勇者カイセイの≪ハーレム≫じじょー

渡貫とゐち

前編


 極端なことを言えば、赤ん坊でも勇者になることができる。

 かつて魔王に一撃を与えた一人目となる勇者は、魔王から反撃を受け爆散――

 だが、彼の意思が欠片となって世界に散らばったのだ……その数、およそ二万。


 世界中に散らばった欠片に触れた者は、勇者としての力を与えられる……支配者≪魔王≫を討つために必要な唯一の人材たちだ。


 世界は彼らを蔑ろにはできず、民間人でも権力者にも持てない特権が与えられる。

 社会的優位、特別扱い――必要であれば勇者は民間人を殺す許可も与えられている。もちろん、そこに理由があれば、だが……。


 さらには、勇者は魔法とはまた別の性質と言える特別な力が欠片から与えられる。

 魔王を倒すために必要だと思われるものは、不足していれば足されてるという感覚だろう……――幸運、人徳、頭の回転、運動能力……。

 他にも膨大な知識や五感が研ぎ澄まされるなど、個人の差はあるものの、勇者は魔法なしでそれらの力を振るうことができる(魔法を使えば民間人であっても勇者に並ぶ性質を得ることができるが……性質に魔法を重ねられたら勇者に軍配が上がるのは言うまでもないことだった)。


 魔法は選べるが、伸びる性質は選べない……そのため、勇者の個性が重要だった。


 運の良さが欲しいからと言って伸びるわけではない。逆に、当人にとっては不要な要素が伸びてしまうこともある。

 他人から羨ましいと思われる性質も、当人からすれば邪魔で仕方ないものかもしれない……それを使い方次第で有用なものにさせるか、宝の持ち腐れにさせるかは勇者によるだろう……。


 配られた手札だけで戦うのは、人であれば変わらない――。


 それは勇者であっても例外ではなく。


 大人にならなければ、もう増えない手札のカラクリには気づけないのだ――――



 骨付き肉をかじりながら、露店が集まる商店街を闊歩している男勝りな女性がいた。

 その脇には美脚をこれでもかと見せつけている妖艶な女性……、その後ろには大きなカバンを背負う小柄な少女がついてきている。

 すれ違う女性が次々と目を奪われ、彼女たちの列に加わっていく――遠巻きに見ていた女性も例外ではなく、まるで吸い寄せられるように列に加わり、最初は数人だった女性の列も、今では十数名になっていた。

 当たり前だが注目の的である。

 そしてそれがさらに人を増やす循環となっていて……、悪循環ではなかった。ただ、列に吸い寄せられていく女性たちの関係者からすれば戸惑う光景ではあったが……。

 列に加わるのは女性だけだった……男性は……、列から弾かれている。


「勇者さま、これ美味いぞ、食ってみろ」

「ちょっと、勇者様になんて口の利き方をしているの? せめて敬語を使いなさい……ねえ、そう思うでしょう? 勇者様」

「勇者くんに肉ばかり食べさせるんじゃなくて、ちゃんと野菜も……」


「あー、うるせ。勇者さまは野菜が嫌いだってなんべん言ったら分かるんだよ――好きで美味いもんだけ食ってればいいんだよ。よく食べよく寝る……それででっかくなるんだからさ」


「相変わらず脳みそが筋肉よね……。よく食べてよく寝るの意見には賛成だけど、バランスの良い食事をした方がいいのは確かよ。嫌いでも食べさせてあげないと……、それが私たちの役目じゃなぁい?」


「野菜っつっても、生野菜をそのままかじらせるつもりか? んなもん子供が喜んで食うと思うか? あたしには弟がいるけど、めちゃくちゃ嫌がってたぞ?」


「あっ、野菜ジュースが売ってる……わたしちょっと買ってくるね」

「なるほど野菜ジュースか……それなら食えるか。食うというか飲むだけどな」

「まあ、摂取しないよりはマシよねえ」


 少女たちの視線は上だ。彼女たちが慕う勇者は子供なのだが、視線は下ではなく上――斜め上に向いているのは、勇者の少年が肩車されているからだった。


 背が高く勝気な女性の頭に上にいる彼は、下から伸ばされた骨付き肉をかじる。


「どうだ?」

「うん、美味い」

「そりゃ良かった」


 十歳になる、額を出した黒髪の少年は勇者である。まだ幼い彼が魔王討伐のための旅ができるのは、歩けば寄ってくる多くの女性たちのおかげだろう。

 身の回りの世話、危険を察知し回避させる手腕は全て女性たちの連携によるものだ。旅を続けていく内に減っては増えてを繰り返し、今、主に行動を共にしているのが先頭を歩く三人である――勝気なマトラ(戦闘員)、妖艶なロニー(スパイ)、カバン持ち(暗殺者)のクレアだ。


 それ以外の女性たちはまだ名前も知らぬ、ついてきただけの女性たちである。


「それにしてもまた集まってきたな……人気者だなあ、勇者さま」

「ぼくはなにもしてないんだけど」

「それでも人が寄ってくるところが勇者さまだよなあ……」


 ――人徳。積み重ねたものではなくすれ違うだけで魅了されるカリスマ性に特化された性質が、彼の個性だった。

 ……勇者カイセイ。彼の周りには人が寄ってくる。ただし対象者は女性に限られる……、彼が意図したわけではないが、状況的に見ればハーレムだ。

 まだ幼い少年からすれば頼りになるお姉ちゃんが増えただけにしか思っていないだろうが、彼が成長すれば、ハーレムの意味も分かってくるだろう……。


 その時、自身の性質をどう利用するかが、彼の運命の分かれ目となるだろうが……まだ、時間はたっぷりとあった。


「かなりの大所帯になってしまいましたね。これでは周りの営業妨害になってしまいます……少し、間引いた方がよろしいかもしれません」


 彼の手助けになりたいと集まってくれた女性たちには悪いが、毎回、十数名……多い時は数十名となる彼女たちを連れて歩くわけにもいかない。

 それに、集まってくれた全員が戦闘を得意としているわけではないのだ。勇者の同行者が務まる実力者が寄ってくることは稀であり、基本は民間人である。

 身の回りの世話や町の案内などには役に立つが、いざ戦闘となると守るべき者が多くなってしまう。それは勇者にとっては弱点になってしまう……(状況によって見捨てることを毛嫌いするカイセイではないが)。


「一度出て、解散させましょう……勇者様、良さそうな娘はいましたか?」


 苦虫を嚙み潰したような表情で訊ねる。

 本音を言えばこれ以上、彼の取り巻きを増やしたくなさそうだったが、聞かないわけにもいかないのだ。

 彼に同行する彼女たちは、彼のカリスマ性に魅了されてついてきたのだ……ようするにファンである。

 ただでさえ自分以外のふたりもいれば邪魔で仕方ないのだが、さらにライバルが増えるとなれば厄介だ。

 減るのが望ましい中で増えるのは最悪――それでも、魔王討伐のためには人手が欲しいのも事実である。


「勇者くんが選んだ子だけ残して、後はおうちに帰してあげよう? 勇者くんも怪我させたくないでしょう?」

「うん、それはもちろん」


「勇者さまはやさしーなー」

「おまえはぼくを子供扱いしすぎだ」


 カイセイが軽く握った拳でマトラの頭を小突いた。彼女は痛くも痒くもないだろうが、「あいて」と反応した。してくれた。そのことにちょっと表情を緩ませたカイセイだった。


「そう、だね……じゃあ、あの金髪の人」


「……ああいう娘が好みなのですか?」


 ロニーから黒いオーラが立ち上る。

 カイセイが見つけたのは長い金髪を持つ可愛らしい女性……だった。

 長い前髪で目元を隠しているのだが、それが逆に、容姿の想像を膨らませることができる。表情が見えなくとも、肌の手入れや服装に気を遣った王道の可愛らしい女性であり、勝気なマトラ、妖艶なロニー、小柄なクレアとはまた違った印象である。

 キャラ被りをしなかったのは喜ぶべきところか……? 現状、それぞれが勇者との関係性に進展がないということは、彼のタイプではないという意味にも取れて……。

 それを踏まえ、新しい女性を引き入れるということは、彼女こそが本命であるとも――


「好みとかじゃなくて。……気になることがあったんだよ」

「気になること? それは……詳しく聞いてもよろしいですか?」

「危ない予感とかじゃねえだろうな?」

「敵が潜んでるなら仕留めてこようか?」


 小柄な少女が大きなカバンを下ろそうとしているのを一声で止める。


「違うよ。いや、まだ分からないんだけど……うーん、とりあえず呼んできて。ぼくが聞いてみるから」


『それは危ないからダメ』


「勇者なんだけど……」


 十歳とは言え、勇者の恩恵というアドバンテージ(戦闘ナビゲート)のおかげで取り巻きである彼女たちよりは数倍強いカイセイである。

 心配される実力不足でもないのだが……やはり年齢がネックになっているようだ。


 まあ、ぼーっとしがちな彼にも問題はあるが。


「いいから」


『でも、』


「いいから」



 …続

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