第34話 君は魔法使い(最終話)
「こんな状態じゃ、薬なんて飲んでもらえない」
「三木、薬ってなんだ?」
私が悔しい思いで薬の瓶を握りしめていると、長谷部くんが優しい声で訊ねた。
私は小さな瓶を長谷部くんに見せつける。
「実は、魔法使いの魔力を消す薬があるの」
私が全てを言わなくても、真紀先輩は私の意図を汲んでくれた。
「それを大迫くんに飲ませればいいのか?」
真紀先輩の言葉に、私は小さく頷く。
本当はここでこうやって喋る時間も惜しいけど、二人が知ってしまった以上、説明しないわけにもいかなかった。
すると、長谷部くんはいつになく綺麗な顔で笑って告げる。
「そうか。じゃ、俺がやってみる」
「無茶だよ、長谷部くん! 大迫くんは自分さえ忘れちゃってるのに」
「大丈夫、これでもマジックの腕前は並み以上だから」
「長谷部くん、待て」
「真紀先輩?」
「俺も加勢する」
「危険です、先輩」
私が不安の目を向けると、真紀先輩は安心させるように私の肩を叩いた。
「大丈夫だ、俺がとっておきのマジックを見せてやるよ。奇術部部長をなめるなよ」
「奇術同好会ですけどね」
「うるさい」
「で、具体的にどうするつもりですか?」
長谷部くんが訊ねると、真紀先輩は少しだけ目を泳がせて私の方を見る。
「大迫くんの弱点とかないのか?」
「ゲームのラスボスじゃないんだから……そんなのあるわけ——」
私が呆れた顔で告げる中、私の言葉を遮るようにして大魔法使いが告げる。
「視界が見えなくなると動きが止まるはずだ」
「そうなんですか?」
私が目を瞬かせていると、大魔法使いは不敵に笑って続けた。
「目が赤くなってるだろ? 今、全魔力が目に集中してるんだよ」
「じゃあ、この部屋を暗くすれば……」
「そうなると、みんな見えないだろう」
「そうですね……じゃあ、大迫くんに目隠しをすればいいってことですか?」
「ああ。だけど、あんな状態の啓太に近づけるかい?」
「どうすれば、大迫くんに目隠しできるかな」
私と大魔法使いが唸っていると、ふいに真紀先輩が口を開く。
「目隠しか……それなら、なんとかなりそうだな」
「真紀先輩?」
「おい、長谷部。ちょっと試してみたいことがあるんだが」
それから長谷部くんと真紀先輩はひそひそと何かを話しあった。
「それは……上手くいきますかね?」
「なんでもやってみるに越したことはないだろ」
「何をするつもりですか?」
私が緊張気味に訊ねると、真紀先輩は優しく笑った。
「大したことじゃない。いつも通りの部活動だよ」
「そのわりに先輩、膝が笑ってますよ」
「バレたか」
「本当に大丈夫なんですか?」
「まあ、見てろって」
本当に……大丈夫かな?
そして長谷部くんはボールペンを持って大迫くんの元に向かった。
なんだか私のほうが心配になる中、長谷部くんはボールペンを魔法の杖のように構える。
「おい、大迫。こっちを見ろ!」
長谷部くんの言葉に釣られて、大迫くんは視線を長谷部くんに向ける。
けど、長谷部くんはすぐに移動して、少し離れた場所で再び大迫くんを見た。
「おーい、大迫。ほら、こっちだ!」
そして長谷部くんは再びすぐに移動する。
素早い動きに大迫くんは少しだけ嫌な顔をしながらも、視線は長谷部くんに釘付けだった。
「おいおい、よそ見してると危ないぞ」
長谷部くんの
「こっちこっち——いや、こっちを見ろ」
長谷部くんはあちこちに動き回りながらも、徐々に大迫くんに近づいていった。
「すごいな……普通の人間が、あんな状態の啓太に近づくなんて」
大魔法使いが驚いた顔をする傍ら、長谷部くんの
そしてそんな長谷部くんとは別に、真紀先輩も動き始める。
「お前、結菜のことが好きだよな? でも俺も好きだから、大迫くんがいつまでもそんな状態なら、俺が貰うからな」
長谷部くんより少しだけ遠くに立つ真紀先輩。
「おい、大迫くん。こっちを見ろ! ——種もしかけもございません」
真紀先輩はそう言って、コップの水を飲み干した。
いつも通りのマジックだった。
けど、今回はいつもと違って——。
「はい、飲み物が消えました。どうやらあなたの手に移動したみたいですね」
気づけば、大迫くんの手にコップが。
大迫くんはそのコップを捨てようとするけど、そんな中、長谷部くんが背後からそっと大迫くんにサングラスをかけた。
どうやら、コップを持たせたのも長谷部くんらしい。
いつの間に大迫くんの背後にまわったのだろう。
真紀先輩がひきつけている間に、長谷部くんがコップを持たせたようだった。
「はい、これで何も見えませんね。でもおやおや、あなたのコップに何か残ってますよ。これは飲まないといけませんね————って、わあ!」
長谷部くんの手を振り払う大迫くん。
大迫くんはサングラスと液体入りのコップを捨てた。
さらに大迫くんは長谷部くんと真紀先輩に攻撃しようとする。
「だめ! 大迫くん!」
とっさに前に出た私に、大迫くんの魔法が襲いかかる。
けど——
「————ッ」
無意識に私は、大迫くんの魔法を跳ね返していた。
「うぅ……」
大迫くんが悶える中、真紀先輩が私の元にやってくる。
「薬はあとどのくらいあるんだ?」
「次が最後のひとつです」
私が最後の小瓶を見せると、藤間先輩が提案する。
「だったら次は口移しで……」
「三木が飲んじゃったらどうするんですか」
すかさずツッコミを入れる長谷部くんに、藤間先輩はさらに考えながら告げる。
「そうですね……では、目隠しをする人間と、飲ませる人間が必要ですね」
「じゃあ、奇術部リベンジ行くか」
「真紀先輩、どうするんですか?」
「同じことを二度しても通用しないよな」
「そういえば結菜は魔法使いなんだよな?」
「……はい」
「目が見えない時は、耳を頼りにするはずだから……音で撹乱するっていうのはどうだ?」
「音で撹乱ですか?」
「俺と長谷部くんで大迫くんを目隠しするから、結菜は大迫くんの耳をなんとかしてくれ」
「僕も手伝うよ」
大魔法使いが挙手すると、真紀先輩は小さく頷いた。
「で、誰が薬を飲ませるんだ?」
長谷部くんが誰となく訊ねると、今度は藤間先輩が挙手をする。
「では、私が薬を飲ませます」
「藤間先輩」
「大迫様の腕を操るくらいなら、可能です」
「よし、決まった」
それから私たちは、大迫くんを取り囲んで暴風に煽られながらも、じりじりと詰め寄った。
「今度こそ、覚悟しろよ大迫」
『うぅうううう』
「おい大迫くん、これなーんだ? ——って、待て待て、杖をこっちに向けるんじゃない。いいものを見せてやるから——っと」
「真紀先輩、マジックで気をそらすのは無理がありますよ」
「いや、意外とわからないぞ。奇術部のメンタルなめんなよ!」
『にげ……て、にげてせんぱい』
「大迫? 今元に戻してやるから、待ってろよ」
「長谷部くん!」
「はい、種も仕掛けもございません」
長谷部くんがボールペンを魔法の杖のように構えると、大迫くんがあとずさった。
と思えば、今度は真紀先輩もボールペンを構える。
「種も仕掛けもないからな!」
そう言うと、大迫くんの頭に花冠が現れた。
次に長谷部くんがボールペンを振ると、大迫くんの顔にサングラスがかかる。
指示を出しているのは長谷部くんで、実際は大魔法使いが魔法でサングラスを出したようだった。
長谷部くんの仕業だと思っているせいか、大迫くんは大魔法使いの魔法に対して無防備だった。
「三木!」
大迫くんの視界を塞いだ直後、私はありったけの魔力で周囲の椅子や机をガタガタと動かした。
すると、音に敏感になっているのだろう。大迫くんは両耳を手で塞いだ。
「すげえ、ポルターガイスト現象みたいだ」
「藤間先輩!」
「了解です」
藤間先輩が魔法の杖を振ると、大迫くんの目の前にコップが出現する。
空中で薬がコポコポと注がれる中、大迫くんの手がゆっくりとコップに向かった。
「飲んで! 大迫くん!」
『うぅうううう』
藤間先輩の魔法に抵抗して動きを止める大迫くん。
続けて大魔法使いも杖を振る。
二人がかりで大迫くんの腕を操ると——コップを持った手がようやく持ち上がる。
そしてとうとう大迫くんはコップの薬を口に流し込んだ。
『ごくごく……』
みんなの呼吸が、一瞬止まる。
「大迫くん!」
ようやく薬を飲んだ大迫くんは——コップの中身を飲み終えると同時に、倒れたのだった。
***
「大迫くん……大丈夫かな? 本当にこのまま消えたりしないかな?」
倒れた大迫くんの頭を膝に乗せた私は、思わず不安を口にする。
「だって、大迫くんは魔法で出来た存在だって聞いたから」
けど、大魔法使いは優しい顔で微笑んで見せた。
「大丈夫」
「大魔法使い様?」
「この子が消えることはないよ……なぜなら——」
大魔法使いが言いかけた時、大迫くんが身じろいだ。
「……ん……」
「あ、大迫くん! 気が付いた?」
「大迫くん、大丈夫か?」
目を開けた大迫くんは、ゆっくり起き上がると、周囲を見回す。その顔は、いつもの穏やかな大迫くんのものだった。
「あれ? 真紀先輩に長谷部まで? これは夢なのかな? 夢でも二人に会えるなんて嬉しいな」
「大迫くん……」
「ずっと待っていたんだ」
「ごめんな、大迫くん」
「真紀先輩?」
「やっぱり俺がいないと、奇術部は駄目だな」
「先輩、明日も明後日も……来てくださいね」
それから大迫くんは笑みを浮かべながら再び気絶した。
***
——翌日。
ガラスが割れて立ち入り禁止になった奇術部室の代わりに、別の空き教室に集まっていた私や大迫くんだったけど——ふいに教室のドアが開いて、ガラガラと音が鳴った。
「よう、みんな」
「真紀先輩!」
「真紀先輩が来てくれた」
「当たり前だろ。俺はここの部長なんだから」
「あれ、そういえば拓未くんは?」
ふと思い出して誰となく訊ねると、真紀先輩は不思議そうな顔をする。
「たくみ? 誰のことだ?」
「え、拓未くんは拓未くんですよ。覚えてないんですか?」
「結菜、ちょっといいかな」
「うん」
それから大迫くんに手を引かれて、私は非常階段の踊り場へと連れて行かれた。
どうやら大迫くんは内緒の話をしたいようだった。
「拓未くんに憑依してた大魔法使いがいなくなったと同時に、拓未くんとリアンは引っ越したみたいだ」
「引っ越した? どうして?」
「魔法を使って飛び級したのがバレたらしい」
「魔法で飛び級してたの? もしかして、それって大魔法使い様がやったんじゃ」
真紀先輩に時限式の魔法をかけた時には、もう拓未くんは大魔法使いに操られていたようだし、私たちが出会ったのは最初から大魔法使いだったってことになるよね。
だったら、拓未くんのせいじゃないのに——。
私は操られていた本物の拓未くんのことを思うと、ちょっとだけ可哀想に思う。
すると、大迫くんは何気なく告げる。
「けど、大魔法使い様はどうして俺達の前に現れたんだろう」
「それはきっと、大迫くんに伝えたいことがあったからじゃない?」
「え?」
「私、わかったことがあるんだ」
「何が?」
「大迫くんって、実は人間なんじゃないかな?」
「俺が……人間?」
「どうして大魔法使い様が嘘をついたのかはわからないけど、鏡の記憶の中で、大迫くんが魔法でコピーした存在だって話は一度も聞いてないんだ」
「それは、鏡が壊れてから俺が作られたからじゃ?」
「大魔法使い様には子供がいたこと、大迫くんは知ってる?」
「ううん……聞いたことないよ」
「でも確かに、大魔法使い様は、子供ができたと言ったんだよ」
「それは、俺が魔法で出来た子供だからじゃないの?」
「あの人のことだから、魔法で出来た子供なら、そう言うはずだよ。だから大魔法使い様は、それを伝えるために現れたんじゃないかと思って」
「俺が人間……?」
「そうだよ。きっと人間なんだよ。その証拠に、魔力を消す薬で、大迫くんは消えなかったから」
「そんな……だって俺は今までずっと……」
「でも、なんだかわかるなあ、大魔法使い様の気持ち」
「え?」
「きっと大魔法使い様は、大迫くんに罪を背負わせたくなかったんだと思う」
「罪って……俺が大魔法使いを手にかけたから?」
「そうだよ。きっとそう」
「……そっか……そうだったんだ」
『だから嫌なんだよ、鏡はお喋りだから』
「……え?」
「どうしたの? 結菜」
「ううん、なんでもない」
今聞こえた声はきっと——
それから奇術同好会は、不思議なことにたくさんの新入部員が集まって、またすぐに奇術部に戻った。
大迫くんは部員にひっぱりだこで、大変そうだったけど、たくさん仲間が出来て嬉しそうだった。
そんな感じで奇術部が部員たちの活気で溢れる中、ふいに教室のドアがガラガラと開く。
「失礼しまーす」
「え? 長谷部くん。どうして?」
現れたのは、うちの制服を着た長谷部くんだった。
長谷部くんは私や大迫くんの元にやってくると、嬉しそうな顔をして言った。
「一人暮らし始めたから、またよろしくな」
「え、でもお父さんと二人きりだったんじゃ?」
「オヤジのやつ、再婚したんだよ」
「ええっ」
「だからこれで伸び伸び一人暮らしができるようになったわけだ」
「そっか……長谷部くんがいてくれるなら、奇術部も心強いよ」
「あれ? 真紀先輩も戻ったの?」
教室の片隅で後輩にマジックを教えている真紀先輩を見て、長谷部くんは目を丸くする。
そうなのである。あれから真紀先輩は受験勉強の気晴らしということで、たびたび奇術部に遊びに来てくれるようになったのだ。
「うん。帰ってきてくれたんだ」
「良かったな」
「うん! みんな一緒で嬉しいよ」
「長谷部」
「ああ、大迫」
「会いたかった!」
長谷部くんを抱きしめる大迫くん。その熱い抱擁に、私は若干ひいていた。
「おいおい」
「ちょっと大迫くん!」
私が口を膨らませて声をかけるもの、大迫くんはどこ吹く風で長谷部くんに告げる。
「また手品を教えてね」
「ちょ、離れろって……結菜がこっちを怖い目で見てるから!」
「結菜? どうしたの?」
「せっかく大迫くんと付き合うようになったのに、長谷部くんに取られちゃうの嫌だな」
ようやく長谷部くんから離れた大迫くんに、私は正直な言葉を伝える。
だって、大迫くんは言わないとわからないから。
「三木も言うようになったな。真紀先輩の影響か?」
「ちょっと大迫くん、明日はわかってるよね? 二人きりで遊園地だよ?」
「そうだった! ねぇ、長谷部も来る?」
「大迫くん、他の人誘ったら、絶交だからね」
「え、それは困る」
「ハハ、奇術部は今日も平和だな」
魔法が使えなくなって、大迫くんは普通の男の子になっちゃったけど、でも私は間違いなく大迫くんの恋の魔法にかかったわけで。
だから君は確かに今も魔法使いなんだよ——
終わり
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