Episode4*その先の世界の為に


「手の空いてる方!こっちに来てい下さい!」


「治療系統の異能保持者は居ませんか?!居るのでしたら私の方まで来てください!指示の方を出します!」


「おい誰か力のあるやつ来い!瓦礫どかすぞ!」「俺がやるどけ!」


「まだ“崩壊・・”は終わってないんだ!出来るだけ早く移動するぞ!」


 至る所から聞こえる救助の声と、声にならない悲鳴が行き交う。

 死体の燃える焦げた匂いが頭から離れなくなる。何時も過ごしていた幸せな日常が赤く染待っていく。


 逃げたいと叫ぶ心がいる。

 けれど目に映る現実は何処までも非情で、容赦が無い。

 家族が冷たくなる。友達が赤く塗られていく。

 恐怖と悲しみで目の前が霞んでも、身体が震えて動かないとわかっていても、彼らは生きようと必死に立ち上がり、手を取り合って前へと進もうとする。


 足が動かなくなった人達を担架や車椅子に乗せて、瓦礫に閉じ込められた人達を助ける為に、動き続ける。


 世界が壊れ始めてから14時間。今は治まっているが、また始まる可能性はある。

 各国は異能保持者に対して全面協力を要請、結果多くの人々が協力し、異能を保持していない人達の救助に当たった。


 けれど犠牲になった人の数は途方もなく多い。今はどれ程の人達が死んだのか把握する事さえできない。

 日本、中国、アメリカの被害は酷く、巨大な地割れや大津波、火山の噴火などで国としての機能はほぼ失っている。


 この三国には最も大きな樹が生えていた影響で、その被害が通常よりも悲惨なものになってしまった。

 日本は北海道にあったお陰で、本島に中国やアメリカ並の被害は出なかったが、北海道は壊滅。生き残りは確認できていない。


 人々は異界樹を異形を生み出す樹としか考えていなかった。

 けれど本当に危険視すべきだったのは、巨大な樹の幹では無く、地中を蝕んでいた巨大な根の方だった。

 異界樹の根は世界中に生える他の根絡み合い、互いを引っ張り合うようにして、一点へと大陸、孤島問わず動かし始めた。



 学者や予知などの出来る異能保持者は、近い未来、大陸はひとつになると公表した。

 最早自国の事や、敵対国の事を考えている時間は無かった。

 彼らは国を護るよりも、人類の生還を選んだ。



 ◆«世界会議»◆


 巨大なモニターが暗闇を照らす会議室。そのモニターには、各国と各組織の代表が顔を合わせて会議をしていた。

 議題は“人類存続計画”。

 この災禍を乗り越えて、人類を未来へと繋ぐ為の、あらゆる手段を考案するための計画。

 非人道的であっても、非効率的であっても、それが結果として生き延びれるのであれば、迷うことは無い。


「では何か、案のある方はいますかな?」


 一人の老人が、掠れた声でマイクに声を通す。

 それに答えるようにして、何人かが手を挙げた。老人はその内の一人、若い女性を指名した。


「矢張り“特一”の手を借りるべきです。なんでも屋か女神のどちらかが協力すれば問題無い筈です」


 現在、特一で平和的に話の通じる人間はこの二人だけだ。

 一人は箱庭から逃げだし、一人は遥彼方へと住み、一人は行方知らず。

 だが彼女の言うとおり、特一の異能であればこの危機的状況も打開できる。

 しかし、


「不可能だ」


「なぜですか?阿良來間アラキマは報酬を出せばどのような依頼もやると聞きました。ミカエラも女神と自称し世界を救うと言っているよですよ?」


 異を唱えた別の人物に、さらに彼女は重ねるように異を呈する。

 だがまた別の人物がそれについて説明する。


「阿良來間は依頼を選ぶ。面倒だと思ったものは受けない。ミカエラは己の信者にしか興味が無い。今更信者になったところで意味が無いがな」


 それを聞いた彼女は、反論ができずに口を噤んだ。

 次に挙げられた案は、コールドスリープによる人類の保管。それは優秀な人間を選別し、安全な宇宙で保管するというもの。

 確実的な案であったが、これもまた不可能だと却下される。


 異界樹が暴走を始めた際、宇宙に打ち上げていた衛星や宇宙基地などが爆発と共に消失した。

 細かな理由は確認できていないが、この事から今の人類に制空権も宇宙に住む権利も無くなってしまった。

 では地上または地下はどうかという案が出たが、それは尚のこと不可能だと却下される。


 どうしようも無い状況ながら、幾つもの案を挙げていく。

 それでも何らかのの要因で不可能であると判断されて、その殆どが却下される。


「…他に何か――」


 と、次の案を聞こうとした瞬間、全身に響く轟音と共に大地が波打つようにして大きく暴れ始める。

 座っていた者たちでさえ床に倒れるほどの衝撃。壁に立て付けられていた巨大なモニターは大きく破損し、幾つかは暗転していた。

 それでも声は聞こえる。最初に声を発した老人ガマイクを手に取り、最後の言葉をはき出す。


「ッ時間が無い…兎に角!取れる手段をとるのだ!悪逆非道などというものは考えるなッ!人類の存続を優先ッ――」


 その心からの叫びが最後まで紡がれることは無かった。老人のいた建物は崩壊し、瓦礫の下敷きとなって幕を閉じた。


 彼らは抗う為に動く。少しでも人類の生き延びる道を掴み取る為に。

それが意味の無い行動である事を知らずとも…



 ◆«なんでも屋»◆


 世界が滅び始めている最中、誰を救うでも無く、生きようと足掻く訳でも無く、ただ傍観する男がいた。

 歴史に名前を残せる程の力がありなが、英雄に成るつもりも、勇者に成るつもりも、胸熱展開の主人公に成るつもりの無い、どこまでも自由な男。


 外では地上でも地下でも甚大な被害が出ている中、阿良來間アラキマのいる“なんでも屋”は無傷のままの姿をしていた。

 これもまた、阿良來間の持つ異能の力によるものだ。


 一人店内にある椅子に座り呑気にカップラーメンを食べたり、ゲームをしたり、漫画や雑誌を読んだりしている。

 それから暫く経った頃、深緑ふかみどり色の鉄扉が、錆び付いた嫌な音を立てながら勢いよく開いた。

 ぼーとしたマヌケ顔で扉に視線を移すと、そこには伊斃イベとディアエラがボロボロの状態でたっていた。


「…」


「…」


 阿良來間と伊斃の間で変な空気が流れ始める。ディアエラはよく分からずに伊斃の隣に立っていたが、何かを察したのか嫌悪感を示す眼差しを向けた。

阿良來間は思い出したように、手に持っていた漫画を置いて、座ったまま二人へと向く。


「よ、遅かったな」


 そして阿良來は何も無かったように、足を組みながら陽気な声で手をヒラヒラと振った。

 その直後、コンクリート出できた床を砕く音とともに、伊斃の持つ傘が刺さっていた。

普段は穏やかな目をしている伊斃の瞳が、切るような鋭さに変わる


「…本当なら君が迎えに来る予定だったろう?」


 その声は腹に響くほどに低いものだった。おちゃらけた雰囲気を纏った阿良來間も流石にまずいと思ったのか、髪に隠れる瞳を虚空へと向ける。


「あー悪ぃとは…思ってる…」


 そう言うと視線を二人へと戻したが、そこには変わらずゴミを見るような目をしたままだった。

 観念したのか、阿良來間は軽く俯くと迎えに行かなかった理由を話始める。


「いやぁ最初はな?よし迎えに行ったるかとか思ったんだけどよ?腹減っちまってさァ?飯食ったら忘れてたわ…」


 その言葉に伊斃とディアエラから呆れられた目を向けられ、でかい溜息を吐かれる。


「やめろってそんな目で見んなよ…」


 そしてディアエラが阿良來間に長い指を向けて、


「貴様よくこんな奴について行こうと思ったな」


「もう慣れたさ」


「うっわひっでぇ」


 容赦の無い言葉に愚痴をこぼすが、それは見事なまでにスルーされた

 ひとまずディアエラの案でお巫山戯はこの辺りにする事になり、ボロボロになったその身体を整える事にした。

 怪我や身体に着いた血と汚れを落として、洗濯中の衣服の代わりに店に置かれた服を手に取る。

 伊斃は男物のはかまを纏い、ディアエラは背が高い為男物のスーツを着る。

 諸々の事を終わらせると、店にある食べ物と飲み物を持って椅子に座った。


「そんで?お前らどうやって帰ってきたの?」


 阿良來間は串団子を食べながら、疑問に思った事を口にする。

 現在ニューヨーク、日本問わず全ての航空機関は機能を停止している。伊斃、ディアエラの二人は転移系統の異能ではない。

 伊斃のパンドラの中にも空を飛べる異形はいない。


「アメリカには奴がいるだろ?自分を神かなにかと勘違いしてる女が」


 その疑問に、ディアエラが答えた。彼女の言う勘違い女が誰なのかを察した阿良來間は、納得の声を上げる。


「…そういや居たなぁ、“扉”使えるやつ…彼奴あいつやっぱ一介の信者じゃねぇなぁ?つかよく手を貸してくれたもんだな。断りそうなもんを」


「なに、教会を汚しくなければ扉を開けろと言ったら快く開けてくれたぞ?」


「脅しじゃねぇか…」


 悪意のない笑顔を見せる彼女に、阿良來間は哀れだと馬鹿りに言葉を零した。

 軍部会の総帥に暴れるなどと言われたら、大人しく従う他ないだろう。


「にしてもよく生きてたな」


「私の棺の中に居たのでね。君が来てくれればもっと楽だったがね」


「まじで悪かったって…ま、お前が無事で良かったぜ。社員が減ったら困る」


 現在なんでも屋の社員は阿良來間を含めて五人。そう聞くと多いと感じるかもしれないが、各々が適した異能を持っている為一概にもそうとは言えない。

 特に異能社会に置いて、人数が多くて困ることは無い。


 すると、ディアエラがテーブルに肘を立て頬杖かいて、阿良來間を見つめながら口を開いた。


「おい?私の心配はしないのか?旧知の中だろう」


「なぁに言い出すかと思えばお前…こちとら脳筋雇った覚えはねぇぞ?つか直ぐ武器振り回す奴なんぞ雇いたかねぇっての。そんな事よりニューヨークだ。どうなった?」


「…」「そうだね…」


 阿良來間の質問に、二人は口を噤んだ。伊斃がコップに注がれたお茶を口に含み飲み込む。

 空になったコップにお茶を注ぎながら、その口を開いた。


「ニューヨークは、消滅した」


 その一言に、阿良來間の瞳孔が小さく開いたように見えた。流石に消滅とまでは行かないと考えていたのだろう。手で口を覆う仕草をする。


「これあれか?ガチでやばいパターン?」


「当の前からヤバい状況だ阿呆」


「正確に言えばくっついたと言った方が正しいがね」


 ニューヨークは海に面している。陸地はパズルのようにハマる形をしていて、強靭な異界樹の根がそれを繋げるように大地を動かした。

 当然無理やり動かせば災害なんて言葉では済まされない。最早ニューヨークは無くなったも同然、かつての姿は残っていない。


彼奴あいつら帰って来れっかな?」


「二人は大丈夫だろうけど、彼はどうだろうね」


「だよなぁ…しゃァねぇ行くとす――」


 ――ガチャンッ!


「みっなさーん!お久です!なんでも屋社員フレック!ただいま帰りましたぁ〜」


 壊れるかと思うほど強く開けられた衝撃と、直後に大声で叫ばれたというふたつの衝撃で、三人は停止した。

 三人の視線の先には、身長170cmよりも少し小さいバックパックを片方の肩で背負った青年が満面の笑みで手を挙げていた。


「…お前生きてたの?」


「てっきり死んだと思っていたのだがね」


「部外者の私も死んでいるのではと思ってたぞ」


「え?!ちょっと酷すぎないですか?!と言うかなんで軍部会の人が居るんですか?!」


 三者三葉の反応に、今度はフレックと言う名前の青年が驚きを顕にした。

 取り敢えずとの事で、フレックは椅子に着きお茶を飲んだりお菓子を食べたりして落ち着く。

 そこから何故ディアエラが居るのかや、自身のいたドイツはどうなったかの話を始めた。


 まず初めに、直球でドイツは再起不能までの壊滅状態であると口にした。

 ニューヨークの有様を見た二人と、それを聞いた阿良來間は軽く察していたようで、あまり驚いた表情は見せなかった。

 今度はどうやって帰ってきたのかだが、なんと驚いた事に、崩壊が収まった暫くあと、運び屋と偶然居合わせ東京まで送って貰ったと言う。


「なんほどなぁ。そりゃ運のいいこって」


「いやほんと、どうしようかと思ってた時に助けられましたよ〜。あとですね――」


 ――ガチャッ


 フレック何か話そうとした時、またもや扉が開いた。今度は勢いがなく優しく開けられたので誰も驚かずに視線を向けた。

 そこにはアロハシャツの男と、ダボダボの服を着た少女が立っていた。


「帰ったぞ」


「わしもおるぞ!」


「おおダミと劉胤リュウインじゃねぇか。やっぱ無事だったか」


「あの程度で死ねたら苦労はしない」


「わしも無傷じゃぞ!」


 今度は、陽気な少女と物静かな男が入ってくる。

 突然ではあるが、なんでも屋はあまり武闘派では無い。

 フレックは戦闘経験が少なく、伊斃も弱い者たちに対しては異能が機能するが、一定の実力があれば対処されてしまう。

 阿良來間は確かに強くはあるが、自称平和主義者で戦いを避ける傾向にある。

 そんな中戦う事に極振りしたのがこの二人だ。護衛や用心棒として依頼される他、賞金稼ぎとしての活動もしている。

 なぜダミがアロハシャツなのかは、誰もツッコまない方が良いと口を噤んだ。

 それよりも、阿良來間は先程フレックの言いかけていたことが気になっていた。


「んでなんだ?言いかけてたろ今」


「あ、そうでしたね。フレミーって人覚えてます?」


「そりゃ知ってるけども」


「それでですね?ドイツでかち合って戦闘寸前の所で崩壊が起きたんですけど、彼女死ぬ直前に異能ばらまいて死んでったんですよ〜。やばくないですか?」


 その発言に、この場に居る面々の表情が一気に青ざめる。

 長い間戦い抜いてきたディアエラも、ダミも、劉胤も、いつもおちゃらけている阿良來間さえも口をあんぐりとしている。

 それで何かを察したのか、フレックはあたふたとし始めた。


「おま、ぇぇぇ…それまじ?戦ってて異能使ったとかじゃねぇの?…見間違いだろ?」


「えっと〜普通に崩壊に巻き込まれて死んでいきましたよ?」


「「「……」」」


「終わったぞッ!どうるんじゃッ?!世界が壊れるより先に人類滅ぶじゃろこれッ!!ぬわああああ!」


 右隣で叫ぶ劉胤を他所に、ダミが無表情のまま筆を持ち、遺書らしきものを執筆し始めた。

 更に隣にいるディアエラは絶望とばかりに頭を抱えて項垂れる。伊斃は諦めたような表情とともに、お茶をすする。


「あのなぁ?フレック。あのクソ女の異能は死ぬ瞬間に本性だす変わったヤツなんだよ。その異能ばかりは洒落になんねぇ」


「え?え?え?ぇえええええッ?!」


 フレミー。異能力名“パンデミック”。

 自身を中心とした半径八十km圏内に発見されたウイルスから未発見のウイルス、果てには決して生まれないようなウイルスを巻き散らす。

 これだけで多大な脅威となるが、その進化を発揮するのは死をトリガーとするウイルスの放射。その範囲も大幅に拡大する。

 以前、阿良來間は運び屋を通じてその事を聞いていた。

 フレックはこの中で新米かつ一番若かった所為か、それを知らずにフレミーを見殺しにしてしまった。


「ど、どうなるんですか?!」


「いやどうなっかはわかんねぇ。でもやべぇのは確からしいぜぇ?」


「どうしたものかだね…」


「どうしたものか?なぁに言ってんだァ?お前らのボスが誰か忘れたのか?」


 その言葉に全員の視線が一斉に阿良來間へと向く。

 阿良來間が足を伸ばしてテーブルの上にガンッと強く乗せる。そして犬歯を見せるようにして口が歪む。


「お前ら運がいいぜぇ?俺が居なきゃ確殺食らってたぜ?」





 ―――――――

悲痛に奏でられるモノガタリは、大きく進み始める。

始まりがあれば終わりがあるように、終わりがあればまた始まりがある。


 次回『開闢かいびゃく

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