第二章*恐炎懺渦

Episode1*千年後の世界


 世界に響き渡るは喜悦きえつの声ではなく、心臓に届く撃鉄げきてつの音と、哀惜あいせきに満ちた悲傷の咆哮であった。


 2324年から千年が経った現在、新たに生まれた人類は、全く別の世界を成していた。

 過去を知る者は、ソレを語ること無く、誰も知らぬ闇へと姿を消した。


 フィニス暦1036年と呼ばれるようになった現在。

 国や都市、人々は混沌とした世界で、苦しみながら、争いながらも生きている。




 ◆???◆



「オートモードを終了。手動操作へと変更…完了」


 暗い闇の中を、男の声が木霊する。

 至る所に蜘蛛の巣が飾られ、埃が被る地下。

 暗闇を照らすのは、淡く青色に光る五台のポット。その中には、あの日より変わらぬ姿をした五人の人間が寝ていた。


「…ッてぇぇぇッ!…」


 男は突然全身を襲った激痛に、膝を着いてその場でうずくまる。


「クッソ分かっちゃいたが結構反動きやがるな…てかちゃんと千年たってんだろうなァ?」


 軋みを上げる体を動かしながら、男は部屋の奥へと足を進める。そこで今尚動き続ける時計を手に取り、年月を確認する。

 その時計には、『3360年4月9日PM05:47』と表示されていた。

 かつて自身で発動した異能が問題なく機能したことに安堵あんどしたのか、男はポットのある場所へと戻り腰をかける。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…どっと疲れたぜ……起こすか」


 男はうなるようにため息を吐いた。

 そして気だるそうに立ち上がると、ポットに備えられたレバーに手を掛け、力強く引く。

 すると重量感のある音と共に、ポットのふたが冷気を吐きながら開き始める。

 そうして、眠りについて居た者たちが目を覚まし始めると、重い体を起き上がらせる。


「よ、気分はどうよ?」


「最ッ悪ッじゃッ!体の節々ふしぶしが痛い!」

「…これは、ちょっと…しばらく動けそうにない、かもです…」

「思っていたよりも反動が酷いのだね。日常に問題は出ないだろが、しばらくは戦闘は避けたい気分だよ」

「俺は問題ない」

「私も問題ないな。案外耐性があったのかもしれん」


 男の問に、各々が個人の感想を応える。

 眠りに付いていた彼らの正体は、千年前に崩壊の中を生き延びた“なんでも屋”の面々であった。


 ポットを開けた男が、なんでも屋を率いる男。阿良來間薪人アラキママキト

 ポットから立ち上がり、最初に声を荒げた小柄な少女が、仙丈韋氏劉胤センジョウイシリュウイン

 敬語で話す青年が、なんでも屋で最も若いフレック。

 それに続くようにして立ち上がったのが、伊斃綉景イベシュウケイ

 大柄の男が、なんでも屋の主要戦闘員のダミ。

 最後の背の高い女が、元軍部会総帥であり、現在はなんでも屋(仮)のディアエラ。


 彼らは、千年前にコールドスリープ装置に入り、阿良來間によって管理されていた。


「んじゃ早速だがさっさと着替えてこい。そんな病院服みてぇなのじゃアレだろ?」


「おお、しっかりと残しておいたのか?貴様にしては中々やるではないか」


「目ぇ覚めて着るもんありませんとか笑ぇねぇだろ…」


 ポットの横に置かれた服を手に取ると、各々が着替え始める。

 それぞれが着替えを終えると、身体に異常が無いかの確認と、異能が発動するかの確認をする。


 長い期間寝ていたこともあり、身体の節々に多少の痛みを感じるものの、これといった障害しょうがいは見られ無かった。

 異能に関しては、発動自体に問題は見られなかったが、伊斃の開ける“パンドラ”の穴の大きさが人ふたり分にまで縮小してしまっていた。

 これはどうやら、異界樹が暴走した際に壊れてしまったらしい。


 すると突然、劉胤がフラフラとポットの上に倒れ込んだ。何事かと思い、ディアエラが駆け寄ると、劉胤の腹が大きく鳴る。


「…すまんのじゃが、食べるものは無いか?腹が減ったんじゃが」


「あ〜確かにそうですね〜。寝る前に何も食べませんでしたから、少しお腹が好きましたね」


「俺が見てこよう」


「おう頼んだわ」


「はぁ。私も手伝ってやる」


「それなら私も手伝わせてもらおうかな」


 ダミとディアエラと伊斃が店の裏へと食料を探しに行く。その間に、三人はこれからの事を話し合い始める。


「すぐに出るのは危険かもですよね?フレミーの遺したウイルスが在るでしょうし」


「じゃろうな」


 世界崩壊が始まった直後、フレミーという少女はそれに巻き込まれ死亡した。

 そして死ぬ瞬間、彼女の保有する異能“パンデミック”本来のモノが発動し、謎のウイルスが世界中に放たれた。

 だが阿良來間は何故か、あまり気にする素振りを見せない。


「あ…すっごい今更なんですけど…僕彼女の傍に居ちゃったんでんすけど…やばいすかね?」


「そういえばそうじゃったッ!考えてみればやばいじゃろ!」


 フレックが汗をにじませ、言葉を途切れ途切れにしながら慌て始める。

 劉胤もハッとなったのかフレック以上に喧しく叫ぶ。

 だがそんな二人を、阿良來間は呆れたような表情で見つめる。

 そして軽くため息を吐くと、


「あんなぁお前ら、そんなんとっくに対処してるに決まってんだろバカか。フレミーが死ぬよりもずっと前にウイルスのことは知ってたんだぜ?俺の異能でかからねぇようにしてあるわ。ディアエラの奴にも眠る前に使ったしな。流石に感染かんせんした奴らとかは無理だろうがよ」


「おお!流石は社長ッ!あれでもそれならなんで――」


「やるではないか!見直したぞ!」


「おうよもっと褒めろ褒めろ!とりま劉胤お前は飯抜きな」


「んなッ?!」


「賑やかな事だね」


「随分と騒いでいるではないか。こっち迄はっきりと聞こえたぞ」


 三人が騒がしい程に盛り上がっていると、食料を探していた三人が戻ってくる。その手には大きな正方形の木箱を持っていた。

 木箱にはレーションと飲料水と書かれた紙が貼られていた。

 それを床に置き、無理やりこじ開けると、中にはスティック型の永久保存用レーションと飲料水が限界まで詰まっていた。


「食料はこれ以外はダメになっていた。まだ奥にあるものも含めれば、最低でも三ヶ月は持つ」


「食うもんがねぇよかマシだな」


「それで?これからどうするかは決めたのか?」


「いんやぁ全然決まっちゃねぇよ。決めようにも外の事なんか一切わかんねぇからな」


 それぞれレーションを手に取り、ポットや木箱の上に座ると、それを食べながらこれからの事を改めて話し始める。

 現状外の世界は酷い有様となっているが、彼らは千年間ここに閉じこもっていた為、外の事情を知る由もない。


「争いが起きているならそれはそれで楽しめるから良いのだがな」


「おい誰かそこのバイキングみてぇな思考回路した馬鹿外に放り投げてこい」


「だけれど実際問題、戦争が起きている可能性はあると思うがね。一度人類が滅んで新たに生まれたのならば、領土問題などで戦争が起きていてもおかしくは無いさ」


「あー嫌だ嫌だ。めんどくせぇ事この上ねぇなオイ。なぁにが楽しいんだか」


 阿良來間は戦争や領土問題という言葉を聞くと、心做しかウンザリしたように愚痴を零した。

 なんでも屋の面々は、阿良來間に過去何があったのかは知らないが、こういった類いの話題になるといつも以上に面倒くさそうな反応をする事から、戦争関連の話題は避けるようにしていた。


「一先ず、準備をするぞ。伊斃イベ、食料と武器をお前の棺に入れられるか?」


「大丈夫だ」


 ダミが話題を変えるように誘導して、伊斃の棺の中に食料等を入れていく。

 武器は千年間手入れもせずに放置していた影響で、錆や劣化などが見られたが、それらは異能によって修理する。

 他にも使える物はなりふり構わず入れる。




 ▼


「こんなところですかね?」


 一通りの作業が終わると、店の奥に置かれていた食料や武器、道具は全て伊斃の棺の中へとしまわれた。

 ポットなどといった大きなものは、容量的にも難しいため置いていくこととなった。


「んじゃさっさと出るとすっかね」


 阿良來間が扉へと歩いていき、ドアノブに手を掛ける。

 体感では一瞬だが、実際は千年がたったあとの世界。表には出していないが、各々は内心楽しみにしていた。

 そして、


「んじゃオープンザドアッ!」


 ――ガコンッ!


「「「……?」」」


「ありゃ?」


 場を静寂せいじゃくが包んだ。

 なんでも屋に備えられた扉は全て押し扉だ。そして今間違いなく阿良來間は扉を奥へと押し込んだ。


 ――ガコンッ!ガコンッ!


 何度も何度も扉を開けようとするが、まるで溶接したようにビクともしない。


「…しゃァねぇな」


 阿良來間は一旦離れると、扉目掛けて回し蹴りを放つ。

 とてつもない轟音と共に、扉が大きくひしゃげ地下室全体に大きなヒビが入る。

 扉の部品や壁や天井のコンクリートの破片が飛び散り、ほこりや砂が舞う。

 それを払うようにして扉に近付き、扉を剥がすとそこには石の壁が広がっていた。


「いやまぁ…千年も経てばこうなっていて当然じゃろうな…」


「…やっべぇその事考えてなかったわ……」


「え?どうするんですかこれ?」


「あー…天井のハッチからならどうにかなっかも。ダミ肩貸してくれ」


 緊急用出口として、天井にはハッチが備え付けられていた。

 阿良來間がダミの肩に足を乗せて立ち上がれば、ハッチには余裕で届いた。

 ハッチに手を掛けて力強く押すと、犇めきを上げながらゆっくりと動き始める。


「よっこいしょッ!」


 あと少しと言うところで、阿良來間は一気に力を入れてハッチの上に被さる岩ごとを吹き飛ばす。

 バコンッ!という音と共にハッチは空高く舞い上がり、そのままの勢いで阿良來間は外へと身を乗り出した。


「うおすっげなんもねぇッ!」


 阿良來間の視界に広がるのは、何も無い灰色の荒野こうやわずかに生える草と、岩のみで形成された殺風景なものだった。

 生暖かい風が吹き抜ける中、他の面々も地下から這い出てくる。


「さぁてと、こっからどうすっかねぇ」


 現状、阿良來間達は右も左も分からない状態だ。仮に過去の地図を頼ろうとしても、地形は大幅に変わっているため全く意味をなさない。


「近くに村か街があれば良いのだがな。あったとしても相当な距離になるであろうが…貴様の異能でどうにかならないのか?」


「あのなぁ、俺の異能ってばそこまで融通ゆうずうの効くもんじゃ無いのよ。それこそお前の異能だろ」


「残念だが私の異能は二人までだ」


 この場には残念な事に、六人を素早く移動させたりすることの出来る異能保持者は居ない。


「取り敢えず、ドローンで辺り見渡してみます」


 フレックが大きなバックパックから、小型のドローンを取り出した。

 これは世界崩壊前からフレックが自前で持ち歩いていた物で、性能はそれなりに高い。小型の銃器も備わっているため牽制けんせい程度はできる。

 操縦可能距離は二十km、電源は四時間フルに使えるほどある。


 電源を入れると、ドローン特有の機械音を奏でながら浮遊し始める。

 フレックの操作で一気に空高く飛び上がる。ダミの采配さいはいで、まずは此処ここから東側へ飛ばす事になった。

 暫くして限界距離まで行ったが、相も変わらず灰色だけしか写っていない。


「どうよ?なんか見つかったか?」


「ダメですね〜。東には何もなさそうです。一旦戻して次は、西に飛ばしてみます」


「分かった。そしたら一応写真と映像頼むわ」


「分かりました」


 フレックがドローンを操縦して、カメラで辺りの写真と映像を撮る。ドローンを通じて、二台の電子パッドに写真と映像を送り記録していく。

 その間に、阿良來間が伊斃に写真現像機を出すように指示を投げる。これはデータが何らかの事態で飛んだ際にアナログで残しておけば安全という考えからだ。


 そしてドローンから送られてくる写真と映像は、此処と変わらず灰色の荒野が何処までも広がっていた。

 一時間ほど経つと、ドローンに阿良來間達の姿が写り始める。


「ドローン。戻ってきます」


「回収次第急いで西に飛ばせ。ダミ、こん中に写真入ってから現像しといてくれ」


「わかった」


 阿良來間は小型の方の電子パッドをダミへと手渡す。流れるようにして、伊斃が分厚い写真入れを取り出す。

 そうして現像した写真を順番通りに入れていく。それを何度も繰り返す。

 今度は西からドローンが戻ってくる。こちらも東同様、灰色一色の世界しか映し出されていなかった。


「次、南行きます」


「そしたらディアエラと劉胤は何かあった時のために直ぐ殺り合える準備しとけ」


「了解した(じゃ」


「伊斃よ。わしの青龍刀出してくれ」


 阿良來間の指示にディアエラと劉胤が武器を手に取る。


「うし。伊斃、一応携帯用に通信機も――」


「人見つけました!」


「まじかッ?!」


 阿良來間は急いで操縦機に備え付けられた映像基盤に目を向ける。

 そこには岩陰に倒れる少女が映っていた。だが少女は体をピクリとも動かさない。


「おいおい死んでねぇよな頼むぜガチで」


「生命感知するので一旦写真と映像の記録止めます」


 写真と映像記録機能を切ると、カメラを生命感機能へと切替える。

 緑色に光れば元気である状態、黄色であれば何らかの負傷または体力に異常が見られる。

 赤なら危機的状況、黒色に点滅すれば死亡。

 そして数秒のスキャンの後、少女を囲むようにして黄色に点滅した。


「よし息はしてやがんなァ?ディアエラ!劉胤!」


「分かっている。異能解放:加速」


 ディアエラが異能を発動して自身の速度を限界まで上げる。そして劉胤に触れてその効果を一時的に付与する。


「伊斃!通信機二人に渡せ。あとレーションと水と救急パック!」


 阿良來間の指示に直ぐさまインカムと飲食類、簡易的治療のために救急パックを取り出し二人へと投げ渡す。

 距離は約八km。小型の電子パッドとインカムを着けた途端、二人が目の前から消える。


「そんなら俺らも行くぞ」


「「「了解」」」


 ドローンはその場に停滞させて置き、現像機は伊斃の棺の中へと戻す。

 そして阿良來間達も走ってその場へと向かう。





―――――――

荒く燃え盛る炎の中で、命の灯火は飲み込まれていく。

少女は恐怖する。見えない常闇の恐怖から伸びる腕に。

だが少女は運命と出会い、自身の道を歩く為にその手を掴む。


 次回『少女の依頼願い

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