ソドムの酒場にて

〔男が女の腕をつかんで〕

「ちょっと、こっちきて飲まないか? 一杯おごるよ」

「やめてよ。汚い手で触らないで」(立ち去る)

「ちくしょう。どうしておれは女にもてねえんだ?

 おれだって、金さえありゃあ。(泣く)

 どうしておれは貧乏なんだよ!(机を叩く)

 どうしておれはこうなんだ? おれが何をしたっていうんだ!」

〔友人らしき男〕「何したって、そりゃあ、な?

 おれも人のことは言えねえけどよ?

 昼間っから仕事もせずに、

 酒場なんかでとぐろをまいてりゃ、な?」

「おれはおれのやりたいようにやってるだけだよ?」

「そういうのを世間じゃわがままっていうのさ。

 女房、子供をほっぽらかして、

 乏しい銭を博打や酒につぎこんだんじゃ、

 神様だってあいそをつかすさ」

「それを言われちゃ、返す言葉がねえけどよ?

 でもよ、自分のために生きて何が悪いんだ?

 他人のために生きて何になる。

 人生は一度しかないんだぞ?

 わがままで結構。人間なんてしょせん、サルさ。

 これがいちばん素直な生き方なのさ」

「ばかが、何言ってやがる。

 人生が一度きりかどうかなんて関係あるか。

 おまえは何度生きても、ここでこうして、

 今と同じ文句を垂れてるさ。

 懸けてもいいよ」

「そういうおまえはどうなんだよ」

「もちろんおれだって、

 何度生きたって、ここでこうして、

 おまえと酒を飲んでるに決まってるさ。

 でもな。おれはおまえとちがって、

 どうしておれは貧乏なんだとか、

 どうして女にもてねえんだとか、

 みっちい愚痴は口が裂けても言わねえよ?

 てめえのケツは、てめえで拭くさ。

 ぜんぶてめえで決めたことさ。

 てめえがしたことを、誰かに尻拭いさせようなんて、

 厚かましいにもほどがあらあ。

 同じサルでも、おれはおまえほど、

 わがままなサルじゃあない。

 おまえほど卑怯なサルじゃないんだよ」

「てめえ、言わせておけば」(殴る)

〔別の誰か〕「サルが知恵をつけた挙句がこれじゃ、

 神様だって、呆れて物も言えなくなるさ。

 てめえのわがままの言い訳を考えることにだけ、

 知恵を使っているんじゃあな」

〔友人らしき男〕「文句を垂れる前に、

 ちっとは他人のためになることを

 ひとつでもしてみちゃどうなんだ。

 そしたらおまえをなぐさめてやるよ。

 どうしておれたちは不幸なんだって、

 一緒に泣いて、一緒に神を呪ってやる。

 だけどもいまのおまえに、

 そんな資格があるか?(血の涙を流す)

 一度よく考えてみろ。

 おまえのわがままの代償が、

 いまのおまえなんじゃないのかってな」

〔天の声〕「ソドムよ、悔い改めよ。

 さすれば、神も、おまえたちの町を

 もう滅ぼされたりはしないだろう」


〔酒場は消え、夜の草原。男たちの霊も消え、神の使いが立ち尽くしている。〕


〔独白〕「安らかな眠りなどあるものか。

 あの人たちは、まだ百回死ぬために、

 生きなければならない。


 善のあるところ、必ず悪の根がある。

 芯の根がよこしまなるがゆえに、

 人は善を尊び、悪を遠ざけるのだ。

 悪を滅ぼしつくした善など、

 ただの抽象にすぎない


 真に無限なる世界は、

 善と悪を共に包み、越え広がる。

 正しき法は、悪を裁き、

 善を祝福するであろう。


 冷徹な眼に刺し貫かれて、

 悪は狂い恐れおののけ。

 暖かき神の胸に抱かれて、

 善は安らかに憩い楽しめ。


 集え、諸人よ。神のもとに。

 善は不幸な境涯を出て、

 おのずから離れ来よ。

 信じて来たれ、法の白き花弁のもとへ。


 其は理想の国、イデア。

 われらがユートピア、イデア。

 イデアは、真実にして、

 最善の世界の名である」

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