白昼夢

ずっと、夢を見ているみたいだった。


『私と友達になって!』


真白ちゃんにそう言われた後、教室を出ても、学校を出ても、いつもの道を歩いても、家に帰っても、ふわふわした感じが消えない。


心臓がばくばくいっている。足元もふわふわで、私はベッドに倒れ込んだ。

ぽふっと、布団に体が沈む。


(……ほんとうに、夢じゃないのかな)


ごろんと寝転がったまま、自分のほっぺをつねってみる。ほっぺはちゃんと痛くて、わたしは「夢じゃない」とつぶやいた。

目をつぶると、真白ちゃんの笑った顔が浮かんでくる。顔だけじゃない。

真白ちゃんの声も、髪も、においも、全部全部。全部、覚えている。


『すてき!お日様の名前だ!』


思わず、ふふっと笑い声が漏れてしまって、わたしはまくらに顔を押しつけた。

顔中が、熱が出たときみたいにあつい。


こんなの、はじめてだった。


(昼間でも、夢を見ることってなんで言うんだっけ……)


ぼんやりと頭を回す。白い、夢……。確かそんな感じだったはずだ。

何かちがう気もするけど、どうでもよくなった。


白い夢。白……真白ちゃんの夢。 

そうだ。真白ちゃんが来て、わたしを見つけてくれたから、今こうして夢を見てる。


嬉しい。まいちゃんや、ほかの女の子よりもわたしを選んでくれたことが、とにかく嬉しい。


なんだか落ち着かなくて、自然と足がばたばたしてしまう。


「ひーちゃん、ご飯よー」


と言うお母さんの声が聞こえるまで、わたしはベットでバタバタし続けていた。


はっとして部屋の時計を見ると、もう家に帰ってきてから何時間もたっていた。


ベッドからおりて、ゆっくり息を吐く。階段を一段一段下りるたびに、ふわふわした気持ちが落ち着いていくような気がした。


リビングに行くと、お母さんがイスに座って待っていた。

テーブルの上には、チーズがたっぷり乗ったグラタンと、綺麗に盛られたトマトのサラダがある。わたしの大好きな、焼きたてのグラタン。


「ひーちゃん。ご飯冷めちゃう前に食べましょう?」


うん、と返事をして、お母さんのとなりに座った。チーズのいいにおいがして、一気にお腹が空いてくる。


いただきます、と手をあわせてから、グラタンのお皿に手を伸ばした。


と、横で見ていたお母さんが、わたしの手をそっとおさえた。 お皿にも、フォークやスプーンにも手を伸ばせなくなって、ため息をつく。


ああ、やっぱりか。わたしの前にあったグラタンを、自分の方へ引き寄せるお母さんを見ながら、そんなことを思った。


返ってくる答えは分かっているけど、


「……何?」


と聞いてみる。お母さんは、いつもと同じやさしい口調で、


「まだ熱いから、1人で食べると火傷しちゃうわよ?」


とグラタンをスプーンですくい、ふーっと息を吹きかけた。せっかくできたてだったグラタンをしっかり冷ましてから、お母さんはスプーンをわたしの方へ向ける。


「ひーちゃん、もう冷めたから大丈夫よ。はい、あーん」


スプーンが、どんどんこっちに近づいてくる。おとなしく口をあけて、お母さんの手からグラタンを食べた。


いつも通り。何にも変わらないいつもの時間なのに、今日はなんだか、もやもやした。


(……あんまり、味しないな)


もしかしたら、お母さんはやけどするくらい熱いグラタンがいちばんおいしいって知らないのかもしれない。そんなことを思いながら、


「おいしいよ」


と笑った。ふふっとごきげんそうにお母さんも笑う。そしてまた、あつあつのグラタンがスプーンの上で冷めていった。


お皿の半分くらいを食べさせてもらった頃、わたしはお母さんに言った。


「……お母さん。わたしもう5年生だよ。お母さんがやってくれなくても、自分でごはん食べれる」


「ひーちゃん、いつも言っているでしょ?」


お母さんは困ったようにため息をついて、わたしの頭を撫でた。


「いい?確かに、ひーちゃんはもう1人でご飯を食べられるかもしれない。でも、もししれが上手にできなかったらどうする?今日みたいに熱いものを食べて、火傷しちゃうかもしれない。フォークやナイフで怪我しちゃうかもしれない」


ゆっくり、頭を撫でながら言うお母さんの声は、子守唄みたいだ。

いつもと同じ答えを、コップについた水滴を見ながらぼーっと聞く。


「そうなっちゃった時、きっとひーちゃんは、お母さんにやって貰えばよかったって思う。それに、お母さんもやってあげれば良かったって後悔するわ。2人で幸せになるためなの。ひーちゃんなら、わかってくれるでしょう?」


お母さんは、いつもこうだった。幸せになるため。そう言って、わたしのまわりのことは全部お母さんがやる。 ご飯を食べるときも、寝るときも、お風呂に入るときも。わたしのとなりにはお母さんがいて、お母さんのとなりにはわたしがいた。


「……学校のみんなは、お母さんにこんなことしてもらってないよ」


「ひーちゃん、何にも変じゃないわ。子供はみんな、親に守られるものよ。学校のお友達だって、言わないだけでお家ではこうなのよ」


「もう子供じゃない」って言ったら、お母さんは「そう言っているうちは、まだまだね」と笑った。


……みんなも、こうなのだろうか。


わたしはお家のことを聞けるような友達がいないから、どうなのかは分からない。でも、お母さんがどこかおかしいってことだけは、何となく分かった。


だって、私がもっと小さい時はこんなじゃなかったから。


お母さんはふつうのお母さんで、わたしのことなんか全然気にしていない感じだった。


……お父さんがわたしたちを捨てて、別の場所に行ってしまってから、お母さんはおかしくなってしまった。


『……あいつのせいよ。全部全部全部!!!!』


のお母さんの声を思い出し、胸のあたりがむかむかとしてくる。その感覚が口の中にも広がった気がして、わたしは思わず、コップのお茶を一気に飲み干した。


「大丈夫!?」と心配そうに顔を覗き込むお母さんに、無理に笑って見せる。


そして、顔を真っ青にしたお母さんに向かって、


「グラタン、食べたいな」


と言った。お母さんはぱっと顔を明るくして、わたしの口に冷めたグラタンを詰め込んだ。







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かわいい子 如月 椎名 @noopooo

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