ?」


 ディアエラはTVや漫画で出てくる戦隊モノのヒーローを連想して、微笑ほほえみながら質問を続ける。


曖昧あいまいなのだけれど、左右で白と黒に別れたきつねの仮面だったわ」


「狐の仮面だァ?随分と目立ちたがり屋な野郎だなぁそいつ」


 少し先を歩いていた阿良來間の耳に二人の話し声が聞こえたのか、隣に来て会話に割り込んでくる。


「聞いて正解だったであろう?狐面の輩が敵か味方かは分からんが、何らかの情報を持っているのは確かだ」


「そう簡単に見つかりゃ苦労しねぇんだがね。幾ら派手な面付けてようが俺らはなんも知らねぇんだ。今は兎に角、確実な手段で行くのが懸命けんめいだろうよ。無駄に体力やら精神メンタル消耗しょうもうさせんな。いざって時に使いもんになんねぇだろ」


「…」「…」


 そう発言した阿良來間に対して、ディアエラとシーシャは驚いたように目を見開き口を丸く開けた。


「あんだよ?」


「い、いやなに…改めて貴様がしっかり物事を考えていることに驚いてな…」


「そうね…人生適当に生きている部類だと思ったわ…」


 どうやら二人は阿良來間がこの先の事を思ったよりもずっと考えていた事に驚きをあらわにしたらしい。


 ディアエラは何気に付き合いが長く阿良來間の生き方を見てきたが、どれも楽観的で真剣に考えるような素振りは無かった。

 千年後に目が覚めたあとの行動も見てきたが、その時は阿良來間の事を気に停めている余裕はなかった。


 シーシャに限っては昨晩さくばん、初めて会った時の印象が適当に生きている人間なんだろうなというものしかなく、まさか此処まで物事を考える人間だとは思っていなかったようだ。


「おい誰かこの失礼なガキと女放り捨ててこいッ!」


「なんじゃお主バカにされたのかぁ?まぁバカっぽい顔しておるから仕方ないじゃろ!ぬはははッ」


「やんのかのじゃガキ?!」


「おう上等じゃ!わしがギッタギタにしちゃるわ!」


 どうやら最早ディアエラとシーシャの事は気に止めていないようで、阿良來間は先頭を歩いていた劉胤リュウインと喧嘩を始めた。何故だが伊斃イベも巻き込まれているのが見える。

 そんな光景を二人が笑いながらみていると、隣にダミがやってくる。


「アレでも俺たちを纏めるボスだ。考えるべき事は考える男だ」


「確かにな。貴様らのような暴れ馬の手網を握れるのは彼奴あいつくらいか」


「あぁ。劉胤も馬鹿にする行動とるが、アレでも阿良來間に恩を持っている」


「そうなのか?」


「当然だ。俺たちはみな、アイツに拾われた身だからな」


「…なるほどな。道理で懐いている訳だ」

(私の所には無かったものだな…)


 ディアエラは何処かに感傷に満ちた表情を浮かべながら、小さく微笑み先を歩く阿良來間たちを見つめた。

 するとその瞳には、止めに入ったフレックと、喧嘩を始めた阿良來間と何故か巻き込まれた伊斃が劉胤にアッパーを食らい吹っ飛んで行くのが写った。


「…私は永遠にあのバカを尊敬できそうにない」


「俺も尊敬はしていない…」




 ▼


 それから時間は経過して四日が過ぎ去った。

 現在、阿良來間たちが位置する場所は都市まで半日も掛からないまでになっていた。

 食料・体力共に問題はなく、シーシャの怪我や体力も回復している。


 とはいえ都市内部に敵がいまひそんでいる可能性は高い。

 相手が使う異能がどう言ったものか分からない上に、異能自体の効果や仕組みも大きく変わっているかもしれない。

 そんな中で戦うには不安が残る。そこで万全を期すために、阿良來間たちは都市から暫く離れた位置で計画を立てていた。


「とりま伊斃、今の状態で何体出せる?」


「そうだね…多くて十四体と言ったところかな?私の異能は戦闘向けじゃ無いからね、そこまで強くもない。おとりもしくは斥候せっこうとして使うのがいいだろう」


「私は余り斥候として使うべきでは無いと思うがな。敵の実力や異能も分からぬ中、斥候として使い足が着けば厄介だ。何よりシーシャに被害が及ぶのは避けたい。使うのであれば撤退時の囮としてだ」


 現状、都市内部の情報を持っているのはシーシャだけだ。一応シーシャに都市内部の大まかな地形と重要な建物の配置を聞き把握出来ているが、シーシャがさらわれるなどと言った事になれば保守派の人間と繋がれなくなる。

 現状それは最も避けなければいけない。


「んじゃシーシャのお守りはディアエラと伊斃と劉胤がしろ。そんでシーシャがかくまわれてたっつぅ館に着き次第、俺とフレックとダミで何らかの情報がねぇか探す」


「敵に見つかった場合は即座に撤退か?」


「そうだ。無力化できそうならしちまってもいいがァ…まぁ極力避けろ。あんま顔が割れんのも良くねぇ」


 阿良來間が危惧するように、今顔が割れてしまえばこの先の行動に支障が現れる。そうなれば潜入などと言ったことが出来なくなり、敵方の情報を得る事も難しくなってくる。


「あの〜」


「どうしたよ?」


 話の途中で何か提案でもあるようにして、フレックが手を上げる。


「確かですけど、僕のトランクケースの中にマスクとフード付きのマントがしまってある筈です」


 そう言うと伊斃の異能の中にしまってあるトランクケースを取り出す。

 そこそこ大きなトランクケースを開けると、中にはマントやマスク、メガネやサングラスといった変そうや隠密に使うであろう物が多く入っていた。


 そうして全員がマントを羽織はおりマスクを付けると、見事に顔と姿が隠れる。マントも黒いお陰で夜ならばまずバレない。


「よし。んじゃ決行の時間は夜の七時だ。その時間帯ならあたりはすっかり暗闇だ。通信手段はいつも通りインカムを使え」


 阿良來間が指示を出すと、それぞれがインカムと腕時計型のデバイスを装着して電源を入れる。念の為に通信が問題なく機能するか確かめておく。

 現在の時刻は〘PM04:31〙。今から移動すれば夜の七時前か少し過ぎた頃には着く。


「そんじゃ行くぞ」


「「了解」」




 ▼


 空はすっかり黒く染まり、世界も暗闇に包まれる。僅かな月明かりが世界を照らす。


 時刻は変わり〘PM07:08〙。予定通り阿良來間たちは都市へと到着していた。

 風も無く虫の声もしない静寂の中、慎重に行動する。


「おうおう随分とご立派な壁じゃねぇのよ」


「70mはあるだろうね」


 そんな阿良來間たちの目の前に、上から下にかけて広がる形状の壁が視界を埋め尽くす。

 この壁は阿良來間たちのいた黒庵街こくあんがいを囲っていた壁よりもずっと高い。


「これでも小さい方よ。私のいる国、クラネットそこまで大きい国じゃないもの」


「マジかよ…」


「無駄話はそこまでにしておけ。さっさと入るぞ」


 阿良來間とシーシャは、ディアエラに注意されて一旦会話を止める。

 そして予定通りシーシャの案内で都市に入れるゲートの入口へと向かう。巨大な壁沿いに進み続けると、そこそこ大きなゲートへとたどり着いた。

 だがそのゲートは無惨にも破壊されている。


 そしてゲートの前にはSF感溢れるパワードスーツを着た死体が数体転がっていた。

 死体の状態を確認すると、どれも剣による斬殺。銃痕は一切見当たらない。それに死んでからあまり時間が経っていないようだ。


「コイツらが保守派の連中じゃねぇよな?」


「…いいえ違うわ」


 阿良來間の言葉に、シーシャが首を横に振りはっきりと答える。

 そしてシーシャが言うには、彼らは都市を襲撃して攫おうとしてきた者たちとの事だ。となれば彼らを殺害したのはシーシャの味方である保守派、もしくは別の勢力となってくる。

 味方であれば良いが、敵であれば厄介な程に腕が経つ相手になる。


「足跡的に数は四人ですかね?」


「ふむ。数では辛うじてと言ったところじゃな」


「ま、数で勝ってようが負けてようが逃げること考えろ。俺らは別に戦いに来たんじゃねぇから」


「わかっておるわ」


 軽口を叩きながらも、阿良來間たちはより一層警戒してゲートを通る。それなりに分厚い壁を抜けると、眼前がんぜんに広がったのは正に惨状そのものだった。

 舗装ほそうされた道路にはクレーターや亀裂きれつが大きく入り、レンガ造りの建物は酷く倒壊し、車は黒く焦げ溶けている。

 そして何よりも至る所に転がる死体の数々。武装した者から子供まで、慈悲などという言葉ないほどの有様となっていた。


「酷いな。逃げる者、投降する者、誰彼構わず殺している」


「あぁ。私の居た戦地も似たようなものだったが、これは一方的な虐殺だ。抗う事さえ許さ無かったのだろう…許し難いものがあるな」


 都市内部を静かに進んで行けば行くほど、その悲惨さは増していく。

 鼻を刺すように漂う匂いは、腐乱死体の悪臭と焦げた匂いが混じり吐き気を誘うほどになっていた。


「良く考えりゃァそいつがとっ捕まん無かった事だろ。捕まってりゃ今頃どっかで此処よりもひでぇ事になってたろうよ」


 政府貴族はシーシャの力を求めてこれほどまでに酷い虐殺をして都市を破壊した。

 だがもしも、これにシーシャの力が加わっていれば、それこそ異界樹が暴走した時のような地獄が別のどこかで拡がっていただろう。


 とは言え、幼いシーシャにはこの光景は酷く写ってしまい、ディアエラに背中をさすられながら胃の中の物を吐き出す。

 ディアエラと劉胤に声をかけられながら、どうにか心を落ち着かせて足を進める。


 死体や瓦礫などを避けながら、最短の距離で目的地を目指す。今の所敵らしき者は確認できていない。


「ここよ」


 そう言い立ち止まると、そこには立派な館が佇んでいた。だが矢張りここも他と変わらず、酷く破壊された箇所が多く目に付く。


「勿体ないですね〜。いい家なのに」


「全くじゃ…お、あそこから入れそうじゃぞ」


 館の周りは5m程の柵で囲われていたが、一部破壊された所を通って裏から邸内へと入っていく。

 邸内とても広く、荒らされてはいないものの死体などで酷く荒れていた。


「よし、そしたら計画通り行くぞ。一階は俺、二階はダミ、んで三階がフレックだ。ディアエラたちは何時でも逃げられるようにしとけ」


「わかった」


「んじゃ開始だ」


「「了解」」




 ▼


 阿良來間の合図で直ぐに全員が自身の役割の為に動き始める。フレックは階段を静かに音を立てないようにして走り、各部屋を確認していく。


(此処も無い…此処も無い…これどこにもないパターンか?悪徳連中が隠蔽の為に情報削除した感じか?)


 どの階も何十部屋とあり、そのどれもが広い上に書類やらPCが至る所に転がっている所為で中々これといった情報が見つけられずにいる。

 当然フレックのところ以外の阿良來間やダミも同じだろう。


(えっと次は…此処か)

「ッ!」


 フレックが次の部屋に入ろうとドアノブに手をかけたその瞬間、扉ごと吹き飛ばす威力の衝撃がフレックを襲う。

 直撃していれば大怪我などでは済まない衝撃を、フレックはギリギリで後ろへ飛びソレを回避していた。


(クレイモア…じゃないな。槍…ランスか?確か死体の中に穴の空いたのがあったな)


「あんた何?ほんとに人間なの?全ッ然気配しないんだけど…ま、逆に気配無さすぎてわかったんだけどねー」


 藻屑もくずや埃が舞う中、身の丈以上のランスを持った黒髪の女が、カツカツと靴を鳴らして姿を現す。

 彼女の纏う空気は、戦場に立つ人間のソレだった。


(通信で今すぐ報告…いやダメだ。彼女も僕と似て空気に溶け込むのが上手い。もし他に似た奴がいれば面倒だ。ここで殺すかなにか別の方法を考えるしか無いな)

「…そっちこそいきなり酷くないですか?まだ敵だって決まった訳じゃないのに…当たってたら死んでましたよ?僕」


 何とかして阿良來間たちにこの状況を知らせる為に、フレックは脳を回転させる。

 考えながらも話し続けて、少しでも時間稼ぎにでも繋げようとする。


「何を言うかと思えば…あんな気配消せる奴が避けらんない訳ないでしょ?」


「その通りですよね〜…一回自己紹介しません?案外敵じゃないかもですよ?」


「そうね〜…」


 フレックの提案に、彼女は頬に指を当てて考え込む仕草をする。

 そして、


「いいわよ。別に減るもんじゃないし。冥土の土産にでも教えてあげるわ」


 そう言うと手に持つランスを床に突き刺し、鋭い黒い瞳をフレックに向ける。


「私の名前は“カリア”。

 クラネットの特務騎士の一人よ!私の名前を聞けた事に感謝するのね」


 カリアと名乗った彼女は、胸を張り大きく宣誓するように自己紹介をした。


「クラネット…カリア…特務騎士…なるほど。ありがとうございます。僕はレリクと言います。此処へは小銭稼ぎできました」


 それに対してフレックは、当然嘘を付いた。これは元から決めていた事だが、顔も名前も素性から何まで今誰かに知られるのはまずい。

 そう言う事で、フレックは純粋な瞳で彼女に嘘をついたのだ。


(こんな所まで一人で?)

「…そう。興味無いけれどね」


「それは嬉しいですね。覚えられると面倒くさそうなので」


 そうフレックが返すと、空気が一気に変わる。タダでさえ冷たい空気が、更に冷たく、重苦しくなる。


「…それじゃ、死んでくれるわよね?私もここにいるのがバレると面倒なのよ」


「嫌です。なので本気で抗います」


「あらそう。好きにしなさいよ…できるもんならね」




―――――――

死の匂いが広がる廃都市。

無惨に破壊された都市で繰り広げられるは、殺伐とした殺し合い。


 次回『激戦の中での合流』


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ソレが描くモノガタリ 涙袋 @namidabukuro

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