第5話 こんな一発逆転、ありえる?

 絶体絶命——……。


 証拠を掴めていない上にこちらの不貞行為(?)を目撃され、私はぐうの音も出なかった。


「類子、お前がそんな女だったなんてショックだよ」

「いやいや、それはお互い様だし。アンタもここにいるんだから同罪でしょ?」

「同罪ってことは、お前も認めるんだな!」


 しまった!

 いや、それは言葉のあやだ。そもそも私はあなたの浮気の証拠を掴む為に入店したに過ぎないのだ。

 だが今の私では何を言っても説得力がなかった。どうするのが正解なのだろう? 前途多難だ、万事休す……!


「すいません、実は私……類子さんに依頼された興信所に勤めております佐土原と申します」

「は?」

「え?」


 名刺を差し出して、確かにそこには会社名と彼の名前が記載されている。だけどそんな事実、私も寝耳に水で一切聞かされていない。


「兼ねてから桃山様がこちらのお店を利用されていることは調査済みだったので、最終的な確認を取ろうと奥様と同行したところでした」


 淡々と話す佐渡原くんに、私も旦那も「???」と疑問符が頭上に浮かんでいた。

 そんな私達にお構いなく、佐土原くんは日和さんを見て満面の悪魔の笑みを捧げた。


「場所を変えましょうか? コチラのオーナー様が桃山さんにお伝えしたいことがあると仰っていました」


 彼の手がエスコートしたのは店の奥の関係者以外立ち入り禁止の部屋。

 私達は固唾を飲みながら言われるがままに歩き出した。


 ———……★


「桃山様、当店の規約は最初に説明致しましたよね?」


 奥の部屋にいたのは黒服に身を包んだ、綺麗に整えられた髭とオールバックが似合うコワモテの男性だった。

 冷や汗をかきながら黙り込む旦那。そして一向に状況が飲み込めずに焦る女性二人組。


 おかしなものだ、浮気された妻と愛されている不倫女が顔を見合わせながら「どうしたんですかね」と心配しあっているのだから。


 ・同意のない行為の禁止

 ・迷惑行為、公然猥褻に当たる行為の禁止

 ・プライバシーの侵害(連絡先の交換・SNSへの公開等)

 ・避妊具なしでの性行為


 確か上記のことが禁止事項だったはずだが?


「先月、桃山様から強引に迫られた挙句、避妊具なしで行為を強いられたと訴えてきた女性がいましてね。ウチも何かあった時の為に監視カメラを随所設置させてもらっているんですよ。確認したところ、複数名の女性に犯行しておりますよね?」


 なっ、コイツ……! 浮気相手と遊んでいるだけでなく、犯罪行為まで犯していたのか⁉︎


「違うんです! それはハプニングバーならではのスリルを味わっていただけで!」

「何にせよ強引に行為を行ったのはペナルティですね。トイレに連れ込んでヤレばバレないと思ったんですか? ちゃんと女性の証言も取っているので逃げられませんよ?」


 いつも強気な旦那がどんどん青褪めて、幽霊のように生気を失ってしまった。


「しかも同伴されている日和様とは隠し撮りをして楽しまれているようで。それも禁止だとお伝えしましたよね? 分かっているんですか、あなた達。いい社会人がルールも守れないなんて恥ずかしくないんですか?」

「す、すいません」

「ちゃんと罰金を支払って頂きますからね。それと奥様、この証拠の動画、如何なさいますか? 見るに耐えないほど卑猥でグロい映像ですがお譲りしましょうか?」


 その瞬間、旦那の形相が鬼のように変わり、店長に飛びついて襲いかかった。


「やめろ! それは関係ないだろう⁉︎ 罰金は払う、だからそれを嫁に渡すのはやめてくれ!」

「いやいや旦那さん。アンタ、うちの店で好き勝手やっていたくせに、今更でしょ?」

「やめろやめろ! 俺はちゃんと金を払って店にきた客だぞ!」

「ルールも守らないで他の客に迷惑をかけまくって、何を偉そうに言っているんですか? こういった店はアンタ達迷惑行為をする客のせいで、すぐに営業停止になってしまうんですよ? まぁ、データを渡さなくてもちゃんと奥様にお伝えしますけどね。だってあなたに支払い能力がなかったら


 えぇー、私が払わないといけないの⁉︎

 こっちは離婚したくて仕方ないっていうのに?


 すると旦那は私の方を向いて、慌てて土下座をしてきた。泣きじゃくって嗚咽を吐きながらがむしゃらに謝罪を繰り返していた。


「類子ォ、これは……一時の気の迷いなんだ! 俺はお前を愛しているんだ! りこんはしないでくれ‼︎」

「えぇー……?」


 あんな話を聞かされて、許すお人好しがいるのだろうか? いや、いないだろう。

 ついでに日和さんも青褪めたまま、百年の恋が覚めたような顔で傍観していた。


 いや、あなたも同罪ですからね?


「あの、私、離婚するつもりなので、遺産分与した上で店長さんへの罰金は慰謝料も支払いたいと思います」

「なっ! お前……! 勝手なことを言うなよ⁉︎」

「それならいい弁護士さんを紹介しますよ。コチラの支払いを差し引いた分と奥様への慰謝料を上乗せして調停しましょうか」

「よろしくお願いいたします」

「だから、勝手なことを言うなって言ってるだろう⁉︎」


 相変わらず妻である私には強気な旦那は、私を殴り掛かろうと拳を上げてきた。すると黒服の店長さんが立ち上がって、旦那の胸倉を掴んで壁に押し当てて庇ってくれた。


「旦那さん、アンタが警察に捕まってしまうと金を徴収できなくなっちまうんでね? これ以上暴れないでくれませんか?」

「ひ、ヒィ……! 痛い、痛い! 店長、アンタのこれも暴力じゃねぇか!」

「アンタの奥さんを守ったんじゃねぇか。なぁ、奥さん」


 コワモテだと思っていた店長だが、その渋い佇まいに胸がキュンキュンときめいてしまった。これは惚れる、隣の日和も目がハートになっている。


「それじゃ、詳しいことは後日……。奥さん、大変だけど頑張って下さい。自分も協力できることはするんで」


 は、ハプニングバーの店長なのにカッコ良すぎる! こうして私達は店を後にした。



 そして私達は……無事に離婚成立し、無事に慰謝料も勝ち取ることができた。

 旦那は最後まで「お前がしていた不貞行為分も請求してやるからな!」と威勢を張っていたけれど、一線も越えていないので不可能である。


 ちなみに佐土原くんは本当に興信所でアルバイトをしていたらしく、スキルアップと興味本位で私に声をかけてきたらしい。


「本当は身分を明かした上で依頼を受けるのが正しいんだけどね」


 順序は逆になってしまったが、正式に佐土原くんに依頼をして旦那の不貞を暴いてもらうことにした。

 そしたら出るわ出るわ……数々の証拠。

 こんな男と結婚したのかと自分の見る目のなさを悔やんだ。もうしばらく結婚は懲り懲りだ。


 ちなみに日和も仕事がクビになり、マンションも売却して田舎に引っ越したと報告を受けた。可哀想なことに旦那の慰謝料や罰金の大半は彼女が肩代わりしたとか——……。



 そういえば、私も一つ佐土原くんに聞いてみたかった。

 旦那に見つかる前、私を口説いてきたのはどういう心境だったのだろうか?


「えぇー、その場の雰囲気に流されてっていうか? 店に入って何もしていないと逆に怪しまれるかなと思ってしただけですよ」

「ふぅーん、そっか。まぁ、そうよね」


 ——とは言いつつ、何気に口説いてくれた事実が嬉しかったことは誰にも言えない秘密である。

 だが、旦那と同じように堕ちなくて良かったと胸を撫で下ろしたのも事実。


「結婚した以上は、ちゃんと守らないとね」


 軽くなった身体。背筋をグッと伸ばして、私は新たな一歩を踏み出した。


 ———……★ END

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そんな男でよろしければ、どうぞご自由にお持ち帰りください 中村 青 @nakamu-1224

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