私の先輩は世界一!

ちくわ田

第1話 望まれぬ才能

1.望まれぬ才能


「たっだいまー!」

カゴいっぱいの薬草を抱えた私は重くて分厚い木のドアを開け、愛しの我が家へ帰ってきた。

今日はずっと待っていた王立アカデミーの合格発表が届く日だ。

ここハーゼル王国の首都の目抜き通りから約20分ほど歩いた所にある庶民向けの商店街、その端っこの薬草店に私とおばあちゃんは住んでいる。

数ヶ月前、商業について勉強したいと思っていた所に1枚のチラシが舞い込んできた。王立アカデミー入学募集、今なら入学金授業料免除…かも?

王立アカデミーといえば王国一の秀才が集まる由緒正しき学校で、貴族だけでなく才能があれば庶民でも誰でも年齢関係なく入学出来ると噂の場所だ。

手書きっぽいチラシだしうまい話には罠がある。怪しい、怪しすぎる。でもよくよく見ると入学試験で上位5番までに入れば免除と書いてあったので少しホッとした。

「試しに試験受けてみようかな」

試験場所もきちんと王立アカデミーだし、チラシがもし間違っていたらこんなの入ってましたよって守衛さんに報告しよう。

後ろ向きな気持ちで試験を受けて、トントン拍子に面接まで終えたのが先月のことだった。


「おかえり、エマ」

薬草師をしているお祖母ちゃんが薬研で葉っぱをすり潰しながら出迎えてくれた。

壁やそこかしこに干された薬草から独特な匂いがする。普通の人なら違うかもしれないが、小さい頃から懐かしんだ匂いにほっとした。

「もうお手紙が届いてるからね、机の上に置いてあるよ」

「お祖母ちゃんありがとうっ」

挨拶もそこそこにすぐさま机に向かうと、汚れ一つない真っ白な封筒が置いてあった。

封筒を手に取りエマ・ガーランド様へ、王立アカデミーよりと宛名に間違いがないのを確認した。

おそるおそるペーパーナイフで封を切って中身を確認すると「合格」の文字があった。

「………やったー!!お祖母ちゃんっ!!!」

慌てて報告しにいくといつの間にかご馳走が用意されていた、お祖母ちゃんはお見通しだったのかな。

「良かったねエマ、お前には才能があると思ってたよ」

「えへへ…そうかな?入学したら勉強頑張るね!」

これからの恐るべき学園生活をまだ知らない私はニコニコとのんきに笑っていた。

(何も知らなかった頃に戻りたい…)

過去は変えられないし歴史は繰り返すのだと何度も学んだけど、そう思うくらいはいいじゃないか……


入学祝いのご馳走を2人で食べたあと、手紙の確認をしていた私はある事に気がついた。

「あれ?私は商学科に応募したはずなのにテイマー科になってる…」

私のお祖母ちゃんは薬草師だけど私にはあまり才能がなかったようで、それならばとお祖母ちゃんの薬草やご近所さんの商品なんかをギルドに卸したり裏方として商業を支えたいと思い商学科に応募した。

面接でも先生方にその事を伝えたはずだった。

一方テイマー科は魔物や野生動物の被害削減のため、魔法による契約や調教で彼らを手なづけ敵対する魔物を追い払ったり、移動手段に用いることもあるけど乱獲で数の減った希少種の保護活動も行っていると聞いたことがある。

私や家とは全く縁のない科で頭の中が疑問符でいっぱいになった。

「そうかい、まぁなにかの間違いかもしれないし先生方に聞いてみるといいかもねぇ」

「うん、そうしてみるね」


1週間後、ついに王立アカデミーの入学式だ。

朝一番に職員室に向かって学科について尋ねたけど、商学科の先生が君のおばあさまがテイマー科のリドル先生と知り合いだから事情を知ってるんじゃないかと教えてくれた。

リドル先生に会わないと話が進まないようだったので、転科するのは今日の説明が全て終わってからだろうか。

お祖母ちゃんにも話を聞かなきゃ。

入学式の最中、こうしてもやもやと考えていると学園長のお祝いの言葉も頭の中をすり抜けていってしまう。

ぼんやりしながら壇上に目をむけると、がっしりして背の高い赤毛の男子生徒が挨拶をしていた。

「諸君!入学おめでとう。私は騎士科2年の次席アルバート・グレンダールだ。残念ながら本来出席予定だった首席が席を外しているため代理で挨拶をしている」

グレンダール先輩は一つ咳払いをすると高らかに宣言した。

「このアカデミーに入校した君達には素晴らしい学園生活を送ってほしい、そのために私達先輩は君達の期待に応え常に模範を示そう。立派な先輩達の後ろ姿から学び後世に受け継ぐ、そうしてお互い高め合ってより良い社会を築く努力をしようじゃないか」

堂々とした態度で入学したての新入生達の不安を受け止めるようなスピーチだった、年長者の懐の広さを披露した先輩に大きな拍手が送られる。

「あんな先輩がいるなら安心かな…」


式の後は学科ごとに教室でオリエンテーションや教科書類の配布の予定だった。

ここでリドル先生を捕まえたかったが、副担任の女性の先生しか捕まらなかった。

「お願いします、何かの間違いだと思うんです。私の学科について一度調べて頂けませんか」

「そうはいっても…あ、リドル先生からは期待の新人のガーランドさんが入ってくるって聞いたかな」

「ガーランドって…」私の姓だ。いやいやもしかすると同姓の人かも。

「今年はあなたしかいないけど」

頭の中を見透かされた上にそろそろ始まる時間だからと教室に押し込められた、一番前の席しか空いてなくて少しいたたまれない。

周りを見渡すと皆ほんわかしてて危険な魔物を従えるよりも綺麗な泉で野鳥に囲まれながら保護活動とかしてそうな雰囲気だなと思っていると、教室のドアが開いてリドル先生が入ってきた。

「やっほー、二日酔いで遅れてさ…うっぷ」

ヨレヨレの服で少しクマが出来ている先生は手早く教科書類の準備を終えると「前から取りに来て」と伝えた。

一番最初に受け取りに行くと、先生と目が合ってニッコリと満面の笑みで迎えられた。

全員に教科書が行き渡ると先生は「全員ちゅうもーく」と黒板に何か書き出した。

"絶対提出課題"と大きく書かれた言葉に周囲が戸惑う。

「明後日から本格的に授業ですが、その前に皆さんに課題を提出します。皆さん基礎Ⅰの教科書1ページを開いて下さい」

先生の言う通りページを開くと魔法陣の書かれた羊皮紙が挟まっていた。

「注意書きの書かれた羊皮紙が入っていますね?ではそれを使って明後日の授業までに魔物でも野生動物でも何でも構いませんのでパートナーをテイムしてきて下さい。出来ない方は即退学です」

先生の発言が終わった途端にざわざわと怯えた声が教室中に響いた。

「うそ…そんなのってないよ」

今までテイムなんて縁がなかったのに、こんな課題を出される生徒達に同情した。商学科でもこんな課題があるんだろうか、一筋の希望を抱いて私は教室を出ていくリドル先生を追いかけた。

「あの、先生!1年のエマ・ガーランドと申します。私の希望学科について何かの手違いがあったみたいなんですが!」

息を切らして伝える私にリドル先生は笑いながら答えた。

「入学おめでとうガーランドさん。いやー、君のテイムすごく楽しみだよ!なにせよ才能がビンッビンだからね」

「は?」

「あ、商学科の先生と君のお祖母様とは話が付いてるから」

ぽかんとしている私を置いて先生はとても上機嫌だった。

「先生、待ってください!話がまだ終わってません」

「じゃあ、テイムがんばってね〜」

人の話を全く聞いてくれないとんでもない先生だ。とにかくお祖母ちゃんにヒントがあるなら問い詰めないと。

「せっかく入ったのに退学はいやだよ…」

とぼとぼと重い足取りで家路をたどった。ご近所さんの皆が口々に入学おめでとうと笑顔で迎えてくれて、私も上手く笑えていたかわからないけど感謝を伝えた。


「ただいま…もう疲れたよ…」

お祖母ちゃんはため息をつきながら入ってきた孫を笑顔で迎えてくれた。

「おかえり、エマ。今日も精のつくもの用意してるよ」

「…お祖母ちゃん、学科の事知ってたの?」

ご飯の前にハッキリさせておきたい、すぐ本題に入ろう。

「…とうとうこの時が来たね、お前ももう知っていい年だ」

意味深な事を言ってお祖母ちゃんは古めかしいチェストを引っ張り出した。

鍵を開けると中にはゴツゴツとした罪人の付けるような鉄の首輪と黒く艶光した鞭、それから片側に蝶を模したレースの仮面と古い本が入っていた。

「今まで知らせてなかったんだけど、我が家には代々ある才能があるんだよ」

「何だろうこれ…テイムに関係あるの?」

試しに鞭を手に持ってみると吸い付くような革の感触があった。サーカスじゃないんだし、何の罪もない動物に痛い真似をしたくないなと思った。

「エマ、お前には"女王様"の才能があるんだよ」

女王様…?うちは王族とは全く関係ないドが付くほどの庶民だし、今の王政も女王様がいた記憶はない。

「言葉の意味を知らないのは幸せなことなのかね…」

やれやれとお祖母ちゃんは"女王様"の説明をしてくれた。曰く夜の世界では女王様と呼ばれる女性がペットや奴隷と称して痛めつけられるのが好きな人を従えていること、女王様は鞭やら蝋燭やらで相手を従える術を持っていることなどなど。

「何それ…知らない、ていうか一生知りたくなかったよ…」

朝からショックなことが続いて泣く暇がなかった、泣きつかれて眠って起きたら全て夢だったらいいのに…。

「残念だけどそれはお祖母ちゃんも若い頃思ったよ、でも業なんだろうね…」

お前のご先祖からお前の母さんまでずっと女王様をやって世界の悩める人々を救ってるんだよ、そんな事を言われても聞いた話とギャップがありすぎて辛い。

「じゃあテイムの才能って…」

おそるおそる聞いた私に残酷な事実が突きつけられた。

「あるよ、対人だけどね」

「やっぱりそうじゃん!」

頭を抱えた私にお祖母ちゃんは他人事のように笑っている。

「魔物も捕まえられないことはないけどねぇ、まだお前には危ないと思うしこの際文武両道のいけめんでも捕まえたらどうだい」

「入学早々変な目で見られるのはいやだよ…でも退学もしたくない…」

「今日は疲れたろう、明日のことは明日考えればいいさ」

落ち込んでてもお腹は空くし、今日はとても疲れたから眠って忘れたかった。

その日の夜、私は自分が人間ピラミッドのてっぺんで高笑いしている夢を見てうなされた。

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