本当の敵は

晴坂しずか

本当の敵は

「――君は、自分の視認できる範囲には限界があることを、理解しているかい?」

「なっ……そんなの、当たり前だろう?」

 急に話題を変えられて、ワンスは戸惑った。しかし、すぐに返答できたのは、まだ冷静だった証拠だ。

 テイカーはワンスの顔を見るなり、くっくと笑う。

「それなら、どうして君は自分で見たわけじゃないのに、遠くにある情報を真実だと認識した?」

「は? だって、実際にそれで戦っている人が――」

「あくまでも情報は情報だ。君は証拠がないものを真実だと誤認しているに過ぎない」

「誤認? じゃあ、真実は違うって言うのか?」

 と、苛立ちまじりにたずねたワンスへテイカーは言う。

「情報なんてね、いくらでも操作できてしまうんだよ。悪意だって善意だって、何でも取り込めるのが情報というものだ」

 テイカーの背後にある大きなモニターが、崩壊した街を映す。倒壊寸前の建物から逃げ惑う人々の姿も見えて、ワンスは目をみはる。

 その表情を見てテイカーは言った。

「今映っているこの景色を、君は真実だと思うかい?」

「……真実じゃないなら、何だって言うんだよ」

 と、ワンスは拳をぎゅっと握りしめ、彼をにらむ。

「作られた映像だとしたら、君はきっと、ここへたどり着くことはなかっただろうね」

 テイカーの意図が見えない。何を伝えようとしているのか、推し量ろうにも、ワンスの冷静さは時間の経過とともに薄れていく。

「そもそも、君たちは自身が認識できる範囲でしか生きていない、ということを分かっていない。人間がどのようにして生まれたか、という根本からね」

 そうしてふっと微笑みを浮かべるテイカーは、これまでワンスが追いかけてきたものとは雰囲気が違っていた。こいつこそが悪だと、そう信じていたのに。

「分かりやすく言うなら、時間というのは人間が生みだしたものだ。朝、昼、夕、夜、それらもすべて人間が生みだした。時間なんて、本当は存在していないのにね」

「……じゃあ、過去はどうなるんだ? お前がその強大な力で破壊してきた、街の人々の命は!?」

 もう冷静ではいられず、ワンスは声を荒らげた。

 テイカーは表情を変えずに返す。

「定めだよ。一度生れ出たものには、必ず終わりがなくてはならない。ただそれだけのことだ」

「答えになってない! オレの質問にちゃんと答えろよ!」

「そうだね、君が理解できるように言い換えるなら……過去は終わりの記録であり、記憶だ。ただ終わりがあるだけで、それに関する感情や情報といったものは、君たち人間が個人的に得たもの。でも、そんなものに価値はない」

 はっとしてワンスは考え直す。

「やっぱり、お前は敵だ」

「いや、敵はもっと上にいるよ。僕はただの管理人だからね」

「何を言ってるんだ。お前がこの世界を滅ぼそうとしているんだろう?」

 テイカーは少しだけ目を丸くしてから、背後のモニターへ体を向けた。

「君からすればそう見えるのだろう。けれど、これはただの整理整頓のようなもの」

「整理だと?」

「人間は勘違いをしすぎた。自分たちがこの星の主だと思いこんで、好き勝手やりすぎた。自分たちは人間という枠の中でしか生きていないのに、そんな簡単なことにも気づかず、外へ目を向けようとしなかった。自分たちの中だけで結論を見つけても、それが世界に通用するとは限らないのに」

 テイカーは何を言いたいのだろう。

 ワンスは再び苛立ち、今にも腰に下げた剣を抜きそうになる。しかし、まだだ。

「想像力にも限界があることを、人間の多くが知らなかったんだね。この星も世界の一つでしかなく、外には人間が想像しうる限界をやすやすと飛び越えたものがたくさん存在しているのだと、誰一人として理解しなかった」

「……いや、そんなことはない。ディーの森の奥に住んでたばあさんは、お前が言ったのと似たことを言ってた」

「そうだね。でも、それは多くの人間が共有しなければならないことだったんだ。一人や二人が知っていて、理解していたとしても、それだけでは何にもならないんだよ」

 ワンスは右手を剣の鞘へ置く。

「もういい。お前とは分かり合えなさそうだ」

「当然だね。人間とは得てしてそういうもの。認識できる範囲が狭いのだから、たとえ家族であっても、分かり合えると簡単に思ってはいけないよ」

「っ……」

 こらえきれずに剣を抜いたワンスは、いきおいよく彼目がけて駆けだした。

 テイカーは軽々と斬撃を避けて、距離を取る。

「僕の話はまだ終わってないよ」

「分かり合えないなら、どれだけ話しても無駄だろ!」

 と、ワンスはもう一度テイカーへ向けて剣を振るう。

「君はこの星にとって、有益な人間になれなかったようだ」

「何が有益だ!」

 テイカーは武器を取ることなく、ただ攻撃を避けていく。

「そもそも、こうして君の物語が生まれていることすら、世界から見たらちっぽけなものなのに、君は勇者を気取って僕を殺そうとしている」

「黒幕はお前なんだろう!? お前を倒さなくちゃ、平和は訪れない!」

「この星はじきに平和になるよ。整理整頓が済んで、有益な人間だけが残ったら、あとは穏やかになる」

「お前の考えていることは間違えている!」

「君のしようとしていることも間違いだ。僕はただの管理人、この事態を引き起こしているのは僕ではなく、世界の方だ。いわば、この星の意思なんだよ」

「うるさいっ!」

 研ぎ澄まされた刃がテイカーの体を切り裂く。しかし、ワンスは目をみはった。

「血が、出ない……!?」

「僕は人間じゃないんだよ。この星の管理を任されただけ」

 と、テイカーがにこりと笑う。

「僕の命はシリウスにあるんだ。だから、ここで僕を殺すことはできない」

「な……じゃあ、どうして……」

 ワンスは手にした剣を床へと落とし、後ずさる。

「さっきから話しているじゃないか。君は誤った情報を真実だと信じて、ここへやってきた。でも、君がしようとしていることは間違いだ。情報に惑わされず、正しい判断を持って選択ができていたら、君は有益な人間になれただろう」

「な、何を、言って……」

 ワンスの顔からは血の気が引いていた。人間だと信じていた者が、そうではなかったことに対する驚きと戸惑い、そして自身の愚かさに気づいたのだ。

「でも、大丈夫。人間の魂はこの星を何度だってめぐり続ける。君はもう一度、人間になれるよ」

 テイカーは笑みを浮かべたまま、ワンスへと歩み寄った。左手を差し伸べるように前へ出し、最後に言う。

「この星で起こることはすべて、この星の意思だ。君が目的を果たせずに死ぬことも、やがて人々に忘れ去られて消えていくことも、すべてね」

 そしてテイカーは左手の平から見えない力を放出し、ワンスの体は小さな蟻のように押しつぶされ、息絶えた。


「――さて、一番厄介だったアカウントが消えた。これでこの星も少しは軽くなっただろう」

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