九話目 魔王さま、心世界ダンジョンに到着する

「さ~てさて! これからどうしますか?」


 へステアは嬉しそうに両手を合わせてからワシに近づいてくる。柑橘系のさわやかな香りを体から発しながら大きく体を動かす姿からは、全く怖さを感じられない。

 しかし、確証はないが、目の前にいるのは神と自称している女だ。客人であるワシが無礼を働けば、簡単に始末できるだろう。


 穏便に、確実に情報を仕入れる動きをする必要がある。


「ふむ……折角じゃから、心世界について詳しく教えてくれないか?」

「はいは~い! わかりました!」


 へステアは快諾すると同時に指を鳴らす。直後、空間が教室に変貌する。精巧に作られた教室の風景を眺めていると、教室に入ってきたへステアが教卓の前に立った。


「それでは、解説していきましょう!」


 ワシが様々なことをかみ砕いて理解する前に、奴は説明を開始する。


 長くなるので割愛すると、このようなことらしい。


一.心世界は生物が夢を見る際に構築される仮想世界のことである。


二.心世界は夢見る者たちに奇跡を起こすべく使われてきた。主に、故人との再会や研究に対してのひらめきなどである。


三.心世界は平穏を保ちながら夢見るものに幸せを享受してきたが、依存するものが現れるようになった。


四.無理やり心世界に侵入しようとした心が弱ったものは、稀人として世界を彷徨うことになる。こうなった場合、栄養摂取が不可となる。


五.稀人を現世へ返すには触れた本人の良い記憶を思いださせるカイヤナイオ鉱石とトラウマを呼び起こすフラッシュストーンを個人のさじ加減で加える必要がある。

 使用するには、相手の心臓がある胸に当てなければならない。


 要点をかいつまんだが、心世界の理論や行うべきことは雑多に理解できた。

 実際に行っていく内容は、五番目である鉱石の付与だろう。


「この鉱石はいったいどこにあるんだ?」

「稀人たちが住んでいる場所か、ダンジョンにありますね。私的には後者の方を攻略していただけると非常にありがたいです」

「なぜだ?」

「石が自然発生しなくなってきているからです。理由は不明ですがダンジョンに多く発生するようになっているのではないかと考えられます」


 なるほど、合理的な考え方だ。


「わかりました。ダンジョン攻略をして見せましょう」

「ありがとうございます、助かります!」

「その代わりと言っては何ですが、一つ提案してもよいでしょうか?」


 ワシの質問を聞いたへステアは両手を合わせながら「私が行える範囲でなら叶えてみせましょう!」と返事する。一瞬だけ力を取り戻したいという願いを口走りそうになったが、今はその場合ではない。


「マキシバシゲルという男、稀人になってないか?」

「マキシバシゲル……あぁ、さきほど訪れた人ですね」

「こやつを助けたいんじゃ。ダンジョンを無事に帰ってきたら、こやつに率先して石を渡してやりたいと考えておる。だから、どれぐらいいるか教えてくれぬか?」

「かしこまりました」


 へステアはワシの願いを受け入れた後、数秒で必要となる石を提示してくる。

 カイヤナイオ鉱石とフラッシュストーンがそれぞれ一つずつ必要なようだ。素早く石を回収したのち、奴を助け出すには最短効率で戦闘する必要があるだろう。


「感謝するぞ、へステア」

「いえいえ、仕事ですから。それより今日はダンジョンへ向かう予定ですか?」

「あぁ、向かおうと考えているぞ」

「なるほど。何か装備したいとかはありますか?」

「装備か……言われてみれば、軽装で行くのはまずいかもしれんな」


 ワシは制服姿となった身体を視認する。見た目は可愛らしいが戦闘面で言えば全く意味をなさないだろう。せめて防具はまとったほうが良いかもしれない。


「一番良い装備を頼んでもよいか?」

「かしこまりましたっ! 一番良い装備を持ってきますね!」


 親指を立てるへステアに頭を下げ、少しばかり待つ。

 神が選択する装備なのだから、きっと強いのだろう。

 ワシは口角を少し上げながら胸を少し踊らせていた。


「持ってきました、リーヴさん!」

「おぉ、これはこれ……は……」


 ワシは装備を見た瞬間、瞳の中から光が消える感じがした。

 なぜなら、奴が持ってきた装備はてれびという機械に映っていたあいどるという者たちの衣装だったからだ。流石に強いとは思えない。


「冗談じゃよな? こんな装備が強いわけないじゃろ」


 ワシが呆れながら言うと、へステアは「え~? わかっちゃいましたぁ~~?」と言ってくる。間違いなく確信犯である。すぐさま替えを用意するように指示を出してから、数回ほどボケとツッコミを繰り返していると――


 一つの装備に目がとまった。

 薄い茶色の長袖シャツと茶色の革アーマー。くるぶしを隠せるほど長いズボンに、雨をはじいてくれそうな素材の靴。腰には剣をしまう鞘が取り付けられており冒険者として名乗るにはちょうど良い装備があった。


「これで良い、こういうので良いんじゃよ!」


 ワシは両手を組みながら女勇者らしい服に指をさす。


「えぇ~~かわいげないじゃないですか。力強いのに、楽しさ捨てたら美貌が持ったないですよぉ~~?」

「わしは美貌なんてどうでもよいわ。そもそも、こうなったのは全てシッシーのせいじゃしのぅ」

「かわいいのに、もったいないなぁ……まぁ、いいです。わかりましたよ!」


 へステアは不機嫌そうに装備とワシの肩を触る。

 刹那、纏っていた衣装が瞬時に選択した服へ変化する。


 伸縮性が重要な箇所を伸ばすことが可能でありながら、装備は動きを制限するほどの重さではない。試し抜きで剣を抜くと、両手に少しばかりの重さが伝わる。最も、動きに制限が出るほどではない。


「すばらしい装備じゃな……! これを着てもよいか?」

「よいですよ。ダンジョン攻略してくれるのは助かりますからね」

「一つ気になったんじゃが、お主がダンジョンへ向かうのはダメなのか?」

「私が向かうことは、不可能ではないですですけれど……私の身体だと石を持ち帰ることが出来ないんですよね。だから、解決したところで意味がない感じです」

「そうなのか……ならばしかたないのぅ」


 ワシは自身の下顎に片手を当てながら悩むそぶりを見せた後、頭を一回縦に振る。


「……よし。これからダンジョンへ向かうとしよう。転送頼んだぞ!」

「合点承知しましたっ!」


 ワシの発言に対し、へステアは嬉しそうに肩を触る。


「いってらっしゃいませっ!」


 後ろからそんな声が響いたあと――ワシはダンジョンへ転移する。

 コケやツタが絡まった如何にもという感じの建物だ。いつもは魔王として待っている立場であったが、攻略する側として来てみると中々心躍るというものだ。


「ふふふふふ……待ってろよ、魔物たちよ。全員淘汰してみせるぞっ!」


 ワシは意気揚々とダンジョンの扉を開くのだった。

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TS魔王様の奇妙な日常 ~現代日本でのんびり暮らしたいのに、気が付いたら戦闘に巻き込まれている~ チャーハン @tya-hantabero

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