青いうつろい

島原大知

本編

第1章:出会い


夕暮れ時の教室。黄昏の光が窓ガラスを染め、机の上に長い影を落としている。ざわめきと笑い声が響く中、春日瑞希(かすが みずき)はひとり、スマートフォンの画面を見つめていた。

指を動かすたび、ツイートやシェア、いいねが画面上を駆け巡る。リアルな人間関係に馴染めない瑞希にとって、SNSの世界は心地よい隠れ家だった。

学校の教室にいながら、まるで別の世界にいるかのよう。自分をさらけ出さずに済む、安心できる場所。


「春日さん、帰ろう」

隣の席の女子生徒に声をかけられ、瑞希ははっとする。

「あ、うん…今日は用事があるから」そう言って会釈すると、慌てて鞄に教科書を詰め込んだ。

一緒に下校する。何気ない会話を交わす。そんな当たり前のことが、瑞希には難しかった。


駅のホームで電車を待ちながら、再びスマホを取り出す。するとタイムラインに、見慣れないアカウントからの投稿が目に留まった。


《もう消えてしまいたい。この世界から、何もかもから解放されたい》


それは同い年と思しき少女のアカウントで、アイコンには満開の桜が使われていた。プロフィールを見ると、工藤美羽(くどう みう)という名前だ。


思わず指が止まる。心のどこかで共感するものがあったからだろう。瑞希も、生きづらさを感じることが多かった。

学校に馴染めず、家では孤独。居場所はネットの中だけ。そんな自分と、美羽は似ているのかもしれない。


するとその夜、美羽から突然ダイレクトメッセージが届いた。

《春日さん…よかったら、お話ししませんか?》

戸惑いながらも、瑞希は返信した。

《もちろん、喜んで》


こうして二人の交流が始まった。最初は緊張したが、次第に打ち解けていく。

美羽は明るく社交的で、あっという間に瑞希の心を掴んだ。

学校の話、趣味の話、悩みの話。瑞希は今まで誰にも話せなかったことを、美羽に打ち明けていた。


ある日、美羽が不思議な投稿をした。

《リストカットの跡が痛むなぁ…でも、心の痛みよりマシだよね》

添付された画像には、手首に無数の傷跡が刻まれていた。


瑞希は言葉を失う。シャープな痛みに見舞われ、息が詰まった。

美羽が自傷行為に及んでいたなんて。

見えない傷を抱えて、それでも笑顔を絶やさない美羽。そんな彼女を思うと、胸が締め付けられる。


指が勝手に動き、メッセージを打っていた。

《美羽、辛いときは言ってね。私が何とかするから…!》

送信ボタンを押し、画面が遷移するのを見届ける。


やがて美羽から返信が届いた。

《ありがとう、瑞希。君と出会えて本当に良かった》

瑞希の顔に、嬉しそうな笑みが広がる。


その夜。冷たい月明かりが差し込む部屋で、瑞希は布団に潜り込んだ。

初めて出会ったような気がしない。前世から知っている感覚。

そう思うと、不思議と安らかな気持ちになれた。

美羽との出会いに、何か特別な意味があるのかもしれない。


目を閉じれば、美羽の笑顔が浮かぶ。穏やかで、それでいて儚げな表情。

心の奥底に、熱いものがこみ上げてくる。

この子を守りたい。笑顔を守りたい。そう強く思った。


柔らかな闇に意識が沈んでいく中で、瑞希はある決意を胸に刻んだ。

美羽の隣にいよう。支えになろう。

孤独に負けないで。


そう心の中で呟き、瑞希は深い眠りについたのだった。


第2章:依存


朝日が窓から差し込み、瑞希の目を覚ました。寝起きでもすぐにスマホを手に取り、美羽からのメッセージをチェックする。

一日の始まりは、もうこの儀式なしには考えられない。


《おはよう、瑞希。今日も一緒に頑張ろうね》

美羽の明るい言葉が、画面越しに瑞希の心を暖める。指先が小刻みに震え、嬉しさがこみ上げてくる。

《うん、おはよう美羽。今日も素敵な一日になりますように!》


登校中も、授業中も、瑞希の意識は美羽との会話に向いていた。

教室の窓から見える青空も、友達の笑い声も、遠くで起きている出来事のよう。

大切なのは、スマホの中の美羽だけ。現実の世界は、どこか色褪せて見える。


放課後、中庭のベンチに腰掛けスマホを開く。いつものように美羽とメッセージを交わしていると、返信が途切れた。

しばらく待っても続きが来ない。何かあったのだろうか。不安が頭をもたげる。


《美羽、大丈夫?何かあった?》

送信ボタンを押すが、すぐには既読にならない。

一分、二分…。時間だけが、残酷に過ぎていく。


やっと美羽から返信が来た。

《ごめんね、ちょっと気分が優れなくて…》

その言葉に、瑞希の心臓が跳ねる。


《気分が悪いの?具合でも悪いのかな?》

《最近、よく眠れなくて…。リストカットがまた痛むんだ》


その言葉を見た瞬間、瑞希の脳裏に美羽の手首の傷跡が蘇る。

赤く盛り上がった無数の線。痛々しくて、それでいて美しい。

美羽の痛みを思うと、胸が苦しくなった。


《無理しないでね。ゆっくり休んで。私がついてるから》

優しい言葉をかける。けれど心の奥では、美羽への執着が強まっていく。

この子は私だけのもの。私だけが理解者。そんな感情が、瑞希を支配し始めていた。


いつの間にか、瑞希の日常は美羽を中心に回っていた。

授業にも身が入らず、友達との会話も上の空。

帰宅後も深夜まで、美羽とのメッセージに没頭する。


母親に心配されても、美羽のことを話せない。

誰にも分かってもらえないと、瑞希は孤独を感じていた。

美羽だけが理解者。たった一人の救いの手。

そう思い込むことで、現実から目を背けているのかもしれない。


ふと我に返ったとき、いつもより美羽からの返信が遅いことに気がついた。

最後のメッセージから、もう二時間以上経っている。

違和感を覚えながら、改めて返信する。


《美羽、何してるの?返事が遅いから心配…》

送信ボタンを押すが、未読のまま。

一分、また一分と時計の針が進む。不安が胸を締め付ける。


そのとき、美羽から画像付きのメッセージが届いた。

それは手首の写真だった。真っ赤な血に染まった、無数の切り傷。

《ごめんね、また手首を切っちゃった…でも、これで少しは楽になれそう》


瑞希は呆然と、画面を見つめる。

「嘘…でしょ…」つぶやいた言葉は、震えていた。

美羽の痛みが、そのまま伝わってくるようだ。

一人で抱え込まないで。私に全部話して。

そう言葉にするより先に、涙があふれていた。


《美羽、一人で頑張らないで!私が支えになるから…!》

必死に打ったメッセージ。けれど美羽からの返信はなかなか来ない。

読まれたのかどうかも分からない。ただ祈るように、画面を見つめ続ける。


不安と孤独に押しつぶされそうになる中で、ふと気づく。

私は美羽に、こんなにも依存しているのかもしれない。

美羽なしでは、生きていけない。そんな風に感じている自分がいる。


その時、スマホが振動した。美羽からの返信だ。

《ありがとう瑞希。君がいてくれるから、頑張れる気がする》

ほっと胸を撫で下ろし、瑞希は小さく微笑んだ。


月明かりの差し込む部屋で、再びメッセージを打つ。

《私も美羽がいるから頑張れるんだよ。これからもずっと、二人で…》


送信ボタンを押し、布団に沈み込む。美羽への想いを胸に、目を閉じた。

現実とSNSの区別がつかなくなりつつある。けれどそれは、きっと愛おしさの裏返しなのだと。

そう自分に言い聞かせ、瑞希はまたも深い眠りに落ちていくのだった。


第3章:喪失


夏の陽光が容赦なく照りつける中、瑞希は学校をさぼっていた。

教室の窓から見える青空も、蝉の声も、遠い世界の出来事のよう。

美羽とのメッセージのやりとりだけが、唯一のリアル。


二人の会話は、日を追うごとに深まっていた。

互いの孤独を埋め合うように、少しずつ心を通わせる。

《瑞希といると、生きている実感がわく。私、ずっと一人ぼっちだったんだ…》

そんな美羽の言葉に、瑞希の心は大きく揺さぶられた。


私も。私もずっと、一人ぼっちだった。

美羽との出会いは、奇跡のように思えてならない。

この子を通して、初めて生きる意味を見出せた気がする。


そう感じるたび、瑞希の美羽への依存はエスカレートしていく。

授業にも出席せず、課題も放置。現実世界から、どんどん遠ざかっていった。


母親に心配される。だが瑞希は、誰にも美羽のことを話せなかった。

理解してもらえるはずがない。世間の目は冷たい。

二人だけの世界。そこだけが、安らぎを与えてくれる場所だった。


けれどある日、いつもの美羽からの返信が途絶えた。

最後のメッセージから、もう丸一日経っている。

いくら送っても未読のまま。不安で胸が張り裂けそうだ。


学校に行く気力もなく、瑞希は部屋で一日中スマホを握りしめていた。

美羽からの連絡を待ちわびながら、指を組み、祈るように目を閉じる。

穏やかな美羽の顔が脳裏に浮かぶ。優しい微笑み。儚げな瞳。

美羽、どこにいるの。私には、君だけなのに。


外は大粒の雨が降り始めていた。重い雲が空を覆い、光を遮る。

部屋の中にも、雨の冷たさが忍び込んでくる。

布団にくるまっても、カラダの芯まで冷えてしまう。


そのとき、スマホに通知が入った。飛びつくようにして画面を開く。

けれど送り主は美羽ではなく、SNSからの自動通知だった。

《フォロー中のアカウントで、自殺を示唆する投稿がありました》


一瞬、頭が真っ白になる。震える指で、美羽のアカウントを確認した。

最後の投稿には、短い言葉が並んでいた。

《さようなら、ありがとう。私、もう限界かもしれない》


その文字を見た瞬間、瑞希の世界が音を立てて崩れ去った。

「嘘…嘘だよ、美羽…!」

声にならない叫びを上げ、スマホを握りしめる。

こんなの、受け入れられない。信じたくない。


けれど何度メッセージを送っても、既読にはならない。

電話をかけても、不通のままだ。

まるで、美羽が存在していなかったかのよう。この世界から消えてしまったかのよう。


涙が止まらない。苦しくて、息ができない。

美羽という光を失った世界は、真っ暗で冷たい。

生きていく意味を、もう見出せない。


学校に行く気力も、外に出る気力もなくなった。

ただ部屋の中で、うずくまっている。

美羽を失った喪失感に、心を削られていく。


母親が心配して声をかけてくる。けれど瑞希には、その言葉が耳に入らない。

食事を持ってきてくれるが、一口も喉を通らない。

カラダが、少しずつ衰弱していくのを感じる。


そんなある日。ふとスマホを開いた瑞希は、美羽からメッセージが届いていることに気づく。

添付画像を開くと、そこには美羽の笑顔があった。無邪気に笑う、あの穏やかな表情。

けれどよく見ると、その笑顔は少し歪んでいる。どこか、悲しげな目をしている。


その写真に添えられていたのは、短い言葉。

《瑞希へ。私の分まで、生きていてね》


その一言で、堰を切ったように涙があふれた。

胸の奥から、激しく嗚咽が込み上げてくる。

美羽、美羽……。

愛しくて、愛しくてたまらない。もう二度と会えないなんて、信じられない。


カーテン越しに、かすかに夕日が差し込む。

窓の外を見れば、雨は上がり、青空が広がっていた。

きらきらと輝く夕焼けに、美羽を重ねてみる。


いつか、この痛みを乗り越えられる日が来るのだろうか。

美羽のいない世界を、受け入れることができるのだろうか。

答えの出ない問いを胸に、瑞希はしゃくり上げながら窓辺に佇むのだった。


第4章:新しい光


美羽を失ってから、瑞希の世界は色を失った。

いくら眩しい朝日が差し込んでも、瑞希の心には届かない。

カラフルな花々が咲き誇る街並みも、瑞希の瞳に映るのは白黒の風景だけ。


学校に行く意欲は完全に失せ、ただ部屋で一日を過ごす毎日。

布団の中に潜り込み、ぼんやりと天井を見つめている。

何を見ても、美羽の面影が脳裏をよぎる。優しい微笑み。穏やかな瞳。

もう二度と会えないと思うと、激しい喪失感に襲われた。


食事も満足に取れず、少しずつ体重が落ちていく。

鏡に映る自分は、頬がこけ、生気のない目をしていた。

美羽を失った悲しみは、カラダの芯まで蝕んでいく。


母親は心配そうに、瑞希の部屋を覗き込む。

「瑞希、学校は…?ご飯、ちゃんと食べなきゃダメよ」

けれど瑞希には、その言葉が耳に入らない。


スマホを開けば、美羽とのメッセージ履歴が残っている。

何度読み返しても、美羽の言葉は優しくて、瑞希の心を暖めてくれる。

けれどそれと同時に、胸が締め付けられる痛み。

もう、あの子はこの世にいない。触れることも、抱きしめることもできない。


そんなある日。瑞希は、美羽と同じことをしようと決めた。

リストカットだ。美羽の痛みを、追体験したかった。

そうすれば、少しは美羽に近づけるんじゃないか。そんな思いがよぎる。


カッターナイフを手に取り、震える手で手首に刃を当てる。

皮膚に食い込む痛み。次の瞬間、真っ赤な血が溢れ出した。

痛い。痛すぎる。けれど同時に、美羽を感じられる気がした。


「…ッ!」思わず声を上げ、カッターを落としてしまう。

その拍子に、机の上に置いてあったスマホが落下し、画面が割れてしまう。

ヒビの入った画面に、美羽とのメッセージ履歴が表示されていた。


ふと、最後のメッセージが目に留まる。

美羽から送られてきた画像だ。よく見ると、それは美羽の日記の写真だった。

《瑞希へ。私の思いを、受け取ってほしい》そんな言葉が添えられている。


震える指で画像を開く。そこには、美羽の綴った文字が並んでいた。

《今日、瑞希と初めて会った。とても優しくて、一緒にいると安心できる》

《瑞希といると、生きていてよかったって思える。この子に支えられてるんだ》


美羽は、瑞希に救われていたんだ。

読み進めるうちに、そのことに気づかされる。

けれど同時に、日記の後半は悲痛な叫びに変わっていく。


《もう、誰も私を必要としていない。消えてしまいたい》

《瑞希にはもっと幸せになってほしい。私なんかいない方がいいのかもしれない》


最後のページには、瑞希への言葉が残されていた。

《瑞希、ごめんね。君を一人にしてしまって。でも私は、君に出会えて本当に幸せだった。だから、私の分まで生きていてほしい。笑顔でいてほしい。

君なら、きっとできる。私はそう信じているから》


その言葉を読んだ瞬間、瑞希の中で何かが溢れ出した。

今まで堪えていた涙が、止めどなく流れ出す。

「美羽…美羽……」

美羽は最後まで、瑞希のことを想ってくれていた。

その思いに応えなくちゃいけない。そう強く感じた。


美羽への思いを胸に、瑞希は立ち上がる。

窓の外は、雨上がりの空。希望を感じさせる、淡い虹がかかっていた。

美羽、私は君と出会えて良かった。

君との思い出を胸に、これからは前を向いて生きていく。


スマホを開くと、「自傷行為について」と検索する。

そこで見つけたのは、同じ悩みを抱える人々の集まるSNSだった。

思い切って、そこに参加してみる。


《私も、大切な人を自殺で亡くしました。どうしたら前に進めますか》

そう投稿すると、すぐに優しい言葉が返ってきた。

《私も同じ経験があります。一緒に乗り越えていきましょう》

《君は一人じゃない。みんなここにいるからね》


涙が込み上げてくる。温かい気持ちが、心を包み込む。

そうだ、私は一人じゃない。

ここには、同じ思いを分かち合える仲間がいる。


美羽、君が教えてくれたんだ。

一人で抱え込まず、誰かに頼ることの大切さを。

これからは、SNSの仲間と支え合って生きていこう。


未来はまだ見えない。けれど、一歩ずつでも前に進んでいこう。

君への想いを胸に刻んで。

リストカットの傷跡に、そっと手を当てる。

「美羽、ありがとう。私、これからも頑張るから…」


そう呟いて、瑞希は希望の光を目指し、歩み始めるのだった。


第5章:一歩踏み出す


朝日が瑞希の瞼を優しく撫でる。

久しぶりに感じる、心地よい目覚め。

カーテンを開ければ、窓の外には生命力に満ちた緑が広がっていた。


今日から学校だ。久しぶりの登校に、心はざわつく。

けれど同時に、胸の奥に小さな期待が芽生えているのを感じる。

美羽への想いを胸に刻み、一歩ずつ前に進もう。そう自分に誓うのだった。


制服に袖を通し、鞄を手に取る。

玄関を出れば、爽やかな風が頬を撫でていく。

こんなにも世界は美しかったのか。今まで気づかなかった、小さな奇跡に目を向ける。


教室のドアを開ければ、そこには騒々しい生徒たちの姿があった。

一瞬、教室が静まり返る。皆の視線を感じて、俯きそうになる。

けれどそんな瑞希に、一人の女の子が駆け寄ってきた。


「春日さん…!よかった、学校に来てくれて…!」

心配そうに瑞希の顔を覗き込むクラスメイト、佐藤麻里。

麻里は瑞希の数少ない友人の一人だった。


「私、春日さんのこと心配してたんだ。何かあったら、いつでも話聞くから」

そう言って、麻里は瑞希の手を握る。

温かい手のひら。人肌の温もりを、久しぶりに感じた気がした。


「ありがとう、佐藤さん。私、もう大丈夫だから」


放課後。瑞希は意を決して、美羽の日記をSNSに投稿した。

美羽の率直な思い、孤独との闘い、瑞希への愛。

その全てを、隠すことなくさらけ出す。


《皆さんに読んでほしい、大切な友達の日記です。彼女は孤独に負けそうになりながらも、最後まで私に生きる勇気をくれました。

同じように悩んでいる人がいたら、どうか一人で抱え込まないでください。私たちは、ここにいます》


投稿した直後から、次々とコメントが寄せられる。

《私も、あなたの友達と同じ経験をしました。その子の言葉に、勇気をもらいました》

《一人じゃないって、心強いですね。みんなで支え合っていきましょう》

《亡くなった子のためにも、私は前を向いて生きていこうと思います》


涙が零れる。けれどそれは、悲しみの涙ではない。

心の奥底に灯った、希望の光。美羽との約束を胸に、強く生きていこうという決意の表れだった。


数日後、瑞希はSNSで知り合った仲間とカフェで会うことに。

初めて会う人ばかりで、緊張で手に汗を握る。けれど集まった皆の眼差しは優しく、すぐに打ち解けることができた。


「美羽さんの日記、読ませてもらいました。あの子の強さに、私も背中を押されました」

そう話す彼女は、美羽と同じ境遇だという。リストカットの痕が、細い手首に残っていた。


「私も、美羽さんに救われました。これからは、私も誰かの支えになりたい」

もう一人の彼は、瑞希の手を握り締める。温かな感触が、希望を感じさせた。


こうして集まったメンバーで、「美羽の会」と名付けた会を立ち上げることになった。

孤独に苦しむ人々の駆け込み寺として、小さな一歩を踏み出す。


夕暮れ時、いつもの帰り道。

川面に夕日が揺らめき、辺りを朱色に染めていく。

ふと足を止めて、その輝きを見つめる。


ポケットの中の美羽の写真に、言葉をかける。

「ねえ美羽、今日も新しい仲間ができたんだ。君のおかげだよ」


遠くで、風鈴の音が響く。

優しく、儚げに、まるで美羽の笑顔のように。

その音色に導かれるように、瑞希は空を見上げた。


「美羽、私、これからも精一杯生きるから。君に教えてもらった、かけがえのない思い出を胸に」


そう呟いて、瑞希はゆっくりと歩き出す。

夕焼けの中、美羽への感謝を込めて。

これから先、どんな困難があろうとも、負けないと誓いながら。


新しい一歩を、希望の光に向かって。

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青いうつろい 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

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