第3話

 ソフィアの特訓も終了した。第二段階の物質魔法は扱いが難しい上に、定義が広いためどんなことが魔法となるのか考えるのが面倒だという側面もある。

 例えば、鉄を操る魔法はどうかと開発してみようとしたが、それは地属性の元素魔法の範疇だったとか、氷を操る魔法はどうかと思っても、それは水属性魔法の一種だったとか。


 ただまあ、やりようは色々とある。服の繊維を操ったり、蜘蛛の糸のようなものを生み出したり、髪の毛を伸ばして操ったり、体を硬質化させたりなど。雷魔法なんかも第二段階魔法だ。ファンタジーであるあるな空間魔法は第三段階だけど。


 神を殺すという目標を掲げる彼女にとって第四段階の魔法の習得は必須である。そもそも、どうやって神を観測できるようにするのかが問題になってくるのだが。


 まあそれは今はいい。いずれやらなければならないことであるというだけだ。


 さて、俺はソフィアと言う主人公候補その一を見つけて舞い上がってはいたが、俺に向かってくるであろう主人公はどれだけいても困ることはない。ソフィアの人生の主役がソフィアであるように、主人公となり得る資格を持っている人間と言うのはそこら中に溢れているわけだ。


 俺が求めているのは熾烈な戦いを制して、最終的に俺が裏ボスとしてのロールができる奴である。俺が目指すのは結局、ストーリークリア後に戦える裏ボスなのだ。俺自身がボスとなるのでは意味がない。そのため、俺は今どこにも行き場所がない人間を集めて組織としてしまおうと考えている最中なのだ。


「少し出かけよう」


 俺はソフィアにそう言って拠点を出る。その後ろからは何も言わずに俺についてくるソフィアがいる。

 次の主人公は誰が良いだろうか。ぶっちゃけ俺が作ろうとしている組織にこれと言った目標があるわけではないから、まあ誰でもいいのだが。

 候補として挙げられるのは、やはり奴隷か。ソフィアのように望まぬ神の寵愛を受けた人間がそこら辺にいるとは思えないからな。


 何か明確な目的を持っていそうな人間が良い。ソフィアのように確実に何か世界に恨みを持っているだとか、過去に悲しい出来事があったとかであるなら尚良い。


 そんなことを考えながら街を歩いているが、まあそんな境遇の人間と言うのがそこら辺に転がっているわけがない。ならばと俺はスラム街に向かうことにした。


 スラム街は正に犯罪の宝庫だ。貧困によって住む場所がなくなった人々が集まる地域で、そこでは力が絶対の秩序として成り立っている。スラム街は面白いところで、混沌の信奉者が国の治安維持組織からの監視の目を逃れるために扱う場所と言う側面が強いが、その混沌の信奉者たちはスラム街では存在するだけで秩序として成り立っているという側面もあるのだ。


 どういうことかというと、このような治安が底を付いているような地域では、より力を持った組織がトップに立つ。そして、このような場所で力を持っている組織と言うのは総じて混沌のシンパであるのだ。前世で言うところのヤクザの縄張りみたいな現象が起こる。とは言え、ここでは任侠なんてものは存在しないため、ヤクザよりよっぽどたちが悪いが、そのおかげで多少の秩序が保たれているというのも事実なわけだ。


「あの、こんなところに一体何の用なの?」


 今まで静かに俺の横に付いていたソフィアも遂に疑問を抱えきれなくなったのか、俺に問いを投げかけてくる。

 何の用なのかと言われたら構成員もとい主人公の調達であるが、それを馬鹿正直にいう訳にもいかないので俺は少し誤魔化しながら答えた。


「お前みたいなやつを探しているんだ」

「私みたいな人を……?」


 俺の答えにソフィアは納得が行っていないようだった。


「一体何の為に?」


 それはもちろん俺が裏ボスとなるためだが、そんなことを馬鹿正直に言ってしまえばソフィアからの信頼も地に堕ちる可能性がある。そのためこの回答も誤魔化す必要があるのだが、さてなんて説明するべきか。


「そうだな……。俺はお前みたいな望まぬ境遇にいる人間を探しているんだ。そいつらに道を示すのが俺の使命だと考えている」


 まあその先にある俺の裏ボスとしての活躍と言うのが大前提なんだけど。間違ってはいないだろう。


「道を示す……。そうだったのね、それが貴方の理念……」


 なんだかソフィアの様子が神妙になってしまったが、まあいいだろう。


 さて、そんな会話をしている間にもスラム街では身ぎれいにされている俺たちを餌にしてやろうと住人たちは目を光らせている。俺たちから金銭を奪おうっていう気力に溢れた瞳だ。

 スラム街で秩序を信仰しているようなお利口さんなんてものは存在しない。誰も彼もが現状を嘆き、現状維持に励む秩序なんかよりも何かを変えてくれる混沌を求めるのだ。


「おっとわりぃな……」


 突然俺の体に当たってきた男。彼は俺が懐にしまっていた財布をスッた。当然俺はそのことに気づいているし、やろうと思えばスリ返すことだって容易だ。だがあえて放置した。その財布の中には大した金額が入っていないということも理由として挙げられるのだが、このスリがきっかけで何かが起こる可能性もある。

 何もなかったらそれまでだったというだけ。その場合は俺はそのままこの場を去ってまた別の場所で主人公探しを再開するだけの話だ。


 俺はそう考えながらスリ犯とは真逆の方向に歩みを止めない。その様子に同じくスリに気が付いていたソフィアは不満の声を漏らそうとするが、それは突如として聞こえてきた別の人物によって遮られた。


「おい!お前!今盗った物をその人に返せ!」


 振り返って見てみると、俺がスられた犯人を糾弾している一人の少年がいた。年の頃は十五歳と言ったところか。みすぼらしい格好をしているが体格はスラム出身にしては恵まれている。赤い髪をしている少年はその鋭い目つきで犯人を射抜いている。


 俺はその子を見た途端に確信した。これは主人公であると。


「ああ?何言ってんだガキ。俺が何を取ったって?」


 スリの犯人は白々しくも無罪を主張するが、今の俺にとってそいつの囀りなど些事でしかなかった。


「何かありましたか?」

「あ?あー……このガキが俺が物を盗んだって言いがかりをな……」

「言いがかりなんかじゃない!俺はこの目で見たんだ!」


 俺が介入した途端に勢いを失くすスリの犯人と、烈火のごとく怒る少年。俺としては大した金額が入っていない財布などよりも、この目の前にいる少年の方が何十倍も優先度が高い。


「ふむ。私は何か盗られたようには思えませんが……」

「えっ……」


 俺は世間知らずのボンボンを演じながら白を切る。横にいるソフィアは呆れたような表情で俺を見てくる。


「ほら、この人もそう言ってんじゃねえか。なら俺は行かせてもらうぜ」

「ええ、良い一日を」


 犯人は今にも笑い出しそうな下品な面を俺に向けて去って行った。大方、とんでもないカモが現れたとか思われてるんだろうな。

 まあ別に訂正する気はない。このスラム街にいる人たちが俺たちのことを狙い始めた気配があるが、もうこことはおさらばだ。


「どうして何も確認しないで逃がしちゃうんですか!?」


 少年は甚だ疑問だと言いたげだ。


「まあ落ち着け少年。あんな財布に大した金は入っていない」

「……は?」

「今頃少額の金を見て、悪態を付いている頃だろうな。まあ、だからどうということはないが」


 唐突に態度が変わった俺を見て、少年は宇宙を背負った。横にいるソフィアの表情は呆れ顔のままだが、少年をじっと見てから驚きに変わる。


「その加護、『秩序』の物だな」


 そうだ。俺が少年を見て感じ取ったのは『秩序』の加護。寵愛よりは効力が薄いが、この『混沌』の代名詞のようなスラム街にいて『秩序』の加護を与えられる人間と言うのは正に主人公と言って良いだろう。本人の正義感も人一倍らしい。


「さて少年、俺と一緒に来る気はないか?君のその正義を活かす場所を与えてやろう」


 極めて裏ボスらしい口調を意識して、俺は少年にそう提案するのだった。


 






 *








 スラム街に生まれた俺の両親は変わり者だった。


 この街は『混沌』を信奉している組織が隠れ蓑にするような、治安が地の底まで突き抜けてしまった負け犬の住処だ。犯罪の温床。盗みや人身売買なんて当たり前、言うのも悍ましい犯罪行為だって平気で行われているのだ。


 そんな地の底で俺は生まれた。だけど、俺の両親は変わり者だった。


「人の役に立つことをしなさい」


「誰かに親切にしていれば、いつか巡り巡って自分の所に帰ってくる」


 両親はかつてはこんなスラム街などではなく、ちゃんとした生活圏でそれなりの仕事をしていたらしい。だけど、その底なしのお人好しが災いして、悪い人間に嵌められたのだ。そうしてこの掃きだめへとやってきたというのに、彼らのその性格は一切変わらなかった。


 暴力が当たり前となっているこの社会で、両親は当たり前のように対話で物事を解決しようとする。誰かの喧嘩に率先して仲裁に入って収める。目の前で犯罪行為が横行していたら何が何でも止める。


 正義の人間だった。だけど、俺はその在り方に疑問を持った。なぜそこまでするのか、なぜそれだけの正義を宿せるのか。


 二年前、この劣悪な環境での生活に体が耐えきれなくなり、病気で死んでしまった母親を看取った後、母を埋葬した父に聞いた。


「なんで、そんなにお人好しになれるの?」


 そう聞くと、母を亡くしたショックがあったのか、怒りを携えたような表情で父は言った。


「……正直に言えば、俺はここの連中が憎い。俺を嵌めたあいつらも憎い。だがな、それで悪の道へ踏み外してしまったら、俺が憎んでいるこいつらと同じに成っちまう。それだけは何があっても我慢ならん。それに、愛する息子にそんな姿は見せられねぇからな。だから、死んだ母さんと話し合ったんだ。俺らを嵌めた『混沌』への復讐として、『秩序』を遂行すると……。このスラム街で、心に一本の芯を持てる立派な子供を育ててやるとな」


 その話を聞いて、俺は衝撃と同時に納得が行った。この誰も彼もを助けようとする両親の原動力はちんけな復讐心だったのだと。それと同時に、俺のことを思ってくれていたという事実に嬉しさも覚えた。


「俺たちの願った通り、お前はちゃんと育ってくれた。それも、ただのお人好しじゃねぇ。自分で善悪の判断を見定めることができるお人好しだ」


 そう言った父は、翌年に母の後を追うように亡くなってしまった。亡くなる間際に、父は俺に向かって一言言った。


「お前は、こんなちんけなスラム街なんかじゃなく、いずれ、もっとちゃんとした場所で、お前のその心を活かせる時が来る……」


 そう言って、父は事切れた。


 両親が亡くなってしまった。それ自体は悲しかったし、辛かった。でも、俺は両親の意思を継いで彼らの行動を模倣しようとは思わない。復讐心と親心によって為されてきた善行を俺が行う意味はない。


 俺は俺だ。誰に強制されるわけでもなく、誰の意思を継いでいるわけでもない。ただ、俺が正しいと思ったことをする。


 そう決意した瞬間になにかが俺の中に宿った気配を感じた。









 ある日の出来事だ。スリにあっていた身なりの良い男性を庇おうと犯人に詰め寄った時のことだ。その男性はスリのことなど眼中になく、ただ俺を見ていた。

 その瞳は全てを見通すような鋭さと、全てを俯瞰するような超越的な何かを宿していた。



「さて少年、俺と一緒に来る気はないか?君のその正義を活かす場所を与えてやろう」



 俺は俺だ。別に正義を成そうとしているわけではない。俺は、俺が正しいと思ったことをするだけ。だけど、この手を取るべきだと本能が訴えている。


「それって、貴方の下に付けと?」

「そう言うことではない。ただ、やりたいことをやってもらうだけだ。俺はそれをほんの少し援助するだけに過ぎない」


 その一言に俺は自然と手を取っていた。


 俺は俺。誰に強制されることもなく、誰の意思を継ぐわけでもなく、ただ俺が正しいと思ったことをするだけだ。



「これからよろしく」

「こちらこそ、だな」





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ストーリークリア後に戦える裏ボス系転生者 ねうしとら @abyunappua

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