第17話 『幼馴染との最高のラブコメ』(終)
桜舞う季節。
暖かい風が頬を撫でる。
ちら、と隣を見ると一人の女の子が俺の歩幅に合わせて歩いていた。
肩辺りまで伸びた黒髪が歩く度にゆらゆらと揺れる。前髪を留める髪留めが日差しを受け、ちかちかと光った。
「それ、まだ使ってくれてるんだな」
俺が言うと、柊木結花は髪留めに触れて、バツが悪そうにこちらから視線を逸らし、「まあ、ね」と呟いた。
小学生がつけるには可愛らしいけど、高校生がつけるとなると少し子供っぽい。
結花は高校生になって随分と可愛くなった。大人びたと言ってもいい。
中にある正義感はそのままに、しかしその場の空気を感じ取る力も身につけ、今は上手い具合に周りをたしなめている。
厳しい一面を持つ反面で、髪留めが子供っぽいものだから、そのギャップにやられている男子は多数。
明るい未来を信じてぶつかり、玉砕していった男子も数知れない。
『これ』
あれは小学五年の運動会が終わったすぐあとのことだった。
当時、学年最強とされていた白鳥蓮と五十メートル走で勝負し、勝利した俺は母さんに好きなものを買ってあげると言われていた。
そのとき、結花は小さい頃から大切にしていた髪留めを柴田に壊されてしまっていた。
そんな彼女にできることはなんだろう、と俺なりに考えた結果が、新しい髪留めをプレゼントすることだった。
『……これは?』
『髪留め、壊れちゃっただろ。あの髪留めの代わりになるとは思ってないけどさ、とりあえずな。ほんとは同じのがいいと思ったんだけど見つからなくてさ』
そう言って、俺は結花に花の髪留めを渡した。彼女はそれを驚いたように見ていたけれど、やがて優しく微笑み、大切なものに触れるようにぎゅっと抱きしめた。
『同じじゃなくていいよ。そうじゃない方が良い』
そして、そんなことを言った。
確かにお母さんからのプレゼントと同じものを渡されても、代わりにはならないし意味はないよな。
『……だよな』
俺が自嘲するように笑うと、結花はハッとして顔を上げる。
『勘違いしないでね。その、悪い意味じゃなくて……颯斗から貰ったプレゼントだから、そもそも何かの代わりとか、そういうのじゃないってことだから。大切にするね』
あれから六年。
俺たちは今、高校二年生だ。
何とか情報を仕入れて、結花と同じ高校に入学することができたので、今はすごくいい感じの毎日を過ごしている。
ようやくだ。
これまでこつこつと積み重ねてきたものが、この高校生活でようやく意味を成してくる。
「そういやもうすぐ誕生日だな」
四日後かな。
結花の誕生日が間近に迫っていて、俺はプレゼントをどうしようか日々、頭を悩ませていた。
「うん。ちゃんと覚えてくれてるんだね」
「まあ、毎年祝ってるからなー。それに母さんがケーキの本を毎年読むから、それを見るともうそんな時期かってなるようになった」
母さんからすれば、小さい頃から面倒を見ている結花はもはや我が娘のようだろう。
なので、毎年バースデーケーキは気合いを入れている。俺のときもそうなんだけど、必ず手作りするのだ。
何を作ろうかワクワクしながら本を眺めている姿は、まさに誕生日の接近を伝えてきていた。
「あはは、嬉しいことだけどね」
「今年もうちに来るのか?」
「もちろん。沙苗さんのケーキ美味しいんだもん」
「高校生にもなると、友達同士で集まって祝うもんじゃないの?」
「昼にできるし、なんなら日付ズラせばいいだけだよ」
そういうものか。
年月を重ねても、結花がうちでの時間を大切に思ってくれているのは嬉しいことだ。
まあ。
だから毎年、プレゼントを用意しなければいけないんだけど。これが結構大変なんだよなあ。
*
「ねえねえ、志波きゅん」
「おいこらこっち見な、志波さん」
「お話しようよ、志波くん」
教室でうざ絡みをしてくる女子生徒三人は、結花と仲良くしている奴らだ。
容姿のレベルも高くて、クラス内では結花のグループは高嶺の花園とされているくらい。
ちなみに結花は今はいない。
おおよそ、結花のいない隙に絡みに行こうという話にでもなったのだろう。
そして、その内容もおおよそ予想できる。
「なんだ?」
自分の席についている俺を囲うように左右と前に配置するようにしゃがんだ三人。逃さないという意志をひしひしと感じる。
可愛い子たちに囲まれるのは悪い気分ではないけれど、ただ距離が近いから内心はドキドキである。
「志波くんはいつ結花に告白するのかしら?」
「結花、絶対志波きゅんのこと好きだよね。君もそれは分かってるよね? ね! ね?!」
「髪留めの話、聞いたぜー?」
「三人一気に喋らないでくれ。返事が混雑する」
そんなことを言いながら、髪留めの話とはなんだろうと疑問に思う。思ったので、訊いてみた。
「髪留めの話って?」
「結花の使ってる花の髪留め。あれ、志波くんのプレゼントなんだってね?」
ああ、と俺は相槌を打つ。
「結構古くなってたから新しいの買わないのって訊いたら特別なものだから、変えたくないって言ってたよ」
「へえ」
そういうふうに思ってたのか。
使ってくれてるな、とは思っていまし、そう思ってくれていればなとも思っていたけれど。
俺は気持ちを高揚させながら、外には出さないようにしつつ話を続ける。
「それくらい思われてるんだから、早く告りなよ。こっちはもうパーティーの準備できてるんだから」
「気が早い……ていうか、そういうのはやめてくれ」
俺と結花は幼馴染として、近くもなく遠くもない、周りから見ればそれこそはよ付き合えやみたいな距離感でいた。
それこそが俺の求めていた幼馴染とのラブコメであるからして、そこそこに楽しんでいたのだけれど、まあ、あんまり遅れてもなんだしな。
結花に限って他の誰かに乗り換えるようなことはしないだろうけれど、だからといって絶対ないとは言い切れないし。
「……」
ちらと三人を見る。
キラキラした目で期待するようにこちらを見ていた。
仮に告白することにしても、こいつらには言わないでおこう。騒がれても面倒だし。
*
そして、結花の誕生日当日。
その日の夜、志波家では盛大なバースデーパーティーが開かれていた。
今日は愛花も仕事を早く切り上げ、我が家にやってきていた。
高校生になってからは、一人でできることも増えてきて、結花がうちに足を運ぶ回数は減った。
母さんがそれを寂しがるので、それでもご飯を食べに来たりは今でも全然あるんだけど。
志波家と柊木家の仲は今でも良好だった。
豪勢な料理に賑やかな食卓。
楽しい時間はあっという間で、気づけば時刻は二十二時。そろそろ結花たちは帰る時間だろう。
愛花がお酒に酔いつぶれているので、もう少し時間は稼げそうだけど。
あんまり酔っている姿を見ることはないんだけど、こういう楽しい場だと意外とハメを外すんだよな。
そんなことはどうでもよくて。
誕生日プレゼントを渡したいんだけど、親の前で渡すのはなんかちょっと恥ずかしい。
しかも三人ともお酒入ってるからうざ絡みされること間違いなしだし。
ということで。
「結花」
「ん?」
ポテチをつまみながらテレビを観ていた結花がこちらを振り返る。学校で見せるキリッとした態度とはまるで真逆な気を抜いた姿。
これを見れるのも幼馴染の特権だな。
「ちょっと俺の部屋まで来てくれないか?」
「え、うん。いいけど」
何の察しもしていないような気の抜けた返事をしてくる結花。なんかちょっとは察したりすればいいのに。誕生日で呼び出しなんだからプレゼント渡されるんだろうなくらいは思うよ普通は。思ってるのかな。
「お、なになに。ついに二人とも大人の階段のぼっちゃうのぉ〜?」
と、母さん。
「なんだと!? お前らいつの間に付き合ってたんだ! それはちゃんと報告しろよ!」
と、父さん。
「ちゃんとゴムはしなさいよー」
と、愛花。
こいつが一番ひどい下ネタだ。
「んもう! そんなんじゃないよ!」
そんなセクハラペアレントに顔を真赤にして反論する結花。そういうことはちゃんと否定するんだな。
こっちを向き直した彼女の顔はまだ赤くて、『そんなんじゃないよね?』みたいなことを訊かれてるような気がした。
さあて、どうでしょうね。
親のせいで妙に気まずい空気感になって、俺の部屋までの移動の間、俺たちに会話はなかった。
部屋に入った俺は結花をベッドに座らせる。別にどこでも良かったんだけど、俺が勉強机のところを漁る予定だったので、そうなるといい感じの高さがベッドしかなかったのだ。
「……」
妙な視線を感じる。机を漁る俺をじいっと見つめているんだと思われる。
いつもならここで他愛ない雑談が繰り広げられるんだけど、親共が変なことを口走りやがったから変に気まずさがある。
用意していたプレゼントを見つけ、それを手に取り彼女の方を振り返る。
「よしっ」
思わずそんな声を漏らしたとき、それを見た結花がびくりと体を揺らした。
突然振り返ったから驚いたのだろう。
と、思ったのだけど。
「ちょっと待ってやっぱりそういうのはまだ早いと思う! いくら親が許してくれたといってもあたしたちまだ付き合ってもないし、心の準備もできてないし……なんなら今日の下着かわいくないしっ!」
言うにつれて段々と声が小さくなっていく。最後の方は開き直ったようにボリュームに勢いが戻ったけれど。
さっきの沈黙の間どれだけそういうこと考えていたんだよと呆れてしまう。
「そういうんじゃない」
「へ?」
間抜けな声を漏らす結花に俺は手に持っていたプレゼントを渡す。
結花はそれを受け取り、なんだこれみたいな視線を向けていた。なんで分からないんだよ。
「誕生日プレゼントだよ。なんで察せないんだよ」
「あ、ああね。そういうことね」
あははー、と笑いながら結花は改めて俺の渡したプレゼントに視線を落とす。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
袋は小さく、そもそも持った時点で何が入っているかはおおよそ予想がついているだろう。
それでも緊張した顔つきで袋を開けて、結花は中の物を取り出した。
予想通り、それは髪留めだった。
今つけている花の髪留めに比べると派手さを抑えたもの。それを数種類入れていた。
「ずっと使ってくれてるから。それ」
「……うん」
俺が言うと、結花は髪留めに触れながら控えめな返事をした。
「そろそろ新しいのをと思ってさ」
結花は髪留めを外し、プレゼントのうちの一つをそのままパチっとセットした。
「どう?」
「似合ってると思うよ。主観的な意見になるけど」
「それでいいの。それが大事だからね」
頬を赤らめる結花にかけようとした言葉を、俺はごくりと飲み込んだ。ここでこのまま、この思いを口にすればと少し思った。
けれど。
「……」
溜息をついた俺は立ち上がり、部屋のドアを勢いよく開いた。そこで親三人が驚いたように目を見開いていて、誤魔化すようにひゅーひゅーと口笛を吹き始めた。
「なにしてるんだ?」
「違うのよ、颯斗。お母さんたちはね、二人が大人になる瞬間に立ち会おうと思って」
「男がリードするんだぞ、颯斗!」
「ちゃんとゴムするのよ!」
動揺しながら、三者三様にわけの分からないことを口にする。どんだけ下ネタしか頭にないんだよ。
「そういうことはしないってばっ」
そのとき。
別に焦ることはないか、と思った。
きっと思いは通じ合っていることだし、もう少しだけこの関係を楽しんでもいいのかもしれない。
どういうわけか、一度命を落とした俺は前世の記憶を保持したまま二度目の人生を送ることになって。
思い描いた幼馴染との最高のラブコメをしたいという目標に向かって、これまでひたすら頑張ってきた。
そして。
今まさに手を伸ばせば届くところまで、ようやくやってきたのだ。なんなら、今なおそのラブコメを絶賛お楽しみ中である。
せっかくなんだし、この先待っている盛り上がるイベントで告白とかしたいしな。
「そうだよ。そういうことは、まだしない」
「……まだ?」
俺が何気なく漏らした言葉に結花が反応した。神妙な顔つきのまま、こちらを向いてくる。
俺はそんな彼女に、意味深な笑みを返した。
このラブコメ、まだまだこの先も楽しめそうだ。
終
イケメンに生まれ変わったので、諦めていた幼馴染ヒロインとの最高のラブコメを実現したいと思います 白玉ぜんざい @hu__go
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