あなた

あなたはわたしに言った。

声に出さず、心の中で言った。

わたしからどうか目を離さずに。

わたしを見続けてください。

陰から見守っていてください。――でも本当に?

わたしがあなたを見ていると知れば、

あなたはきっと気味悪がるだろう。

わたしから目を背けてくれとあなたは言う。

あなたがわたしにしているように。

あなたの心は複雑で、あなたの心には、

わたしへの愛と憎悪が同居している。

あなたを助けられたらよかった。

あなたは車に撥ねられて死んだ。


あなたはわたしに言った。

あれがほしい。これがほしい。

ああなりたい。こうなりたい。

これこれこうしてください。

そうすればうまくいきます。――いったいなにが? 

またときには、あの人と寝たい。

あの人を殺してください。

いったいなにがどうして?

どうして叶えてあげなくちゃならない。

あなたはわたしになにもしてくれないというのに。

わたしになんの益があろうか。

あなたのよこしまな願いを叶えたところで。

わたしに五円あげて、五万円返って来るなんて、

思わないでください。よこしまなことです。

あなたは車に撥ねられて死んだ。

わたしはあなたを助けなかった。


あなたは謝ればなんでも赦してもらえると思うか?

あなたは自分が赦されるに値する人間だと思うか?


あなたがわたしに手を合わせるのは、

わたしに頼みごとをするときだけだ。

あなたは自分と自分に近しい者のため、

あなたのためだけに、あなたは祈る。

わたしのためではない。

わたしに帰依しようという気持ちは、

あなたの中にはない。

あなたはたぶん何か勘違いしている。

わたしはあなたの生みの親ではない。

あなたの家系はわたしから出たものではなく、

あなたとわたしに血のつながりはない。

あなたはわたしとつながりたいと思う。

思うだけで、あなたはわたしとつながっている。

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メシア 芳野まもる @yoshino_mamoru

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