八話目 魔王さま、神様に質問を受ける
「いやじゃいやじゃ! なんで服従しなきゃならんのじゃ!」
ワシは居間に場所を移し、駄々をこねた。元魔王として数千年生きてきた。
血の繋がった者以外には、誰にも服従することなくやってきたのだ。それなのに、この変態な神の使いに屈するというのか。
「ワシが服従するのは血縁関係のある者だけじゃ! それ以外の奴らには絶対に屈さんと決めておるのじゃあ!」
「でも、心世界に入るための規則なんですよ。仕方ないじゃないですか」
シッシ―は困った顔で言う。
少し前に心世界に入る条件を聞いたので、ワシも理解している。
「心に傷を負わないと心世界に入れないって本当なのか!? おぬしが勝手に考えたんじゃないだろうな!?」
ワシが顔を赤くしながら問い詰めると、シッシーは口笛を吹きながら顔を背けた。
「おぬし、嘘をついているんじゃないだろうな? 顔に嘘をついていますって書いてある気がするんじゃが、気のせいかのう?」
「えっ、ど、どこに書いてあるんですか?」
「例えじゃ、ばか。というか嘘だったんじゃないか!?」
「う、嘘じゃないですよ! 本当ですって!」
シッシ―は両手をわきわき動かしながら鼻息荒く近づいてくる。奴に対処する方法を模索するために辺りを見渡すが、使えそうな道具はひとつもない。炒飯を投げつける手段もあるかもしれないが、作ってくれた奴に対し無礼すぎる行為なので、除外する。
とすると残されている可能性はたった一つしかない。
「過度な危害を加えたら、お主の上司に報告するぞ」
それは、役職上ついているはずの上司への報告だった。知性のある生物は基本的に権威に服従する。非人道的な実験であっても権威のある者からの指示ならやり遂げると証明されているほどだ。
「それでもやるというのならやってもよいぞ。お主の代わりにもっと誠実な神の使いが現れるかもしれん。ワシからすれば万々歳じゃ」
「くっ……そうきましたか」
シッシーは苦虫を嚙み潰した顔を見せる。予想通り、奴も支配される生物だったようだ。危機を乗り越えたことにほっと一息つくと、シッシーが言葉を続ける。
「わかりました。撫でるのは諦めます。撫で回して絶望する顔を見たかったのは本心ですが、一緒にいる機会を失うのはもったいないですからね」
「おぬし、本当に神の使いとは思えないほど発想が邪悪じゃな……」
「邪悪じゃないです。ただ、欲望に忠実なだけですよ。というか、人間たちがみんな欲望に忠実じゃなさすぎるんですよ。いろいろな行動をすればよいじゃないですか」
「鬱憤溜まってるからって矛先を変えるな」
「あっ……そうですね、失礼しました」
シッシーは礼儀正しく頭を下げてから、代替案を提示する。
「代わりの方法として、リーヴさんが眠りについている間に意識を心世界へ送るという方法があります。メリットとして、心が傷つかないことが挙げられますね」
「ほう、心に痛みを負わなくても向かえるのか。それは大きいのう」
「おっしゃる通りですが、問題もあります」
「問題とは、なんだ?」
「外部から魔力供給する必要があるんです。つまり、私が心世界へ向かうことが不可能になります」
奴の発言を聞いたワシは平然としながら、解決方法を提示する。
「……それなら、ワシの魔力を使わせれば解決するのではないか?」
「返したら返したで、管理が難しいじゃないですか。リーヴさんは楽しいことが大好きなお方ですし、もし世界を征服したいと考え始めたら悪用する可能性もあります」
「……ほう、それなりにワシのことを理解しているのだな」
ワシは奴に返答しつつ、床に寝そべった。薄っすら目を開けると、顔を赤らめているシッシーの姿が映る。油断大敵とはこういうことなのだろう。
「シッシーよ。ワシの体に変なことをしたら、わかっておるな?」
「わかってますよ。変なことはしません。じっくり観察するだけです」
「観察もやめるんじゃ」
「じゃあ、映像として保管……」
どんだけつっかかるんじゃ、この馬鹿は。
「駄目じゃ。お主はワシが心世界で活動できるように魔力供給をし続けるだけでよい。それ以外の行動は、今は何もするな。分かったか?」
ワシが苛立ちながら指示を出すと、シッシーは「ブーブー」と口を尖らせる。子供かと言いたくなるが、奴の行動理念的にそれが近いのかもしれない。
「……とにかく、ワシは眠るからの。後は任せたぞ」
「はい、わかりました」
ワシは奴に指示を出してから、眠りについた。頭の中を無にしていると奴の声が聞こえてくる。いかがわしい声ではないことから魔力供給を行っているのだろう。
仕事をしていることに安堵していた時だった。突如、暗闇の奥に扉のようなものが見えてきた。扉はどんどんワシに近づき、勝手に開いた。
神妙な顔つきで興味深い体験をしていると、真っ白な部屋にたどり着く。
無限と思えるほど広々とした乳白色の空間だ。
「ここは……? いったい、どこだ? 心世界に、ついたのか?」
辺りを見渡しながらつぶやいていた時だ。
「初めまして勇敢な冒険者よ。いや、元魔王の少女というべきでしょうか」
突如声が聞こえてくる。声の方向に体を向けると女がいた。
聖女服をまとった人間だ。声質的に女なのは間違いない。
体つきから察するに、二十歳は超えているだろう。
何故超えているだろうという憶測かと問われれば、こう答えるしかない。
奴の頭に、にっこりと笑っている茶色の箱が被さっていたからだ。
「その、なんじゃ。なんで箱をかぶっておるんじゃ?」
「すっぴんを見せたくないからです! 何より、顔が隠れていたほうがミステリアスじゃないですか!? どうですかねぇ!?」
「いや、知らんけど……というか、おぬしは誰なんじゃ?」
ワシが困惑しながら問いかけると、奴は嬉しそうに「自己紹介まだでしたねっ!」と口にする。
「私の名前はヘステア。心世界と呼ばれる世界に住まう、神様ですよ」
「ほう……つまり、あんたがシッシ―を管理している神様ってわけか」
「シッシ―……あぁ、あの子ですね。いやぁ、大変だったでしょ」
「大変だったどころじゃないわ。心も体も穢されそうになったわ!」
「ご愁傷さまです。というか、魔王として生きてきたのに力を持たない少女として生まれ変わった気分はどうですか?」
へステアと名乗る神は嬉しそうにこちらを見つめてくる。相手がどのような性格か考察できない以上、悪心を話すのはまずい。かといって嘘も見抜かれる恐れがある。それ故に、ワシはこう話すしかない。
「それなりに楽しんでるぞ。現代日本の生活は興味深いものが多いからのう」
「へぇ~~そうなんですかぁ。私なら楽しめないですけどねぇ」
「なぜじゃ?」
「決まっているじゃないですか。力を抑制する必要があるからですよ」
「――!」
「力を制御しなければ、楽ですよねぇ。自分の思うがままに楽しく生きられますし、他者の運命を掌で転がせますから。私なら、力を制御しない人生を選びますね。あなたなら、どうしますか?」
奴の質問を聞いてから数分考える。
そして、思ったことを率直に返答した。
「……ワシなら、力を制御しない人生を選ぶ。ただし、対等に渡り合える者がいた場合のみじゃ」
奴は「ほう」と不思議そうに言葉を漏らし、
「理由を聞いてもよろしいですか?」
と再度問いかけてくる。ワシは少しばかり考えてから、このように返答した。
「対等に語り合える者がいないと、寂しいんじゃよ。どれだけ自己研鑽を積んだとしても、全力を引き出せる相手がいない世界では、退屈でしかない。無限に続く地獄と言っても過言ではないじゃろう」
「……なるほど。面白い意見ですね」
ワシの考えを聞いた奴は一言呟く。
少し間が開いた後、奴は嬉しそうにこう言ってきた。
「合格です、リーヴ・ストラグヌスさん」
「合格……一体、何に受かったんじゃ?」
「心世界の冒険者として歩むことですよ」
どうやらワシに適性があるか試していたらしい。
相槌を打ちつつ、ワシは奴に問いかける。
「もし、おぬしが欲する回答でなかったらどうする予定じゃった?」
「そのままの姿で魔界にお帰りいただく予定でした。魔王様が少女になっているとは分からないでしょうから、発見された直後に殺されていたでしょうね」
「……むごい神様じゃのう」
ワシは奴の発言に対し、そんな感想を抱くのだった。
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