第4話 自分のことを棚に上げるな!

「プロが相手ならいくら遊んでもいいだろう?」


 って、ウチの旦那なら偉そうに告げるだろう。確かに割り切った関係の方がいいと考える人間もいるだろう。

 だがしかし、それは自分がされても許せる場合に限るのだ。


 女房も金で男を買ってセックスをしても許せるのなら結構。いや、それは……と言葉を濁らせるのであれば、二度と女を買うな! ふざけるなと頬を突っぱねてやりたい。


「そして普通ならば、本番行為は禁止されているはずなんだけどね。一線越えた時点で、それは風俗仕事関係ですとは言い逃れできないんだよね」


 そう、だから彼らが場所に来ているのはアウトなのだ。

 そう、ここはアブノーマルな嗜好者が集うハプニングバー。


「妻に隠れてこんな店に通っている時点で離婚事案でしょ?」

「うーん、ハプニングバーに行っているだけじゃ弱いみたいだけどね」


 確かに行っただけでは証拠としては弱いだろう。ここまできたら離婚さえできればいいってレベルまで嫌悪感が込み上がっている。

 一分一秒でも早く旦那と別れたくて仕方ない。


「いやいや、類子さんは何一つ悪くないのに、泣き寝入りする必要はないでしょ? そんなことより早く店に入って証拠を撮ろうよ」


 私の引っ張って店内に入ろうとする佐土原くん。待って、君も入るの?

 それは色々とまずいのでは⁉︎


「えー、俺ももう二十歳過ぎ。何の問題はないよ?」

「ある、大いにある! そもそも私と一緒に入ったのがバレたら大変なことになるでしょ?」

「大丈夫だよ。俺は類子さんの付き添いなんだから」

「いやいやいや、でもね⁉︎」


 そもそも目の前にいる男の子は恐ろしく整った顔立ちで、明らかにモテる人種なのだ。そんな人と一緒に入ったらいしたら、私の方がどうにかなりそうだ。


「大丈夫、類子さん。俺は間違っても類子さんに手を出そうなんて微塵も思っていないから。俺が興味があるのは不倫なんてするクズの末路だけ。だから安心していいよ」


 そんなことを言って、いい雰囲気に持っていって美味しいところを食べていくつもりなんでしょ? 男なんてそんなもんよ! 


「大丈夫、大丈夫。ね、類子さん」

「………ん、そ、そうなの?」

「だって、いくら綺麗だって言っても、俺と類子さんは何歳離れていると思っているん?」


 ——そうね、変な期待をした私がバカだったわ。

 でも、それなら尚の事こんな奴とは一緒に入りたくないわと差し伸べられた手を払って、意気揚々と店内に入っていった。


 意外にも中は普通のバーと変わりない。ただし、入店時に何点かのルールを守るように告げられた。


 ・同意のない行為の禁止

 ・迷惑行為、公然猥褻に当たる行為の禁止

 ・プライバシーの侵害(連絡先の交換・SNSへの公開等)

 ・避妊具なしでの性行為


「いや、逆に言えば避妊さえすればセックスしてもいいのかよ」

「本当、それな」


 だが問題は、プライバシー保護の為にスマホや電子機器の持ち込みが禁止だということだった。

 カメラも持ち込みが出来ないので、不貞行為を抑えるのが非常に困難だ。


「類子さんの旦那と浮気相手、相当手慣れているね。これは証拠を掴むのが大変だよ」

「あんな分かりやすい証拠を残すようなクソ野郎だと思っていたら、飛んだ曲者だったみたいね」


 次に恋愛をするのなら、こんなアブノーマルに興味を示さない人がいい。人の嗜好を否定するわけではないが、私には無理だ。その点を考えたら、旦那には彼女がお似合いなのだろう。

 さっさと離婚届に印を押すから、さっさと別れてくれ、クソ夫よ。


 店内に入り、私は奥のバーカウンターに座って様子を伺っていた。

 念の為に変装用にウィッグと伊達メガネをつけてきたのだが、あまり客が入っていないのでバレる可能性も低くはなかった。

 しかも一人だと目立つ上に、行動せずに眺めているだけなのも浮いてしまってどうしようもなかった。

 チラチラと集まる視線。四、五十代のサラリーマンらしき男性が声を変えたそうにこっちを見ている。これはヤバい?


「ほらぁ、類子さんのような美人が一人でいたら危険なんだって」


 そう言って佐土原くんは、私の腰を抱いて身体を寄せてきた。

 鼻腔を刺激する香水の匂い。コイツ、二十歳前後のくせに生意気だ。


「離れて、佐土原くん。こんなところを旦那に見られたら私……」

「困っちゃう? いいじゃん、向こうはもっと悪いことをしているんだから。少しくらいはハメを外してもバチ当たらないって」


 旦那への気持ちはとっくの昔に冷めていた。家には記入済みの離婚届に見学済みの不動産情報もストックしている。

 あとは決定的な証拠を揃えて訴えるだけなんだけれども。


「俺、初めて類子さんを見た時から、ずっと気になっていたんだよね」

「さ、さっきは年増のおばさんに興味なんてないって豪語していたくせに!」

「そんなの店に入る為の嘘だよ。入ってしまえばこっちのものだって確信があったからね」


 そう言って彼の顔が首元に埋められた。柔らかい唇の感触が首筋に触れる。熱が伝わり、私の頭の中は真っ白になりそうだった。


 ヤバい、これはその気になってしまいそう。


 私が女性として求められるのは久方ぶりなのだ。たとえ遊びやその場だけの行為だとしても、私の中の女のさがが目覚めそうになる。

 激しくなる動悸。熱る身体、湿る手のひら。


 彼が抱いた腰が、一層引き寄せられて——太ももの辺りに硬い感触が残った。


「一時的なことくらい、いいんじゃない?」

「でも、私はそんなつもりじゃ」


 夢の現実の間に溺れているような、曖昧な思考の中、聞き慣れた低い声が鼓膜を揺らした。


「類子……? 何でお前がこんなところに?」


 数秒の間、身体が硬直して動けなかった。だが、少しずつ視線を上げて横目で見ると、そこには浮気相手と一緒に並んで立つ旦那の姿が映り込んできた。


「お前……! ここがどこか分かっているのか! まさかそんな若い男と浮気か⁉︎」

「っ、はァァァァ⁉︎」


 お前、ふざけるのもいい加減にしろ!

 自分のことを棚に上げて、好き勝手言うんじゃねぇよ、糞野郎!


 ちなみに旦那と浮気相手は、しっかり一ラウンド済ませた後だったようで、それはそれはスッキリした肌ツヤで、指を絡めて突っ立っていた。


 ———……★


「おぉう、何て最悪なタイミング……! 自分だけスッキリして最悪だよ、クソ旦那」


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