第2話
裏ボスのあり方と言うのは様々だ。俺が現在目指しているのは、ストーリー中では味方だが、クリア後に条件を満たすことで戦うことができる裏ボスである。
だが、それだけで満足するような俺では無い。ストーリー中で一切関係がないクリア後コンテンツのためだけに存在する裏ボスというのにも俺は憧れるわけだ。
RPG風に言うのならば、クリア後に開放されるフィールド内にいて、勝つことでトロフィーやらアチーブメントを獲得できるだけの敵。ついでに貰える経験値が多い。
こういった裏ボスを目指すことも良いだろう。
だが、そうなってくると俺に挑んでくる主人公ポジの人間は俺と何の関係もない他人である必要があるのだ。それを演出するのは俺でも難しい。
だが、一つだけ、俺が干渉しないでいられる完全な主人公ポジションと言う人物が存在する可能性がある。
この世界は『混沌』『秩序』『均衡』の三柱の神々が存在しており、それぞれその名の通りに行動する。とは言え、その存在は人類には知覚できるようなものではない。だから、神々が何をしたいのか、何が目的なのか、何をしているのかは俺たちには全くと言って良いほど分からないのだ。
しかし、例外と言うのはどこだろうと存在する物。俺が拾った竜人の娘、【ソフィア】のように神から直々に何かを与えられる生物と言うのはいる。彼女は寵愛だったが、この世には数百年に一度【代弁者】と呼ばれる人間が誕生することがあるのだ。
代弁者はその名の通り、神の意志を代弁する存在。混沌の代弁者であれば【魔王】として世界に混沌を招くし、秩序の代弁者なら【勇者】として世界の膿を取り除く。均衡の代弁者は【調停者】と呼ばれ、世界のバランスを保つ。唯一、調停者だけは今まで一度も存在したことがないため、名前しか分かっていないが。
これらから俺が導ける結論は、この【勇者】を主人公と定めて、今後誕生する可能性のある彼ないし彼女の裏ボスとなってやろうという訳だ。
勇者が使命を達成した後、それとは全く関係がないが旅の途中で聞いた俺の評判を頼りに俺を探し出し、そして挑んでくる。考えただけで最高のシチュエーションではないか。
目下問題として挙げられるのは勇者がいつ誕生するのかが未知数であるというところだろうか。だが大丈夫だ。前回の勇者誕生からもうかなりの時間が経過している。勇者の誕生も時間の問題だろう。
そもそも、勇者が誕生すると言うことは高確率で世界に魔王も誕生していると言うことである。その魔王が最後に存在していたのが既に二百年以上前。時間の問題だろうな。
さて、今後の計画を考えるのはここまでにしておこう。
今俺がやるべきことはソフィアと共に他の構成員を調達することとソフィア自身を鍛えることだろう。
「あー、ソフィアは今幾つだったか」
「私は今十八だけど」
俺からの問いに素直に答えたソフィア。ちなみに、敬語は外させた。歳は俺の方が上だが、ぶっちゃけずっと敬語で話されると疲れる。
俺は手に持っていた木剣を降ろす。
「筋は悪くないが、如何せん武器を使った戦い方が性に合っていないように感じる」
「私たち竜人は武器よりも己の肉体を使った戦い方を好むから。それに、私は魔法の方が得意」
そう言うソフィアに俺はまた一つ賢くなった。均衡の信奉者は排他的で社会から逸脱した生活をするやつらが多い。俺が武者修行で旅をしていた時も竜人にはあまり会わなかった。
「魔法はどれくらい扱える?」
「元素魔法なら大体は」
「なるほどな」
ここで言う元素魔法の元素とは、周期表を基にした物ではもちろんない。この元素は四大元素、火、水、気、地。気は空気のことだ。言ってしまえば風だな。この四つからなるのが元素魔法だ。
「四段階説は知ってるか?」
「知ってる。ゼティアの魔法四段階説でしょ?」
ゼティアの魔法四段階説。それは、人類が扱う魔法を四段階に分類した現状一番支持されている仮説である。
魔法とは、神秘に近ければ近いほどその使用は困難なものになり、それ故に強力なものになるという神秘仮説を引用して、そこから発展させた仮説だ。
第一段階は神秘から最も遠いとされる元素魔法。第二段階は物質界にある物を操作、変化させる物質魔法。第三段階は物質界に存在しない、概念的なものを魔法へと昇華させた概念魔法。そして、第四段階は神が扱う魔法。超越魔法の四つに分類されている。
第四段階の超越魔法は、人間の理解の範疇を超えた魔法という意味で神が扱う魔法と定義されているだけで、別に人間が扱うのが不可能であるという訳では無い。ただ、人の思考の枠組みからは外れているような魔法だと言うだけだ。第四段階以外ならば俺は一通り扱える。
「第二段階には到達していないのか?」
「少しだけなら使えるけど……」
うーむ。第二段階を少しだけか。ソフィアには悪いが、それで魔法が得意だと自称するのは無理があると思う。本当にヘイトを集める考えになってしまうが、集落から追放されたのは混沌の寵愛だけでなく、実力不足という側面もあるのではないだろうか。
「なら、今後は第三段階まで扱えるようになってもらう」
少し厳しくなってしまうかもしれないが、まあ大丈夫だろう。
*
第二段階を扱えるかと聞かれたときは、鼻につかないように謙虚に少し扱えるという言い方をしたが、私は内心では自信を持って答えていた。ゼティアが提唱した四段階の魔法で最も神秘から遠いとされている元素魔法だが、我々人間にとって最も扱いやすく応用性が高い極めて優れた魔法だ。
言ってしまえば、魔法は第一段階で既に完成されている。そう言う考えが一般的であり、加えて、第一段階と第二段階では神秘に差がありすぎる。第二段階まで扱える魔法使いは全魔法使いの十分の一程度しかいないだろう。
現状の魔法史ではそれが一般的で、第二段階を扱えたら立派な達人という扱いだ。
だというのに、目の前の恩人はさも当たり前のように第三段階魔法の習得を私に求めて来る。私が第二段階まで扱えると言ったのに、彼は喜ぶどころか少し落胆したように感じる。
「第三段階まで?いや、不可能だよ。一体どれだけの魔法使いがその境地に至れると思ってるの?」
私は無神経にそんなことを言ってくる彼に苛立ちを覚えて少し責めるような口調で彼を問いただした。
「さあ?でも、俺に付いてくるならこれくらいは扱えるようになって貰わないと困る。こんなこともできないでどうやって神を殺すんだ」
その一言で私は冷水を掛けられたような感覚に襲われた。
そうだ。私は何がしたかったのか、私は神を殺す覚悟を持っていたのではないか。たかだか第三段階魔法に尻込みしているのはあまりにも甘えているのではないか。
彼は言っているのだ。身の程を知らない愚か者である私の願望を達成できるようにしてやるのだと。
私は自らの境遇を、この身に宿る呪いに抱く憎しみを思い出す。神の気まぐれで与えられた私の転落をいつかその身を以て思い知ってもらうのだ。
「私が間違ってた。お願い、私に魔法の極意を教えて」
思い切り頭を下げて改めて彼に嘆願する。私の考えが甘かった。彼は至って真剣に私に向き合ってくれていたのに、当の私がその熱意を感じ取れていなかった。
「うん、いいだろう。じゃあ第二段階の魔法がどれくらい扱えるのか見せてもらっていい?」
「分かったわ」
彼が私の魔法を見たいと言うので、私は今できる全力を以って魔法を扱う。体内の魔力が一気に消費される不快感を覚えながら、自らの手の爪を鋭利に伸ばした。
「おお。爪を操作する魔法か。中々の精度だな、鋭さ、固さ、長さ、全てが高水準で保たれている。これで少しだけはちょっと謙虚すぎたな」
どうやら認めて貰ったみたいだ。私たち竜人の身体的な特徴として、爪が鋭利で鋭いという物がある。その性質を生かした魔法だ。この状態の私なら生半可な硬さの物体であれば容易に切り裂くことができる。
「じゃあ、俺に攻撃してみてよ」
そう言って彼は幾何学模様の透明な板のようなものを出現させた。
「そ……れは……?」
「これ?防御魔法だけど」
防御魔法?そんな分類の魔法は厳密には存在しないはずだ。
元素魔法や物質魔法を扱って身を守る用途で使用すると言うことは往々にしてある。だが、それは『防御魔法』なんていう分類でなく、精々『地属性魔法』の一種であったり、『物質魔法』の一種であるというだけのはずだ。
そもそも、彼が出現させている幾何学模様の板。あれは既存の物質を操っているようにも、四大元素の何かを使用しているようにも見えない。つまり、今彼が行っているのは『防御』という概念を魔法へと昇華させた第三段階魔法。
それを突破するには同じく第三段階の魔法を使うか、よほど力量差がある第二魔法でないと不可能。そして、私は彼の防御魔法を崩せるようなイメージは浮かばない。
これが、第三段階魔法に到達した人間の領域か……。
とりあえず、言われた通りに彼に攻撃するが当然ながら傷一つ付けることができなかった。
*
魔法使いとしての実力不足と評したのは誤りだったと言わざるを得ない。俺はそのことを心の中で謝罪する。まだまだ粗が目立つとは言え、中々筋が良い。竜人としての特性上、身体能力も秀でているし、魔法使いとしてのポテンシャルも十分。俺が行ってきた特訓についてこられるかどうかは今後見定めていくとしても、これなら第三段階魔法を扱えるようになるのも時間の問題かもしれない。
良い拾い物をしたと思う。これなら俺が裏ボスとして実力を振舞う相手として申し分ない者に育つだろう。彼女のストーリーの最終到達点が神殺しかその身に宿る寵愛を振り払うこと。ならば、俺も神を殺せるような実力を身に付けないとソフィアのストーリーはずっと未完のままになってしまう。
いずれ第四段階魔法を扱えるようになろうと思っていたところだけど、どうやら習得は絶対条件らしい。
まだまだ裏ボスへの道は遠いな。
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