Episode2*少女の依頼
何も無い広大な荒野を、風を切るようにディアエラと
先程の位置から約八km。数十分はかかるであろう距離を、ディアエラの異能で大きく短縮する。
目的地に着くと、直ぐさま少女が写っていた岩陰に行く。
するとそこには、透き通るほどに美しいアイスブルー色の髪を汚しながら倒れる少女がいた。
「私が見る。貴様は辺りの警戒を頼む」
「了解じゃ。ドローンも動かすように伝えておく」
現状この
ディアエラは劉胤に周辺の警戒を頼むと、それに頷きフレックにもドローンによる警戒を呼びかける。
その数秒後にドローンが動き始め、周囲を注意深く飛び始める。
この状況であれば、突然襲われる危険性は無い。そう判断すると、ディアエラは倒れている少女を慎重に仰向けにして、どのような状態なのかを診始める。
まずディアエラが察したのは、少女に着いた傷と服の汚れ具合だ。
長い時間を戦場に生きてきたディアエラは、少女の傷や怪我の類いが人為的に付けられたものであり、
これ程酷く汚れていれば、それなりに重症な事が多いが、運のいい事に少女の身体に命に関わるような重度の
細々と来た傷や
そう判断したディアエラは、耳に装着したインカムに手をかける。
「
ディアエラが通信相手に選んだのは阿良來間だった。現在ディアエラはなんでも屋の社員的な立ち位置にいる為、そのリーダーである阿良來間に真っ先に報告すべきだと判断したのだ。
『あんだ?まさか死んでるとか言うんじゃねぇよな?』
「安心しろ生きてはいる。問題があるとすれば、この子は襲撃を受けた可能性が高い」
『まぁじかよ。つうこたァあれか?近場かどっかでどんばちやった野郎がいるって事か?』
「そうだ。この子が起きん限りはわからんがな。取り敢えず辺りの安全を確保でき次第拠点を張るべきだ」
『わかった。とりま応急処置しとけ』
「了解した」
通信を終えると、ディアエラは救急パックに入っている治療器具などを使い少女の簡易的に処置を施す。
切り傷や火傷跡には消毒をして
念の為“
「少し痛いだろうが我慢してくれ」
小さな注射器に細い針が、か細い少女の腕へとゆっくり刺さっていく。
そして血を採取終えると、注射器した箇所を消毒して止血用テープを貼る。
「一先ずはこれでいいだろう」
採取した血をカプセル容器へと保管すると、周囲の安全確保のために警戒に当たっていた劉胤が戻ってくる。
劉胤の様子からして、周囲に危険となる存在はいないようだ。
「まだ眠っておるのか?」
「あぁ。だが呼吸はそこまで乱れてない。僅かだが水も飲めていた。しばらく安静にすれば目を覚ますだろう」
そう言うディアエラは内心、本当に目を覚ますのか確信を持つことが出来なかった。
▼
それから数分が経過して、阿良來間たちも少女の元に辿りつき、ディアエラたちと合流する。
改めて少女の状態を診てそこまで大きな問題がないと確認すると、テントを取り出して成る可く早く設置していく。
三つのテントの張り終えると、少女の目が覚めるまで一時休憩する事になった。
「あの様子なら今日中には目を覚ますだろうね」
「だといいんだかなァ」
現在時計は〘PM09:24〙と表示されていた。
空は既に暗く染まり、時折雲の間から見せる月明かりと満天の星が輝いている。
少し冷たい風の吹くテントの外で、阿良來間と
「とりま目ぇ覚ましたら情報聞き出さねぇとな」
「その場合フレックに頼むのがいいだろうね。私たちの中では彼が一番人間らしい」
なんでも屋の面々は、フレックを除いてどうも常識を持っていない。正確には他人に
阿良來間は面倒そうだからか面白そうだらかの二択でしか判断せず、伊斃は無自覚の内に人の心をエグる。
ダミは顔が怖い上に無駄に口数が少ないな所為で誤解されやすく幼い少女が見たら絶対に泣く。
現状マシなのはフレックと
「俺らそんなイカれてっかねぇ」
「はて?どうなのだろうね」
「ぁぁぁ暇だ。飯取ってくるわ」
「私の分も頼んもうかな?」
「お前ねぇ、俺これでもじょぅ――」
阿良來間が椅子から立ち上がったその刹那、夜の静けさを破る
そしてテントが吹き飛ぶと同時に、灰色の砂煙の舞う中からフレックもアーチ状に吹き飛んでいく。
二回程バウントした後、直ぐさま立ち上がり姿勢を低くしてしゃがむような体勢をとる。次の瞬間、フレックがカランビットと呼ばれる
「んだよ何事だァおい!」
「なんじゃッ?!何事じゃッ!阿良來間が馬鹿やったかッ?!」「なんで俺ッ――」
「敵ですッ!」
「何処だ?数は?」
「あの子ですッ!拾った女の子ッ!多分混乱してますッ!もしくは異能の暴走ですッ!」
「また面倒な!私では殺しかねんぞッ」
今の爆音で探索に出ていたダミと劉胤とディアエラが即座に戻ってくる。
フレックは今起きた事を
「んなこたァいいからお前その殺気しまえ!そっちの方が気になるわッ!」
「ごめんなさいつい癖で!」
阿良來間の注意でフレックは癖で発した殺意を消し去る。
「君の異能でどうにか出来るのだろう?」
「混乱してっかもだろ?そんな状態で異能使って見やがれ。もっとめんどくなるわ」
単なる異能の暴走であればなりふり構わず阿良來間の異能で押さえ付けられたが、混乱であるならば余計に警戒心を抱かせてしまう。
そうなれば冷静な会話、交渉が不可能になりかねない。今なに一つとして情報の無い中、貴重な情報源である少女に拒まれればかなり困る。
ダミであれば少女相手でも
劉胤とディアエラは戦士であり騎士だ。確かに過去拷問まがいな行為をしてきたが、子供相手にしては二人の
それを目の前で見過ごす程、二人はできた人間では無い。
だからこそ今行うべき事は、目の前の少女を落ち着かせる事だけ。
「よぉし。ガキ、一旦落ち着け。こちとらただ――」
「…貴方は…誰?…貴方たちも、私を
「あん?誘拐だァ?」
(どういうこった?まさかこのガキ、
誘拐という言葉に
少女の周りには髪と同じ色のアイスブルーにうっすらと輝く
「落ち着けってマジで。俺らは誘拐犯とやらじゃねぇよ。むしろ救ってやった側だぜ?」
「…なんで?…貴方たちは…私の“
「アリア?なんじゃそら?人の名前かなんかかよ?」
アリアという言葉に、またもや阿良來間は疑問を抱き首を傾げる。
「…ふむ。この場合私たちで言うところの異能ではないのかな?時間が経てば呼び方も変わるだろう」
「なんほどな。とりま安心しろ。俺らはお前の力目的じゃぁねぇ。ただ世界の状況やら近場に人里がねぇか知りてぇだけだ」
「…それだけ?」
「ああそんだけだ。お前のアリアとやらには興味はねぇ」
「……わかったわ」
阿良來間に敵意がないとわかったのか、少女の周りを飛び回っていた蝶が消える。それを確認したフレックもナイフをしまう。
「んじゃとりまゆっくり話そうや。世の中平和的にが一番だろ?」
「…そうね」
少女は頷くと、地面の転がるキャンプチェアを拾って立てると腰をかける。
阿良來間らも同様にイスに座る。
「それで…貴方たちは何?」
「俺らはなんでも屋だ。依頼されりゃなんだってやる集団だな。誘拐も依頼されりゃやるが
静寂の中、パチパチと火の粉が弾ける音が彩る。
少女は敵意が無いから大丈夫と思っている訳ではなさそうで、
「んでお前はなんだってこんなクソ荒野にいんだ?それこそ誘拐か?」
「…逃げてきたのよ…逃がしてもらったの」
「逃げるだァ?誰から」
「…国よ…私の
「お前の国はそんなにお前の異能…じゃねぇやアリアってのを欲しがってんのか?なんでまた」
その問いに、少女は口を
体も小刻みに震えて、額には過去の記憶の中にある恐怖からか数滴の汗が滲む。
そんな中でも、少女は声をかすれさせながら答える
「私の…
「…そりゃまた厄介なもんを持ったな」
「そのような力、誰もが喉から手が出るほど欲するだろうな。かくいう私も欲しい」
「お前なァ」
「冗談だ冗談。だがこの娘の国のお偉いどもは欲する側だ。面倒この上ないぞ」
時代が何度移り変わろうとも、人類には絶えずして欲望が
当然欲望の塊である人間は、少女の力を求める。心に埋まることの無い穴を埋める為に、欲深い人間は何でもするだろう。
そういった人間は何処までもしつこく、何処までもしぶとい。ソレを自らの手に収めるまでは止まることがない。
「なるほどなァ…んでお前の味方はいんのか?」
阿良來間は椅子の上で
「…いるわ…保守派の人達は今の…争いのない平和な今を望んでいるの」
「…そうかそうか、バックはいるわけだ」
「おい待てまさかとは思うが貴様…」
何かを察したのかディアエラは慌て始める。だがそんなディアエラに対して阿良來間は不敵な笑みを浮べる。
その顔を見たディアエラと他の面々は、やっぱりこうなるかと額に手を当てた。
「なぁに、悪い事じゃねぇだろ。おいガキ、俺らはなんでも屋だ。依頼されりゃ善悪問わず味方するようなクズだ。報酬さえ払えばそんなクズが味方してやるが、どうするよ?」
「……」
阿良來間からの提案に、少女は小さく息を飲み考える。
現状“保守派”という味方はいるが、この先一人で合流出来るとも限らない。だからといって報酬で動く阿良來間らを頼れば、より良い報酬を出す可能性のある敵派閥に寝返りかねない。
「もしやお主、わしらが裏切らんかと不安なのか?」
「…そうね…報酬で動く人間を信じろなんて、難しいでしょ?」
「カッカッカッ、安心せい!わしらはそこの馬鹿の言う通りクズじゃが、依頼主を捨てるような真似はせん。信用問題どうこう煩いんでな」
「一言余計だがそーゆ訳だ。どうする?これが最後だ」
少女はボロボロになった洋服の裾をギュッと力強く握りしめると、覚悟を決めた瞳で阿良來間を見つめる。
そして、
「いいわ。貴方たちを信じる…私を救って。報酬は依頼完遂次第、好きなモノをあげるわ。お金でも、地位でも、名誉でも…だから、助けて!」
少女は震える声を必死に抑えながら、助けを求める依頼を叫ぶ。
それを聞いた阿良來間は鋭い犬歯を見せる笑みを浮かべると、椅子から立ち上がり少女の目の前へと進む。
「その依頼しかと承った。俺の名前は
「…シーシャ・ウラウレスよ」
「んじゃどうぞよろしく頼むぜ?シーシャ・ウラウレス。俺らが最後まで守ってやらァ」
混沌と満ちた世界、光の無い暗闇の荒野で助けを叫ぶ少女の元に、助けの手を差し伸べるものは居なかった。
怖くて、苦しくて、悲しくて、負の感情が滝のように流れ落ちて来る。もう死にたいと思った。
けれどその時、少女の心を照らす小さな光が現れた。善なる光なのか、悪なる光なのか、それは分からない。
だが少女はその手をとる。自信の思い描く夢の為に。
「…ええ、よろしくお願いするわ。阿良來間薪人……」
―――――――
次回『廃都と騎士』
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