閑話 とある冒険者のぼやき

 目前に迫る鉄板のような大剣を、転がるようにかわす。

 そのまま、ゴロゴロと転がりながら立ち上がるが、デコボコの洞窟の上を転がった痛みが、後々襲ってくるだろうことに顔をしかめる。


「まったく、貧乏くじを引いたもんだぜ!」

「アレを使う!」


 愚痴る男の背後から大声で警告が届く。

 それを聞いた男は速やかに目を固く閉じ、耳を押える。

 敵を前にしてあまりにも無防備な姿勢だが……。

 刹那。


 ドン!


 と腹に響く爆発音と共に、目蓋を閉じて、なお刺すような閃光が迸る。

 冒険者達が閃光爆弾と呼んでいるアイテム。

 日本から輸入しているスタングレネードである。

 1つで大金貨1枚の高額アイテムであり、普段の冒険では使いたくもない貴重品だが、今回の調査に対しては必要経費として1つだけ提供されていた物である。

 ならば、逃げるために使っても問題ないわけだ。


「退くぞ!」


 投擲を担当した男が指示を出す。

 前衛を担当していた男に比べれば、被害が軽微だったようだ。


「……おう」


 今なら、このままゴブリンの集落を壊滅できるのでは?

 と一瞬浮かんだ考えを打ち消して、前衛の男も後に続き、現場には未知の現象に戸惑うゴブリン達が残された。




「……ちくしょう。

 折角ボロ儲けのチャンスだと思ったのによ!」


 集落を離れ、2層と3層を繋ぐ階段まで後退した男がぼやく。


「しょうがないだろ?

 アレはどう見ても上位種だ。

 そうなると後詰めに、頭脳担当の上位種がいても不思議じゃない。

 さっさと帰ってギルドに報告するぞ」

「へいへい。

 ……どう思うよ?」


 相棒の言葉に、自身の危機を察した男が更なる感想を訊ねる。


「……ヤバいとしか言えないな。

 確かに数日前の調査報告じゃ、よくあるゴブリン集落レベルだったはず。

 対して、今の状況は数十年放置したようなレベルまで、状況が悪化している。

 どうしたらこんなことになるのやら……」

「前回の報告者が、実は確認していなかったとか?」


 冒険者と言っても、ピンキリである。

 さすがに、ギルドからダンジョン調査を請け負うレベルの冒険者で、そんな見え透いた虚偽をするやつもいないだろうとは思いつつも、疑心暗鬼になってしまう。


「それはない。

 仮に虚偽報告をしていたとしてもだ。

 今朝入った異世界人が、殲滅して魔石を大量に持ち込んだだろう?

 半日でこんな状況まで、ゴブリン集落が復活するか?」


 無論、当然のように相棒からは否定が入る。

 その方向性が冒険者の質ではなく、ダンジョンの再生能力を根拠としている点で、相棒にも多生の疑心はあるようだが……。


「あり得ないと言いたいが、異世界人が嘘を付くメリットもねえしな……」


 ここが何処かの村落で、その出身者が冒険者ギルドを騙して、安い依頼費用で仕事をさせようと言うなら別の話。


「過大報告するヤツはいても、わざと謙虚に報告するヤツはいない。

 ……少なくとも冒険者紛いの連中はしないだろ?

 なら……」

「普通じゃあり得ない、異常事態ってことか。

 つくづくダンジョンってのはワケわからないものだな」


 長年、冒険者として実績を積み、ギルドの調査依頼を任されるようなレベルに達した男をして、なお、ダンジョンと言うのは不可解なものであった。


「何を当たり前の事を言っている。

 ダンジョンに普通はない。

 これが常識だと散々忠告されただろうが……」

「調査員になる時の研修の話かよ。

 それは分かってるつもりだがよ?」


 異世界人は元より、この世界の人間ですら、冒険者のような立場で、ダンジョンが異質な存在だと言う事を気に止める者は少ない。

 物心付いたときから、ダンジョンと言う不思議な洞窟の存在を知っているのだから。

 だからこそ、冒険者ギルドの調査員へなった時に最初に仕込まれるのが、ダンジョンと言う異質な空間を再認識する研修であった。


「……さあ、帰って報告するぞ?

 俺達の仕事は、ダンジョン3層でスタンピードの前兆があると言う事実の報告であって、それの解明は偉い学者にでも任せる話だ」


 こうして、運良くダンジョンの異変を知ることが出来たアルンランド王国。

 しかし、異常事態に先手を打てると言う長所が、まさか短所へなるとはこの時は誰も想像していなかった。

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