The Wrapped Train
「また死ぬかと思った……」
比良坂は霊峰に半ば拉致され
怪異としての存在の危機には至ってはいなかったが、その分思考が出来て苦痛を感じられるように調整されていて地獄であった。
比良坂は列車から出て死体を運び出す作業を始める。
「お、ようやく帰ってきたか」
先に自身の仕事を終えて比良坂を待っていたのだろう轍がやってきた、この場所には似合わないキウイフルーツを持ちながら。
「……轍さん、只今戻りました」
一瞬半眼でキウイを見たあといつも通りの顔で挨拶をする。
「おぉ、お疲れさん」
「急に奇襲されて霊峰に連れてかれて、既に竪洲とは話が通っていると言われたのですが」
「その通りだ、例の半月さんが書状をしたためて色々なモノを包んで乗り込んで来て短い間比良坂を貸してくれと言ってきたんだ。お頭は半月さんとは相性最悪だし、提携の話と
短い間とは怪異にとっての短い期間の事であろう、やはり比良坂は半ば霊峰に貸し出しというか売られてたようだ。
轍は右手の人差し指から鋭い爪を出してキウイを半分にしてから皮を爪で剥いて食べ始める。
キウイフルーツもなかなか高くて珍しい赤い品種のようだ。
他の部署を回れば何かしら食べていたり新しくモノが置かれてたり変化があるのかもしれない。
「そうでしたか……」
そう言って比良坂は溜息をついた。
「とは言うものの、比良坂の所属はここだし、ここから出勤だしで死体にしろ半月さん達にしろ呼び出されなければ普段と変わらない」
そこまで変わらないから安心しろ、と轍は言った。
「ところでお前何か雰囲気変わったか?」
話してる途中で違和感を感じて比良坂に問う。
「いえ、特に心当たりは無いですね。おそらく気の所為ではありませんか?」
若干素っ気なく比良坂は返した。
「そうか」
轍はそう返したものの、返答を聞いてやはり変わったなと確信した。
以前の比良坂なら轍に対して断定的な否定はせず、何処が変わったと思ったのかと聞き返して来ただろう、そういうところにも変化が見られた。
轍には具体的に何が変わったのかまでは分からないが。
「取り敢えず、そことそこの死体は危険物の部署に持っていけ、それ以外は普通に処理して大丈夫だ」
爪を出したままの人差し指でどの死体か指しながら比良坂に指示をした。
「了解しました、では行ってきます」
「普通に危ないから気を付けろよ」
比良坂はそのまま危険物指定された死体の方を再び車内に収容した後、外に出したままの方の死体を死体袋ごと全て大きな台車に乗せて一時収容の場所に持っていき、個々で収容する。
その後指定された死体は列車で少し移動したあと比良坂が危険物収容施設へと直接持っていく。
施設に入ると職員の
「失礼します、呪われた死体を持ってきました」
「おや、比良坂じゃないか、君が直接来たのかい?」
御饌島は焼いた油揚げを大根おろしと醤油を掛けて食べていた。
紫里の言葉を思い出し此処もかと思うものの気を取り直して発言する。
「轍さんがこれらの死体を此処に持っていくようにと」
そう言って比良坂は御饌島に近付く。
「そうだったのか…………わかった、見せてくれ」
全てを口に入れて食べた切ってから御饌島は言った。
「まずはこれですね」
「じゃあそこの上で開けて」
比良坂は御饌島の指示で四方に縄を張った場所に入りその真ん中にある検死台の上に死体袋を置いて袋のジッパーを開けた。
中には腕や背中など胸の上や丹田にも入れ墨が入ったガタイの良い男性の死体が入っていて珠織に首を咬まれて殺されたようだ。
入れ墨がお洒落なモノではなく、何かしらの規則性に依る紋様なのか難解な模様となっている、いわゆるトライバル等と呼ばれるタトゥーが近いだろうか。
「おー、コレは入れ墨がスゴイ、何か儀式の紋様かな?何かしらの力も感じる」
「龍とか鬼とか桜みたいな入れ墨ではないんですよねこの死体。儀式の媒体に使うモノですかぁ」
「このままだと詳しい事はわからないけど、開けてみたり、噛み跡で断絶した紋様を修復してみたりすればわかるかもね」
死体の入れ墨を舐めるようにして見ながら心の底から楽しそうに御饌島は言った。
「そうですか」
「……なんか君、轍さんから何か言われたりしてない?」
暫く比良坂と一緒に居た神饌島も比良坂に何か違和感を覚え始めたようだ。
「そういえば轍さんに先程雰囲気が変わったかと訊かれて気の所為では?と返したんですよね」
「なるほどそうだったのかぁ」
「えーと何なんですかね?神饌島さん?」
先程の轍と似たような返事を神饌島もして比良坂は流石に疑問に思った。
「いや、君がそんな反応というか返事を返してる時点で変わったな、って確信したというか。恐らく、轍さんもそう思っただろうけど具体的に何が変わったのかは説明出来ないからそう返したのかと」
君の何が変化してそうなったんだろうね?と神饌島は言った。
「……何でしょうかね、最近霊峰に行ったからでしょうか?」
遠い目をして比良坂は言った。
「霊峰の更なる霊域に連れてかれたらしいねぇ」
浄化でもされた?と冗談めいて神饌島は言った。
もしされてたら還らぬ怪異と化して文字通り消え去っている。
「笑えませんよソレ……というか何で知ってるんですか?」
半眼で比良坂は御饌島を見る。
「以前霊峰の方が挨拶にいらしててね、まぁ、その
裏工作?て奴かなとか御饌島は他人事のように言った。
ソレを聞いて比良坂は察してた事とはいえ顔を引き攣らせる。
「つまり、轍さんが霊峰の付近で仕事しろと言ったのも霊峰に拉致されたのも元々計画されてたことと……」
比良坂は天井を仰ぎ見た。
「……因みに霊域付近はただただ本当に重っ苦しくて、更に清廉な水で洗われたのは事実です」
「おや」
強ち間違いでは無かったか、と神饌島は驚いていた。冗談になってなかったのである。
「でも無事に帰ってこられたと」
「そもそもいつの間にか私実質売られてましたけどね」
酷使するためなのか、と比良坂は毒づく。
「まぁまぁ、一時的な預かりのようだけど……その代わり君から見て僕や轍さんみたいな竪洲の格上のモノへのプレッシャーと言うか重圧を感じにくくなったでしょ?」
「……言われてみれば……今、轍さんに殴られたり高圧的に言われたところでそんなに気にならないかも」
比良坂はさり気なく酷いことを言っている。
「……でしょう?多分ソレが態度に出てるんだと思うよ」
流石に殴られたら凹むと思うよ、と御饌島はツッコミを入れた。
「ただまぁ、他に押し付けられない厄介な危険物が列車の中に色々鎮座してて感覚が麻痺してる可能性もありますね……」
比良坂は目を閉じて列車本体のある後ろを振り向く素振りをして指し示した。
「霊峰側からの預かり物や頂き物があるんだっけ」
「まぁ、ハイ。うっかり此処で爆発させるとヤバい基本譲渡不可な物が多数」
「それについても
事故が起こったら困るからとの事だよ、と御饌島は言った。
「清廉な水で洗われ文字通りの洗礼をされたのも、
あるいは乗せる側が安心して乗れるようにか、と御饌島は言った。
「ということは無意味に童子に清廉な水で焼かれた訳ではないんですね」
計画的に思ったより理性的に荒療治されたと、とげんなりとした顔で言った。
「その分、僕達のような死の属性に対して多少は強くなれるんじゃないか?」
頑張れば格も上がるよ、と御饌島は親指を立てて言う。
「涼しい顔で危険物を取り扱う御饌島さんに言われてもなぁ……」
比良坂は微妙な顔をして言った。御饌島さんに置いてはここでの扱い以上に存在の格が違うのを比良坂は察している。
「えー、取り敢えずこれら二体をお願いします」
「はーい、畏まりましたー」
御饌島はノリノリで返事をした。
「じゃーねー」
比良坂に対して御饌島はノリノリで見送りもしてくれた。
比良坂が居なくなったのを確認してから死体袋を閉めて御札を付ける。
比良坂がこの空間から居なくなった途端死体が暴れ出そうとしたのだ。
「今回のも大概ヤバい死体なんだけど価値以外の危険度合いに対してやっぱり比良坂は鈍感だなぁ」
やっぱり死体を抑えつける力を持ってるからなのか……とうーんと唸るように言った。
「只今戻りました、今日の業務は終わりました」
そう言って休憩スペースで比良坂は轍を見つけて話しかける。
「おぅ、お疲れさん。どうだったか?」
轍はゴールドキウイを食べていた。
「御饌島さんにも轍さんと同じ事を言われて、どうやら霊峰の洗礼を受けたからのようですね……清廉な水で焼かれました、そして危険物貸与が増えました」
「うぉ、そうだったのか!?」
焼かれたのか!?お前大丈夫なのか?と轍は酷く驚いていた。
キウイを食べる手が止まる。
「……ご存知無かったのですか?」
比良坂は胡乱気に轍を見た。
「話し合いは頭領がやってることであって詳しい事までは聞いてないから本当に知らなかったんだよ」
それだけは本当だ、と轍は比良坂に必死に言った。
「なので本当に死ぬかと思いました」
「そりゃ災難だったな……本当にお疲れさん」
轍の態度が若干軟化した。
「て事はとりわけ清らかな水の属性を浴びた訳か」
そりゃ雰囲気も変わるわな、と轍は言った。
「今日は疲れたので御暇させて頂きます……」
そう言って比良坂は列車に戻り、列車で待機所へ去っていった。
「おぅ、今日はゆっくり休めよ!」
上司はお疲れさんと言ったあと次のキウイを食べだす。
死属性のみだった比良坂にも霊峰からの洗礼や渡されたモノによっての水の属性が纏わりつくようになった。
怪異にとって纏う属性が変わるとやがて中身の存在までもが浸蝕して変わってしまうのだ。
比良坂鉄道の夜 すいむ @springphantasm
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