後編


 カイセイの一言で彼女たちに緊張が走り、小柄なクレアが一足早く指示された女性の下へ向かっていった。

 ロニーは行列を整理し、マトラは抱えていた骨付き肉を胃の中に収め――あっという間に、列は解散し、商店街を抜けた勇者一行はひとりの女性を迎え入れる。


 防御力0の白いワンピースを纏う金髪の少女が、三人の女性に詰め寄られて怯えていた。


「あの……」

『あん?』


「マトラ、ロニー、クレア…………その人、怖がってるからやめて」

「でもよ勇者さま――」


「やめろ、と言った方がいいの?」


 苛立ちを含んだ低い声に、三人が「う、」と顔を背けた。

 十歳の少年に凄まれて――ではなく、彼に嫌われることに怯えたのだろう。

 三人は誰も言い返すことはなく、道を開けた。

 カイセイは開けた道を通って金髪の女性の下へ。


「気になることがあったんだ」

「? ……はい」


「ぼくは勇者カイセイ。……なぜか分からないけど、ぼくはどうやら女の人に好かれるみたいなんだよね。小っちゃい女の子から大人の女の人……もっと年上のおばあさんまでね。

 勇者になる前から似たようなことはあったんだけど……勇者になってからは目に見えるようにもっと好かれるようになったんだ……だから目立ったんだと思うんだ」


「…………?」


「――お姉さん、ぼくとすれ違っても、ついてこなかったよね?」


 だが、彼女は実際にはついてきている。

 時間差、という可能性も考えたが、それを検討するよりは周りの波に乗って従ったと言うべきか。勇者に魅了されていく人たちを見て、遅れて対象者が女性限定であることに気づき、慌てて波に乗った――と。

 カイセイにはそう見えた。

 まるで、魅了されない理由を隠すように。すれ違った後の彼女は遅れて引き返して、列に加わったのだ……それが、よく目立って見えたのだ。


「ついてこない人だっている、と言えばそういうことだってあるかもしれないけど……気になったから。こうして話を聞いたんだ。――それで、実際はどうなの?」


「私、は……」


 彼女を取り囲むマトラ、ロニー、クレアが臨戦態勢に入る。

 勇者に危害を加えるつもりがなかったとしても、例外がいるだけで、後に大問題に発展することもある。

 小さな芽であっても摘んでおくべきだ、と判断した三人が彼女を追い詰めるが――、

 金髪を揺らす彼女が、三人を押しのけてカイセイの両手を取った。


『おい待っ――』


「勇者様! 私も一緒に連れていってください!!」


「…………ん?」


「す、すみません……だって、憧れの勇者様を前にすれば、すぐに動けなくて当たり前じゃないですか!! 魅力的な人を見て、すぐに行動を起こせるわけじゃないんです。私みたいな影に隠れて勇者様を眺めることしかできない暗い女は、どうしたって時間をかけて行動することしかできなくて……っ。でもっ、やればできるんです!! 追い詰められれば根暗な女でも勇気を出してアタックできるんです!!」


「えぇ……あぁ、そういう……そうだったんだ……」


「はいっ!! 勇者様っ、私もあなたの伝説に一枚噛ませてくれませんか!?」


 額と額がぶつかりそうな距離感だった。

 カイセイが身を引けばその距離を埋めるように彼女が距離を詰める。

 結果、開いた距離は変わらない。というか距離は開いてない。


「は・な・し・な・さ・い!」


 ロニーが彼女を羽交い絞めにし、


「無礼な女だな」


 マトラが彼女の手首を強く掴んだ。


「勇者くん、こっちに」


 クレアがカイセイを抱きしめて――『おいクレア!!』


「チッ、どさくさに紛れてもばれちゃうかっ」


 ぱっと離れたクレアは、カイセイの手を取って距離を取った。



「あーれー……。……あのー……やっぱりダメですか?」

「あなたの同行を許可できるわけないでしょう!?」


「いいよ」


「勇者様!?」


 考えなし、ではない。彼女の言い分は、まあ本当にそうなのかもしれないが、言い訳っぽくも聞こえる。なので疑いは薄いが0ではない。

 ……同行させるには怪しいが、だが今のカイセイには三人の頼れる同行者がいる。カイセイが気づけないことも、彼女たちであれば気づけるかもしれない。


 それに、厄介ごとを抱えることこそが、魔王への手がかりになる可能性が高いのだ。


 イベントと手がかりが紐付けられているのは常識だ。厄介ごとから逃げ続けてばかりいたら、いつまで経っても答えには辿り着けない……。

 勇者になって何十年も活動を続ける気は、カイセイにはないのだ。早々に手がかりを集め、魔王を倒す。それが選ばれた者の役目だと思うから――――。



「魔王を倒す気があるなら一緒にいこう……お姉さんの名前は?」

「シャーリー」

「本当に?」


 …………、沈黙が場を支配した後、シャーリーが口を開いた。


「嘘なんてつかないですよ」

「じゃあ信じるよ」


「……いいのかよ、勇者さまー」

「うん。みんなもいいでしょ?」

「……私たちに勇者様の意見を拒否する権利はありません」

「勇者くんのやりたいことをやらせてあげたいしね」

「いや、ダメならダメだって言ってくれないとさ……」


 反対意見を出さない仲間は彼を裸の王様にさせるだけだ。……のだが、口ではこう言っているものの、振り返れば「ダメ」と言われている方が多いのではないか?


 あれはダメこれはダメ、絶対にダメ、と――鬱陶しいほど教育されている。


 勇者としての指示には従ってくれているので分かりづらいけど……保護者としてはカイセイの意見は通りにくい。


 そのあたり、きちんと区別をつけているらしい。


「シャーリー……お腹はすいてる?」

「え? ……いえ。あ、でも、ちょっとは……」


「じゃあ食事にしよう……歩きながらの買い食いだとお腹いっぱいにならないよ」

「食べ盛りだもんね」


 結局、露店で買った骨付き肉の大半はマトラが食べてしまったし……。

 中途半端に食べてしまうと、満腹にならなければ空腹をただ刺激しただけだ。


「すぐ近くに有名なお店があるみたいですね……いってみますか?」

「あ、でもそこ……予約がなかなか取れないお店で……」


 シャーリーの意見に、カイセイが自信満々に答えた。


「勇者だからと言って入れば大丈夫だよ」

「だな。列の割り込みも合法だ」

「割引も当然ですし」

「定休日も関係ないからね」


 カイセイ、マトラ、ロニー、クレアのずれた常識が顔を覗かせた。


 ……勇者という立場と特権が、常識をずらしたのだろう。かと言って彼らが悪くないと言うつもりはなく、手に入れた権利の使い方は彼ら次第なのだから……良くない。


 そういう使い方を止めるのが同行者の役目なのに、全員で一丸となってどうする。


「そういう使い方はダメですよ」

「堅いこと言うなよ、シャーリー」

「そうですよ……命懸けで戦っているのですからこれくらい……」

「罰は当たらないって」


「それでもです!!」


 シャーリーが声を荒げて、


「勇者様の悪影響になることをこれ以上続けると言うのであれば、三人が勇者様から離れていってもらいますからね!!」


 正論を突かれ、ぐうの音も出なくなった三人。


 勇者カイセイは三人と出会ったばかりの頃を思い出す……、最初は特権の利用に異を唱えていたが、次第に三人ともが「これくらい許されてもいいでしょ」と緩んできた。

 気づけば特権乱用が当たり前になってきて……、誰も注意どころか疑問にも思わなくなってきた。そこへ、新しく加入したシャーリーの常識が、四人の当たり前に穴を開けた。


 ……新しい風が入ったとはこのことだ。


「ちゃんとしましょう。勇者とは言え、私たちは特別ではないのですから」


『いや、特別――』


「他人から特別扱いをされることはありますが、特別な人間ではありません。それを忘れないようにお願いします――というか忘れていたら言いますから。……それが私の役目になりそうですね――」


 疑われながらも加入したシャーリー。


 気づけば、勇者カイセイとその周りは、彼女を中心に回り出していた。




 …【勇者カイセイの≪ハーレム≫じじょー】了

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勇者カイセイの≪ハーレム≫じじょー 渡貫とゐち @josho

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