4

 常識だとか品性だとかいうものを、かなぐり捨ててしまった武田葵たけだあおいとカーラを見て、学生共は、生徒会の二人の話題で持ちきりだ。

 肯定、困惑、嘲弄……毀誉褒貶定まらない。しかし、学園中の話題の中心であることには変わらない。葵とカーラは、公堂から出るなり、学生連中に囲繞され、人気俳優のように持て囃された。

 葵は、手を振ったり笑顔を振りまいたりし、カーラは、群衆と手を合わせたり肩を組んだりし、細やかな祭りのようである。


 賑やかな群衆達から少し離れて、虚無僧のように項垂れているのは、武田茜たけだあかねとハンスであった。姉達の引き起こした囂々たる狂乱に、呆れ果てもし、恥ずかしさで顔がない。

 横には何故かヴェイスがおり、能天気な顔で、


「いやあ、面白かったですね。お金が無いなら、無いなりに工夫を凝らしているのが庶民らしくて良い。嫌いではありませんよ、ははは」

「そうだね、フリード君。うん」

「どうしましたか、貧乏くん。それに、侍気取りのお嬢さんも」

「……」


 ヴェイスは、二人の態度が不思議なようで、あれこれ質問を重ねたが、上手い具合にはぐらかされ、不満そうに唇を尖らせた。

 すると、後ろから清流のように心地良く、よく通る声音が聞こえてきた。


「あ、いたいた! ハンちゃ~ん。待ってよ、ねえっ。お姉ちゃんとお話しようっ」

「お、可愛い弟よっ。あたしの活躍見た? おーい」

「え? まさか……」


 かなり距離が離れている筈なのに、葵は目聡くハンスを見つけ、人垣を掻き分けながら近付いて来る。脇にはカーラも一緒である。

 葵は、華奢な体躯からは想像も出来ぬほど、力強く人を掻き分けていた。飼主を見つけた子犬のような笑顔で、猛然と駆けてくる葵を見て、唖然とする暇もなく、ハンスは地を蹴って駆けだした。

 

「あ、ちょ、ちょっと! 待って下さいっ。ほら、貴殿もっ」

「は? なんで」


 茜は有無を言わさずヴェイスの襟髪を引っ掴み、ハンスの後を追い掛けた。後ろから駆け付けてくる狂人共が、この男に、何を吹き込むか解らないからである。

 幸い、人の奔流で隔てられているので、ハンスと茜、ついでにヴェイスは、捕手から逃れる下手人のように、首尾良くそこから逃げ出した。

 

 学園は西棟と東棟に分かれており、それ以外に公堂と体育館、各種スポーツの競技場がある。

 ハンス達、一年生は東棟の一階に教室がある。一年生共は、廊下に掲示された級の割当て表を見て、銘々教室へ向かっていく。

 茜は、後ろを振り返って姉達が追い掛けてこないのを確認し、すっかり眼を廻してしまったヴェイスを解放した。


「は、ははは……。ら、拉致されるとは思っておりませんでした。しかし私は、家柄ゆえ、ジパング人とは一緒になれぬ運命……」

「何言ってるんだよフリード君。それ、壁紙だよ」


 ハンスは、酔っ払いでも窘める口振りをヴェイスに向け、今度は茜の方を見た。

 茜は、ドレスシャツの釦を全て締め、制服の着こなしも如才ない。首元に止められた真紅のリボンは、彼女の故郷特産の絹で作られており、椿のように鮮やかだ。

 顎の辺りに白い指を置き、掲示板を見上げる姿の美しさには、芙蓉の花でも敵うまい。ハンスはそれを眺めて、姉の底抜けに乱雑な制服を思い出していた。


 やがて茜は、あッと明るい声を出し、


「ありましたよ。ハンス殿と一緒の組です。行きましょう」

「そうなんですか、良かった。そういえば、さっきの副会長なんですけど」


 と、二人が話しながら歩きだすと、後ろでヴェイスが、意気盛んに嬉しそうな声を出し、ハンス達の背中に向かって、


「オオ、ありましたよっ。ほら、お二方と同じですよーっ」


 邂逅がこの上なく最悪だったので、ハンスと茜は、能天気なヴェイスを置き去りにして歩いていった。しかし、そんなことで、ヴェイスの鉄石の心は砕けない。

 この馴れ馴れしい御曹司、勢い良くハンスの肩に手を廻し、見るのも腹立たしい笑顔で曰く、


「ちょっとお待ちくださいよ、二人とも。この私も同じ組なのですから、仲間です、仲間。ははは、宜しくお願いしますよ」

「わ、解ったから。フリード君、歩き辛いよ。というより、顔が近いっ」

「うんうん。ジパングのお嬢さんも」


 と、ヴェイスは、何処で息継ぎをしているか解らぬほど、滔々と雄弁に捲し立て、次に茜の方を見た。

 彼女は、厚顔無恥な金髪少年を、真っ黒な瞳で、一度睥睨したのみで、後は無愛想に黙り込んでしまう。乙女が恥じらっているというわけではなく、心底、この男を唾棄しているらしい。

 ハンスは、凍り付いた空気に耐えられず、


「フ、フリード君。取り敢えず教室に行こうよ。こんな団子三兄弟みたいになってても仕方無いし」

「ははは、そうですね。貧乏人にしては面白いことを言うから、君は部下一号です! そうだ、電話番号を交換しましょう」

「は? 部下?」


 勝手に臣下を作った王様は、満足げに哄笑した。性格も雰囲気も、綺羅星のように輝いている。

 ハンスは、埒外に楽天家なヴェイスに呑まれ、嘆息するのみであった。


 機嫌が悪い猫にも似た表情で、茜は、騒々しい男共から顔を背けたままである。ヴェイスは、意地の悪い笑みを見せ、


「どうしましたか? そういえば、ジパング人は恋人のために、蛇になるとか」

「……それを言うなら、帝国人は夜な夜な人の血を吸うとか」

「ほ、これは一本取られました。まあ仲良くしましょう」


 と、ヴェイスは何気なく、茜の平たい胸を、ポンと右手で叩いた。これぞまさしく軽挙妄動というべきだろう。

 更に悪いことに、ヴェイスは廊下中に響く大声で、


「ははは! 喩えるならまな板」

「不埒者!」


 と、茜は鋭い拳を振るい、ヴェイスを横から殴り飛ばし、彼を床に叩きつけた。肩を組まされていたハンスも、哀れ、一緒になって崩れ落ちる。

 自業自得の変態は、獅子の懐に手を突っ込んだようなものである。何か喚く暇もなく、一発で失神してしまった。

 

 茜は三白眼に怒りを宿し、じっとヴェイスを見つめていたが、やがて、少し胸が透いたようで、ハンスに向かって手を伸ばし、


「大丈夫ですか? 巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「あ、はい。た、武田さん、凄いですね」


 ハンスは、ぎこちなく茜の手を掴んで立ち上がった。茜は床で気絶するヴェイスを横目で見て、


「この宇宙人は放っておきましょう。じきに眼を醒まします」


 と、せいせいした表情で、教室に向かって歩いていった。

 ハンスは、床の宇宙人と凜乎たる少女とを交互に見ていたが、取り敢えず奇骨な怪我人を、保健室へ引き摺っていくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現パロ(産廃)集積所 アラビアータ @edo3443

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ