第40話 朝の祈り
朝、目が覚めると、屋敷の豪華なベッドの中に自分以外の温かさを感じる。
窓の光を避けるように寝返りを打って隣を見れば、作り物のように綺麗な顔がある。
ララはこうして寝ていると、本当に人形のようで美しい。
「で、ララは何でここにいるのかな」
声を掛けると、それでスイッチがオンにでもなったように、ララはパチリと目を開いた。
「失礼。主様を起こしに参ったのですが、つい無防備な寝姿に誘われて二度寝をぶちかましてしまいました」
「どうしてそうなる……」
げしっ、と足で蹴ってララを追い出すと、ララはその勢いを利用してベッドのそばに綺麗な姿勢で立ち上がった。
やっていることは無茶苦茶だが、寝起きの着替えや身だしなみはララが整えてくれる。
長い髪を人に梳かして貰う経験はそう多くは無いが、実際やってもらうとかなり心地いい。
「お食事が出来ているとエステラ様に言われて来てから、しばらく経っています」
「怒られるやつじゃん。どうして起こしてくれなかったんだよ。代わりにララが怒られてよ」
「えー」
「えーじゃなくてさ」
「ささ、早く行かなければ。エステラが厨房を爆破するのも時間の問題ですよ」
食堂に向かう前に、二階にある、フィーナが作った仮の礼拝室に向かう。
小さな小部屋に、屋敷の中から探してきたのか、小さな聖母像が置かれている。そこには既に蝋燭が立てられていて、フィーナが朝に一度訪れたことがわかる。
「イヴ、ニーナ、サラ、シェリー、イライザ、ローラ、ナタリア、ハンナ、ココ、ジュリ。天体におられる私たちの聖母よ、あなたの元へ召された彼女たちが、その庇護のもと幸せで満ち足りていますように。聖母マリリアに、心より」
跪いて、生贄になった彼女たちに祈る。フィーナに教わった祈りの言葉の、奥深くにある信仰を理解しているわけではないが、彼女たちが安らかでいて欲しいという思いは本物だ。
祈りなんてそんなものだろう。少なくとも、日本人の大半にとってはそうだった。
ようやく食堂に顔を出すと、エステラがむすっとした顔で食卓に肘をついてこちらを見ている。
「違うんですよ、エステラさん」
「おはよう、メイティア。随分なお寝坊さんだこと」
「おはようございます。いや、ララが起こしてくれなくて……」
「起こして貰わないでも自分で起きてきなさいよ」
「確かに……一理ありますね!」
「全く……しょうがないわね」
笑って誤魔化して椅子に座れば、ふわふわと浮いて皿に乗ったパンが目の前に提供される。
何だかんだ言ってエステラはこういう感じだ。面倒な性格だが、だんだん扱い方がわかってきた気がする。
「食料にも余裕が無いわ。あんたのとこの、馬鹿力娘が食べすぎなのよ」
「アシュリーですよねぇ……まあ、生まれたばかりで育ち盛りですから」
「そういう問題? とにかく、保存してある食料は後で浄化しておいてよ。別にフィーナかマイシェラでもいいけど」
「食料は腐食より早く穢気に汚染されるけど、汚染されている間は腐らないんでしたっけ」
「その通り。聖女がいなければ汚染された食料は食べられないけど、聖女さえいれば穢気汚染でさえ立派な保存方法ってわけ」
「そう考えると、食料は一気に仕入れて保存しておきたいところですね」
「まあそうよ。街に通う頻度が増えるほど、誰かに見つかる危険性だって増すんだから」
「何か考えた方が良さそうですね。それかいっそ、自給自足するとか?」
「汚染されているんだから、この地で作物は育たないわよ? すぐに黒く朽ち果てて別の生物のようになってしまうんだから」
「だから、エステラを浄化して、この周辺で作物を作れるようにするっていうのもありなのかなー、と」
「はぁっ? ちょ、ちょっと待ってよ。私まだ、そんな、心の準備ができていないわ!」
実際屋敷にいる人数が相当増えたおかげで、見張りを置くのも難しい話では無くなったのだ。
エステラを浄化するメリットの方が上回ればその方がいいのだが……まあ、お互いの気持ちの問題もある。
食事を終えて庭に出ると、アシュリーが汗を垂らしながら大剣を素振りしていた。
「おはよう、アシュリー。それは訓練?」
「我が君。おはよう。今日も見目麗しいな。これはな、基礎的な訓練だよ」
「アシュリー達でも訓練って必要なんだ?」
「他の二人はてんで聞かないが、我が君の為にいかなる鍛錬も怠るべきではないよ。汗水たらして訓練していると、心も磨かれていくしな。一緒にどうだ?」
「うーん、光剣は素振りできないしな。模擬戦闘とかだったら、今度付き合うよ」
「おお! それはいいな! 我が君直々の指導、楽しみだ」
「いやいや、こちらが教えてもらうことになるかも」
実際、何となく光剣を操っているだけだし。聖女は何か訓練するものなのだろうか?
今度フィーナに聞いてみよう。
庭を軽く散歩して屋敷に戻ると、フィーナとマイシェラの声が聞こえて来たので、ふと部屋の前で足を止めた。
「聖女たるもの、神の名を汚さないよう、美しい佇まいを心がけなくてはなりません。立ち振る舞い、礼儀作法、言葉遣いから、気遣いまで。マイシェラさんはよくできているようですが、改善の余地はありますわ」
「はい……! 生まれてすぐに任務に出てきてしまったので、あまり教育を受けていないんです。是非教えてください!」
「いい心がけですね。ではまず聖母録の十章七節を、声に出して読んでみましょうか」
ああ、マイシェラも大変そうだな。自分もこの世界に呼び出されてすぐ、あれをやられたっけ。
というか、聖母教会に戻るわけでもないのにそんなもの覚える必要あるのだろうか。どちらかというと、フィーナの聖女とはこうあるべきだ、というこだわりが大きいのかもしれない。
かくいう自分もフィーナに叩きこまれた通り、ララたち以外にはそれなりの振る舞いをするようになってしまった。
「あら、メイティア。あなたも参加しますか?」
開いたドアのそばで足を止めたのに気づいて、フィーナがにっこりと笑った。
俺は知っている。あの笑顔に騙されてはいけない。すぐにここを去る必要がある。
「大丈夫です、フィーナさん。今日も暖かくていい日ですね。皆に聖母様の祝福がありますように。ではごきげんよう」
「まあ、メイティアったら」
想像以上に丁寧な返事が返ってフィーナが来て驚いている間に、俺は素早くその場を去った。頑張れ、マイシェラ。
裏庭で、軽く光剣や光輪を動かしたりするのがいつの間にか日課になっていた。
防御は自動でやってくれるが、攻撃の時には能動的に動かさなくてはならない。おそらく、そこに聖女の実力というのは出るのだろう。
そんな訓練や、エステラと食糧問題について話し合って一日を過ごした。
夕飯前にエステラに呼ばれ、風呂に入れと言われたので、誰もいないことを確認して浴槽に浸かった。
「はぁ~……生き返る……」
声は美少女だが、掛け声はおっさんのそれだ。声が漏れてしまうもんはしょうがない。
毎日この風呂で安らぐことができるのは、この屋敷に住んでいる一番のメリットと言ってもいい。
「はぁ……それにしても……」
それにしても、未だに自分の身体を見るのも慣れない。
見下ろせばそこにはふくらみが二つあって、下半身への視界を半分くらい遮っている。
別に誰かの身体を盗み見ているわけではないのに、罪悪感が消えることは無かった。この身体に慣れることは永遠に無いのだろうか。
「自分の身体だし、少しくらい好きにしても……いいのか?」
許されるのだろうか?
誰に見られているわけでもない。じーっと下を見下ろして固まっていると、突然声が響いた。
「どうしたんですの? ため息なんてついて」
「おわぁっ!? ミューカ!?」
背中を浴槽の端に着けているというのに、何故か首の後ろ辺りのすぐ傍からミューカの声が聞こえて、思わず飛び退いた。
お湯の中からミューカの身体が徐々に姿を現した。また浴槽の中に潜んでいやがったのか。
「それ、やめてって言ったよね? また待ち伏せしてたの?」
「たまたまメイティアより先にお風呂の番で、長湯していただけですわぁ~」
全く反省せずにミューカは言う。
「悩みがあるなら話してくださればいいのに。私、相談に乗るの得意ですわよ?」
ミューカは素っ裸で、お湯を泳いでこちらに近づいてくる。
「今話す事じゃないよ。とりあえずもう出ようかな!」
「駄目ですわ! 逃がしませんわよ!」
ミューカはスライムになると、お湯の中に足や腰を掴み、引き留めてきた。
「待った待った! 怖いから! 恐怖体験だからこれ!」
「そんなことありませんわよ? ほら、覚えていらっしゃるでしょう? あの時はベッドの上でしたけど、本当のスライム風呂、私が教えて差し上げますわ」
「ちょっ……ほんとに待っ……」
水の中で、粘度が違う物が身体に纏わりついてくるのがわかる。
脚に巻き付き、腰を撫で、脇から二の腕を掴み、足と、手の指の間にまで入り込んでくる。思わず鳥肌が立って、身体が固まった。
「うぎゃああああっ……!」
浴場に、まだ聞き慣れない自分の悲鳴が反響する。事件性のある女性の悲鳴みたいだな、と他人事のように思った。
……これが新しい世界に放り込まれた俺が過ごす、ある屋敷での、ありふれた一日の様子である。
救って異端の聖女様! 〜異世界TS召喚された聖女、異端認定されるも魔物娘をキスで仲間にできるし新世界作っちゃう?〜 八塚みりん @rinmi-yatsuka
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