第2話 流動

しばらくすると病院に黒い装備を固めた兵士が何人かやってきた。手足の拘束を外されると立つように言われ、そこでニックは自分の左手がない事に気が付いた。そこからエレベーターで一番下の階まで降りた。ニックはその間も胃が締め付けられたような感覚だった。何もしようとしてないのにずっと銃口を向けられてたからだ。少し待つと病院前の道路に置かれている大きなトラックの荷台に乗せられた。トラックの中には自動扉があった。さらにその中に入るとエレベーターの中のような空間があり、自動扉も相まってなおさらだった。それからすぐにニックは、心臓が吸い取られるような感覚になった。次第にその感覚は落ち着いていき、気が付けば全く知らない所へ来ていた。壁も床も天井も黒い石のようなもので作られた場所だった。廊下を無理やり歩かされていると、重厚なドアが左右に一定の間隔でつけられたところに来た。その中の一つに入るように言われ、ドアの奥へと足を踏み入れた。中にはより厳重な扉があり、それが2個、全部で3層分の扉が部屋と廊下を隔てていた。部屋の中に入ると、これも周りがすべて黒い部屋だった。椅子も何もなく、ほこりさえないのではないかという程だった。

そこに閉じ込められ、しばらく一人になった。

……これからどうなるのだろう。意思決定の審議とか言ってたから殺されることはないよね…。未成年だし。でもどうして。なんでみんな僕を猛獣みたいに扱うんだ……


この中に入れられてからどれくらい経っただろう。持ち物は気を失っている間にすべてポケットの中身も奪われ、時間を確認する方法はない。いつどうなるのかも分からない現状が重くのしかかってきた。しかも最悪なことにこの場所の空気は胃袋と同じくらい重かった。ここが現実なのかさえもあいまいになり始めた時、扉が開けられた。どこかへ移動するようだった。そのまえに手錠がかけられ手がない左腕はそれ専用の特殊な手錠がかけられた。


大きな木の扉の前に着くと、扉が手動で開けられた。大きな部屋の周りを囲うように円状に設けられた椅子に座る人々は、ニックより数メートル上にいた。その椅子は、下からでも奥の方になるにつれて段々と椅子が高くなっているのが見えた。ニックが入った瞬間、顔を合わせ始める者やさげすむような目をする者がいるのに気付いた。円状に囲まれた部屋の中心にいくと、手錠から伸びた長く重そうな4本の鎖をそれぞれ等間隔に壁に取り付けられた。次に銃を持った、ニックを連れてきた人たちと同じような人が何人も入ってきた。壁はその人たちで埋め尽くされ、手錠のせいで身動きすらほぼ取れなかった。

混乱していると、目の前の上の方に見える、木の台の前に立っている初老の男がトントンと小槌をたたき口を開いた。


「これより、レベナルゴス法廷において、ニック・コーネルの罪状についての裁判を始める。」


そのときには誰もしゃべっている者はいなかった。


「では、被告人の名はニック・コーネルで間違いないか」と初老の男、裁判所長官が言った。


「はい」


ニックは混乱していたが少しの希望も持っていた。混乱については今に始まったことではないから少しばかりは冷静になれたし、自分がどういう状況にあるのか、知ることがようやくできると思ったからだ。


「検察官、起訴状を」


裁判所長官とより右にいる者が口を開いた。冷静を装っているが動揺しているという事は明らかだった。


「被告人、ニ、ニック・コーネル。ディアネラ中間政府管轄スミルナせ、星域スロール星6番エリア集合住宅街B-8-523において、ま、魔法を使用した罪。および同場所においてフリドルフ・ノーランをさ、殺害した罪。および同星域メランデル星レイスオル区レイスオル病院での血液検査により、国家最重要き、危険生物に分類され、その存在が確認された時点で、その者がこ、国家存続を脅かす罪に該当する、お、オブスクルムであるという証拠の提示。…であります」


他の者たちは顔を合わせ、しゃべり始めたが裁判所長官の小槌が鳴り響くと一斉に静かになった。


「弁護人、何か言いたいことは」


裁判所長官より左の者が口を開いた。弁護人は落ち着いているような口ぶりだった。


「魔法の使用については、防犯カメラと被告人の血液、被告人の傷跡の照合において、その犯人であるという揺るぎない証拠が確認されました。フリドルフ・ノーランについて、彼の検視結果、死因となった内部から発生した、鉱物類の割れたような傷は、通常の人間ではそれをすることが不可能であり、またその不可能性から魔法であるという証拠であり、よって被告人が殺害したと考えられる決定的な証拠であります」


再び周りがうるさくなった。ニックには周りの人たちがニックを怯えた目で見るのが見えた。


「そいつを殺せ!死刑だ!」


ニックの後ろから若い女性の声が聞こえた。ニックは心臓を締め付けられた気持ちになった。小槌が響くと静かになったが、さっきよりは時間がかかっていた。


「弁護人、続けてください」


「オブスクルムの血液は、通常の人間にはできない、一定の糖分を消失させる能力があります。これは過去およそ200年にわたり裏付けられてきたことです。被告人の血液を採取し、ブドウ糖を混入させて検査したところ、10分後にはブドウ糖は消えていました。被告人がオブスクルムであるという証拠です。」


「静かに。……被告人、意見を」


少しの間、沈黙が流れた。ニックは勇気を出して言葉を発するまで、その時間を永遠に感じられた。


「……これから……僕はどうなるんです?」


裁判所長官は呆れたような態度を示して言った。


「今聞いているのはそのことではない。被告人は検察官と弁護人の意見に対して何か言いたいことはあるか」


「……ありません」


ニックはすでに分かっていた。自分がどういう存在なのか。今の説明を受けて自分の体験と照らし合わせても、そうとしか考えられなかった。


「では、魔法を使い、フリドルフ・ノーランを殺害し、自らがオブスクルムであるという事をここに認めるか」


ニックは自分がノーランをわざと殺したような言い方に苛ついた。


「僕、ノーランを殺そうとなんかしてない!」


ニックが大声を出すとその場のほぼ全員が息をのんだ。裁判所長官までも、次に言葉を発するときには恐れが出ていた。


「……では他を認めるか」


「はい……」


「魔法を認めたという事は殺人を認めたという事だ。評議に移る。裁判員の者は手元にある機械で有罪か、無罪かを選ぶように。」


ニックには大勢の人が下を向いて何かいじっているのが見えた。


「でも僕……」


ニックが何か言う前に裁判所長官は足早にことを進めた。


「有罪、256票。無罪、0票。よって被告人を有罪とする。求刑については後日再度法廷で審議するものとする」


小槌を鳴らした後、裁判所長官は奥の扉から出て言った。そしてほかの人たちもそれに続いて行った。ニックを興味深く観察する者やニックに暴言を吐く者、蔑みと恐怖の視線を送る者、カメラでニックをいろんな角度から何枚も撮る者、様々な人が残り、次第に消えていった。上のフロアに誰もいなくなると壁につながれた鎖は外され、元の、陰気な部屋に戻された。その間も銃口を向けられ言わずもがな反抗を許されなかった。何か話しかけることすら許されない雰囲気だった。


部屋に戻るとニックはこの裁判はおかしいと思った。有罪か無罪か、そんなのしなくても有罪である証拠はそろいつくしているのになぜそんな無駄なことをするんだ。なんで僕が認める必要があるんだ。僕がそんなにやばい奴だと思うなら判断を急いだほうがいいじゃないか。

四方八方を黒い壁で覆われた部屋では時間間隔が分からなくなっていった。

……病院を出た時は明るかったからもう夜になってるかな。ここに来た時からどれくらい経ってるか分からないけど。

そんなことを考えているうちに瞼が重くなり始めた。それからすぐに誰かの声が聞こえるたような気がして目を開けた。だが誰もいない。目の前には黒い天井が見えるだけだ。だが何かから声が湧いて出てくる。それに耳を澄ますとかすかに声が聞こえてきた。聞きなれないがどこか聞き心地のよい、大人の男の声だ。


「力を……利用しろ……お前はこの力を……支配しなければ……ならない……」


ニックは目を覚ました。さっきの声は夢だったのだ。だがニックにはそう思えないほど現実感があった。力を支配しなければならない、言われたことを考えてみてもなぜそうしなければならないのか分からなかった。力を使えば余計に怖がらせて身を亡ぼすだけだ。力を使わずに僕が安全であると示した方が絶対にいい。

夢を見たのも自分にそういう気があるかもしれないと思って、力を使わないと余計に決心した。


次の法廷でも前と同じように鎖につながれ、銃口を向けられた。まだこれにはなれなかったが、今後もこういうことが起こるのだろうと思ってなるべく気にしないようにした。上に座っている人は前とはずいぶん違っていた。前は全員が同じような服を着ていたが、今度は違う服を着た人たちがいる。異なる服装の人はその人と同じ服装の中で固まり、そうした固まりが何個かあった。


「これより、レベナルゴス法廷において、国家存続の危機となりうる個人としてニック・コーネルの生命および意思決定権についての裁判を始める。」


ニックは前の時と比べて裁判所長官の言ってることが違うことに気づいた。それもそのはず裁判の内容が前とは違うからだ。生命と意思決定?生命って?


「被告人、ニック・コーネルの有罪については前回のレベナルゴス法廷での評議のものである。これより、その求刑においての弁論をする。最初に、検察官、弁論を」


検察官が口を開いた。前と今回で人が変わったらしく、堂々とした口ぶりで言った。


「被告人、ニック・コーネル。ディアネラ中間政府管轄スミルナ星域スロール星6番エリア集合住宅街B-8-523において、魔法を使用した罪。これは魔法禁止法第二条、いかなる個人、組織、政府であっても魔法の一切の使用を禁ずる。にあたり、20年以上の懲役になります。次に、同場所においてフリドルフ・ノーランを殺害した罪。これは個人安全についての法律第8条、個人の生命を脅かすまたは奪う権利はいかなる個人および組織であっても持つことを許されない。にあたり、5年以上の懲役となります。同星域メランデル星レイスオル区レイスオル病院での血液検査により、国家最重要危険生物に分類されるオブスクルムであるという証拠の提示。においてその正当性が確認されましたゆえ、中央国家安全維持法第17条、国家存続を脅かす個人として存在する罪。にあたり100年以上の懲役または死刑になります。そして今回の例であるように、未成年者の犯罪及び事前犯罪対策における法律第11条国家存続を脅かす個人が未成年である場合その生命及び意思決定権は中央政府国家が尊重し合理性に基づいて検討しなければならない。にあたります。また被告人はオブスクルムであるため、危険生物に対する取締法第22条、最重要危険生物が個人、組織、国家いづれかの安全を侵害し再度その安全を侵害する可能性が大きい場合、その生命を奪わなければならない。にあたり、これらのことから一人を殺害した被告人は十分に個人の安全を侵害したといえ、また今後もそのようなことをしないといえないことから死刑に相当します。未成年であることを考慮しても懲役125年以上にすべきです」


ニックはこの長々とした説明をあまり理解はできなかったがどうにか未成年であることを盾にどうにかなるのではないかと楽観視していた。死刑と聞いた時には心臓が引きあがったが、なぜかそうはならないだろうと思っていた。


「他に弁論のある者は挙手するように」


すると何人かの人が手を挙げた。裁判所長官はその中で、青みがかったスーツを着た男性を指名した。メガネをかけた老人だ。


「パトリック・ルーマン」


老人はおぼつかない足で立ち上がって話し始めた。


「死刑にすべきではない。殺すと、恐ろしく巨大な怨念となって我々を呪い、国家が没落するからだ!オブスクルムを死ぬことこそが我々が恐れるべきことなのだ。つまり、予言に打ち勝つには無期懲役にして永遠と幽閉することしかない!」


老人はそう言うと満足そうに座った。


「他には?」


今度も多くの手が上がった。


「イザベル・デルガード・アルモンテ」


黒いスーツを着た女性が立ち上がった。ブロンドの髪が肩まで延び、鼻は高く緑の目を持っている。スーツの胸の部分には紋章の刺繡が施されていた。


「死刑にすべきだと思います。懲役刑で閉じ込めてもその力で何をするか分かりません。すでに分かっている通り物体を内部から破壊する力を持っています。監獄の破壊もそう難しいものではないでしょう。しかも彼はすでに13歳です。これまでの者たちは生まれた時から収容施設にいて、10歳になるころには反抗意識が芽生えないほど神経が衰弱していた。でも彼は違う。未成年だからといってポジティブに考えてはいけません。国民と、国家の安全のためにも死刑にするべきです」


ところどころから拍手が上がり、次第に大きくなっていった。

……なんでこんなに死を願われてるんだ?僕は何の危害も加えようとしてないのに。このままいけば殺されるのか。それだけは嫌だ。このよく分からない力を使わなければいけないの?でもうまくいくはずない……

小槌が鳴り響き、喝采は静寂に変わっていった。


「他に意見のある者」


今度はほとんど手が上がらなかった。ただ一人だけ、嵐に負けまいと挙手していた。


「マルコ・ディートリッヒ・シェリング」


男が立ち上がった。彼は若く、青いシャツの上に灰色のスーツを着ていた。胸部分には紋章のバッジがつけられ、天井からの光で輝いている。


「盛り上がりの中大変失礼します。先の意見は称賛に値するべきものでしょう。我々は自らを守るために危険因子を全て排除しなければならない。なんと素晴らしい事じゃありませんか。きっと彼を殺した暁には人々は狂喜乱舞し空を見上げて言うでしょう。『他のオブスクルムも殺せ!人間の力を見せつけろ!』と。そしてそうならざる負えなくなるでしょう。彼を殺して他の者を殺さないなんて不平等だ。政府は7人のオブスクルムの殺害に尽力を尽くす。足元が今もなお沈んで行っているのも知らずに」


「君はここが法廷であると認識しているかね」


「あー、すみません。つまるところ、私が言いたいのは、彼を殺しても何の解決にも、その一歩にもならないという事です。統計歴史学は7人のオブスクルムの出現と中間政府の衰退を予言した。それと同時に何らかの破壊因子の出現も。つまりオブスクルムというのは銀河国家を衰退させるのにはあまりにも非力だという事です。破壊因子がなければ銀河国家は衰退すらできないのですから。我々は魔法を恐れているが現代の兵器はその何百倍も恐ろしいのです。監獄をぶち壊すことが中央政府没落じゃない。それをしようと思えばそれなりの計画がないとこの複雑な国家は傷すらもつけられない。つまり、恐れるべきは裏切り者だ。」


「それなら彼を死刑にしてもいいじゃないか!おまえの論理だとそれは問題ない事になるぞ!」


どこからか野次が飛ばされた。


「それはダメです。国民が思い上がるから。そうなれば政府は裏切り者に割く時間が……裏切り者の存在を認めるのならだが……いずれにせよそれは避けるべきです。」


「なぜ今、国民はオブスクルムの死刑について思い上がってないといえる」


「まだオブスクルムについて何の具体的な処理も完了してない今、国民の意見は定まっていません。SNS調査では殺すべきと感じている人がほとんどですがそれはかなり不安定なものだ。過去のデータから見ても国民の意見が政策に寄るということは否定できない。抜け目のない根拠を示せば次第に殺すべきではないと考える人が多くなるのが歴史的必然です。これより、被告人を死刑にするべきでない。そして政府にその身を預けるべきではない。私の会社で彼を使えば少しは役に立ってくれるだろうから。魔法学ではなく統計学の範囲で。」


次に裁判所長官が言った。


「君の意見は素晴らしかったよ。裏切り者という視点も実にできた言い訳だ。だが引き渡しは突飛すぎる。魔法学の再興者と言われてきたあんたに誰が同意する。被告人、何か言いたいことは?」


ニックは突然、話を振られたことに驚いた。海流に身を任せた船のように、今までの意見にゆらゆらと流されながらただ聞いていただけだった。


「僕は誰にも危害を加えるつもりはありません。できることなら役に立ちたいぐらい」


ニックはとっさに言ったが、もしかしたら逆効果だったかもしれないと後悔しつつあった。


「では、評議をとる。被告人のナノソフト社への引き渡しと、死刑、懲役125年以上、だ。では」


次に裁判所長官が声を出した時には、これまでの余裕がなくなっていた。息を吐くような喋り方で、裁判員全員を舐めるように飛び出した目で見ていた。


「被告人のナノソフト社の引き渡しが過半数をとった。これで閉廷とする」

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魔術師の黙示録~魔法が抑圧された世界で突如として強大な魔力を手にした者達~ 三隅 泡 @togattehikaru

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