第8話 使命

「なんだ。」

 気が付くと俺は真っ白な空間にいた。そう、カノンさんと出会った、あの部屋だ。

「いきなりごめんなさいね。」

「カノンさん。なにが起こっているのですか?みんなは無事ですか?」

「ちょっとトラブルが起こって、詳しいことはあの世界をのぞきながら話しましょうか。」

「世界をのぞく?」

 俺の質問に答えるようにカノンさんは俺の前に球体を作り出した。その中に映っているのは俺がいたあのギルドか?意図を探ろうとカノンさんを見ると、球を見るよう視線を促される。ひとまずは言う通りと思い、球を見ていると一つのパーティーがギルドに入ってきた。そして、そのパーティーのリーダーらしき男が持っているのはあの邪竜の首だ。

「どういうことだ。あいつは確かに倒したのに。まさか他にもいたのか?」

「そういうわけではなくてね。あなたも体験したでしょう。ここに来る直前、あの世界がどうなっていたか。」

「ああ、確かに、すごく大きな地震が起きたような感覚だった。あの後、なにがどうなったのですか?」

「地震ね、確かに近しい現象ともいえるかもしれないわ。簡単に説明するとあの時、あの時点であの世界は消えてなくなったのよ。」

「どういうことです?」

 世界が消えた?そんな馬鹿な。現にこの球を通して観察できているではないか。それともこの映像はリアルタイムじゃないのか?疑問が疑問を生み、頭の中がこんがらがっている。

「正確にはね、世界が新たに上書きされたのよ。」

「上書き。」

「そう、あの世界はもともとあなたのいた世界で生まれたものなの。知らなかったでしょう。」

「俺のいた世界で生まれた?現実の創作物ってことか。」

「まあ、そういうことよ。あなたのいた世界を現実世界と呼ぶのは私嫌いなのよね。私にとっての現実はここであって、彼らの現実もあの世界ですし。」

「確かに、そうですね。」

「それはさておき話を戻すと、あなたの世界で創作した世界が動き出しただけの話よ。あの世界の雑さ、あなたもなんとなく感じていたでしょう。」

 世界の雑さか。確かに、言われてみると引っかかって箇所がいくつかあった。俺がいた街と邪竜の洞窟があまりにも近い。勇者のパーティーの中には王国の人もいたらしいが、邪竜討伐にあたってその王国が何かしていたという話はなかった。そもそも王国があるにもかかわらず、あの街に冒険者が集まっているのは?それも邪竜からは逃げたがっていた人々だ。それからあの洞窟、邪竜以外には敵がまったくいなかった。世界の雑さってこういうことか?俺の表情から思い当たるふしがあると感じたのか、カノンさんは続けた。

「そういう違和感は世界を作った人が細かく示さなかったから生まれるの。その上、そういう人ほど作った世界を放ったらかしにしやすい。邪竜という名の脅威を残してね。」

「そんな世界を救うために俺を転生させたと。」

「そういうことよ。せっかく邪竜討伐まで成功したのに残念だわ。」

 カノンさんは本当に、心底残念そうな顔をした。

「それで上書きというのは?」

「文字通り、世界の創造主が物語を書き換えたのよ。私から見ての言い方だけど。正しくは放置していた物語の続きを書きだしたのよ。そのおかげで君の功績はきれいさっぱりなくなり、邪竜も復活。彼の書く勇者が世界を救うのはいつになることやら。本当にやってくるのか、そんな感じね。」

「そんな感じって。それじゃあ、ガノン達は俺のことをもう覚えてないのか?」

「そうよ。」

 俺の言葉をあっさりと肯定する。せっかく仲良くなったのに。俺に希望をくれた仲間たちなのに、彼らはもう俺を知らない?衝撃を受ける俺を後目に彼女は続ける。

「まあ、あの世界は当分保留ね。また完全に更新が止まったら誰かを転生されるとして、とりあえずあなたには別の世界を救ってもらうわ。」

「別の世界?」

「ええ、救わなければならない世界、あなたの世界の住人に捨てられた世界は山ほどあるので。私はそのすべてを救うためにここであなたたちを転生させているの。」

 今まで優しさを感じていたカノンさんの表情に恐怖を感じていることに気が付く。彼女の表情は初めて出会った時から何一つとして変わっていないのに、俺の感情一つでまるで異なる。

「そして、あなたたちが世界を救ってくれたならまた別の世界へ行ってもらいます。いくつ世界を救おうと全然足りない。それ以上の速度で滅んでいく世界は増え続けていく。そんな世界を私は何を犠牲にしてでも救いたいのです。」

「何を犠牲にしてもか。」

 少しずつ現状を飲み込みながら考える。

「それはつまり、俺たちの世界の人間はどうなっても良いと、そういう意味か?」

「そこまでは言っていませんが、まあ突き詰めればそうなりますね。現状、あくまで死の予兆を感知したときのみ、私がアクセスできる限りの人間を死の間際にこちらへ呼んでいますが一向に足りない。この状況が続くようであればいずれは私が直接あなたの世界に手をかけることがあるかもしれませんね。」

「なんだと。」

 世界に直接手をかけるだと、それはつまり転生者をだすために現実世界で多くの死者を出すということか。いや、待て。

「俺たちのいた世界の話だが、近年、交通事故での死者が増えているのだが、何か関係あるのか?」

「関係?さっきも言ったけれど、私が直接手をかけたことはないわよ。ああ、でも私があなたたちの心に触れる時、あの世界で強い光が発生することがあってね。その光の影響で被害が大きくなることはあったかもしれないわね。私としてはそれだけ多くの命を転生させられて良いのだけれど、その点は謝罪しておくわ。ごめんなさいね。」

「やっぱり関係あるのかよ。それなら俺はあなたを許すわけにはいかないな。」

「許さなくて結構よ。どのみちあなたに選択肢はないの。さあ、次の世界へ転生してもらうわ。そこでの活躍も期待しているわね。そうだ、あなたの剣はあっちの世界のギルドにおいてきてしまっていたわね。急いでいたし、ごめんなさい。代わりの武器をまた授けましょう。」

 そして、俺の前に再び武器が降り注ぐ。これらの武器を使って彼女に挑むこともできるが、すぐにどこかに飛ばされるのがオチだ。ならばここは武器をもらっておく方が得策だ。しかし、問題は厄介だ。解決策の見えない相手に時間もかかるだろう。時間は人を変えてしまう。俺の覚悟、忘れるわけにはいかない。現実世界の被害を増やさないためにも。

「ここにはない物も、言えば出せるのか?」

「たいていの物は大丈夫よ。何が欲しいの?」

 俺の要求に彼女はクスリと笑みを浮かべて、速やかに用意してくれた。

「警察官の血が騒いじゃった?」

「そんなんじゃないよ。俺の気持ちを風化させないためだ。これを持っているとき俺は人のために動く。そしてこれは、巨悪を捕まえ、人々に安心を与える正義の象徴だ。」

「そう、それじゃあ、次の世界でも頑張ってね。応援しているわ。」

 その言葉に、彼女の笑顔に俺は応えない。ただ目の前の標的を睨み付け、手に取った武器を掲げ、宣戦布告する。

「いずれ必ず逮捕する、カノン。」

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異世界転生という名の天災 原咲一 @harazaki-

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