第35話 見守る人(番外編)
——十三年前。
日本の都市部から離れた、片田舎にある深い森に彼らの家はあった。
幾重にも結界を張った二階建ての洋館で、啓太は大魔法使いとたった二人で生活していた。
そんな特殊な環境下で育った小さな啓太は、今日も窓から景色を眺めては、外の世界へ憧れを抱いていたが——そこへ、大魔法使いが温かいココアのマグカップを持ってやってくる。
「啓太、これをお飲みなさい」
「ありがとうございます、大魔法使い様」
大魔法使いからマグカップを受け取った啓太は、丸い頬を膨らませて、ふーふーとココアに息を吐いた。
その微笑ましい啓太の姿に、大魔法使いは自然と笑顔になる。
そして啓太が見ていた窓の外に視線を移して、何気なく訊ねる。
「啓太は外の世界が恋しいかい?」
「……はい」
「そうか」
素直な啓太の言葉に、大魔法使いは苦笑する。大半の人間は、大魔法使いと名を聞くだけで震え上がり、本音など漏らすこともないが、この少年だけは違っていた。
「家族というのは、こういうものなのかな?」
「大魔法使い様?」
「ねぇ、啓太。一つだけ言っておきたいことがあるんだ」
大魔法使いは
啓太が目を丸くする中、大魔法使いは続けて静かに告げる。
「僕は君に与えられないものがある。それが何かわかるかい?」
「……いいえ」
「それは愛だよ」
***
「——あ、もうこんな時間だ。結菜に怒られる!」
いつ暴走するかわからない焦燥と死ぬ覚悟をしていた啓太は、初めて自由というものを知ったのだった。
「……こんなに幸せでいいのかな」
結菜と約束して遊園地にやってきた啓太は、結菜と会っても上の空だった。
大魔法使いを自分が手にかけたことを思うと、幸せになることが罪のように感じてしまい、思うように楽しめなかった。
「どうしたの? 大迫くん」
遊園地の園内でマップを広げていた結菜が、啓太の様子に気づいて声をかける。
相変わらず人の気持ちに敏感な結菜は、いつでも啓太の側に寄り添ってくれていた。
「ううん、なんでもないよ」
「あ、もしかして、奇術部のメンバーも誘いたかったとか? そんなに私と二人は嫌なの?」
「そうじゃないよ……ちょっと大魔法使い様のことを考えてて」
「そっか……拓未くんに憑依してた大魔法使い様はどこに行っちゃったんだろうね」
「わからないけど……きっともうこの世にはいないと思うよ」
「もう会えないと思うと、寂しいね」
「大魔法使い様は……」
「ん?」
「本当に……俺の父さんなのかな」
「私はそう思うよ」
***
「ねぇ、
結菜たちの様子を遠巻きに見守っていた、友人の
すると、同じくマップで顔を隠しながら見守っていた
「休憩してるんじゃない? マジカルトルネードフラッシュに乗ったあとだから」
「私たちも乗ろうよ」
「ダメだ。二人を見失ってしまう」
「そもそもさ、なんで結菜たちを
「二人のことが気になるからだ」
「真紀先輩はそろそろ諦めたほうがいいですよ。ショックを受ける前に」
「ショックってなんだよ」
「二人のラブシーンが始まったらどうするんですか?」
「そ、そんなこと! あいつらにはまだ早いだろ」
「先輩はいつの時代の人なの? 夜になれば、ライトアップされた遊園地で盛り上がってキスの一つや二つくらいするでしょ」
「やめろ! 具体的すぎる! 想像させるなよ」
「泣くくらいなら尾行なんてしなきゃいいのに」
真紀を追い詰める明美。
一緒にいた
「先輩はどっちも好きだから気になるんだよ」
「後輩カップルの行く末を見守って何が悪い……しくしく」
「先輩も早く彼女見つけたほうがいいですよ」
指摘する明美を、真紀が睨みつける。
「うるさい! 結菜みたいなコは二人もいないんだよ」
「だから、もう結菜は諦めて——」
明美が言いかけたその時、
「ちょっとみんな! なんでここにいるのよ」
真紀や明美、亮の前に結菜が仁王立ちで現れる。
「ゆ、結菜!? なんでここに……じゃなくて、偶然だな!」
偶然を装う真紀だったが、尾行していたのは結菜もわかっていたようだった。
「もしかして、ずっと見てたの?」
「そんなことないよ! 私たちはそろそろ帰るから、結菜たちはごゆっくり~」
そそくさと帰ろうとする明美だが、真紀は納得のいかない顔で声をあげる。
「ちょっと待て、俺は帰らないぞ! まだ何も乗ってな——」
「往生際が悪いですね。これ以上野暮な真似はやめましょう」
だが亮に白い目で見られて、真紀は思わず口籠る。
「……こ、この、裏切り者!」
そして真紀は、明美と亮に連れられてその場を去ったのだった。
「……なんだったの?」
呆れた顔をする結菜の元に、啓太がやってくる。
啓太は真紀たちの存在に気づいていないようだった。
「どうしたの、結菜? 誰か知り合いでもいたの?」
「ううん。気のせいだったみたい。早く他のアトラクション行こう」
その後、啓太と結菜は遊園地のアトラクションを全制覇したが——全て乗り終えた頃には、夜になっていた。
「すっかり暗くなったね」
「夜の遊園地ってキレイだよね」
ライトアップされたアトラクションを見ながら、そっと手を繋ぐ二人。
結菜はその心地よさに身を委ねながら、啓太の肩に頭を傾ける。
そんな時、ふいに啓太が結菜に訊ねたかと思えば——。
「あのさ、結菜」
「うん」
「子供ってどうすれば出来るの?」
「はあ!?」
そのとんでもない発言に、結菜は思わず啓太から離れていた。
だが、結菜の行動の意味がわからない啓太は、目を丸くしていた。
「どうしたの? 結菜」
「どうしてそんなこと……」
「親になれば、大魔法使い様の気持ちもわかるかな、と思って」
「……そ、そういうこと?」
「今までは、将来なんてないものだと思ってたから、色んなことを諦めてたけど……今ならなんでも出来そうだから」
「で、でも……子供はさすがに、困るかな。色々と」
「結菜が困るの?」
「大迫くんはいったいどんな環境にいたの?」
「魔力が強すぎて、この年になるまでほとんど家で過ごしてきたから」
「ネットでいくらでも情報拾えると思うけど……あ、今検索するのはやめて。恥ずかしいから」
「なんで? 恥ずかしいことなの?」
「……うん、恥ずかしいよ。そういうことは、もうちょっと大人になってからにしようよ」
「ねぇ、結菜」
「な、なに?」
「キスしていい?」
「え、えぇええ!?」
「そんなに驚くことかな?」
「びっくりしたよ! キスは知ってるの?」
「うん」
「大迫くんはいつもいきなりだなぁ……ん」
啓太に口を塞がれて、結菜は大きく見開いた。
深くなる口づけに、頭の中が真っ白になる結菜だったが——そのうち怖くなった結菜は、思わず啓太を突き飛ばしていた。
「お、大迫くん……」
「ごめん、なんか頭が結菜でいっぱいになって、気づいたら……」
「大迫くんってけっこう危険だね」
「何が?」
「その天然なところがだよ。今日はもう帰ろう」
「え? 帰るの? 俺は結菜とまだ一緒にいたいよ。たくさんハグもしたいし」
「ダメ、帰るの。今の大迫くんといるのは危険だとわかったから」
「え、ちょっと待って結菜!」
逃げるようにして背中を向けた結菜を、啓太は慌てて追いかけたのだった。
***
「ふふ、啓太は意外と手を出すのが早いみたいだね」
啓太と結菜の一部始終を時計台の上から見守っていた
「大魔法使い様によく似ていらっしゃる」
並んで座る
「そうだね。結菜ちゃんはこれから苦労するだろうね。あの子のお守りで」
「大魔法使い様がそう仕向けたのでしょう?」
「まあ、そうなんだけどね」
大魔法使いは、自身の最期を思い出す。
啓太の魔法で命を落とす寸前、確かに大魔法使いは啓太に呪いをかけた。
だが、それは決して、悪意のためではなかった。
その理由を告げなかったのは、親だからこそ、だった。
「君に愛する人じゃないと手をかけられない呪いをかけたのは——僕に愛を教えた罰だ。そう、啓太。僕は君を愛しているよ」
大魔法使いは口の中でこっそり呟くと、その姿を消して——二度と啓太の元には現れなかった。
君は魔法使い #zen @zendesuyo
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