第2話 先輩ゲットだぜ!
2.先輩ゲットだぜ!
その日の朝、起きた瞬間に昨日のことは夢じゃなかったんだと気づいて絶望した。
目を覚まして枕元に本をきちんと読むこと、とお祖母ちゃんのメモがあるのを見て昨日のやり取りが頭の中に流れた。
私が"女王様"なんてなれるわけない、今まで喧嘩なんて数えるくらいしかしたことないけど一度も勝ったことがないし。
でも才能があるって事あるごとに言われて、というかリドル先生も女王様って知ってたんだろうか。どうしよう嫌すぎる。
「…うー。仕方ないとりあえず読もうか…」
せめて朝の身支度を終え、ご飯を食べてからにしよう。
今日やらなきゃいけないことは、何でもいいので生き物をテイムすること。できなきゃ退学だそうだ。
もらった魔法陣の羊皮紙にもテイムの方法が書いていたけど、自身と心を通わせた生き物に自身の血を混じらせた魔法陣に触れさせることとあって少しハードルが高そうだった。
女王様の本でも、本人の同意をもって隷属の首輪を着けたものを支配すると書いていたがこの世にそんな奇特な人がいるとは思えなかった。
その次のページには冷静な支配者足りうる思考をサポートする仮面とか、鞭で対象を打つことで様々なサポート効果…バフ?が出来ると色々な事が書かれていた。
どっちも無理だよ…、でも森に一匹だけ頼りになりそうな友達がいたから話だけでも聞いてみようかな。
色々と考えながら森までの道を歩いていると、ご近所さんの肉屋のおばさんが慌てているのが見えた。
「おばさん、どうかしたの?」
「エマちゃん!息子が…うちのハンスがスライム倒しに家出しちゃったんだ!」
「えぇっ!」
スライムは確かに弱いモンスターだけど、まだ5歳のハンス君の顔にでも飛びかかったらゲル状の身体が巻き付いて窒息の可能性がある。
「ちょっと走って探してくるね!」
急いで振り返って方向転換した私は何かにぶつかった。
「わぶっ!」
「む、大丈夫か」
ぶつかった先は男性の大胸筋だった、服越しでもわかる鍛えられてハリのある筋肉は暖かく包容感に溢れていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離れるとセクハラじみた出来事を気にしていないような男性に見覚えがあった。
「あれ、昨日スピーチされてた先輩ですか…?」
「君の制服は…そうか、後輩か」
ぶつかったのは昨日スピーチしていたグレンダール先輩だった、よく見ると腰に剣を下げ訓練服を着ていた。
「怪我はないか?」
「ご迷惑おかけしてすみません…今から森に行かなきゃいけないので失礼します」
「待った」
踵を返そうとした私の肩を強い力で止めた先輩は私の目を見据えてこう言った。
「最近この辺りで人さらいが多いようでアカデミーの生徒も巡回に駆り出されている、いま森に行くのは危険だ」
「でも!知り合いの子供が森へ行ってしまったので探さなきゃいけないんです」
「…特徴を教えてくれれば騎士団に事情を話して一緒に探そう、森は人さらいも魔物もいるから危ない」
「私の友達が森に住んでるので子供はすぐ見つかると思うんです、人さらいも友達に会えれば多分追い払ってくれると…」
「友達に確実に会える保証がないだろう、それに合流するまでに敵と出くわしたらおしまいだ」
見通しが甘かった私を優しく諭してくれた先輩は何かを決めたように一つ頷くと口を開いた。
「よし、その友達に会うまでに俺が護衛をしよう」
「ついてきてくれるんですか?」
「男に二言はない」
「ありがとうございます、先輩!」
自信満々に笑った先輩について森の入口へ行くと、ざわざわと木々が騒いでいるのが感じ取れた。
「先輩、今から目印を放すのでついてきて下さいね」
「?ああ」
私は持っていたかごの中から瓶を取り出した。瓶の中には昼でも光る蛍が入っていて、放すと友達のところまで案内してくれるはずだ。
蓋を開けるとふわふわと森の中へ飛んでいき、私達はそれを頼りについていった。
「…そういえば君の名前を聞いていなかったな」
「そうでした、すみません。私はテイマー科1年のエマ・ガーランドと申します」
ぺこりと頭を下げた私に先輩はうなづいていた。
「教えてくれてありがとう、私はアルバート・グレンダールだ。実家は代々商会でな、君の家はどういったご職業なんだ?」
「じょ…じゃなかった薬草師です」
まずかった、代々女王様の家系なんですなんて初対面の先輩に言ったらドン引き必須だ。
誤魔化した私を気にせず先輩は話を続けた。
「ところで、君の友達は腕が立つのか?」
「多分…」
戦ってるところを見たことがないけど文献では強いと書いてあったので大丈夫だろう。
しばらく歩くと何やら言い争っている人の声が聞こえた。
「しっ、まずいな…」
木の陰に隠れて様子を伺うと、3人ほどの男性が何かを抱えて馬車の荷台に乗せようとしているのが見えた。
「ハンス君…」
彼らが抱えていたのは意識がなくぐったりしている探し人だった。
「ここに隠れていてくれ、俺が話をつけてくる」
「でも先輩、3人もいるんですよ」
「心配ない大丈夫だ、俺は次席だからな」
安心させるように笑う先輩を不安げに見送った、友達を呼んだらすぐに解決すると思ったけどこれ以上時間をかけていられないので先輩が行くしか無かった。
「おい、その手を離せ」
人攫い達に正面から声をかけた先輩は剣に手をかけていた。
普通なら怯えるところだけど人攫い達はカモが増えたとでも言いたげにニヤニヤ笑っている。
「はっ、正義感が強いだけの貴族の坊っちゃんごときにやられるかよ」
「今すぐ投降するなら危害は加えない」
「おい、お前らやっちまえ!」
人攫いのリーダー格が顎をしゃくって手下に合図した。
「交渉決裂だな」
それからの先輩は凄かった、流れるような手さばきで一人を斬りつけると続けてハンス君を抱えていた二人目も斬り伏せ人質を開放した。
ただ運の悪いことに三人目のリーダー格は懐から小瓶を出して先輩を脅してきた。
「いいか!この小瓶にはここら一帯を腐らせるぐらいの瘴気が入ってる、俺に何かするならすぐさま道連れにしてやるからな!」
「くっ…」
たじろいだ先輩に見ているだけの私は何も出来なかった。
(先輩…)
その時、先輩の死角にある茂みの中から先輩の背を襲う獣の姿が見えた。
「先輩!危ない!」
「ぐぁっ…!」
飛び出してきた狼に噛まれた左肩を抑え膝をついた先輩を見下ろし、人攫いは笑っていた。
「はっ、ざまあみろ。お前とそこの嬢ちゃん達も仲良く売り飛ばしてやるからな」
「やめろ…」
私やハンス君を庇うように立ちふさがる先輩の足元はふらふらしていた。
何かないだろうか、現状を打破するための一手が−−
必死で考える私の頭の中に声が響いた。
(強くなりたいか?)
その言葉にすぐさま頷いた。悪魔と契約してでも今を変えられるのならと強く願った。
(ならば仮面を着けるのです、運命を享受しなさい…)
かごの中にはいつの間にか入っていた昨日の女王様セットがあった。これなら…!
恥をかなぐり捨てて仮面をつけると冷静に状況や使い方が分かってきた、あとは先輩の気持ち次第だ。
「…先輩!強くなりたいですか?」
「あぁ…今この時皆を守れるくらい強くなりたい…!」
「強くなるためなら全て受け入れられますか?」
「もちろんだ!」
「わかりました…ごめんなさい!」
背を伸ばして先輩の首に手をかけた、ガチャリと音を立てて鉄の首輪がつけられたのを確認した。
「…これは?」
「は?」
ぽかんとしている先輩と人攫いをスルーして私の口からはとんでもない言葉が出てきた。
「行けっ、アルバート・グレンダール!主人の命に従い排除せよっ!」
自分で思ってもいない言葉が口をついた上に、言い終わった途端先輩に鞭を振るってしまった。仮面を付けたことで、首輪を付けた契約者に対して鞭を振るうと契約者の力を何倍にも引き出すバフが出来る事は瞬間的に理解できた。
このピンチを乗り越えなきゃと言ったけど、人を傷つける真似をするのに躊躇すると思っていたのにどうして乗り気なのか、これも仮面の効果なのか怖すぎる。
「了解した!」
鞭打たれた当の先輩はさっきの噛み傷も鞭の傷も全く痛そうじゃないし、横暴にも即答するしでこの場で1番混乱してたのは私だと思う。
「何始めようってんだよ…?」
2番目に混乱してたのは人攫いだろう。
鞭打たれた途端に目がいきいきとして狼と人攫いを素手でボコボコにした先輩に、私はこれは鞭打ちバフの副作用なんだとかハンス君が起きてなくて良かったとか色々なことを考えていた。
たまたまカゴに入っていたロープで人攫い達を動けないよう縛ると先輩はこちらへ向かってきた。房飾りの付いた小さい水晶玉のような通信魔道具で騎士団とやり取りしてもうすぐ迎えが来るとのことだった。
「…助けてくれてありがとう、ガーランド君」
「いえ、それはこっちの台詞ですよ」
「君のお陰で解決したのはいいんだが、コレについて説明してもらってもいいか?」
トントンと指で示した先には重そうな鉄の首輪があった。
「うっ…そうですよね、とりあえずお怪我の手当もありますし家に来てもらってもいいですか?」
「なぜか知らないが、怪我は鞭で打たれた時に治ってたようなんだ。力も溢れて不思議だった…こんな魔道具があるんだな」
君が思ってるよりも首輪も重くないし気分も晴れやかなんだと先輩は笑うけど、奴隷制なんてものは廃止されて何世紀も経つし何よりこんな良い人に契約がどうのなんてどう説明したらいいのか…って。
「そうだ!テイムですよテイム!」
「うん?」
「明日の朝までに何かの生き物をテイムしないと私退学なんです!あぁ…どうしよう」
「ガーランド君、大丈夫だ」
「へ?」
先輩は私の肩に手を置くとニッと笑ってこう告げた。
「俺がいるじゃないか」
「先輩…?まさか…」
「あぁ、俺をテイムしたことにすればいい」
先輩の大きな器への安堵なのかこれからへの不安なのか涙が溢れて止まらない、もう笑うしかない。
「ふっ…あはは、もう…どうにでもなれ…」
先輩が差し出してくれたハンカチはふわりと柑橘の香りがして少しだけ現実の辛さを忘れさせてくれた。
私の先輩は世界一! ちくわ田 @tkwd3
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