第2話 日常の終わり、非日常のはじまり

「はぁ。ねぇ、縁(ゆかり)なにか面白い事ないかなぁ」

理夢斗りむとお前それいつも言ってるよな」


 下校中の僕はくぬぎ凛夢斗りむとは友人達からは口癖と言われている問いかけを幼馴染の影下かげしたゆかりに投げかける


 僕の言葉に縁は普段の気怠る気な表情をより一層濃くしながら今日の曇り空の様にどんよりとした雰囲気の呆れ顔を僕に向けてくる。それはもうその表情からは「またかこいつ」と副音声が聞こえてくる程だ


 まぁ、実際思われてるんだろうね。もう既に実体験済みだし。何なら頻繁にこの表情を見てる。でもさぁいつもの反応とは言えもう少し隠してくれてもいいんじゃないかな


「ユカぁ〜〜。そんな面倒くさそうな反応しないでよ。だって退屈なんだよ。僕は暇なのはいいけど退屈は嫌なんだよ〜」


 暇な時間は寧ろ好きな方だ。何をするのかと楽しいから。でも退屈な時間は何もする事がないと言う事で中々に苦痛なんだよ


「お前なぁ。贅沢言うなよ」

「えぇ。そんな贅沢なこと言ってるかな」

「話聞いてやってるだけ充分だろ。

 お前の面白い事ないかアレを俺がどれだけ聞かされてると思ってるんだ?」

「……え、えっと〜まぁ確かに結構言ってるかもどけどそんなにかな〜」


 うん。まぁ、自分でも頻繁に言っている自覚はある。けど贅沢とかそこまで言われる程じゃないと思うんだ。自覚はあるけど


「はぁ。お前自分が普段どれだけ面白い事ないかアレを言ってるのか自覚ないのか?」

「いや、ちょっと分かんないな。2日に1回ぐらい?」

「最低でも1ヶ月に30回だバカ」

「えっ!?うっそだぁ〜〜」


 縁から聞かさせれた回数に驚き否定してしまう。さすがの僕でもそこまで言ってないでしょ。そんな僕の反応に縁は「言ってんだよなこのアホが」と漏らしているけど


「さすがにそんな頻繁に言ってる訳ないじゃん。てか、1ヶ月に30回って毎日言ってるって事じゃん。休みの日にも言ってるって事だし……あー家が近所なのでよく遊んでますね」

「加えて言うと最低でもだからな。具体的に言えば毎日登下校両方と昼飯で一回は確実に言うから一か月で30回以上聞かれてんだよ。てか下手したら更に増えるわ」


 心底面倒くさそうに告げられる詳細な内容から先程までの様な返信が出来ずつい目を逸らしてしまう


「なぁ、それを踏まえてもう一回聞くぞ。話を聞いてやってるだけでありがたいと思わないか?」

「………はい。その通りです」


 顔は見えないがその表情は何となく予測がつく。多分満面の笑みを浮かべている。縁はドSって訳じゃないから楽しんでる訳じゃないだろうけど


「その上で何度も言われてる台詞に対して面倒くさがるなってのは贅沢だとは思わないか?」

「はい。全くもっておっしゃっる通りでございます」

「それじゃあ何か言うことがあるよな?」

「……はい」

「それじゃあ顔見て言おうな?」


 声音は普通だが会話の流れからして途轍もない圧を感じる。その圧力に逆らう術を持たない僕は逸らしていた顔を縁の方へと向けてる。そこには僕の予想通りのニコニコ笑顔ではあるけど、目は笑っておらず呆れの視線のままだ。めちゃくちゃ気まずい。


「えぇっとごめなさい」

「ったく。本当だよ。まぁ、別に迷惑って訳じゃねぇけど限度を覚えろよ」

「善処します」

「おぅ、頼むぞ」


 僕の謝罪を聞くとその瞬間から先程までの笑顔はなりを潜めて普段通りの気怠るげな雰囲気に戻っていた


 うーん。この幼馴染である影下縁はどこにでもいるような平凡な顔つきである僕とは違いイケメンだ。しかも成績は優秀だし、手を抜いていてもなんでも器用に熟す程に運動神経抜群だ


 イケメンハイスペックだから普段の気怠げでいるのもギャップがあっていいとか、寧ろ色気が出ているとかで昔からモテるモテる


 比べて平凡な僕は縁に勉強を教えてもらう事でそこそこいい成績を取れているが教えてくれる縁には及ばない。そして幼馴染でよく一緒にいる僕はよく比較対象にされているので自然といい引き立て役になっている


 本人にはそんなつもりは全くないだろうし縁も僕も恋愛には全く興味がないけどなんて言うか。うん


「不公平だよね。禿げればいいのに」

「いや、急にどうした!?」


 ん?なんか縁が急に叫び出したけど何事だろう?何か思い出した事でもあるのかな?いや、でも発言の内容的に僕が何がしたのかな?……このタイミングって事は


「あれっもしかして口に出してた?」

「いや、お前の場合はうっかりを装ったわざとだろ!」


 あっこの反応からしてやっぱり考えてた事が漏れてたみたいだ


「いやいやそんな事ないよ」


 うん。退屈はしてたけど今回はわざとじゃない


「はぁ。もうそれでいいやじゃあさっきの禿げればいいのに発言についての弁明は?」

「はて何のことやら?僕はきっと運動も勉強もできるモテモテなイケメンに対しての世の非モテ男子達の心を考えただけだよ。本気じゃないから安心してよ。3割冗談だから気にする必要はないよ」

「そうか。それならってならねぇだろ!?7割マジじゃねぇか」

「えっ?あっ…」


 しまった。あまりの退屈さに僕の脳が退化してしまっている。ドンドンと墓穴を掘っていてまずい。このままだと縁とゲームをする為に僕の家に向かってるのにその前に縁に埋められかねない。まぁ面倒くさがりの縁がそんな事をする訳ないけど


 僕の予想通り縁はジト目を向けるだけでやがて諦めた様に頭に手を当ててため息をつく


「はぁ。ったくそもそもお前も俺も色恋とかにはあんま興味ないだろ?なのにそんな気にするもんか?」

「それはそれ。これはこれ。だって幼馴染なのに縁だけがモテるのなんか悔しいから。」

「ただの嫉妬じゃねぇか!?」


 うん。縁は面倒くさがりだけどこういうやり取りにものってきてくれるところとか結構好きなんだよね


「てかそんな変な事を考えるくらい退屈してるんならなんで俺といんだよ」

「?一緒に帰んのはいつものことじゃん。まぁ、今日はたっちゃんはいないけど」

「そうじゃなくてなんで山田についていかなかったんだよ。あいつ今日は駅でやるって言うアルコールスイーツフェアってのに行ったんだろ。お前もついてけばよかっただろ」

「あぁ、そう言うことね」


 縁の質問の意図が分からなかったけど続く言葉に納得と同時に僕の内心は曇天へと変じた


 山田大龍やまたまさたつ。それが僕達の話題に上がっている友人の名前だ。縁が口にした通り今は居ないけどいつもなら僕と縁と彼の3人でよく一緒にいる


「凛夢斗も甘いの好きだろ?それに酒系も確か好きだろうに。確かラムレーズンのクッキーサンドとか好物だったろ?ってかお前ら好み結構好み似てたろ」

「………方ないじゃん」

「凛夢斗?」

「仕方ないじゃん!そりゃ好きだよ!興味ありまくりだよ!けどさ仕方ないじゃん。この前ラノベとか漫画を買って金欠なんだよ!中古で安いけどいつ他の人に取られて買えなくなるか分かんないだから。買っとかないとじゃん!おいそのおかげで僕の財布は今素寒貧でほぼ無一文状態なんだよ!そんな状態でたっちゃん。について行っても買いたいのに買えなくて虚しいというか悲しいというか寂しいというか複雑な心境になるのは目に見えてるじゃん!」


 もう必死に忘れようと頑張って頭の片隅に追いやっていたのになんでいっちゃうかな。はっちゃけてしまった僕に気圧されたのか縁は体勢を後ろにそらしている


「あっいや、でも山田なら少しくらい奢ったり、分けてくれるんじゃねぇの?」

「いや。最初からそのつもりでついて行くとかそんな図々しい真似出来ないよ。あと仮にそのつもりでついて行ってもらえなかったらめっちゃショックだからね上げて落とされる事になるんだよ!」


何より今回のは絶対僕が好きなものばかり。そんなのを目の前で見せられて我慢するとか苦行か何かだよ。あと好きなものだし、ちゃんと自分で買いたし


「あぁ、分かった。悪かったって。だからな、落ち着け、落ち着こう凛夢斗」

「すぅーはぁ。うん。落ち着いた」

「いや、情緒」


 さすがに申し訳ないので直ぐに持ち直す。変わり身の早さに縁に苦笑されてしまっているけど気にしない


 とそこでふとなんとなくだけど疑問が湧く


「そう言えばさユカ関係ない事だけどなんで縁は龍ちゃんの事を山田と呼びのままなの?」


 山田大龍やまたまさたつはクラスの人気者で皆からたっちゃんとかまー君と皆から愛称で呼ばれてる。というか本人が苗字呼びをされないようにしてるんだよね。よく山田やまたじゃなくて山田やまだって間違われる事が多いから


 文字だけを見たら読み仮名がないと確実に間違われるし、山田やまた呼びを聞いても山田と聞き間違われる事が多い。


 それで人違いや勘違いが頻発したから名前呼びをしてもらう様になったけどいつからか微妙に長いから愛称で呼ばれるようになった。クラスの人気者だったのも後押ししたんだろうね


 ただそんな中で縁だけはあだ名どころ名前も呼ばないんだよね。普通なら別に気にする程じゃないかもしれない。でも僕と縁はもう龍ちゃんとは高校に入ってからはよく一緒に行動してる。それなのに縁は未だに山田呼びで固定されている。一年も一緒だったのに。だから何となくだけど気になった。それに伴って気になった事があるからそれについても聞いてみよう


「………あぁ、何でだろうな。まぁなんとなくだな」


 あっこれ嘘だな。あからさますぎるけどこの様子だと話してくれるつもりはなさそうかな。多分もう一つの質問にも答えては来れなさそうかな


「えぇ本当に?。まぁいいや。でもさ僕の方も未だに凛夢斗呼びだよね。皆にはリムって呼ばれてるけど、縁だけはずっと一貫して凛夢斗呼びだよね。それについは何か理由があったりするの?」

「特にどうとかはねぇよ。ただ昔からそう呼んでたから今更変えるってのも違和感があるだけだ」

「ふーん」


 なんて事のないように縁だけど僕には何か隠し事をしている気がするんだよね。それがなんのかはわからないけど気になる。普段だったら隠し事をわざわざ暴こうなんて事は考えないけど今回は幼馴染の事で自分にも関わる事なのと


「『昔からそうだったから』、ね。それなら尚更不思議なんだよ。僕らってさ昔からずっと一緒にいたよね。それに家が隣で親同士も仲良くてお互いの家で遊んでたからその時に親の呼び方とかも自然とうつるものじゃない?」


 理由がなんとなく気になった。これでそうならない理由がないってくらいの状況なのに。現に僕は縁の両親の呼び方がうつって自然とユカと口にするようになった


「……偶然だろ。そんな事よりお前。今財布にいくら入ってんだよ。普段お前の面白い事にないか《口癖》に付き合ってやってる俺に労いのアイスを購入してくれてもいいんだぞ」

「えっいやそれはちょっと難しいな」


 あからさまに話を逸らしてる。聞くなって事だよね。まぁ、今回はこれで諦めよう


 にしても金欠だって言ってるのに奢れって鬼ですか?いやまぁ、確かにユカの言う通りそうしてもいいくらいにユカに世話になってるけど。今回は無理なんだ


「はぁ、何でだよ?」

「いやだから金欠なんだってば」

「それにしたってさすがに100円はあるだろ?」

「……」

「えっマジで?…さっきも聞いたけど凛夢斗お前今財布にいくら残ってるんだよ」

「………まい」

「えっ、何だって?」

「五円玉一枚だよ」


 僕の口から出た金額を聞いたユカは吹き出す。その反応を見た僕は多分渋い顔になっているだろう


「五円玉ってご縁があります様にってか。今絶賛スイーツフェアがあるのに金欠でいけないっていうな」


 うん。僕もそれは思ったよだから言いたく無くて適当に誤魔化そとしたのに。あど と笑わないでくれるかな


「じゃあせっかくだし、離れた縁を手繰り寄せられように賽銭してきたらどうだ?ここからなら神社にちょうど近いだろ」

「は?…えっ、なけなしのお金を手放せと?」


 僕の財布をただの入れ物にしろって言ってのかこの幼馴染は。と思っていたらまた吹き出してるよこの人


「いやそれしかねぇんだからあっても無くても大して変わらんだろ。それにそのなけなしの今の凛夢斗の全財産にしえ唯一の五円玉それを差し出せば神様が感激してお前の退屈を吹き飛ばしてくれるいい縁を引き寄せてくれるかもだぞ」

「……神様なんて信じてない癖に。でもまぁ、いっか。やってみるよ」

「あれ珍しいな。面白い事ないか口癖の割には自分から何か行動を起こす事が少ないのにどうした?」


 縁の言う通り確かに僕は普段自分から行動を起こす事が少ないけどキョトンとされて不思議がられる程じゃないと思うんだけどな


「別に。特に理由があるわけじゃないよ。ただ、大した労力も、時間もお金もかからないから。後は気まぐれだよ」

「なるほどな。んじゃお前のその気まぐれな願いが届く様に俺も一緒に行って見届けてやるよ」


 ニヤニヤしながら何か言ってるよこの人。しかもなんか保護者かって言うような上から目線だしつねりたい。お腹とほっぺどっちがいいかなぁこれ


「いらないから先に僕の家に行ってよ。ゲームも先に始めててもいいよ。それともお腹とほっぺたどっちかかつねられたい?なんなら両方でもいいよ」

「へいへい、わかったよ」


 そんな軽口を言い合いながら僕ら一旦分かれる


 ユカと別行動になり程なくして人気のない神社についた。僕以外にはだれもいない寂れた神社。いや、一応は先客はいるかな。神社の屋根で雀が休憩をしているのを見つけた。そう言えば日本の雀っ海外だと人気があるんだっけ。まぁ、確かにかわいいとは思うけどいつも見てるからそこまかな?っていうのが僕としては正直な感想かな


 それにしても今更だけどこんな人がいない神社でお祈りをしても神様に願いなんて届かないんじゃないかな?


 まぁ、そもそもの話として僕は別に神様なんて信じてないんだけどね。だから大して期待はしていない。けど何かしらの変化が欲しかった。この退屈な日常を変えるなにかが


 そんな中で面倒な事をしたくない僕としてはこの賽銭は都合がよかった。だって楽だから。大した痛手もないまぁやってみるかと気まぐれが起きたっていうそれだけ


 だからどうせ何事もなく、またいつも通りの日常に戻るんだって考えていたら


「っ!?」


 異常が発生した。賽銭をして手のひらを合わせて目を瞑る祈り事をしているときにそれは起こった


 何の前触れもなく足元がなくなったかの様な妙な感覚に襲われる。そしてそのまま混乱する間も無く今度はエレベーターに乗った時の感覚を体験する。あの下の階に降りる時の落下していく感覚と浮遊感を同時に味わうあの奇妙な感覚を僕は今この平地で感じている


 突然の事に驚いた僕は目は開けずに寧ろぎゅっと強く瞑ってしまっていた。なので周りの状況は把握していない。そして突然訪れた出来事に僕は体勢を保つ事が出来ず転んでしまう


「うわっ!……いってて」


 このときになって僕はやっと目を開ける。そうして立ち上がり僕の目に映り込んだのは先程までと何ら変わり映えしない神社の姿だった。そして周りを見渡してみても特に変化は感じられなかった


 ……よくよく考えたらあれは地震だったのかも。きっとエレベーターみたいな感覚は目を瞑っていたのと急だったから勘違いしたんだよ。きっとそうだ。だってエレベーターに乗ってる時の感覚をこんなところで感じる筈がないしね


「はぁ、驚いて損した。まぁ、これはこれで退屈じゃなくなったからいいのかも」


 目を開けた事で冷静になれた事で頭落ち着きを取り戻す事が出来た僕はここに来た理由である賽銭も済ませたので先に家に向かわせた縁を待たせすぎるのも悪いので早く家に帰ろうと踵を返し足を踏み出した


「……あれ?」


 その時凛夢斗は違和感を感じた。具体的に何か掴めない。だが何かを見落としいるという感覚に襲われる。そしてその感覚に従い振り向いた理夢斗は特に先程までと変わっていないように見える景色をもう一度注視する


 だが違和感は感じてもやはりその正体を掴めずにいた。その事から違和感は自分の気のせいだったのではないかと焦燥感が湧き上がり自分の感覚に自信を無くしかけた時それに気づいた


 生き物の気配がしないのだ。先程までいた神社の屋根にいた雀がいない。それだけなら雀が飛び立って行ったのだと考えた


 だがそれをきっかけにして更なる違和感を抱く。何故地震があった筈なのに自分の携帯から地震警報が鳴らなかったのか、自分が立っていられるなくなる程の揺れだったのだ警報がないのは違和感がある。もし万が一観測出来なかった突発的な揺れだとしても違和感に気づいてしまった理夢斗は更なる焦燥感に襲われる。


 焦りは禁物とはよく言うがその感情がごく稀に時にいい方向に働く事もある。今回の理夢斗がそうだ。普通ではない事態に頭を必死に働かせていた理夢斗は気づいたのだ


「………静かすぎる」


 自分の呼吸や足音など自身が起点となっている音しか聞こえないのだ。生き物の声どころか風の音さえも。ただここは人があまり来ない場所だからと自分の考えを否定しようとして体の違和感に気づく


 体が軽いのに空気が重く感じる。まるで重力が強くなったような。何かに押し付けられてるというかプールの水の中にいる様な動きにくさを感じる。このおかしな感覚に頭が混乱する


 ずっと思考してきて俯いていた僕はその瞬間ゾッとした。


「………えぇ?」


 僕の視界にくっきりとした影が映った。よく見たら視界が明るい。この事実に見たくないという僕の意思とは反対に視界はどんどんと上がっていく


「………な……に…これ」


 長い沈黙を得てようやく短いもの言葉を絞り出す事が出来た僕の目には先程までの曇り空を忘れてしまいそうな程の快晴の空が映りこんだ




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