第39話 同居人たち
「わぁ……綺麗な肌」
「メイティアもなかなかの物をお持ちですね……」
「口づけをすれば目を覚ますでしょうか?」
「だ、ダメよそんなの! 人前でそんな……私がしようか?」
「メイティアの汗を自分の身体に取り込むと、とても背徳的でイイ感じですわ~」
「むう、まずい。あまり見ていると反応してしまう」
ひそひそ声に目を覚ますと、全員に囲まれて身体を拭かれていた。
全裸で。
「うおおぉいっ! 衆人環視の素っ裸! 二回目ぇ!」
この世界に呼び出された時のことを思い出した。
しかし今回は麗しい美女たちが、心配そうにのぞき込んでいるという最高の景色だ。
というか、全方向から身体を触られている。さすがにまずいと、ララが持っていたタオルをひったくって、身体を隠した。大体隠せていないが無いよりましだ。
「散れ、散れぇい!」
「はい、はい。主様のお世話は私がしますので。散った散った」
ララが両腕から出した触手で威嚇すると、それぞれ自分の着替えへと戻っていった。
ララ曰く、倒れる直前にも触手で支えて助けてくれたらしい。
身体を拭いて再び衣服を身に着けると、ララに急かされるまま、俺たちは食堂へと向かった。
食堂には大盛の料理が並んでいて、好きなように食べられるよう取り皿が置かれていた。
料理自体は、焼いた燻製肉やらパンやら、それほど凝ったものではないが、空腹だしとてもうまそうに見えた。
「うわ、凄い。どうしたのこれ」
「お風呂に入りながら、エステラさんが用意したんです」
そうか。エステラは屋敷の全てを操れるから、風呂に入りながら調理器具を魔法で動かし、食事を作ることもできるのだろう。
「すごいですね、エステラさん」
「別に大したことないわ。でもこれのせいでキスできないのよ、私は……!」
「あはは……いつかきっとできますよ」
「何なのよその余裕はっ! 私とすることを想像したなら、もうちょっと恥じらいなさいよ!」
それもそうか。じゃあ何て言うのが正解だったのか教えてくれ……
全員が食卓に着いて、思い思いに食事を始めた。
ララは触手で器用に食べ物を取り寄せる。アシュリーはかなり大食いのようで、盛り盛りに盛った皿からみるみる勢いで肉が消えていく。
なんとも賑やかな食事だ。
「食べてばっかじゃダメよ。ひ弱なメイティアが倒れたせいで、話の続きなんだから」
「ははは……面目ないです」
「べっ、別に責めてるわけじゃないわ。私がついてなきゃ、ほんと駄目ねって話よ」
うーん、エステラさん、愛が重い。愛と言っていいのかはわからないけど、とりあえず重い。
「まいふぇらのふぁなしあったな」
「なんて?」
「ういじぇらが」
「よし、一旦私から話しますね?」
口の中に物を放り込みながら話そうとするアシュリーを黙らせ、とりあえず話を取り仕切る。
「私が召喚されてから、身の回りの世話をしてくれたシスターがマイカでした」
マイシェラに、マイカとの関係性を説明するくらいなら自分もできる。
「マイカとはそれだけの関係で、彼女のことを深く知ってるわけじゃありません。それでも、いい子だったし、嫌いじゃなかった。ある日、ララたちを生み出す能力のせいで、私がヴェスパー教団と繋がっていると思われ、処刑が決まった。もちろん繋がってなんていない。だから私たちは教会の手から逃げ出した」
「そんな、じゃあ無実の罪だって言うんですか?」
マイシェラは教会のことを信じているようだ。しかし、マイカが教会の人々に苦しめられた夢を見るせいで、最後まで信じきれないのだろう。
「ええ。だからここにいるんです。私は逃げ出した。そのせいで、マイカまで巻き添えを食らってしまったんです」
「なるほど……マイカからすれば、メイティアさんたちが教会を裏切って、マイカ自身が無実の罪で生贄にさせられたと考えても仕方ないですね……」
「メイティア様に続く聖女を量産すべきだと提唱したのは、まさにルースだ。彼はメイティアを取り戻す為に、自分の言うことを聞く戦力が必要だったからな。マイカを疑いありと教会に推薦したのも彼だ。マイカの面影がマイシェラにあれば、メイティア様も攻撃の手が緩むとまで考えていたのだ」
皿にあったものを綺麗さっぱり平らげたアシュリーが、ルースの記憶を頼りに補足をした。
「同情できそうかと思えば、許しようがない話が出てきますね、ルースは……」
「あのルース様が、そんなことを? そんな風には全く見えなかったのに」
「マイシェラさんの気持ちはわかります。誰より常識人で、何でも上手くやる、みんなの憧れの騎士……傍から見れば、ルースはそう見えますよね」
アシュリーから話を聞いて初めて、ルースの胸中にそれほど強い感情が渦巻いていたのだと知った。そうでなくては、ルースはいつでも何事も無かったように澄ました顔をしているのだ。
「許されないことを多くしてきた人ですが、時代に弄ばれて苦しんだ一人の人間でもあります。祈りましょう。彼の魂が聖母の元に召され、彼の罪が許されることを……」
フィーナは胸の前で指を組み、目を閉じ祈った。やはり慈悲深い人だ。自分はマイカの手前、どうしてもそうは思えなかった。
しかし当のマイシェラは、フィーナに続いて迷わず祈った。
「ようやく、マイカに何が起きたのか分かりました。しかし、私はどうしたらいいのでしょう?」
祈りを終え、ゆっくりと目を開くと、マイシェラはそう迷いを口に出した。しかしその答えをマイシェラの代わりに出せる人間などいない。
「マイシェラさんは聖女だから、汚染されずここに留まることもできます。聖女教会に戻ってもいいけど、できればこの場所のことは話さないでほしいです。それと……マイカの件もあまり口に出さない方がいいと思います」
マイカは実は無実だった、なんて言い始めたら、マイシェラもフィーナと同じルートを辿ることになってしまうだろう。疑わしきは罰せられるのが今の聖女教会の在り方のようだし。
「時間をかけて決めても……」
「いいえ。私、ここに残ってもいいですか?」
「いい、けど。本当に大丈夫ですか?」
今の感情でそう決めてしまっても、マイシェラがこっちの道に進めば幸せな人生を歩める保証なんてない。むしろ、追われる身になるのだから、危ないに決まっている。
「ええ。マイカのことの真相を知った今、私には教会でそのことを黙って過ごす事など、できそうにありません。でもせっかくマイカにもらった命ですから、無駄に失くしてしまうことはできません」
マイシェラの言葉を聞いて、フィーナは優しく微笑んだ。
二人の考え方は似ている。生贄にされた人のことを思えば、自分の人生は無駄にはできない、成し遂げるべきことがある、という考えだ。
自分だって、多くの生贄から召喚されてしまっているのだ。少しは、その考えに倣わなければいけないのかもしれない。
新しく始まってしまったこの人生で、何を為すべきか。元の世界に戻れたりしないか、未だに考えてはいるけど。
「わかりました、マイシェラさん。全てを保証するわけじゃないけど、あなたを守る為にできることは、可能な限りさせてもらいます」
「そんな、守っていただくだなんて。私だって聖女のはしくれ。自分の身は自分で守れるよう、努めてまいります」
「そう……ですよね。ではこれから、よろしくお願いします!」
笑った顔が特に、マイカに似ている。
間違って名前を呼んでしまわないように、注意しないと。
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