白球とオジサマ!
崔 梨遙(再)
1話完結:1700字
それは、忘れもしない、僕達が中学2年生の遠足の日だった。その日は遠足ということで珍しく部活は無かった。全ての部活が無かった。ということで、3年生がいない。グランドが使い放題だ。こんなチャンスは滅多に無い。野球部のメンバーを中心に、僕達は残って野球の紅白戦をやった。とにかく野球部員が“試合をしたい”と言うので、足りないメンバー集めるため、野球部員が野球部員以外にも声をかけた。ということで、文芸部員だった僕も声をかけてもらえてメンバーに入れてもらった。
盛り上がった。野球部のピッチャーの球を、文芸部員が普通に打てるわけがない。僕は文芸部員だが足は速かった。学年で2番目に足が速い。最初の打席はセーフティーバント、意表を突いてセーフ、2打席目は警戒されていたのでアウトだった。文芸部員の僕でも盛り上がることが出来た。なんか、野球の試合ってスゴく楽しい。外野フライは取れないけれど(フライは練習しないと取れないのでは? いや、普通の人は取れるのか?)、ゴロなら取れるし(笑)。
全体的に盛り上がってきた頃、グランドの前に真っ黒なベ〇ツがスーッと静かに停まった。僕達は、スグにベ〇ツに気付いた。そして、ベ〇ツから、パンチパーマにサングラス、ダブルのソフトスーツのオジサマが、全身ヒョウ柄のオバサマと一緒に降りて来た。怖い! 怖いなんてものじゃない! 嫌な予感しかしない。そして嫌な予感はよく当たる。そして、やっぱり予想通りの言葉。
「兄ちゃん達ー! 儂もちょっと混ぜてくれや-!」
勿論、僕等に拒否権は無い。オジサマはバットを持ってバッターボックスへ。1球だ。1球だけ気持ちよく打ってくれたら、機嫌よく帰ってくれるのはみんなわかっている。ピッチャーは絶好球ばかりを投げる。ピッチャーがかわいそうだった。僕はピッチャーに同情した。僕は外野で良かった。とはいえ、外野の僕でさえ緊張した。
ピッチャーは絶好球を投げ続けるのだが……。
「兄ちゃん、ちょっと速いわ」
「兄ちゃん、もう少し真ん中や」
「兄ちゃん、もう少し高めがええんやけど」
「兄ちゃん、もう少し遅い球を頼むわ」
「兄ちゃん、今の球や! もう1回頼むわ、次は打つわ」
オジサマは、僕等の期待を裏切ってなかなか打ってくれない。僕達は、何かが起きるのではないか? という予感がしていた。そして、やっぱり悪い予感というのはよく当たる。
そうこうしている内に、グランドの隅で寝ていたホームレスのオジサンが目を覚ましたのだ。何故、ホームレスがそんなところで寝ていたのか? 当時、僕等の街にはホームレスがあちらこちらにいたからだ。これは30年ほど前のお話。今、その街がどうなっているのかは知らない。少なくとも、僕が学生の間はホームレスが多数存在する街だった。ホームレスは、パンチパーマのオジサマよりも、先にヒョウ柄のオバサマを見てしまったようで、
「なんや、このオバハン。ケバイなー! ブサイクヤな-!」
と、大声で言ってしまったのだ。それは、絶対に言ってはいけないことだった。誰が相手でも言わない方がいい言葉なのに、なんで、そんなことを言ったのだろう? 僕達は顔面蒼白になった。その後の展開が予想出来たからだ。そして、予想通り。
「なんやと、こらー!」
オジサマ、ホームレスを金属バットで殴り始めた。みるみる血まみれになるホームレス。僕達は、校舎に一時避難した。校舎に避難するくらいなら、家に帰ればいいと思われるかもしれないが、あのバットを回収しないといけないのだ。野球部員達は、バットを回収するために残る。そうなると、野球部員を置いて帰ることは出来ないので、全員が残らなければいけなくなったのだ。でも、こういう仲間意識は良いと思う。連帯感、今後どうなろうと運命共同体だ。
ベ〇ツが消えて、更にしばらく待ってから、僕達はグランドに戻った。まずはバットの回収。無事にバットは回収したが、バットはボコボコに凹んでいた。それから、ホームレスのオジサンの様子を見に行った。
「おっちゃん、大丈夫か? 生きてるか?」
「おお、生きてるで。ごっつ痛いけど、大丈夫や」
オッチャンが元気そうだったので、僕達は安心して家に帰った。
白球とオジサマ! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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