青木ヶ原樹海トンネル

 富士山麓にひろがる樹海の中に、謎のトンネルが発見されたのは二十年ほど前のことだった。

 樹海の中には、かつて富士が活火山だった頃流出した溶岩流が固まり溶岩洞ようがんどうと呼ばれる洞窟を形成していることが知られているが、新たに発見されたそれは溶岩洞とは似て非なるものだった。


 以来、研究が進められ、数十人の犠牲を出しながらも、なんとか安全が確保されて現在に至る。最初は口コミからはじまり、三年ほど前からは人気の観光スポットになった。


 はじめて聞いたときから興味を持っていた私も、一度体験してみたいと願っていたのだが、予約が殺到して抽選にもれ続け、ようやく今日、入場チケットを手に入れることができた。


「ようこそ、青木ヶ原樹海トンネルへ!」

 ジュリリンというゆるキャラが剽軽ひょうきんな動きで予約客を迎えてくれた。


 ゲートを入ると土産物店などが並ぶ小道を過ぎた先にそのトンネルはあった。

 入口を塞ぐように建物が建っているので全体像はわからなかったが、建物越しに見えているトンネルの壁はとても自然にできたものとは思えなかった。


 建物内に入った私は、狭いレクチャールームに案内された。


「ようこそ。佐々木様は古代エジプトの宮殿がご希望でしたね」

 タブレットを見ながら係員が予約チケットを確認した。


「行けるのは決められた十個所だけなのですよね」

 私が聞くと、係員はタブレットのコース案内を示しながら答えた。


「はい。今のところ安全が確認されているのは、恐竜のいるジュラ紀の平原、クロマニヨン人の集落、古代四大文明の宮殿、中世ドイツ、フランスの町並み、日本国内では弥生時代の集落、江戸時代の繁華街などになっています。1回のご旅行で行けるのは一時代、一か所のみです」


「わかりました。弥生時代の稲作も見てみたかったのですが、今回は古代エジプトの宮殿を愉しもうと思います」

「承知いたしました。当選されれば何度でも参加できますので、お気に召しましたらまたお申し込みください。


「ありがとうございます」


 このトンネルはアミューズメントパークにあるような人工的に作られたイベント会場ではなかった。時間を超え、空間を越えて、実際に過去の時間軸に移動してリアルに時代を観察することができる、いわゆる時間旅行タイムトラベルのトンネルだった。


自由度は少なく限定的ではあったが、時空を超越するなど夢のような話で、画期的な旅行として注目されていた。


 発見当初には帰還できなくなった例も複数あったのだが、研究が進み元の時間軸に戻ることができるしくみが整い、安全性が確保された。ここ十年来、事故は起こっていなかった。一般客にも公開され、世界中から注目されていた。


「それでは、この腕輪を身につけてください。これは移動する際のキーとなるクリスタルが埋め込まれていますので、決してはずさないようお願いします」

「わかりました」

「奥の扉から出てトンネル内を進んでいただいて、8番と書いてある壁際のプレートの上にに立ってください。二メートル四方のプレートですが、そこから動かないようお願いします。壁の窪みにクリスタルを押し当てていただくと移動します」


「はい」


「あちらに到着しましたら認識阻害シールドが立ち上がります。位置がずれますと、姿が現れて、あちらから攻撃される可能性があります」


「それは恐いですね」


「ええ、向こうからすると、得体の知れない侵入者や怪奇現象と感じられますので、異質なものは排除されがちです」

「なるほど、わかりました」


「見学できるのは指定された三か所のみです。自由に移動することはできません。腕輪にある三つのボタンで切り替えできます。向こうの人間や動植物に干渉することはできません。静かに観察だけしてください」

「はい」


「最長一時間ほどで強制的に帰還します」

「ありがとうございます。行って来ます」

「いってらっしゃいませ。楽しい旅を!」


 係員に見送られた私は、奥にある扉を開けてトンネルの中に入った。

 薄明かりのトンネルを進むと、ところどころに数字が掘られた金属プレートが置かれていた。


 いくつかのプレートには人の姿があって、3番プレートからはちょうど人が出発したところだった。腕輪を壁の窪みに近づけると、プレート全体が眩しい光に包まれて。それがおさまると人の姿は消えていた。


 おそらく二人までは同時に移動することができるのだろう、恋人同士でもあるのか親しげに手をつないだ二人が光に包まれるのも目撃した。


 数分ほど歩くと、目的の8番プレートが目に入った。

 いよいよ私が旅立つ番だ。もうすぐ遺跡や遺物ではないリアルな古代エジプトを体験することができる。私の胸の鼓動は早まるばかりだった。


 二メートル四方は思っていたよりも狭かった。ひとつ大きく深呼吸してから、はみ出さないように慎重にプレートの上に立った。

ゆっくり腕をあげて窪みにクリスタルを押し当てると、あたりが光に包まれた。


(終)


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NOVEL DAYSの短編コンテスト(特別編)に応募した作品です。

テーマは「ありえないトンネル」

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ひとひら短編集 仲津麻子 @kukiha

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