黒魔女を志すまで 6

「『おひめさまはおうじさまにお花をわたしてこういいました。「いつか、わたしをむかえに来てくださいね」』………お花かぁ」


花は、この部屋にないし、そもそもあげれそうな物も何もない

もう逢えないだろうし、何か渡しておきたいのに…


「……あ」


手作りなら出来るかも…


一度も使った事がない無地のハンカチと、古着から抜いた糸に、服に刺さっていた細い針

手作りと言うにもお粗末だけど、これさえあれば刺繍くらいは出来るかもしれない

模様は何にしようかな。初めてだし、簡単なのにしようかな


『明後日には帰るから』


…軽い言い方だったな

楽しく無かったのかな。まぁ、あんな怒り方しちゃったら、楽しかったとしても、楽しくなくなるよね

どうせ私との思い出なんか残らなくて、公爵家の令嬢と言う認識しか残らないんだろうな

………薔薇にしよう。糸も、青色だし

おっきな二つの薔薇を縫おう。腕を見ながら、時間をかけて

忘れるのが難しくなるくらいの、おっきくて、綺麗な薔薇を


ーーーーーー


「…………」


下書きもしたのに、線はぐちゃぐちゃ。糸も途中で足りなくなって、不自然に曲がってる箇所がいくつもある

やっぱり簡単な物にすればよかった…せめて、完成さえすれば渡せたのに…


「あ…」


いつの間にか夜になっていたらしい。こんなに集中するのはいつぶりだろう

そろそろ客人がくる。窓を開けておこう

…この薔薇が、私の呪いみたいに恐ろしい程、綺麗に広がればいいのに


「お邪魔するよ、レディ」

「!」


随分と来るのが早い。いつもなら、月がもっと高く上がった時に……

…もう部屋に乗り込んできた


「どうしたの?ハンカチなんて抱えて。何かこぼしたの?」

「あ、いや、これは……」


思わず隠してしまった

渡せばいいじゃないか。きっと、彼は笑顔で受け取ってくれるはずだ

………でも

彼を見てしまったら、昨夜の、恐ろしい顔が脳裏に浮かんで…


「刺繍が刺してあるね。…あれ、これって…」

「あ…」


ナチュラルに、客人はハンカチを見た


「…薔薇だね。どうして、コレを?」

「そ、れは…」


言葉がつっかえて、出てこない

言え、言ってしまえ。大丈夫だ。

そう、彼は、きっと、いい人だから…


「……そうだ。これさ、貰ってくれないかな」

「え…?」


客人は首元に手をやると、付けていた青い宝石のブローチを渡してきた


「会うとしたら魔法学校だろうし……忘れないようにさ。私は君のことを全部覚えて居られるだろうけど、まだ幼い君は、これから素敵な世界を沢山目にするだろうし…」


嬉しそう、けれど、ちょっぴり悲しそうに言った

待って、そもそも学校って?

学校っていうものに行けば、また会える?


「学校って、な、なに?」

「え?…優秀な魔法使いが、国の為に魔法を学ぶ為の場所だよ。君は公爵令嬢だし、行くんじゃないかな?」

「ゆ、優秀って、どのくらい!?」

「うーん…難しいな。…家庭教師に、褒められるくらい?」


家庭教師も、学校も何も分からない

でも、優秀にさえなれれば、彼とまた逢える

………よし!


「これ、貰って!」


半ば押し付けるように、ブローチと交換するように不恰好なハンカチを渡した


「そのハンカチ、まだ縫いかけだからさ……ブッ格好だし…その、あの……刺繍の腕が成長するまで、あなたが持ってて!学校か、それか、また会った時に、縫い直すからさ!」


なんとか理由付けできたんじゃなかろうか

鏡はないけれど、私の顔は、真っ赤だろう

視界の悪い夜でよかった。彼に笑われないから


「……わかった。大事にとっておくね」


ハンカチを手に持ったまま、客人は器用に私の両手を掴んで、常識が崩れるような一言を言い放った


「…ねぇ、アストリア。外、出てみない?」

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星月夜の黒魔女アリス 夕焼けの砂浜 @evening20

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