さくら浴びて

ナナシリア

第1話

 桜が降る。


 舞い散る花びらを背に、別れを惜しむ人たちがいる。


 僕たちの秘密も、もう終わりだ。


「これで僕たちは世間的にも認められるというわけだ」


「これまでの話をしたらだめですよ」


「うん、わかってる」


 僕が肯定すると、彼女は嬉しそうに笑った。


「ついて来てください」


 彼女が歩くのを追う。


 向かった先は、暗く湿った中庭だった。


 先ほどまでは鬱陶しいほど舞い散っていた桜も、ここまで来ると見られない。


「ここで話をするのは、流石にちょっとまずいんじゃないの」


「確かに、バレたらまずいですね。だから、秘密の話です!」


 はあ、と僕はため息を吐く。


 リスクは冒せないはずなのに、心惹かれてしまう。


「僕がなにかしても、助けは呼べないよ」


「いいですよ」


 訝しく思う僕を横目に、彼女が手を伸ばす。


 指先が、僕の頬に触れる。


 そういうことか、と認識した僕は彼女に身を任せる。


 しかし彼女の指先はすぐに僕から離れていった。


「今はまだ、だめです」


 彼女はいたずらっぽく笑う。


 頬に残る熱が、主張する。


「それじゃあ、わたしはそろそろ帰りますね」


 僕は呆れながら黙って頷く。


「さようなら」


 いつもならこのあとに続く「また明日」の言葉は、今日はなかった。




「さっきどこ行ってたんですか?」


 僕に問いかけるのは、三年間一緒に働いた同僚。


 彼はパソコンから目を離した。


「ちょっと用事がありまして」


 僕は苦く笑って誤魔化す。


 同僚が不思議そうにしながらも頷き、目の前のパソコンに視線を戻す。


 そこで、僕のスマホが震える。


「すみません、ちょっと通知が」


 同僚はパソコンから目を離さずに頷く。


 僕がスマホを確認すると、その通知の内容が見られる。


 それは、もうこの学校に来ることは二度とない生徒からのものだった。


 彼女の指先の温度が、まだ頬に残ってるみたいだ。


 窓の外ではさっきから変わらず桜が舞い散っている。


 仕事中なんだけど、と僕は呆れながらも相好を崩した。

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さくら浴びて ナナシリア @nanasi20090127

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