やさしい色だけ見ていてほしい

徒文

やさしい色だけ見ていてほしい

 自分の言葉でだれかが傷ついてしまったのではないかと、布団でひとり自分の言葉を反芻はんすうする人。


 車に遠慮しすぎて、横断歩道を渡り損ねた人。


 だれかに報告するほどでもない小さな幸せを、だれかに報告するほどでもないしなあと、そっと噛み締めた人。


 なにか良いことがあったとき、それを素直なかたちで、大切な人に伝えられる人。


 小さな花や新芽なんかを見つけて、かわいいなと思ったり、春の息吹を感じたりできる人。


 ちょっと苦手だなと感じる人に、ちょっと苦手だなと感じていると悟らせてしまわないようにと、気遣うことのできる人。


 自分とは違う価値観や趣向も、まずは受け入れてみようと思える人。


 箪笥たんすの角に小指をぶつけてしまえばいいという小さな呪いすら、ちょっとかわいそうだなと思ってしまって、気軽に口にできない人。


 お金にもならないのに、だれかを手伝ったり、導いたりできる人。


 伝えるべきかなとか、伝えたいなと思ったことを、だれかが傷つかないように飲み込んだ人。


 本当はあまりやりたくないことを、だれかのために我慢して行える人。


 ひなたに干したあとのふかふかの布団で眠るのが好きな人。


 好き嫌いせずなんでも食べる人。


 嫌いなものでも、作った人のことを考えると残せなくて、がんばって食べてしまう人。


 川のせせらぎや小鳥のさえずり、風の音、雨の音、楽器の音色、だれかの歌声、話し声、世界にあふれるいろんな音に、耳を傾けられる人。


 雨の匂いがわかる人。


 だれかの悪口を言われたときに、なんとなくで賛同せず、うーんそうかなあとか、私はよくわからないけどとか、あやふやな言葉で受け流した人。


 ほんとうは言いたくないのに、だれかの悪口や品のない話にも同調して、あとから苦しんだり悔やんだりしている人。


 絶対に言ってはいけないことを言おうとしたり、やってはいけないことをやろうとして、すんでのところで踏みとどまった人。


 だれかのために祈れる人。


 病気や怪我で苦しむだれかの代わりになれたらと、本気で思ったことのある人。


 春が好きな人。


 夏が苦手な人。


 秋を待ち望む人。


 冬に怯える人。


 これまで話したことにひとつも当てはまらないのに、会ったことも話したこともないだれかの書いた文章を、ここまで全部読んでくれた人。


 読むのを諦めたけれど、それでも結論だけは見てみようと、ほかの内容を飛ばして一番下まで見にきてくれた人。



 そんなやさしい人たちが、ううん、それ以外の人たちも、できるだけやさしくてあたたかい、穢れや痛みのない世界で生きていてほしい。


 やさしい言葉だけにふれて、やさしい色だけを見ていてほしい。


 それが叶う世界であってほしい。

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やさしい色だけ見ていてほしい 徒文 @adahumi

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