Episode5*開闢
◆«なんでも屋»◆
「これ要りますか〜?」
「要らん。捨てろ」
「お、これ面白そうじゃぞ!残しておこう!」
「どう見ても要らないだろう。捨てるんだ」
「な!ディアエラお主ッ!」
此処なんでも屋では現在、大掛かりな断捨離が行われていた。
店内に並べられた骨董品や家具と装飾品などを外に運びだし、生きるために役立つであろう物は店の奥へと運んで行く。
するとそこに、
大きさ的には二mよりも少し大きい程度で、この中で一番背の高いダミでも問題なく入れるサイズをしている。
一通りの作業が終わり、一息つく為に飲み物や食べ物を手に取りポットの上に座って腹拵えをする。
すると、ジュースを飲んでいたフレックがこの装置の正体に気づいた。
「あの、これってコールドスリープ装置ですか?」
「おーよくわかったなぁ正解だ」
「ぶぐッ!んげホッゲホッ!」
その瞬間、劉胤が口いっぱいに頬張っていたハンバーガーとジュースが一気に吹き飛んだ。
そしてフレックの言う通り、そこに並べられたポットの正体は、生きた人間未来へと保管するための冷却装置。
だが劉胤はそれが分かるや否や、声を荒らげる。
「わしは嫌じゃッ!そんなおっそろしい物の中に入れるかッ!」
「そうだ劉胤の言う通りだ!そもそもなんで五台しかないんだあと一台はどこだッ?!まさか私を見捨てるのか旧友ッ!」
それに続くようにしてディアエラも講義の声を上げた。
わーわー叫ぶ二人を横目に、阿良來間は構うことなく胡座をかきながらジャンクフードを頬張る。
彼女達がこうも異議申し立てをしてくるのは、コールドスリープによる危険性を理解しているからだ。
過去から現在に至るまでの間、多くの物が作られ使用されてきたがそのどの時代技術においても、事故は貼っていしている。
2324年現在でもコールドスリープによる保管をしたものがその年のうちに何人も死んでいる。
死ななかったとしても脳や身体に障害が残っている。
この原因は身体の耐久性と、装置自体の繊細なメンテによるものだ。それ相応の技術を持っていて尚且つ、それに耐えうる肉体がなければ死んで当然というものだった。
「あんまひよんなって。管理は俺がすっから問題ねぇ。五台だけなのは俺が入らねぇからだ」
「…どういう事じゃ?」「…どういう事だ?」
二人が同時に疑問符を浮かべる。
コールドスリープを使うと言うことは、長い期間眠りにつくという事だ。
大抵の場合短くて五十年、長ければ百年以上の間眠ることになる。
当然だがその間にはメンテナンスを欠かす事は出来ない。
とてもじゃないが阿良來間一人の寿命では足りない。
疑問に思って当たり前のことだった。
だが、阿良來間は腐っても特一である。
「俺の異能なら寿命をどうにでもらァ。心配しなくてもお前らが死ぬこたねぇよ」
「そうは言うが矢張り不安は残るぞ?私は目の前で死んだ奴を見たが酷いものだった。戦場に生きる人間としてあのような死に方は御免だ」
どうやらディアエラは過去に目の前で死ぬ瞬間を見てしまったらしく、一抹の不安を拭い切れずにいるようだ。
その上武人という事もあり、戦わずして死ぬ可能性があるというのは矢張り納得が行かず避け気味になっている。
彼女の隣に立つ劉胤も同様に戦場で生きてきた事で、似たような反応を見せる。
それに対して二人と同じく戦場で生きてきたダミが口を開く。
「どの道死ぬんだ。可能性のある方へ俺は賭ける」
「私もダミの意見に賛成だよ。私の棺でも本格的に暴走を始めた異界樹相手ではどうにもならないだろうしね」
「そうですよ〜。死ぬならクソみたいな希望ってやつに願いましょうよ?」
ダミの言葉に、
「…そうだな。貴様らの言う通りどの道死ぬのであれば、塵の如き可能性にかけるのもありか」
「わしも理解したわ…はぁ嫌じゃのぉ。寒いのは苦手なんじゃよ」
三人の意見を耳にした二人は、愚痴を零しながらもその重い首を縦に振る。
その光景を見ていた阿良來間が、何故自分に信用が無いのかと不貞腐したようにため息を吐いた。
「お前らクソ不安がってけどもよォ?面倒みんのは俺だぜ?問題なんかありゃしねぇだろ」
「でもわしらお主の異能しらんし。あんま信用出来んのじゃよ」
「ありゃ?そうだっけか?」
劉胤の言葉の通り、この場にいる面々で阿良來間の異能の内容を知る者は誰一人としていない。
そもそも、阿良來間が異能を行使する瞬間を見た事すらない。
そんな良く分からない男に着いていくのは、矢張り何処かこいつなら大丈夫だろうという謎の信用を持っているからだろう。
ディアエラも的でありながらそういった考えはある。
だとしても矢張り異能が分からない中での一世一代とも言える賭けをするのは、些か不安要素が大きすぎた。
「…ま、お前らが知る事はねぇんじゃねぇの?知ったところで面白みねぇしよ」
「それもそうじゃが…」
「それよりも、仮に眠るとして期間はどれほどなんだい?」
「あーそうなァ…」
この先長くなるだろうと察した伊斃が、劉胤の言葉を遮るようにして質問をなげかける。
それに阿良來間は考えるようにして、手で口を覆う仕草をする。
現在この世界を襲っている崩壊の影響は計り知れないものだ。世界が安定するまでかなりの時間を要する。
それだけではなくフレミーの置き土産である謎のウイルスまで蔓延する事になる。
それらに人類が新たに生まれ適応するまでにかかる時間を思案し始める。
一瞬、髪に隠れた隙間から阿良來間の目がチカチカと光ったように見えると、考えが纏まったのか伊斃へと視線を戻す。
「…ま、ざっと千年ちょいだな」
「あれ?思ったよりかからないんですね」
「確かにな。もう少しかかると思っていたのだがな」
この場に並べられたコールドスリープ装置はメンテさえ欠かさなければ半永久的に機能し続ける。
フレックとディアエラはその事も考え、千年よりもずっと時間がかかると考えていたようだ。
そんな事を話していると、今度はダミが疑問を吐き出す。
「…精神は問題ないか?」
千年と言う途方も無い時間は、例え共に生きる者や言葉を交わす相手がいたとしても、耐えられるものでは無い。
何時かは異常が起き始めて廃人になってしまう。ダミはそういった箇所を危惧していた。
だが阿良來間は相も変わらず表情を崩さずにそれをほだす。
「問題ねぇ決まってんだろ?空腹やら喉の乾きも気にすんな」
「そうか」
「得体がしれんが便利じゃのぉお主の異能」
「ほんとですよ〜。それで何時からはじめます?今からですかね?」
「んまぁ正味何時でも良いんだけども。体感一瞬だし。どうするよ?最後に外見とくか?」
きっとこれが最後に見る今の世界の景色となる。千年後の世界では衰退した世界になっているのは確実だ。
この惨劇が起きている今よりも、ずっと酷い世界になる。
「私は結構かな。得に思い入れもないのでね」
「僕も大丈夫ですよ。興味無いので〜」
「わしはやるなら早くやって欲しいもんじゃ。長引くと入りたく無くなる」
「私もさっさと頼みたいな。こればかりは決断が揺らぎかねん」
「俺はいつでも構わん」
だがどうやら、この場にいる面々は世界に興味が無いらしい。
最後に見る事になるかもしれない外の世界を見ること無く、躊躇わず眠りにつく事を選んだ。
「んじゃ決まりだな」
各々は専用の服を身にまとい、ポットの中へと入っていく。
そして蓋を閉じれば、後はボタンを押せば眠りに着く。
「お休みだぜクソ野郎ども。千年後楽しみにしてやがれ?」
そう言うと、阿良來間はスイッチを押した。
「さーてと。俺も初め待っかねぇ」
一人残った阿良來間は、静かに異能を発動する。それと同時に、世界が完全な終わりを始める。
◆«教会»◆
場所は変わり、遠い離れた場所に巨大な城のように建てられた教会が佇んでいる。その教会は傷の無い街の中心に神々しく建てられており、現在その教会内と周辺に約2000万人の信者が集まっていた。
「女神様。準備の方整うございます」
教会の内部の最高階にある玉座と言える純白の座に、黄金に輝く瞳と、純白の髪を持つ、女神と呼ばれる女性が座っていた。
彼女に声をかけたのは、とても幼い見た目をした少女であった。
「そうですか。では行きましょう」
「はい。女神様」
一歩歩く度に甲高く響き渡る足音。その足音が向かう先は、街を一望できるテラス。
そこから見下ろせば、多くの信者たちが膝をつき、手を重ねて祈るような姿勢でいる。
「皆さん。時は来ました。心の準備はよろしいですね?」
「「「女神様の御心の儘に」」」
2000万人の信者の声が、肌を撫でるように優しく重なる。
そして、街全体が淡い緑色の光に包まれる。それは暖かく感じ、安らぎを心にもたらす。
ミカエラ・ウル・ミカエルの持つ異能は、他の特一と違い人を傷つけるよりも癒す事に特化している。
だからこそなのだろう、彼女はその異能を用いて世界の女神になろうと貧困の者たちや不治の病に罹った者たち、異能を使えない者たちを次々と救い始めた。
そんな彼女がこの世界そのものを救おうとしないのは、そちらの方が都合が良いからだ。
信者以外の人間が滅べば、神という存在は実質消えたも同然。
滅んだ先で新たに生まれて来る人間が生まれた時、そのもの達は皆彼女だけを唯一の神と崇める。
彼女はそんな世界を望み、世界を見捨てる。
「さぁ、別れを告げましょう。この哀れな世界に」
何処までも純粋な、透き通るような黄金の瞳の奥には、黒く淀みきった闇が広がっていた。
◆«南極»◆
何処までも真っ白に染った極寒の大地に、一人の男が氷に穴を開けて吹雪の中釣りをしていた。
そしてそこに灰色の髪をしたもう一人の男が静かに近づく。
それに気づいた釣りをする男が声をかける。
「何の用だ。
その声は、無機質で感情の無い疲れたものに感じた。
「世界中の陸という陸が一点向かって動きだしてる中、此処だけ動かないのはおかしな話だろう?」
打って変わって、獅子波と呼ばれた男の声は、鋭さの中に穏やかさが混じった声をしていた。
構わず釣りを続ける男の隣に、どこからとも無く出した椅子を置き腰を下ろす。
「此処ならどんな場所よりも安全だ。僕は死にたくないのでね。助けてもらおうかと思ったのさ。特一である君にね」
釣りを続ける男の正体は、既に崩壊によって落ちた箱庭から脱走した特一であった。
「…俺が助けるとも限らないだろう」
「君が助けようとしなくても、近くにいれば自然と助かる。それにだ、僕がいれば君も先の未来を生きる事ができる。気になるんだろう?世界がどうなるのか」
その言葉を聞いた男は、口を噤み釣りを止めると、その場を立ち上がり歩き出す。
獅子波もそれに続くようにして立ち上がり、跡を継いでいく。
「…好きにしろ」
男は小さな声でボソリと呟いた。
「では、お言葉に甘えさせてもらおうかな?よろしく頼むよ。ジヴェルド」
二人は視界を包む白い世界へと、その姿を消した。
◆???◆
「やっぱり。助かるのは特一とそのお仲間さんたちだったね」
此処もまた、崩壊の影響を受けない場所であった。
何時ものように、少女と老人は星野広がる空を眺め、草原の広がる大地にいた。
「…君は人類を蔑み、滅ぶと考えている。彼らとその世界に期待を持とうともしないで、ただ傍観し続ける。私は君とは反対に、彼らとその世界に期待と希望を持ってる。この差って、なんだろうね」
少女は寝転び、その瞳に光を灯しながら、幼くも透き通る声で語る。
「お主の期待しておる光の下には、闇がある。闇とは光が大きければ大きほど広がっていく。そしてその闇は何時しか光を呑み込む」
老人はその場に立ちくし、その瞳に星を写しながら、枯れた重い声で語る。
「でもまたその中から光が――」
「闇から光は生まれん」
少女は否定の言葉を投げかけようと声を出す。けれどそれは、老人の声によってかき消された。
「儂らは眺める事しか出来ぬ。諦めろ。この世界に期待した所で、意味は無い。新たに生まれる人類は、今よりも腐った汚物になる」
「…君の見た本の内容って、本当になんなのさ…そこまで蔑むとか、相当酷いものなのかい?」
少女の言葉に、老人は何も答えることなく、ただ自然の声だけが耳に届いた。
「まぁいいさ。私は光を見て君は闇を見た。結末がどうなるのか、私は見守るよ」
「……」
「まったく。頑固爺さんそのものだね…じゃあね」
少女の去った星の草原で、老人は星を見る。
「…なんと、哀れな事か……」
◆◆?????◆◆
「さて、本当の物語はこれからだ。是非とも、面白いものにしてくれたまえ。
―――――――
燃えうる大地は、混沌と悲愴より生まれた。
死にゆく人々は、罪の無い民衆たち。
恐怖による混乱は、次第に肥大化の一途を辿り、何時しか溜まりきった恐怖と憎悪は、暴走を始める。
腐り落ちた世界で、それでもモノガタリは終わることなく続く。
次章第二章*
終わらぬ恐怖に希望を託して。
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