傲慢な魔女の従者になった少年

ちゃむ雷

Episode1 傲慢な魔女

 「早くしないと、いつまでも終わらないんだけど」


 「はぁ..すみません」


 少年は地下室の掃除をさせられていた。長年埃が被った部屋は、見たこともないような不思議な道具が乱雑に置かれている。


 彼は小さく咳き込むと少しむすっとした表情になっていた。


 それというのも手を動かす少年の傍、魔女は後ろからもたれ掛かる様に肩に肘を乗せてニヤつき顔でする事なす事にいちいち文句を付けていたからだ。


 「さっさと終わらせないと夜になっちゃうよ」


 少年の首には魔女に無理やり嵌められた首輪がされていた。


 少年は目の前の木箱を持ち上げで埃を払った。その中にはガラス製のフラスコが並べられており、緑のどろっとした粘性の液体が入っている。その液体からは鼻につく刺激臭がした。彼は鼻から息を吸い込まない様に顔を遠ざけて木箱を運んだ。


 「ねえ、ちょっと涙目になってるよ」


 魔女は少年が愛らしいようで、慈悲深そうな微笑みを浮かべてゆっくりと手を伸ばした。伸ばした手は少年の目元を撫でると目尻に溜まった涙の粒がほんのすこし人差し指に付いた。


 魔女は手に付いた涙を振り払うように手首をふらつかせたが既に皮膚に染み込んでしまったようで手から涙が落ちる事は無かった。


 魔女はからかい飽きたの様子で少年に背を向けて何事も無かったかの様に部屋から出ていってしまった。


 少年はポツンと一人取り残された。しばらく呆然と女が出ていった方角をながめていたが、また直ぐにキビキビとした動作で地下室を片付けを再開した。


 魔女のことを思い出すと腹が立つので今はもう何も考えない様にした。



♢♢♢





 窓の外を覗くと数日間降り続いた雪はやんで雪面に日光がキラキラと反射し、白一色の美しい景色が広がっていた。


 心地良い朝だった。


 少年は足早に風呂場へと向かっていった。


 お風呂で体を洗い終えると直ぐに、髪を乾かし、耳当てが付いている帽子を被って、彼の背丈には大きすぎるリュックを背負った。


 コランは美しい少年であった。身長は低いが、鼻筋は通り、肌は雪のように白かった。よく微笑みを浮かべるせいで、顎のところまでえくぼができていた。


 いつもは近くの森から木々を集めて木製の小物や器を仕立て上げ、小銭を稼ぐ事で生活をしてきた。しかし、この長く厳しい冬は彼の備蓄の底を尽きさせるには充分すぎるほどであった。


 今回の相手はコランのお得意様である。春を迎えるにあたって何としてでも取り引きしたい相手であった。


 コランは少し張り切りながら野兎のように軽快な足取りで、雪道を進んで行った。





 山の奥にひっそりと建つ黒煉瓦造りの洋館に着いた。真っ白の雪との色の色相しきそうが対象的で、それは白の世界に落とされる一滴の墨であり、いだ心に波紋を起こさせる情景に思えた。


 コランは女主人に広間へと通された。


 「ふふふ、いらっしゃい」


 「あちらにお掛けになって..そこでゆっくり話しましょ」


 屋敷の主人であるドロニアはゆったりとしたガウンを着込み、コランを見下ろす様に腕を組んでいる。年齢は彼より一回りほど歳上のように思えた。だが、年齢を感じさせないほど彼女は美しく、黒く長い艶のある髪、海の底のように深い あい色の瞳、知的で冷たそうな顔立ちにはどこか吸い込まれそうな魔力があった。


 ドロニアはコランにゆっくり目をやりながら、静かに口を開いた。


 「雪道の中、来てくれて嬉しいわ」


 「どんな品物を持ってきてくれたのかしら..」


 「上質な木材で作ったモノが沢山ありますよ」


 「このコップなんか、しばれる雪の中を耐え抜いた針葉樹から作られているので、とても頑丈で熱も逃さないんです!」


 少々早口気味に、口にえくぼを作りながらコランは言った。


 ドロニアはわざとらしい仕草で頬に手を当て考え込んでいる。


 「そうねぇ、でも前にも買わせてもらったものね」


 「まあ..いいわ」


 「でも先に、わたしのお願いも聞いてくれる?」


 ドロニアの瞳がキラキラと輝いたように見えた。その様まるで暗闇の中で光る猫の目のような鋭さがあった。


 「はい..ぼくにできる事なら」


 「ふふ..なーにとっても簡単なことなの」


 コランはカバンから他の品物を取り出そうしていたが、それをやめさせるようにドロニアは続けた。


 「さあ、こっちに着いてきて..」


 「わたしの願いが叶ったら、その品物たちは買わせていただくわ」


 ドロニアは、いつもにもなく上機嫌な様子で彼の腕を強引に引っ張って部屋の外へと連れ出した。

 

 「コラン!こっちよ」


 「ドロニア様..ちょっと、お待ちください..」


 廊下へ出ると、黄金の装飾に彩られたランプが薄暗い石の床を照らし出し炎のゆらめきと ともに影がワルツを踊っていた。


 長い廊下をしばらく歩くと、ひときわ大きな扉が見えてくる。

 

 分厚い扉の前で立ち止まると、ドロニアはそのまま彼の腕を引っ張って中へと連れ込んでいった。


 「あの..ドロニア様ぁ..」


 コランは困った様に声を出した。


 「ふふ、あなた、何もわかってない様子ね」


 「えぇ..ど、ドロニア様..?」


 突然の言葉に状況が掴めず突っ立ってると、ドロニアは白いレースの天幕が付いたベットに腰掛け、呆れたように喋り出した。


 「はぁ..あのね、なんでわたしが貴方をこんなに待っていたかわかる?」


 「え、えーと、品物を購入するためにお呼び頂いたんじゃ..」

 

 「ふふ、違うわよ」


 「貴方には別の仕事をやって欲しくってね..」


 「あ..あの、僕はどうすれば..」


 コランは困惑して不安そうに聞き返した。


 「はあ..全くおどおどしちゃって..」


 「貴方の品物が毎度欲しくてあんなに買ってあげてたとでも思ってるの?」


 突然の豹変ぶりに、コランは怖くなって黙ってしまった。


 「いいから、こっちに来なさい」


 ドロニアはベットの下に仕舞われていた箱を取り出すと、乱暴な仕草で何かを取り出そうと忙しげに手を動かしていた。


 コランは何処か異様な状況に身の危険を感じた。


 「ど、ドロニア様、今日は帰ららせて頂きます!」


 急いで部屋から出ていこうとしたとき、「パチン!」と短な音が響き渡り足がふらついた。


 「う..うぅ痛い」


 頬に手を当てるとジンジンと痛んだ。いきなり、はたかれたのだ!

 

 「なんてこんするですか..」


 コランは彼女の全くもって理不尽な行い対して不服を唱えた。しかし、彼女は逆に責め立てるような迫力で言い返した。


 「なんで逃げようとするの!」


 女はゆっくりとコランに近づくとコランの首元にするりと手を回した。


 片手には何やら怪しげな金属の輪っかが握られていたことをコランは一瞬目にしたが、今までに体験したことの無い仕打ちに対し、彼は恐怖し、一瞬の判断を鈍らせた。


 その矢先、何かが かみ合ったような金属の鈍い音がしたかと思うと、蛇のような質感の生き物じみたバンドが彼の首に巻きついてくる。

 

 「う..ちょっ、なにこれ」


 「ふん、これで大丈夫そうね」


 「それはね、魔法の首輪なの、わたしが貴方のために作ってあげたのよ」  


 女はいかにも親切な行いをしたかのような態度だ。

 

 コランは混乱し、未だ何が何だか状況を掴めずにいた。


 「わたしね、従者が欲しかったのよね..」


 「それでね、ちょうど貴方も一人きりで生活に困ってる様だったから、わたしの屋敷で働かせてあげようと思ったの」


 コランの住んでる街には大きな修道院があった。修道院では異端な魔女は罪とされ、数年前には大きな魔女狩りがあった事を耳にした。ドロニアは街から追いやられた魔女であり、深い森へと逃げおおせた生き残りだった。


 ドロニアはそんな生活に嫌気がさし、自分の家事やら食事の準備などを押し付ける存在を探していた。そんな中、偶然にも屋敷を出入りする身寄りがない少年に目をつけ、前々から彼を捕える計画を練っていたのだ。


 「そ、そんな..ぼくがこんなところで働くなんて、お断りいたします..」


 コランはこんな傲慢な魔女の従者になるのはまっぴらごめんだと思った。しかし、魔女は全く聞く耳を持たない。そもそも了承を得る気はなかったのだ、そのためにも魔法の首輪で従わせるつもりであった。


 「まあ、いいわ取り敢えず昼食でも作りなさい」


 そんな理不尽な態度に、コランは反発した。


 「い、いやです!」

 

 「はやくこの首輪を外さないと、修道院の人たちに言いつけますよ!」


 コランは魔女をにらみつけて言った。


 「はぁ..」


 ドロニアは呆れ顔でため息をつくと怪しげな呪文を唱え出した。首輪が淡く光を帯び、古代語のような文字の羅列が首輪にじんわりと浮かび上がった。


 蛇が獲物を絞め殺すように首輪はゆっくりとしかし着実に、締まりはじめた。


 「ぐ、うぅ..」


 どんなに抵抗しても、締め付けが収まらない、コランは気絶しそうだった。そんな中、魔女はただただ彼を冷たく見つめていた。


 一分ほど続いたであろうか、もしくはほんの数十秒かもしれなかった。だが、コランの心をへし折るには十分すぎるほどであった。


 コランは、もそもそと唇を震わせた。


 「なに..」


 魔女が手をひょいと動かすと首の締め付けがおさまった。


 「うぐぅ、はあはあ..」


 コランは首に手を当て呼吸していることを実感していた。


 そんな彼の目からは涙が溢れている。  


 「で、なによ..」


 「はやく言わないとまた締め付けるわよ」


 コランは体びくっと振るわせると反射的に謝った。彼にはもう反抗の意思は残っているはずもなく、ぷるぷる震えていた。


 「ひゃい..ごめなさい..従者にますから」


 「その首輪がある限り貴方は逃げる事はできないからね、これからは従者であり、わたしのペットとして頑張ってね」


 ドロニアの理不尽な言い草にコランは唖然としたが、首を締め付けられるのが怖くて結局何にも言い返すことは出来なかった。


 コランはとぼとぼ と暗い廊下を歩いていた。悲しい気持ちを抑えたが無意識にも顔は俯き、目線は下に落ちた。冷たき煉瓦の壁と床の隙間からは蜘蛛の糸ほどの光が漏れ出していた。


 コランは静かな希望を心に誓った。


 -どんなに魔法で僕を苦しめても、心までは決して支配することはできないと-

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傲慢な魔女の従者になった少年 ちゃむ雷 @chamu_zZ

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