第3話 遭遇と出会い

 青空の見える隙間もない曇り空だった先程までとは正反対僕の目に映るのは雲一つない快晴そのものだ


 ありえない。明らかな異常事態だ。こんな一瞬の転んでから立ち上がるまでのほんの僅かな時間に雲が全部消えるなんてありえない


 もし突然風が吹いたりして、雲が消し飛んだとしてもそこまでの強い風が吹いて地上にいる僕が音に気づかないどころか影響がないなんて事は考えられない


「悪い夢だね。いやその方がまだマシか」


 こんな非現実的な出来事は夢でないとありえない。だが理夢斗は今まで見てきた夢ではそれを夢だと自覚する事はなかった。今回が始めて自覚できたと楽観的な思考をするには先程から積もりに積もった焦燥感、懐疑心が邪魔をする


 実のところ理夢斗自身は自分の身に起こった事には想像がついている。だがここまで出来事から湧き上がった恐怖心から目を逸らしてた


 だがいつまでもここにいる訳にもいかない。助けが来ると言う希望的観測はしない方がいいだろう。となると現状維持は却下だ。何かしらの行動を起こす必要性が出てくる


 となると見て見ぬふりをするのにも限界がくる。今まで意識して視界に入れないようにしていた正面の光景へと目を向ける


「ですよね」


 自分でも予想していなかった程の情けない声が出るけどそれを気にする余裕は今の僕にはない


 僕の目に入り込んだ光景は先程までと寸分違わず同じものだ。そしてそれは僕が考えていた事の証明に他ならない可能性が高いと言う事だ


「すぅーはぁ」


 一度答えを出したところで思考を落ち着ける為に深呼吸をする。深く息を吸った事で思考を空っぽになった影響で少し落ち着けた


 正直まだ混乱は収まらない。けれどいつまでもこのままじゃ行かない。とりあえず現状の整理をしよう


 まず僕はこの神社で賽銭をして目を瞑っていたときにあのエレベーターの時の様な落下感と浮遊感。……もう浮遊感だけでいいや。を感じた

 その瞬間に僕は何の前触れもなかった事もあって転んでしまった

 そして気づいたらこの景色がよく似ている不気味不可解な空間に迷い込んでいた

 それにしても


「本当に怖い程似てる」


 正直天気の事に気づかなかったらもう少し時間がかかったと思う。でも冷静になって考えると今の状態に少し面倒な事に気づいた


「なんか疲れるな」


 この空間の体の軽さに反して動きにくいという異様な感覚に体が慣れずに疲労が溜まりやすい気がする。それにこの異常事態に精神的な疲労が溜まらざるを得ない

 動けなくなる前に急いで行動を起こすとしよう。その為にも思考をまとめないと。とりあえず今分かっている僕の現状は



 1.恐らく今までいた場所と異なる場所に一瞬で移動している

 2.そのタイミングは恐らくあの奇妙な浮遊感を感じた時

 平地で味わうなんて普通あり得ないので可能性は大

 3.この空間は体が軽いのにまるで水の中のような動きにくさを感じる

 実際の水の中程じゃないけど体の外と内側で正反対な感覚になっているからそのせいで感覚がおかしくなる。そのせいで疲労が溜まりやすい

 4.他の人の姿や生き物の気配がない

 ここは元々人気がないから当たりを捜索してからかな


 うん。改めて現状整理をして見たけど、分からない事だらけなのを理解する


 正直なところ恐怖が収まらない。自分の知る光景なこに自分の知らない場所だと言う事に不安が募る。けど呆れる事に僕はこの現実に少しワクワクしてしまっている


 自分はどうやってここに来たのか?戻る事はできるのかという先の見えない不安が確かにあるのにだ


「あっはは」


 自分への呆れから出た笑いだったが、気分が高揚しているのもあり思いの他明るい声だった。そんな自分の反応に苦笑してしまう

 まさか自分がラノベみたいな出来事に遭遇するなんてね。しかもこんな状況なのに楽しんでるというか楽観的な思考をするとは自分のことながらちょっとショックかな。だって自分が読んでる時は「この主人公軽すぎない?」とか「いや、もう少し慎重に冷静になりなよ」とか思ってたのにまさか同じ穴の狢になるなんて

 退屈な日々から抜けたしてこんなファンタジー出来事を体験してみたいって思ってたし、もし自分ならもっと上手くやるのになぁとか想像した事があるけど現実は上手くいかないもんだね


「あっそっか」


 ラノベの主人公達の能天気さの理由が理解できた

 今の僕は確かにこの状況に楽しさや期待なんかの楽観的な感情を抱いてる。ただそれと同時にさっきまでの積もりに積もった不安や恐怖もそのままで残っている

 だから無理にでも気持ちを上向かせないとそれらの感情に今にでも押しつぶされておかしくなりかねないかないからああいう反応をしているんだ。まぁ意図的か無意識又は本能的から心の防衛機能に仕事をさせてるんだろうね

 今の僕のように


「はぁ、こんなのは実体験での理解はしたくな………かっ……た…な」


 思わぬところから出た疑問への答えに少し脱力してしまった僕は何の気なしに上を向いた。これがいけなかったのなかな。いや、寧ろよかったんだろうね。上向いた僕の視線の先、神社の屋根の上にそれはいた


「グギャギャ」


 子供程の身長に小汚い腰布だけを纏い、その手には体格に合う小さな棍棒を持っている。どうやってそこに登ったのか、いつからそこにいたのか等疑問が湧き出てくるが何よりも理夢斗の目を引いたのはその体色だ。その奇妙な生物は緑色の肌をしていたのだ


 この事実に理夢斗今自分が迷い込んだ場所は可能性として高いと感じていた地球とは異なる場所。異世界だという予想はほぼ確信に変わった


 その理由は当然目の前にいる生物だ。所謂ファンタジーの王道モンスターの特徴をした生物ーー以降はゴブリンと呼ぶーーの目を引く緑の体色が原因だ


(あの肌の感じからして人間やハダカデバネズミみたいに体毛がほとんどない感じだよね。でもって鱗とかはない。てなると両生類?いや、そもそも二足歩行する動物にあんなのはいないよね。あれが猿か何かの突然変異だとしても仮にあれが哺乳類ならあの体色ってことは確実に異世界だね)


 理夢斗は緑色の体色の生物を見て異世界だと判断したのには確かな理由が存在する。人間や猿等の霊長類を除き、哺乳類というのは緑色と黄色の区別があまりつかないからだ

 分かりやすい例で言えば虎等が該当する。人間の目から見ると色鮮やかな姿に映り自然界で隠れられるのか疑問を覚えるが、それはあくまでも人間の見え方であって他の哺乳類からは虎の配色は草に紛れて見えている


 話が少しそれたがそのような理由から目の前の推定哺乳類の様に思われるゴブリンの体色から自分の現在地と確信した理夢斗は注意深くそれを観察した


 目が合った瞬間に笑い声らしきものをあげたがそれすらも油断はできない。いや、寧ろその瞬間に僕の中てば最大級の警戒が必要だと判断した。それによって僕は目の前の存在から目を離すことができない。かなりの危険を伴う予感がするからだ


 本来なら野生の動物と目を合わせるのは威嚇行動だからアウトだけどコイツは普通の動物にカテゴライズするのは体色からしてなしだ。何よりも僕が身の危険を感じたのはその瞳に知性を感じる点だ。今も目が合っているのにゴブリンからは剣呑な雰囲気は感じられない


 これだけならまだよかった。助かる可能性を見出せたかもしれない。異世界特有の見た目が怖いだけのいい奴っていう展開もあったかもしれない。けど恐らく、いや確実にそれはない。何せその瞳からは知性と共に残虐性を、悪意をひしひしと感じさせられる。嫌な汗が止まらず体が強張る


 目を離すのが危険だと本能的に感じさせられ行動を起こせずにいるとゴブリンはこの状況に飽きたのか、不意に飛び上がった………ん?うぇ?


「はい?」


 ゴブリンの突然の奇行に僕は硬直してしまい変な声が出てしまった。けれどこれはチャンスだ


 僕は踵を返し全速力で走り出す

 飛び上がってから地面に着くまでの落下時間と着地して体勢を整える時間。本当に大した事がない時間だけど今はその僅かな時間が惜しい


 走り出しから心臓の鼓動がうるさい。奴の威圧感から体が極度の緊張状態に晒されてるからだろう。けどそんな事は関係ない。何としてもあいつから逃げないと。じゃないと死ぬ

 あれに捕まって生きていられる予感がしない。今もあいつの殺気?と言うのかとんでもない不快感を感じる刺すような感覚じゃないまとわりつくような感覚からして嫌な予感しかしない


「っ!!あっぶ!?」


 恐怖から足がもつれて転びそうになるが気合いで耐えてすぐさま全力疾走再開した瞬間に後ろから何かを砕くような大きな音と共に地面が少し揺れたかのようなような感覚を足裏に感じた僕は一瞬足を止めてしまった


 僕は首を後ろに向けてしまった。鼓動が速まる。普通に考えて足を止めずに逃げ続けるべきだと言うのは理解している。けれど僕の体は意思とは正反対にその光景を目にしてしまった


 僕の目に映った光景は砂煙が舞い上がる中心に棍棒を振り下ろしたような体勢のゴブリンがいた。そして棍棒の先の石畳の地面が砕けて凹んでいた


 あっ、これヤバい


「グギャギャ!!」

「ひっ!?」


 まるで怯えた僕の内心を見透かすかのように笑みを深めるゴブリン。自身が嘲笑われる事を癪に感じたり腹が立月と言った感情は沸かない。そもそも感じる余裕は今の僕にはなく情けない声を出してしまう


(無理無理!?絶対ヤバい!なんであんな結果を引き起こしてるの!?全部見てなかっけど多分あいつがやったのって神社の屋根から飛び降りて地面をあの棍棒で叩いだけだよね!状況的に!なのになんであんな事ができるのさ!?)


 理夢斗には複数の理由から目にした状況を信じられずにいた。いや信じたくなかった。自分よりも小さいその体躯で起こした状況からどれほど自分よりも強い力があればあの光景を引き起こせるのか。そしてあの光景を引き起こした獲物である棍棒は折れるどころか、曲がってすらいない


(ってそんな事考えてる場合じゃない!)


「逃げなーーー」

「グギャギャ」

「えっ?が……はっ……!」


 気がついたら全身に痛みが走っている。混乱と絶えず波のように襲う痛み《それ》により僕は上手く呼吸が出来ずいにるが気合で無理矢理に息を整える。どうやら僕は境内にある樹を背にしてその根元に横たわっている。体が痛い。全身が痛いが特にお腹と背中に鈍器で叩かれたのような痛みがある


 状況は理解できていないけど、何とか逃げようと痛む体に鞭を打ち顔を上げると足を振りぬいた後のように片足を上げた体勢のゴブリンが目に入り、僕は理解した


 まだ離れた場所にいた奴は目を離した一瞬の隙に僕に並んでそのまま蹴りを入れられたんだ。しかも突然の事で頭が脳の処理が追いついていなかったけどボールのように地面を跳ねていった末に樹にぶつかって停止した


 確実に遊ばれてる。僕は地面を跳ねて転がったけど幸いにもどこか折れていたり腫れている感覚はない

 けどあんな石畳の地面を割るなんて芸当をすることが出来るだけの膂力があるのにこの結果は不自然だ。明からさまに手加減をしている

 それに今もゆったりとした動作で振り上げた足を下ろしているのも僕の予想に拍車をかける。さっきの一連の出来事からして僕が逃げ切るのは無理だと判断してるんだろうね


 まぁ、そもそもの話からしてあの速さで僕に追いつけるのに棍棒を使わなかった事や腹じゃなくて頭に攻撃しなかった時点で察せられていた。あの速さならそれができないはずないんだから

 でも、そのおかげで幸いな事に今もまだ死んでいない。骨折のような動けなくなるような怪我をせずにいるし、実際に見る余裕はないけど感覚的にはどこもあざとかは出来てないし、切り傷なんかの出血も多分ない


「くそっ」


 事実だから仕方ないけど自分で言っておいて嫌な幸いだと思わず悪態が口をつく


 あれ?でも何かおかしい。なんだろう。何に違和感を抱いているんだ僕は?


 理夢斗はこれまでの16年間の人生でかつてないほどに必死に頭を回転させ集中する。自身が感じる違和感の正体を探る為に。それが自身が生き残る為の力になると予感があったから


 なんだ。一体何がおかしいんだ


 ただ無情にも時間は理夢斗の味方というわけではない。振り抜いた足を下ろし終えたゴブリンは理夢斗へ顔を向け醜悪な愉悦の表情を浮かばせならこちらと歩を進める


 止まらない冷や汗を流す理夢斗はその姿を見て顔が引き攣る。目の前に迫ってくる絶望ゴブリンへの打開策は思いつかない。なのに体は万全とは言えない状態だ。ゴブリンの蹴りを受けた理夢斗は全身へとダメージを負っている。動けない訳ではないがあと何発先程のような攻撃を受けて動ける余裕を残していられるのか


 あっ!?


 そこまで考えた時に理夢斗は違和感の正体に気づく


 そうだよ。なんで僕は無事なんだろう。普通に考えてアイツな手加減をしていたとはいえ地面をバウンドする程の衝撃を体に受けて痛みが残るとしても何でこんな無傷でいられるんだ。特に出血がないのはおかしい


 何が原因だ?ゴブリン《アイツ》が何かした?いや多分それはない。というかそれだったら絶望しかない今の状況を楽しんでるやつが仕組んだ事なら本当に打つ手がない。ので考えない事にする


 となると僕自身に何か理由がある?けど僕の体は一般人そのものだし、衝撃を流すような武術を身につけてもいない。そもそも生半可なものじゃあの膂力の前には無力だ


 でもそうすると一体何が理由なんだ。この疲労が溜まる異世界じゃ寧ろ弱体化しそうなもの……なの…に?


 って、え?あれ!?痛みで気づかなかったけどこの世界に迷い込んだ時に感じた重苦しさが薄れてるし、体が更に軽くなってる。って事はこの空間の何かが僕が無事だった理由?


 もしかしていわゆる魔力ってやつなんじゃ?重苦しさが薄くなったのは僕が無意識に魔力を使って慣れたから?恐らくだけどよくある身体強化とか?

 答えに近づいている感覚を確かに感じる理夢斗だがやはり時間は彼に味方をしてくれる訳ではない


「グギャギャッ!」

「クッソ!」


 もうこうなったら一か八か!


 理夢斗はもう目の前にまで迫ったゴブリンが振り上げた棍棒を目にし自身が掴んだ僅かな可能性に賭ける


 拳を握りしめ体の全身を意識し、ファンタジーの定番である身体強化を強く意識する。更に成功率を上げる為にこの重苦しい空間の原因を魔力だと想定してそれも利用するイメージを行いながら立ち上がりゴブリンへと向け走り出す。そして握りしめた拳を振りかざす


 必死になっている理夢斗には身体強化を発動させられているか気にする余裕はない


 その様子を間近で眺めているゴブリンは棍棒を振り上げたままの体勢で固まっている。理夢斗の反撃の様子も特に気に留めた様子はない余裕のある態度だ。それどころか寧ろ


「グギャッ、グギャギャギャッ!」


 理夢斗を嗤っている事から楽しんでいるのだろう


 ゴブリンの反応に不安に襲われる理夢斗。自分の選択は間違っていたのではないか、そもそも最初から助かる可能性がなかったんじゃないか。だとしたら今の自分のこの行動は苦しむ時間を自分で悪戯に長引かせてるだけじゃないか


 時間の流れが遅く感じる。だが体は動き続ける。振りかぶった拳はあと拳1つ程の所で強く握りしめていた手を開いた


「グギャ?」


 突然の理夢斗の行動に短く声を漏らしたゴブリン。恐らく疑問に感じたのだろう。ただその行動の理由は直ぐに理解した


「ギャギャ!?」


 何せ自身の体に直接教えられたのだから。ここに来て初めてゴブリンから危機感を含んだ声を出させ理夢斗

 彼が行ったのは簡単だ。土をゴブリンの目にぶっかけたのだ。要は目潰しである。拳を固く握ったのはダメージを強くする為ではなく、手に包んだ土をこぼさないようにする為だった。加えて言えば全力で殴り掛かるように見せるためであった


 そこから理夢斗の動作は迅速だった。目潰しの土を投げ出した体勢のまま沈むかのように体を低くする。そして手で体を支え蹴りを繰り出す。狙うは脚だ


「ギャギャ!?」


 先程に続きまたしても危機感を滲ませた情けない声を出し仰向あおむけに転ぶゴブリン。だが理夢斗はまだ気を抜くことはできない。何せここからが1番重要になる


 振り抜いた脚をすぐさま戻して立ち上がり仰向けのゴブリンを力の限り踏み抜く

 ゴブリンの姿は尖った長耳と緑の体色を除けば人間の子供と同じに見える。そしてもし見た目通り人間と同じ体の構造だとすれば腰布の下に急所がある

 もしオスじゃなかったら全てが無駄になるから賭けだ。あまりにも危険すぎる。だが理夢斗には他に選択肢はなかった。それ程に追い詰めらていたのだ


 そして理夢斗は賭けに勝った


「グギャーーー!!」


 耳を塞ぎたくなる程の絶叫をあげるゴブリン。それを確認した理夢斗は境内の外へと全速で逃げる


「うおっしゃ!ざまぁみろだ!雑魚だからって舐めてかかるからこうなるんだ!窮鼠猫を噛むだ。痛めつけて遊んでるからこうなるんだよクソ野郎が!」


 死を感じる極度の緊張から賭けに勝ち掴み取った希望に理夢斗のテンションは高揚していた。反動で普段は使わない口汚い言葉が出てきた程だ


「にしてもなんで急所があんな硬いんだよ」


 人間じゃないから固くてもおかしくないかもしれない。でも正直焦ったから勘弁してほしかった。まぁ、あの悲鳴ですぐさまその焦りが消し飛んだからよかった


「とりあえず早く距離をもっと遠く」

「グゥギャ」

「っ!?あがっ……!」


 今日何度も聞きいた今日始めて聞いた声の心臓を鷲掴みされたような錯覚を覚える底冷えドス声が聞こえた直後。視界に空が映った。


「ギャ!」


 直後僕に向かい棍棒を振り抜くゴブリンの姿が目に入る


「がっ……!」


 その威力は想像を絶し、地面へと叩きつけられ骨は砕け、内臓が嫌な音を鳴らす。先程の蹴りとは比較にならない痛みが全身に走りあまりの苦痛に理夢斗は意識を手放す


「うッ……ごぁ……!」。


 だがその痛みによりすぐさま意識を浮上させられる。だが苦しんいる余裕はない。ゴブリンが再び蹴りを繰り出したからだ


「ごぁ……!」


 この蹴りも先程とは別物だった。理夢斗は地面にバウンドする事なく直線上に樹に激痛した。またしても気絶する


「うッ……ぐぅッ…あぁ……!」


 そして痛みによって手放した意識は樹に激突した箇所から落下した痛みと衝撃によりまた取り戻す


 直後三度目となる全身の痛みに苦しむ


 それでもなんとか逃げようと樹に寄り掛かり立ち上がろうとするも先のものとは比較にならない程の痛みにより体が言う事を聞かず上手くいかない


「グギャ」


 後ろから聞こえてきた声に倒れそうになるが何とか樹に体を預けて回避する。だが僕の鼓動は異常に早まる。それに伴い体も思い出したかのように急激に重くなる


 もう逃亡は無理だと感じた僕はせめて楽な体勢になろうと寄っ掛かっていた樹に背を向けて凭れ掛かる

 そうする事によって映ったゴブリン《奴》の顔は最初と違い憤怒の表情を浮かべていた。ゴブリンという異世界では定番の序盤雑魚の代名詞だがそんな事は感じさせない程圧力が目の前の存在にはあった

 奴は僕の苦しんでる様子に溜飲を下げたのか徐々に口端が吊り上がっていく


 この感じだと僕の賭けは全部無駄だったたんだ


 三度言うが時間は理夢斗には味方しない。時間があったところで彼には目の前の存在を打開する術はないのだから





 駆け巡った記憶を思い返して見てもやっぱり意味が分からない。何故こんな事になっているのかそして


『こんな訳のわからないまま死ぬのは嫌だな』


 と先程口にした自身の言葉が覆ることがない現実を思い知らされ絶望した


 その時理夢斗の目の前にいたゴブリンに稲光が落ちた


「あら、それなら運が良かったわね」


 突然聞こえた気楽な調子でかけられた声に驚く。内容からして恐らく僕に向けて言ったものだ


 右から聞こえたその声に首を動かすとそこに彼女がいた。いつからそこに立っていたのか分からない。バチバチと雷を迸らせているのに声をかけられてようやく気がついたその時には既にそこにいた


 僕の目に映った人は肩に届かない長さの髪と眼鏡をかけている同い年くらいに見える。気怠るな雰囲気だがそれがクールな印象を受け歳上にも見える綺麗な少女だ


 けど何よりも僕の目を惹いたのはその紫の髪色だ。それは彼女の印象とよくマッチしていてその魅力をより引き出しているように感じる。こんな状況なのに僕は目が離せない。更に言えば周りの雷によって神秘的とさえ感じる程に綺麗だと思えた。僕は彼女から目を離せずにいた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアファン〜リアルファンタジーな世界の現実は甘くないようです 夢野 彼方 @06novel1518

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画