話しの練習

ハナビシトモエ

話しの練習

 お疲れ様、天川。ちょうど懐かしい物が出てきたんだ。僕たちの青春の苦味を帯びた。その、コンクールの時の記念写真さ。


 葉加瀬のお母さんが印刷してくれた吹奏部ってかたどってある写真さ。葉加瀬の母さんが死んでもう十年か。


 写真の中に川石さんのことを探していたんだ。今でも夢に出てくるのに起きたら全部忘れてしまう。そのせいで一日十二時間は寝てしまうんだ。


 今は夢に恋しているわけだ。そうそうそんな話をしていたいわけでない。お前もう吹っ切れているだろうな。

 山田、山田すずねさん。同級生で、そのお前が好きだった女の子の山田。彼女はすぐに分かった。大人になっても山田は山田だった。


 お前が少しだけ、頑張ってくれたら会えていたんだ。見せることが出来なくて、いや案外見たら思い出すかもな。怒るなよ。お前の仕返しは怖いからな。


 山田は変わらず川石はどれだけ探しても見つからない。当時の最新鋭のカメラも十五年も続くと、化石みたいになるんだな。


 画質が悪く、潰れているよ。みんなの顔は潰れているのに山田の顔だけ、いやまさかな。何でも無いよ。嫌な予感がしただけだ。


 分かった話そう。山田の家は神社だったろ。妾がいたらしい。

 大都会の神社に平成で妾だぜ。その霊がついてる。「霊障だな」って、お前が来ないOB合同演奏会で冗談を言ったんだ。

 大方、場を和ませようとしたんだろ。そいつ、あぁ二年上の榎川先輩。



「夏場に心霊スポットと言えば、すずちゃんのお家は本場やもんね。女の人の霊が出るって」



 悪気は無かったけど、ゲネプロ終わりの中学生はざわめいたよ。

 あとで山田に飯を奢ったらしい。


 それで手打ちにしたかったと思うが、ちゃんと仕返ししていたぜ。OB控室で「榎川先輩も弟さん、何浪でしたっけ」って言われていた。


 榎川さんはこれで手打ちやなって明るく笑っていたよ。面白いもんでさ、そこからは僕以外の空気が変わったよ。


 天川は知らないと思うけどさ、これは愚痴というか、そのやめておくよ。誰も幸せにならない。聞きたいかって? 後悔するなよ。


 天川が来るって言うから、みんな俺によくしてくれたんだ。みんな言うんだよ。引き返すなら今だぞ。



「天川先輩、来年は来てくれますよね。ちゃんと連絡してくださいね」

 これがお前が二回生の時。


「天川先輩、お忙しいんですね。暇な小島先輩と違って、へへ」

 三回生。


「就職活動ですし、でももうそろそろね」

 で。


「一年目は忙し」

 で。


「本当に声を掛けてくれてるんですか。小島先輩、天川先輩に舐められていません? でも天川先輩に限って、もしかして騙してますか?」

 

 そのうち湯沢とか原口、それで山田や川石が台頭してきた。四人が声高に天川を願い、人格の良さを他の面々に紹介をした。


 天川の事、みんな好きだったんだ。もうやめておこう。僕も幸せにならない。そうだよ、悪いかよ。


 あんな空間にいられるわけないだろう。さすがに親友でも怒るぞ。


 この仕事をしていて良かったよ。みんなの関係性や力関係。そんでもって、構造がよく分かる。最先端の理解は後世に引き継がれる。



 お前を欲した小山も湯沢も原口も山田も川石も、みんな一緒だぞ。

 体が無くなっても言葉を出せるようにしたのは悪く無かった。頭の中だと言語を解読出来るからな。


 これだから川石の顔が寝ないと忘れるのだ。


 もうそろそろ眠ろう。


 もうすぐ捜査の手が伸びるそうだ。死ぬ時はみんな一緒だ。



 もうじき私は体を捨て去り、ずっと眠り続ける。川石さんと会える。

 なんだって? 怖くないのかだって? もうその問いも何回も。

 え? 山田の幽霊?


 あれの駆除には苦慮した。自称山田の母親だと。神主の父親に殺されたらしい。

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