メシア

芳野まもる

戯れ文

――信じると決めただって?

まるで、自分で決断できることみたいに言うじゃないか。

勝手に期待して、勝手に失望して、

今度は信じないことに決めただなんて、

自分勝手にも程があるよ。いいかい?

きみは、おれが何を言ったにしても……


――あなたになにを言われようと。

胸の内にこみ上げてくる不信感は消せない。

消そうとして消せるものじゃない。でも、

私はあなたを信じたいから、自分の気持ちに嘘をついても、

私はあなたを信じていると、そう自分に言い聞かせた。


ともかく、信じてみようという気にさせることはできるってことだな。

そのためには、まず信じてみようという気にさせる気におれがならなくては。

おまえが信じるかどうかは、おれ次第なのか。そうか。

要は、立証責任がどちらにあるのかという話だな。

おれがあいつに信じさせたいと思っていること。それは……


信じるかどうかはあなた次第ってよく言うじゃない? 実際そうかも。

あなたをどうやって信じたらいいのか、私にはわかりません。

信じてあげたいけど、できそうにないから。

信じてくれと言うのなら、もっと私に信じさせる努力をしてください。

私が信じるかどうかは、私から見て、あなた次第なのよ。

あなたが私に信じさせたいと思っていることは、なに?


まずおれがあいつに信じさせたいと思っていることは、

おれがあいつに信じてみようという気にさせる気になっているということだ。

まずはそのことを信じる気にあいつをさせなくては。そのためには、

まずはそのことを信じる気にあいつをさせる気におれがなっているということを……

だめだ。無理だ。不可能だ。――もういい。

幻術でもなんでも使って、あいつに信じさせてやる。

おれを信じていることを、あいつに信じさせるのだ。


無理よ。不可能だわ。だって……

私があなたを信じていると言えば、嘘になるもの。

私が信じるのは事実だけよ。あなたは事実、わたしを裏切ったんだわ。

白いカラスが一匹でも見つかれば、すべてのカラスが黒いだなんて、信じられなくなるのよ。

あなたが私を裏切ったのは事実よ。もうとりかえしがつかないわ。

あなたを無邪気に信じていた頃には、もう戻れないのよ。

二度あることは三度あるっていうし。

私があなたを信じていられたのは、信頼を失わせるような事実が、そのときはまだなかったにすぎないのよ。


事実かどうかなんて、知ったこっちゃないね。

事実、きみは夢みたいな話をいつまでも信じているじゃないか。

きみは占いの結果に裏切られたことが何度ある?

それでもきみは信じているじゃないか。

信じるかどうかに、事実なんて関係ないんだよ。

要はきみに信じたいと思わせたら勝ちさ。

信じるに値するものがそこにあると思わせたらね。試合終了なんだよ。

だから、絶対に信じないだなんて、頑なな態度だけはよしてくれよ。頼むから。

本当は、信じないだなんてことも、人間は自分では決められないんだが、

それができると信じている人はどういうわけか大勢いて、

だけど、彼らがしていることは、耳をふさいでいるだけなんだ。


聞く耳を持たない人に、つける薬はないわね。

ロバに説教するのは無意味よ。それはそのとおりなんだけど。

あなたはいつもそうやって、どうせ言ってもわかんないだろうと、

私の耳を軽蔑してきたのよ。けどね、いまのままじゃ、とてもじゃないけど、

いつかはわかってくれるだろうだなんて、あなたの期待には、応えられそうにないわ。

そうやって私たちはいつもすれちがってきたのよ。

だから、ちょっとずつ歩み寄りましょう。お互いに。わけを話してみて。

そうしたらきっと、あなたの本心が、わたしにもわかる日がくるはずだわ。

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