第13話 溜まった不安、ありたい姿

 大混乱の街の中、エメラード警察は建物を手当たり次第に調べていた。どこかにテロリストがいるはずだ、と信じていた。実動部隊に頼らなくても、自分達だけでできることを証明したかった。思えば、エメラード事件から、エメラードの治安は格段に悪くなった。しばらくはポッと出の人間らしくない少女に怒りや不安、不満の矛先が向いていたが、俳優の一言でその矛先は一気にエメラードの役人や警官に向いた。少女を追ってフューダやその手先が好き勝手したのは事実だが、市民や街を守ろうと必死に足掻き、被害を最小限に留めたのはその少女だ。最初から分かっていた。公的機関で働く者として、何もできなかった。だが、批判が少女に向いたとき、助かったと思ってしまった。批判されない安心感は大きすぎた。今、批判に晒されて、やっと我に返った。このままではいけない。やらなければいけないことはキチッとして、やれることを全力でやらないと、何も守れない。実動部隊が来てくれたことは心強いが、今度は自分たちでどうにかしたい。その気持ちが強かった。気持ちが強すぎるせいで、実動部隊に苛つく上層部は多かった。

 市民達が逃げ惑い、警官が建物内部を捜索している合間を、ビルとジルバは誰にもぶつからないように走って進んでいく。日頃の訓練の賜物か、本当に誰にもぶつかることなく目的の森の前まで来た。広い森のどこを探せばいいのか、検討もつかないだろう、と思っていた2人だが、道なきところを強引に進むと痕跡は残りやすいらしい。何者かが森に入った際に植物を踏み倒した跡を見つけた。それが森の中にも続いている。

「今回の実行犯、詰めが甘いですよね。1人はすぐに捕まるし、逃げてるもう1人もこんな痕跡を残すなんて、間抜けすぎます。」

「そうだな…。別のどこかに指示してる人間がいるかもしれないな…。まあ、油断はするなよ。何をしてくるか分からんからな。」

2人が森に入ろうとしたその時、背後に気配を感じた。2人が後ろを見ると、エメラード警察の中堅と若手が10人ほど集まっていた。

「…えっと、どうされましたか?」

ビルが優しく、探るようにそう言うと、リーダー格と思われる人が1歩前に出た。

「一緒に行かせてください。お願いします。」

そう言って頭を下げると、他の警官も同じように頭を下げた。何が何だか分からない2人は困惑した。

「私達についてきたら、命令違反になるんじゃないですか?」

「構いません。今の組織はプライドが高すぎます。我々は上層部のつまらないプライドを守るために警官になったのではないので。」

処分を受ける覚悟を持った者が集まっているらしい。しかし、それは心から警官としての職務を全うしたいからである。ビルはジルバを見た。ジルバはビルに向かって親指を立てた。

「分かりました。私達2人も、人数が多いほうが心強いです。一緒に来てください。」

ビルのその言葉に、集まった警官達は皆笑顔になった。すぐにビルを先頭に1列になり、森に入ることとした。

「ジルバ、後ろは頼んだぞ。」

「任せてください。隊長こそ、痕跡を見逃さないでくださいよ。」

「おいおい、隊長だぞ?もっと信用しろ。」

「冗談ですよ。信用してるから、先頭でも文句ないんです。」

2人の会話で場が和み、そのまま捜索を開始した。

 実行犯が逃げたルートは、思った以上に簡単に辿れた。植物が不自然に踏まれたり折れたりしていて、しかもそれがついさっきそうなったようなところを辿ればよかった。手つかずの森でそんな痕跡が残っていると、かなり目立つ。しばらく進んでいくと、前方で何者かが立ち上がった。ジッと見つめてくる何者かに、ビルは声を掛けた。

「君、フランス大使館に手榴弾を投げ入れて逃げてる人、だよね?」

その言葉を聞いた相手は、くるりと向きを変えて逃げ出した。疲れが取れきっていないのか、肩は上下に動き、体全体も左右に揺れている。ビルは警官3人と後ろから追いかけ、残りの警官とジルバは実行犯を追い抜いて進路を塞いだ。怯んだ実行犯に全員で銃を向け、少しずつ近づいた。

「さあ、もう諦めなさい。」

ビルがそう言うと、実行犯は崩れ落ちた。一緒に来た警官が身柄を確保した。手錠をかけられた実行犯に、ビルとジルバは話し掛けた。

「どうしてこんなことをしたんだ?」

「犯行や逃走の手口がまるで素人だ。誰かにやらされてるんじゃないか?」

実行犯は目を大きく見開いたまま俯いていた。よく見ると、体全体が震えている。今日は寒くない。何かに怯えているようだ。

「なあ、まさか、フューダと関係してるのか?」

ジルバがそう尋ねると、実行犯は顔を上げ、鋭い目つきでジルバを睨むように見た。ジルバだけでなく、周りにいた警官も少し怯んだ。

「フューダ?あんなのとうちのリーダーを比べないでもらいたい。」

怒り以外の何物でもない感情が溢れ出ていた。この世の全てを恨んでいるかのようだ。

「役立つ者は褒め称え、そうでなければゴミ同然。出身や見た目、性別で判断されることもある。ゴミがちょっと贅沢すると、文句を言うんだ。先進国もフューダも、そうだろ?でなきゃ、自分達みたいな人間は存在しない。」

誰からも大切にされなかった者が道を踏み外すとこうなってしまう。実動部隊はこういう人間を何人も見てきた。自分のことを何の価値もないと絶望し、甘い言葉で誘う悪い人に騙される。ずっと言われている問題なのに、何年経っても、文明が進歩しても何も解決しない。かと言って、自分達に解決できるかと言われたら、何もできないのが現状だ。実行犯にそう言われて、しばらく誰も何も言えなかった。

「ほら、やっぱりだ。お前らみたいな恵まれた奴は、自分みたいな奴なんかどうだっていいんだ。」

「ちょっと違うな、それは。」

すぐにビルが反応した。間髪入れずにビルがそう言って、周りは皆驚いた。ビルは驚かれていることには気づかず、実行犯と目線を合わせて向き合った。

「恵まれてるかどうかは関係ない。大半の人間は、自分を中心に物事を考える。他人の利益のために自分が我慢をするなんて、私も納得がいかんよ。」

笑いながらそう言うビルに、実行犯は開いた口が塞がらなかった。綺麗事を長々と言われるものだと思っていたが、そうではなかったからだ。世界中から憧れの目を向けられる実動部隊が、自分を中心に考えている。想像とは全く違っている。

「人間は愚かな生き物だ。はっきりした理由は分からないが、みんな誰かよりは優位に立ちたい、そう思ってる。だからかな、性別や肌の色や出身地、人と比べて違うところを指摘して、差別してしまうことが多々ある。実を言うとね、私も子どもの頃に、運動が苦手な子に酷いことを言ってしまったことがあるんだ。これも1つの差別さ。愚かだよ、私も。」

ビルには抜けているところがある。忘れっぽくて、伝えないといけない事を言わないこともあり、他人が不利益を被ることがある。しかし、そうだとしても、ビルを頼る人は多い。国際防衛機構実動部隊長という肩書を自慢するようなことは一切しない。自分の弱い部分を認め、相手と本音で話す。そんなビルの姿勢が、今、目の前にいる実行犯を少しずつ惹きつけている。

「そ、それで、なんで正義の味方みたいなことが出来るんだよ?!恥ずかしくないのかよ?!」

「そうだな。恥ずかしいよ。でも、1つ悪いことをしたら、ずっと悪いことをし続けるのって、違うだろ?周りは、最初はそういう目で見てしまうが、ちゃんと出来るんだってところを見せ続ければ受け入れてくれるもんだ。」

実行犯は遂に泣き出した。持っていた銃を落とし、抵抗する気力を完全に失った。そんな実行犯を、ビルは優しく肩を叩き、ギュッと抱きしめた。

「自由に…、自由になりたかっただけなんだ。自分が生きやすくなれば良かったんだ。」

「…そうか。助けてあげられなくてごめんな。君がしたことは見逃せない。ちゃんと罪は償うんだ。その後、理想を追えばいい。」

2人の様子を見ていたジルバは、ずっと気になっていたことを実行犯に聞きたくなった。ビルが良い方向に持っていったのは理解できるが、どうしても聞きたくなってしまった。

「なあ。お前、なんで男のふりしてるんだ?」

「…え?」

「口調も服も男っぽくしてるけど、お前、女だろ?見れば分かるぞ?それがお前の理想か?」

「…先進国だと、その手の質問は差別的だと批判されると聞くが?」

「ああ、そうだな。だけど、お前は望んで男っぽく振る舞っているようには見えない。」

ジルバはよく見ている、とビルは思った。一緒に来た警官達は、大使館襲撃の実行犯を捕らえることで頭が一杯で、誰も実行犯の振る舞いまで見ていなかった。そういうビルも、実行犯を落ち着かせるのに必死で、あまり見ていなかった。ジルバが言うのを聞いて、そういえば、と気付かされた。

「言ったろ?性別や肌の色なんかで差別されるって。私が育った地域は、女は1人で出歩くのでさえ禁止されてた。学校なんて、もちろん行けない。窮屈で、嫌になって、家を飛び出した。その後、リーダーに拾われたけど、そこも男が多かった。だから、男のふりをしたほうがやりやすかったんだ。」

話を聞いた上で想像したとしても、それを上回るくらいの苦労をこの実行犯はしてきたのだろう。皆、何と声を掛けたらいいのか分からなかった。ビルも、言葉を慎重に選ばなければならない、と思って黙ってしまった。そんな中でも、ジルバは笑顔で続けた。

「それじゃあ、今からは好きにできるな。」

「はぁ?!捕まえて牢屋に入れるんだろ?何が好きにできるもんか!」

実行犯は怒った。そんな実行犯に、笑顔のままジルバは自分の考えを言った。

「ん?牢屋にいる間に、どうまともに生きるか考えられるじゃねえか。男として生きるか、女として生きるかも好きに選べる。お前の人生、やっとこれからなんだ。お前の言う、リーダーって奴もいない。全部お前が決められる。どう過ごすか、お前次第だ。」

実行犯はハッとした。思えば、今までは生きるために自分を抑え込んでいた。それが当たり前になって、本心が見えなくなっていた。

「…まともに生きるの、まだ間に合うかな?」

そう聞いてきた実行犯に、ビルはジルバを見た後で優しく答えた。

「何歳でも間に合うさ。早めに気付けただけ、君は有利だよ。」

実行犯の少女は笑顔で泣き出した。警官に促された少女は両手を出し、その手に手錠を掛けられた。森を出るために歩き出したが、少女はすぐに立ち止まって振り返り、ビルとジルバを見た。

「どうした?」

「…みんなを、リーダーを助けてあげてくれないか?みんな、自分みたいになってるんだ。まともになれる、ってことを教えてあげてほしい。」

ビルとジルバは顔を見合わせた。まだ、エメラードに危険が残っているのか。そう思った。

「君の仲間はみんなまだエメラードにいるのか?」

「いいや。エメラードは自分ともう1人だけだ。あとはみんな、自分の母国の難民キャンプに向かってる。」

ビルとジルバは再び顔を見合わせた。それぞれが考えた嫌な予感は、全く同じだった。


 ダグラスはビルからの通信を受信した。物陰に隠れながら応答した。

「こちらダグラス。どうかしましたか、隊長?」

「ついさっき、エメラードのフランス大使館を襲撃した実行犯を確保した。その実行犯の仲間が、ダグラス達がいる難民キャンプを襲おうとしてるらしくてな。そっちは大丈夫か?」

「…少し遅かったですね。」

ダグラス達がいた難民キャンプでは、1時間ほど前、何者かが集団で銃を乱射した。避難民や各国から支援に来ているスタッフの数名が負傷し、そのうちの何人かは危険な状態だ。ジョージとニコラは避難民やスタッフを少しでも安全な場所に避難させながら襲撃から守り、ダグラスは各国の軍隊と共に襲撃してきた集団の侵攻を食い止めている。

「けど、ジョージをこちらに向かわせたのは良かったですよ。1人でも多いほうがいいですからね。」

「そ、そうか…。こっちが一段落したらまた連絡する。無事でいてくれよ。」

「当然です。隊長こそ、ちゃんと始末つけてから連絡してくださいよ。こっちはこっちでなんとかしますから。」

「ああ。そうだな。じゃあ、任せた。」

ビルに何か抜けがあった場合、フォローを最もしてくれるのはダグラスだ。ビルはダグラスを信用している。お互いに大変な状況ではあるが、隊長と副隊長が同じところにいて手薄になるよりはずっといい。ビルはダグラスに全てを任せた。

「さて…、どうするかな…。」

通信を終えたダグラスは、周りの状況を確認した。避難民やスタッフは当然パニックを起こしている。安全な場所に避難させたとは言え、襲撃の手の及ばないところに逃げたわけではない。近くにある、比較的頑丈な建物に逃げ込んだだけで、なんならその建物も過去の戦闘に巻き込まれてボロボロになっている。

「ダグラス、ちょっといいか?」

ジョージからダグラスに通信が入った。

「なんだ?」

「負傷者が結構いるんだ。先生が今からスタッフと一緒に治療を始めるから、建物にヤバい奴を近づけないでくれよ。」

「ふん。治療してなくてもそのつもりだ。」

「だよね。まあ、僕も今から足りない薬を取りにそっちに行くけどね。」

ジョージはどんな場面でも、どこかで軽い冗談のようなことを言う。今言うか、と思うこともあるが、ジョージの一言のお陰で肩の力を抜くことができた場面も多々ある。ダグラスは老け顔で怖がられ、ジョージはアフリカ系の顔立ちで体格も良いため怖がられる。性格は似ていないが歳は近く、気が合うのだ。

 リュックを背負ったジョージは、物陰に隠れて様子を伺っているダグラスを見つけると、すぐに隣に来た。驚いたダグラスは思わず銃口を向けた。

「うわっ!…って、ジョージか。すまない。」

「はは。お互い驚いちゃったね。」

「笑い事じゃないぞ。すぐそこに危険因子がある。リアルなんだ。」

「すみません、副隊長さん♪」

ダグラスとジョージは改めて物陰から辺りを確認した。若者が辺り構わず、思い立ったら適当に発砲している。目の前にどこかの国の軍人が現れても逃げず、むしろ突っ込んでいっている。武器を捨てるように言われても聞かず、軍人に向かって発砲したり、殴りかかったりする。何人かは泣きながら襲いかかり、拘束されたり、その場で射殺されたりしていた。

「なんなんだ、あいつら…。やり方が滅茶苦茶だ…。」

「なあ…。あいつら、子どもみたいじゃないか?」

「は?」

ダグラスは、またジョージが変なことを言い出した、と思った。ダグラスにとっては、若者が考えなしにやっているようにしか見えなかった。

「いや、なんか、子どもが強引にワガママを通そうとしてるようにしか見えなくて。適当に暴れてるけど、何かを強く訴えてるように感じないか?」

ジョージに言われて、ダグラスは襲撃犯をよく見てみた。若者が中心、というより、若者ばかりだ。その中に子どもが数人いる。ちゃんと見てみると、泣きながら襲撃している人が半分以上だ。軍人に銃口を向けられて怯む人もいる。

「そういえば、隊長が言ってたな…。エメラードの大使館に手榴弾を投げ込んだ犯人が、リーダーを助けてくれ、って頼んだらしい。」

「は?どういうことだ?」

「俺も分からん。だが、妙に素直に降伏したみたいだ。それに、自由になりたいだけだ、とも言ってたそうだ。」

「何かの罠じゃないか?」

「俺もそう思ったが、あいつらを見てると、罠ではなさそうだな…。」

罠を仕掛けるほどの人物は、よく考えられた行動を取る。いつの間にか取り囲まれてしまうとか、味方のいないところに誘いこまれるとか、そういうことが起こることが多い。そうでなくても、相手を追い詰めるような陣形を取る。今、目の前にいる相手は、そういった様子が全くない。その場の思いつきで突き進んでいる。罠はなくとも、それが統制された先進国の軍を戸惑わせ、苦戦させている。

「ジョージ、お前、防弾装備は身に付けてるよな?」

「あ、ああ。そりゃあ、そうしてるよ。ヘルメットもあるし…。」

「じゃあ、ちゃんと身に付けとけ。」

「おい、ダグラス。何をする気だ?」

「いいから。早く薬を持っていかなきゃだろ?」

「…ったく。そういうことかよ。まあ、ダグラスなら大丈夫か。無茶するなよ。」

ダグラスの目を見て、ジョージはダグラスが何を考えているのかを察した。絶対に上手くいくとは思えなかったが、どうにかなるとは思った。2人は防弾装備をきちんと身に付け、ヘルメット越しに向き合った。

「じゃあ、お互いにするべきことをしようか。」

「ああ。それじゃあ、また後で。」

2人はそれぞれ向かうべき方向に走り出した。

 各国所属の軍隊を見つけては攻撃を加えていた襲撃犯達は、突然物陰から飛び出して走り出したオレンジ色の2人組に驚いた。軍と比べると明らかに目立つ制服で、2人が違う方向に向かっていく。攻撃を加えるが、当たっているはずなのに倒れない。何を考えているのか読めず、攻撃を加える前に自分達の前を通り過ぎていってしまう。背中を狙うが、当たってもやはり倒れない。2人に驚き、動きが止まってしまった襲撃犯から次々と拘束されていった。各国の軍隊はオレンジ色の制服の2人に心の中で感謝したが、避ける素振りも見せずに向かいたい方向に向かっていく2人が何をするつもりなのかは考えても分からなかった。

 自分達が急に不利になった状況を感じ取った1人の少年は、辺りを見渡した。自分が手に掛けたどこかの国の軍人が10人ほど倒れて動かなくなっている。仲間は遠くのほうで何人かが銃を乱射したり、相手に殴りかかったりして、半分くらいはその後拘束された。立ち尽くしているだけの者もいる。ついさっきまでは自分達が有利だった状況の変化におどろきを隠せなかった。それでも、銃を握り締めて再び前に進もうとした。が、突然目の前に現れたオレンジ色の制服の男に、銃を握り締めた手を蹴られ、そのまま地面に押し倒された。

「君だな?この襲撃のリーダーは。」

体の上に男が乗っていて、おまけに手を押さえつけられている。身動きが取れなかった。どうにか逃れようと力を入れたが、力の強さは男のほうが勝っている。

「答えろ。君がリーダーだな?」

「…だからどうした?リーダーを捕まえれば一件落着ってか?」

大人は皆ズルいと思っている少年は、今、自分を取り押さえている男のことも、自分より下だと思っている。他人を上辺だけで判断して、他人の人生を勝手に決めつける。そんな大人は要らないし、相手するだけ無駄だ。そういう大人を見分けられる自分のほうがよっぽど偉い、と内心は思っている。

「捕まえて解決すれば楽なもんだ。リーダーを捕まえたからって、今起きていることが終わるわけではないし、未来で安定した暮らしを送れるとは限らない。捕まえた後のやり方次第で決まる。」

少年は困った。今、目の前にいる大人は、自分が予想したことを言わなかった。捕まえれば一件落着。拘束して世に出さなければ万事解決。そのようなことを言うと思っていたが、そうではなかった。

「だがな、これだけは確実に言える。今、お前らを止めないと、キャンプにいた人達も、お前らも、未来が潰される。他人の未来を決める権利なんて、この世には存在しない。」

「…わ、分かったようなこと言うなよ。俺達はとっくに終わってる。力でもぎ取らないと、1日だって生きていけないんだ。こうしないと、俺達に未来はない。」

自分より結構歳上の怖い顔をした男から真面目にそう言われた少年は、怯みながらも噛みついた。一度、危ない子だと思われると、どんなに良い行いをしても悪いことと言われる。世間の視線が自分に向いていなくても、人の中にいるだけで疲れてしまう。自分で自分を見失い、自分の中の何かが爆発した。

「人道支援?笑わせるな。お前らが支援してるのは、ほんの一握りの運のいい奴らだ。支援を知らず、潰し合ってる人間なんて溢れるほどいる。俺もその1人だ。俺は、俺を勝手決める邪魔な大人を全員排除したいだけだ。お前も邪魔するなら排除する。」

少年は強がっていた。目の前の男をどうにかしたいが、力が強すぎて拘束から逃れられない。話をしていれば力が弱まってくれるかと思ったが、全く弱まらない。そんな少年に、男は1つ問いかけた。

「なあ、お前、俺が何歳に見える?」

「は?」

「俺が何歳に見えるか聞いてるんだ。」

「な、何でだよ?」

「いいから答えろ。」

少年は面倒臭そうに男の要求に答えた。

「…45ぐらいだろ?貫禄がある。腹立つよ、おっさん。」

「ふっ…。おっさんであることは受け入れてやろう。けどな、俺は30だ。」

「はぁ?!マジかよ?!」

男は笑った。余裕が溢れる表情で押さえつけたままの少年を見た。不気味なほどに余裕が溢れているのを感じた少年は、男に抗うことを忘れていることに自分で気づいていなかった。

「結局、お前も人を決めつけてるじゃねえか。」

少年は腹が立った。自分が何でも正しいと思って行動してきた。自分の思いを聞きもせず、勝手に決めつける全ての大人が許せなかった。一度、大人を全員消せば、皆が幸せに過ごせる世界になると思った。少なくとも、自分はそうしないと生きにくい。そんな自分に、そんな大人と自分は同じだと笑う男が目の前にいる。確かに、この男が中年だと思って鬱陶しく思ったが、それはこの男が本当に老けた顔をしているのが悪い。自分は何も間違っていない。自分も、何でも見た目や雰囲気で決めつけてしまう大人と同じだなんて、認めない。

「う…、うぜえんだよ!偉そうにしてんじゃねえ!」

「はっ…。やれやれ。反抗期をこじらせた子どもは手が焼ける。」

男は少年を起き上らせ、しっかりと拘束した上で瓦礫の上に自分と並んで座らせた。抵抗する少年の肩に腕を回し、目の前の景色をしっかり見るように言った。

 目の前に広がるのは、倒れている人と戦う人、滅茶苦茶にされた建物だ。高い建物はなく、荒れた景色とは裏腹に、雲一つなく澄んだ青空がよく見える。

「そうだ。自己紹介を忘れてたな。俺はダグラス・チェン。国際防衛機構実動部隊の副隊長だ。お前の名前を教えろ。」

「…ちっ。なんだよ。マリクだよ。そんなん聞いてどうすんだ。」

「ん?名前は互いの距離を縮めるために重要な情報だ。甘く見るなよ。」

ダグラスは笑いながらマリクに言った。こんなに自分に絡んでくる大人と接したことのないマリクは嫌がるというよりは困っているだけだった。

「なあ。マリクの夢ってなんだ?」

「は?さっきから何なんだよ?」

「いいから教えろ。命が削られるわけじゃないんだ。」

笑顔で迫るダグラスに根負けしたマリクは、顔を背け、小声で答えた。

「…助けたい。俺と同じような生き方しかできない奴らも暮らしやすいように、世の中を良くしたい。大人じゃ、なかなか動いてくれないからな。」

それを聞いたダグラスは、マリクの肩に回してた腕を頭の上に移動させ、ポンポンと優しく叩いた。優しいボディタッチを経験したことのないマリクは驚き、思わずダグラスのほうを見た。

「立派な夢じゃねえか。」

笑顔でそう言うダグラスに、マリクは何も言葉を返せなかった。ダグラスはマリクの頭を正面に広がる景色のほうに向けた。

「けどな、これじゃ、誰も生きやすくない。涙と血が流れるだけだ。」

「…これも理想を叶えるために必要なんだろ?平和は多くの犠牲の上にある、って大人は言ってたぞ。」

「どうしてそれが本当だと思った?マリクは疑問に思わなかったか?」

「他の国だとどうか分からんけど、この辺じゃ、貧しくて立場の弱い人間を踏みにじって踏ん反り返ってる奴が裕福な暮らしをしてるんだよ。踏みにじった相手が死んでも、弱い人間ならそこら中にいるからな。俺らは使い捨ての道具だ。それが当たり前なんだよ。」

夢を持っていても、それを忘れてしまうほどの過酷な環境がここにはある。そして、子どもは大人が思う以上に大人の言動を見聞きしている。ダグラスは頭を抱えた。マリク達がしたことは、決して正しくはないし、償わないといけない。しかし、マリク達をここまで追い詰めたのは大人だ。支援の行き届かない見えないところでは、マリクのような子が少なからずいるのだろう。どう声を掛けようか考えていたダグラスのもとに、ジョージがマリクより体の小さい少年を連れて歩み寄ってきた。少年は額に怪我をしたのか、ガーゼが当てられていた。

「こんなところにいたのか。そっちはどう?」

「ああ…。なかなか難しい状況だ。てか、ジョージ。その子、どうした?」

戦闘の混乱で家族とはぐれてしまったのなら、保護して一緒に探さなければならない。ダグラスはジョージに説明を求めた。

「この子も襲撃犯の1人だよ。仮説病院で薬をリュックに詰めてたら、この子が入ってきたんだ。武器を何も持たずに殴りかかってきたからびっくりしたよ。」

よく見ると、ジョージの右手にはかすり傷がある。マリクより幼い少年が、持てる力を出してジョージに加えた傷だ。ジョージはその右手で少年の頭を笑いながら撫で回した。

「この子の親は、内戦に巻き込まれて亡くなったそうだ。それで、リーダーに拾われたんだと。だから、たぶんダグラスがそのリーダーって奴と一緒にいるだろうと思って連れてきたんだ。」

ダグラスがやりそうなことは大体分かるらしい。ダグラスはやれやれと軽く笑った。ジョージに連れられた少年は、マリクのほうを見てはモジモジしている。そんな少年の様子に気付いたジョージは、少年の背中を押して前に出した。ダグラスも状況を理解し、拘束を解いたうえでマリクを立たせて少年の前に出した。

「お、おい、おっさん!何すんだ?!」

「リーダーたるもの、人の話はちゃんと聞け。」

ダグラスはそう言って、マリクの顔を少年のほうに強引に向けた。少年は緊張して下を向いていたが、決心がついたのか、少し涙を浮かべてマリクを見た。

「な、何だよ?」

「リーダー、…、もう、やめよう。僕、辛いよ。」

マリクはハッとした。仲間のために自由で平和な世界を求めていたのに、その仲間が目の前で辛そうにしている。泣きながら戦う者も、理想を求めて戦った結果に命を落とした者も、現状、誰1人として楽しそうにしていない。邪魔な大人を消さないといけない、という使命感が強すぎた。自分は身近な者の想いに気付けず、我慢させてしまっていた。

「お前はよく頑張った。もう、頑張らなくていい。ごめんな。」

マリクは少年を抱き締めた。少年は溜まっていたものを吐き出すかのように、大声で泣いた。そんな子ども達を、ダグラスは2人まとめて抱き締めた。

「助けてやれなくてごめんな。遠回りになったけど、人生をやり直そう。本当になりたい自分になろう。」

マリクは静かに一筋の涙を流した。

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