第38話 事の真相
会議は泳ぐ。されど進まず。
「さ、さて。何のお話をするんでしたっけ?」
常識人のフィーナさんが、この異常な空間に一石を投じてくれて、ようやく話し合いに入ることができた。
「えーと、一番はアシュリーに色々聞きたいことがあって、皆にも聞いて欲しいんですよ。ミューカ邪魔」
「やぁん」
さすがに覆いかぶさられたままでは喋っていられない。ミューカを押し退けると、半スライム状態になって不満そうに流されていった。
「もちろん、我が君の質問になら何でも答えよう」
「えー……ありがとう、まずは……ジュリのことについて聞いていい?」
おそらく、ルースがあれだけ自分にこだわっていた理由には、自分の召喚の生贄にされてしまったジュリというシスターと関係がある。
「ああ。ジュリというのは、知っての通り、聖女教会のシスターだ。彼女は密かに、ルースと恋仲だった」
「やっぱり、そういう系のやつね……」
あれだけ執着するのだ。身内か恋仲かどちらかってとこだろう。
「シスターが、恋仲だなんて……」
フィーナとマイシェラは、残念そうに顔を見合わせた。
「もしかして、聖女と違ってシスターは駄目なんですか?」
「ええ。聖女は現人神に近く、生活にあまり制限は無いのですが……シスターは神に仕える者なので、そういったことは禁止されているんです」
「じゃあ禁断の恋ってわけですか」
「わぁ……禁断の……」
マイシェラは興奮して頬を赤く染めている。
残念ながらこっちはそんな気分にはなれないな。結果が悲恋だと知っているから。
「だからまあ、密かな逢瀬だったわけだ。しかし、王国を取り巻く環境は日に日にひどくなる。超常聖女召喚の儀が提唱され、優秀だったジュリもまた、生贄候補に選ばれてしまったんだ」
「超常聖女召喚って?」
「メイティア、あなたにも関わりのあることです」
フィーナが真剣な表情で、補足の説明を続けた。
「通常、聖女の召喚に用いられる生贄は一人です。しかし、昨今の厳しい状況を鑑みて、本来一世一代だった聖女は数を増やし、ついには生贄の上限も二人に上がりました。それでもまだ劣勢で、東半分を失ったアライアン王国は、ついに聖女教会の掟を改訂してまで生贄の上限を解放し、より強力な聖女を生み出す計画を立てたのです」
「確か、リナの生贄も三人だったと思います。私は二人ですが……」
「生贄の数を増やすほど、聖女召喚の成功率は下がります。マイシェラさんのように一人~二人での安定した召喚も、未だ必要なのでしょう」
いやいや、通常一人~二人って。増やすほど成功率が下がるって?
「じゃあ、十人の成功率って一体……?」
「メイティア、あなたの前には何度もの失敗があります……その度に……命を落とした者がいるのです」
一度、ルースが何か言おうとしていた。確か失敗した聖女は、俺が最初に吐いた液体のようになって消えてしまったかのような口ぶりだった。
「頭おかしいんじゃないですか……」
「私たちは信じていたのです。それしか世界を救済する方法は無いって……実際、量産された聖女のおかげで多くの人々が救われました」
まさに生贄の名の通り。少数の犠牲の元に、多くの人々が救われたということか。
「続きをいいか? ジュリが生贄に選定された時、ルースは彼女を連れて国外に逃げようとした。しかしジュリはそれを拒んだ。それが自分の使命なのだと。彼女なりに、ルースとは不釣り合いだと感じていたのだろう。自分から身を引きたかったのかもしれない。自分が死ねば、ルースは解放されると」
「そんな……」
ルースが自分に放った言葉が思い出された。
『口汚くて、がさつで意地っ張りな癖に、真面目で融通が利かない』
あれは、ジュリのことだったのか。ルースの誘いを断り、教会に殉じたジュリの。
「ルースは彼女を救うため、ヴェスパー教団にさえ通じた」
「何ですって! ルース様が、ヴェスパーと?」
フィーナも驚いているところを見ると、当然ながらそのことを知らなかったようだ。
しかし、それならルースがフィーナの移送を準備万端で買って出たことにも説明がつく。テレスが、フィーナを救いに俺たちが来るだろうと、ルースに情報を流したのだろう。
「しかし、ルースの目論見に反して、ヴェスパーはなぜか、ジュリが参加する超常聖女召喚を妨害しなかった。これはルースにとっては全くの誤算だったようだ」
「ヴェスパーは……接触した時、教団に来ないかと勧誘して来た。指導者を求めているようで、それは預言の通りだと」
テレス達が、召喚された自分を勧誘するというところまで見込んでいたのなら、召喚を妨害するはずもない。ルースはヴェスパーに騙されたのだろう。
「成程。ルースはそのことまでは知らされていなかったようだ。彼は潜入した教団員による蜂起が起きると信じたが、儀式は行われてしまった。そしてメイティア様、あなたが召喚され、生まれたのだ」
「そういうことだったのか……」
何とも言い難い。重い過去だ。ルースもジュリも、辛い思いをしたことだろう。
「ルースは悲嘆にくれた。その場にいる全員を切り裂こうかとも考えたが、まずはメイティア様……ジュリの命を使って生まれた、あなたを殺すべきだと考えた。そして部屋を訪れ、あなたを目にした時、ジュリの面影が重なったのだ」
話の内容のせいだろうか。のぼせているのだろうか、だんだん力が抜けていくような感じがする。
ルースの気持ちはよくわかる。つい最近、マイカとマイシェラを見て感じた思いと同じものだろう。未だ、自分もマイカとマイシェラが別人とは思えない。それが愛する女性だったのなら、尚更だ。
「彼はヴェスパーを信じたせいで、ジュリを失った。だから、もうヴェスパーにも、王国にも教会にも邪魔をされないよう、彼なりのやり方でどうしてもメイティア様を手元に置こうとしたんだ」
「その結果が、あの別荘での話し合いか……」
「ジュリを失った時点で、彼の中で既に、まともな感性は失われていた。外側を取り繕って、常人のように振舞って見せていただけだ」
同情はする。といっても、そのやり方が正しいということにはならない。
だから、あの時素直にルースの元に留まるのが正解だったとは思わない。
ただ、もう少し生前に、ルースが自分のことを話してくれれば、お互いもっと、やりようはあったんじゃないか。
……そんな考え方もできないか。ルースはそれで一度、ジュリを失っているのだから。
「では次に、マイシェラの件だが」
「少々お待ちください。主様がそろそろ……」
「む、どうした、我が君。顔がとても赤いぞ」
滅茶苦茶に重い話を聞いたせいか、ララとアシュリーに密着されながら天国みたいな景色を見せられてずっと心臓が高鳴っているせいか、他の人たちよりも早くのぼせてしまったようだ。
「大丈夫大丈夫……ちょっと先に上が……」
「主様! 危ない!」
照れ隠しにお湯から素早く上がろうとした瞬間、俺はのぼせて意識を失った。
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